【プロローグ】
これは、永きに渡る歴史の中で、倫理を外れ続けてきた勇者と盗賊。
熾烈なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「みなさーん! 今日は残念なお知らせがありまーす!!」
「突然だが私たち『勇☆盗スライム・レボリューション♡』はぁー」
「「今日で解散しまぁあーーーーす」!!」
\えぇええええええええーーーーっ!!/
「私達はぁ! 今日から普通の女の子に戻りますけどぉ!!」
「私達のことは嫌いになってもスライムのことは嫌いにならないでください」
「いや私達のことも嫌いにならないでくださいねぇ!?」
\ならないよぉーーーーーーーー!!/
「ありがとぉおおおおーーーーー!!」
「そうですか、では最後に聞いてください。『さよならスライムの星』」
\うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーーー……!!/
テッテテーンレレイレイレーテッテレーテレー♪
「……と、いう夢を見た」
「マジかお前……」
驚嘆の物語である!!
【プロローグ】
「どういう事なの……」
決して広くはないが、決して狭くもない木造の部屋。
フォールの顔全てを映し出すほど大きな鏡の前で、彼は顔を濡れ布で化粧と汗を拭き取りながら仲間の尋問を受けていた。と言うか、その背に一心の困惑を受けていた。
そりゃその仲間達からすれば見慣れた勇者がアイドル姿できゃぴきゃぴ言いながら海賊達の凄まじい声援を受けていたのだ。当然、尋問もされようというものである。
「どう、と言われてもな。あの海賊達との交換条件だっただけだ」
「交換条件じゃと……?」
「あぁ。船を動かす代わりにとびきりカワイイ女の子を紹介して欲しい、とな。別に貴様等を生贄に出しても良かったのだが『明るくて優しくて清楚でちょっとエッチな女の子』という童貞丸出しな注文まで付けられたので、仕方なく俺が出た」
「気付け貴殿、最後の一文で凄まじい矛盾になっているぞ」
「と言うかサラッと妾達のことカワイイ言いおったぞコイツ。まぁ妾は当たり前だけど……」
「リゼラちゃん、しっ! シャルナちゃんがまた暴走するから、しぃっ!! まぁ僕も当たり前だけど!!」
そう、彼等のいる部屋というのは童貞海賊団、もといグレイン海賊団が所有する海賊船の一室である。彼等は現在、とある勇者の取引通りキングクラーケン討伐に赴くことになった海賊達の出航準備を待っているのだ。帆を張り荷を積み錨を上げ縄を張り、砲台に砲弾を詰めるその準備を。
高がペット一匹連れ戻すのにそこまでの準備が要るのかと思うやも知れないが、そこはそれ勇者フォールの忠告によるものである。
なお、ちなみにどうして海賊達がそんな砲門もあるような船を持っているのかは、元々とある商専ギルドの軍船であったものを強奪ーーー……、もとい強制的な好意により徴収した逸話が絡んでくるのだけれど、これは別の話として置いておこう。
「しかしまさか貴様等が水門所の方を解決するとはな。後々、圧をかけて街一帯を陥没させる計画が無駄になったではないか」
「なって良かったじゃろ、むしろそれ」
「と言うか僕達からすればアイドルになってる勇者の方がよっぽど驚きだよ」
「貴殿、もう女装が板に付いてきたんじゃないのか……」
「……何を勘違いしてるか知らんが、フォー子は俺の妹設定だぞ」
「「いやそこはどうでも良いんだよ?」」
「馬鹿な、スライム星からやってきたスライム星人でありこの世界のスライムを守護すべくスライム神に仕えしスライム守護天使となり悪の組織ワルイーゾと日々激闘を繰り広げながらも日常の中では人々に正体を隠しながらアイドルとしてスライムを敬愛する初々しい女の子という設定を考えるのにどれだけの時間を費やしたと……!」
