【エピローグ】
【エピローグ】
「いかんいかんいかん!!」
「え、イカん? シャルナ御主それはねぇわ」
「そんなしょうもないギャグを言ってる場合ではありませんよリゼラ様ぁ!!」
シャルナは全力で疾走していた。リゼラを抱えてルヴィリアと共に、全力で疾走していた。
彼女が駆けるのは先刻通ってきていたあの薄暗く水面の張った通路。しかし雑談しながらのんびり入ってきたあの時とは違い、今は雑談している暇さえない。
当然だろう。何故なら後方から通路を破壊しつつ数十本の触手がまとめて迫ってきているのだから。
「と言うか洒落じゃなくヤバいよシャルナちゃんこれぇ!! 育ての親としては元気過ぎるのもどうかと思うなぁ!?」
「何が何でも元気過ぎるわ阿呆め! このままでは追いつかれてしまうぞ!? 何か策はないのか、策は!!」
「待って考える三分頂戴!!」
「三分も猶予があるかぁ! 二分で考えろ二分でぇ!!」
「二分すらあるか一分もないわ! 三十秒じゃ三十秒!! もうそこまで迫っておるぞぉ!!」
「三十秒は流石に無……、理ぃでもないや! あったよ! 最高の策戦が!!」
「「でかした!!」」
「良いかい!? まずこの速度のままじゃ確実に追いつかれる! だからここで一気に逃げ切る為に全員の力を合わせるんだ!!」
「力を合わせるじゃと!? どういう事だ!」
「ソリだよ! 水上ソリになるんだ!! 僕がブースト、リゼラちゃんが微調整役で三位一体となって水面を滑るのさ!!」
「成る程、この水が張ってる水面ならば水上ソリは途轍もない速度が出る! そこに御主と妾の魔力で加速を掛ければ逃げ切れるというわけだな!!」
「その通り!!」
「……おい待て、だとすればソリはどうするんだ。それに私の役目はどうなる?」
「なはは、そりゃシャルナちゃんが体積とおっぱい平面度的にソリ役だよ」
数分後、水上ソリことルヴィリア号が水門所の壁をブチ破りました。
「乳がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「途中、加速