「割と本気でどーでも良いわ」
「と言うかその時間があるなら街を陥没させる以外の方法を考えるべきだったんじゃないかな……」
設定2時間、計画3秒という矛盾具合である。
「し、しかしだ貴殿。そもそもあの海賊団というのは信用できるのか? 海賊と言うだけで怪しいが先程の熱狂具合と言いその条件と言い……、何だか変人奇人の集まりにしか思えないぞ」
「いやそれ妾達にまんまブーメラむぐぐー!!」
「リゼラちゃんシャラップ」
「……ふむ、シャルナの疑問も然りだがその点に関しては問題あるまい。あぁいう手の者は取引という点においては絶対でな。条件が少々特殊過ぎるがこちらは要求を呑み、為したのだ。現に奴等も出航準備を整えている」
「う、うぅむ……」
「それに、キングクラーケンが水門所にいなかった以上は海洋へ出る必要がある。となれば必然、船が要る。表通りの連中が船を恐れて出さない以上、討伐という詭弁だろうと何だろうと船は調達せねばならんからな」
「ちょっ、ちょま、ふぉ、フォールくぅん!? 討伐ぅ!?」
「おい、馬鹿! アホ! 間抜け!! ゲソ足が海に沈んだらどうするつもりじゃ!?」
「リゼラ様」
「だからごめんて」
食欲魔王を除き、討伐の二文字へ誰よりも先に身を乗り出したのはルヴィリアだった。
当然だろう。捕獲で合意してくれていたはずの彼の口からその文字が出るとは、思いもしなかったのだから。
「駄目だよぅフォール君!? 討伐は駄目だよぅ!? 捕獲って言ったじゃないか嘘つきぃ!! 女装変態ぃ!!」
「そーだそーだバーカバーカ!!」
「馬鹿者、人の話はよく聞け。……言っているだろう、詭弁だと。単に心構えの問題だ。捕獲だと舐めてかかられて生半可なことをされても困るし向こうの動機付けにもなる。それぐらいの気構えで掛からせるために討伐ということで依頼したのだ。キングクラーケンは討伐しない」
「何だぁ、良かっ……、は?」
「…………」
「……女装変態は取り消します」
「赦す」
「わ、妾も取り消します!」
「赦さん」
「ほげぇええええええええええええええええーーーーっ!?」
自業自得である。
「……まぁ、実際のところ心構えと言ってはいるが、貴様等が水門所で遭遇した幼体のキングクラーケンの話を聞くに、親である成体のサイズと凶暴さは計り知れん。そも、グレイン海賊団の話によれば街が水没し始めたのが数週間前にあった大嵐から、とのことだ。たったそれだけの時間で貴様等の言う大きさまで成長したと言うのなら殊更、警戒を怠る理由にはならんだろう。……用心に越したことはあるまい」
「じゃ、邪龍や神鳥、神魚と倒してきた貴殿が言うと違和感が半端ではないが、確かに……」
「弱体化の弊害だな。……しかしモンスターと真正面を切って戦うことになるというのは何とも素晴らしい体験ではあるが。ルヴィリア、もふもふ、はできないからヌメヌメはセーフか」
「いや男の触手プレイとか見たくないんでちょっと……」
「……そうか。…………………………一緒に似顔絵ぐらい」
「そこはスッパリ諦めようよぉ!? 女装触手プレイとか高度すぎて需要ないよぉ!?」
「ルヴィリア」
「ねっ!? シャルナちゃんもそう思うよねっ!?」
「…………」
「待って何その『察しろ』的な視線は嘘でしょシャルナちゃん嘘だと言ってよシャあルナちゃあん!?」
四天王の闇は深い。
「兎角、これから俺達はキングクラーケン捕獲のため海洋に出る。目撃情報のある場所まで行くのに半日、妖怪島まで送り返して帰って来るのには最悪、数日は戻ってこれないだろう。ルヴィリアが里帰りをするならさらに、だ。一応、グレイン船長にはかなりの余裕を持って食料や水を積み込むよう言っておいたが……、まぁ貴様等も覚悟しておくんだな」
「ふむ、船というのが初めて乗るからな。船酔い? というものもあるそうだし、気を付けた方が良さそうだな……」
「案ずるな、酔い止めは既に買ってある」
「オカンか貴殿は」
「あ、待て。食事はどうする! 寝床は!? いやじゃぞ妾、あんな童貞臭い飢えた野郎共に囲まれて眠るなぞ! 絶対エロ同人みたいな事になるもん!! 童貞海賊、密室、数日間。何も起きないはずがなく……!!」
「気にしすぎだろう。しかし不安だと言うのなら個室ぐらいは用意してもらっ……」
と、そこまで言いかけたフォールの言葉を打ち切るように、勢いよく一室の扉が開け放たれた。
我が物顔で踏み込んできたのは、と言うより実際に我が物なので堂々と入ってきたのはグレイン船長とその部下数名。彼等はまるで祝い事の席にでもやってきたかのように粛々と部屋の中へ花束だのお菓子だのと色取り取りなものを飾ると、リゼラ達には目もくれずフォールの前へと跪いた。
彼等のピッシリ決まった服装もさることながらその浮かべる微笑みたるや、まるで聖母の腕に抱かれた赤子を見守るように安らかなもので、海賊かどうかさえ疑わしくなるほどのものだ。
「フォールの兄貴、ライブお疲れ様でごぜぇやした。貴方のマネジメントがあったからこその大成功、団員達も大喜びでございます」
「む、あぁ、それは何よりだ」
「つきましては、そのぅ……、詰まらないものでは御座いますが、団員達から花束や菓子、宝石なんかも贈り物として預かってまして、へぇ……」
「解った。届けておこう」
「本当でございますか!? あぁ、何と慈悲深い御方だ!! ありがてぇ、ありがてぇ!!」
数時間前にあった取引の態度が嘘だったかのように、グレインはごまをすりながらペコペコと頭を下げている。さらには彼の後ろに控える数名の海賊達も嬉しそうに、或いは恥ずかしそうに気色悪いどもった笑みを浮かべているではないか。
まぁ愛しのアイドルの兄でありマネージャー(※という設定)のフォールだ。そういう態度になるのも解らなくはない。
「そ、それでフォールさん? あの、フォー子さんは今どちらに……?」
「妹は忙しい身でな、次の公演地へ向かったのだ。それがどうかしたのか?」
「あ、いえいえ! どうしてらっしゃるのかなぁ、と思っただけで……。なぁお前ら!?」
「そ、そうッスね! 船長の言う通りッス!!」
「俺達ぁフォー子さんが心配で!」
「ついでに連絡先とか聞けたらなぁって思ってるだけで!」
「バカ野郎ッッッッッッッッッッ!!!」
連絡先を聞けたらと口走った海賊の一人が、軽く数メートルほど吹っ飛んだ。
怒りの鉄拳を振り抜いたのは誰であろうグレイン船長。今にも自身の拳を握り潰さんばかりの勢いで力を込めながら、周囲の制止などものともせず二発目を繰り出そうと大きく足を踏み出した。
「テメェ抜け駆けしねぇって約束したじゃねぇか! フォー子さんの連絡先はいつか彼女が教えてくれるのを待つって約束したじゃねェか!!」
「すっ、すいません船長……! つい気持ちが先走っちまって!!」
「良いか!? 俺達の天使はなぁ……、いや俺達の女神はなぁ! 気安く手を触れても良い存在じゃァねェんだ!! 御手紙出すのだってグレイン海賊団の連名、プレゼントだって連名ってェのがフォー子ちゃんファンクラブの血の鉄則だろうがァ!!」
「赦してください! この通り反省してますんで……!!」
「駄目だ! おいテメェ等、この馬鹿を甲板に吊しとけ!! 鳥共の餌にすんぞ!!」
「「アイアイサー!!」」
「い、いやだぁあああああああああああああ! 半日甲板コースは嫌だぁあああああああああああ!! 船長ぉおおおおおおおおおおおおおおおすいませんでし」
――――バタンッ!
「……いやはや、しょうもねェモン見せちまってすいません」
「「「………………」」」
魔王御一行、ドン引きである。
「何、構わん。……それよりグレイン、頼みがあるんだが」
「はい! 何でもどうぞ!!」
「コイツ等は俺の仲間なんだが……、部屋を用意してやって欲しい。三人一部屋で構わないから何処か、物置にでも」
「いえいえ、フォールさんの頼みなら一等良い部屋を用意しまさぁ! ……それにしても、どうして個別の部屋を?」
「男所帯だからな。気に掛かるところもあるのだろう」
「はぁ、気に掛かる……」
ちらり、と向けられるグレインの視線。
彼はリゼラ、シャルナ、ルヴィリアと順番に見回し、はんっと軽く鼻で笑ってその事を了承した。
なおこの際、全力で殺しに掛かった魔王を止めるのに四天王二人が飛び掛かったのは言うまでもない。
「それで、グレイン。出航の準備は済みそうか」
「えぇ、充分に。フォー子ちゃんのお陰で団員達も一致団結でね、いつもより準備が3倍は速いからもう間もなく出航できますぜ。まぁ、フォー子ちゃん以外目に入らなさすぎて何人か海に落ちやがったり、フォー子ちゃんにはお花が似合うか人形が似合うかで派閥争いが起きて何人かが殺し合ったりしてますがね」
「……そうか。うむ、まぁ、出航するなら文句はない」
「へい、そりゃ直ぐに! 出航の時になったらまたお知らせに来ますので、ごゆっくり!!」
元気よく真っ白な歯を見せてニカッと笑うと、グレイン船長はそのまま一室を後にした。
フォールはその背中と去りゆく足音を見送り聞き送りしつつ、やがて気配が消えた時に一言。
「……引くな」
「「「お前が言うのか……」」」
勇者もドン引き大事件。
「見た? 見たアイツ!? もう僕達に興味ないどころか道端の雑草でも見るかのような目付きだったよ!?」
「他の連中もこちらへ見向きもしなかったな……。男というのは心に決めた女ができたら他の女にはあぁいう反応を示すものなのか?」
「殺そう。もうこの海賊団殺そう」
「まぁ落ち着け。結果はどうであれ貴様等には個室が与えられたことだし、海賊団は興味すら…………。いや……、うむ、女装は危険だな」
「それを理解してくれて何よりだよフォール君……」
――――払った代償は海賊団全員の一生叶わない初恋でした
ドブに捨てちまえそんなもん。
「ともあれ、これより俺達はグレイン海賊団の協力を得てキングクラーケン捕獲の船旅へと出発する。異議のある者はいるか」
「はい! 甲板でリゼラちゃんシャルナちゃんと三連結タイタニックやりたいです!!」
「はい! 取り敢えず新鮮な海鮮が食いたいんじゃが!!」
「よし、ないな」
「「横暴だ横暴だ-! 議長の越権行為だぁーーー!!」」
「……シャルナ、コイツ等の面倒を頼んだぞ」
「いやちょっと……、無理かな」
これより始まるは勇者フォールと魔族達による、キングクラーケン捕獲の船旅。
水没の海洋国家からこぎ出す船は巨大な白帆を拡げ蒼き海原を行く。その先へ待ち構えるのが海の悪魔だとしても風受ける旗が緩むことはなく、愛に生きる海賊達の歓声が止まることはない。
いざ征かん、蒼き海! いざ征かん、悪魔の討伐! いざ征かん、果てなき水平!
――――グレイン海賊団、出航である!!




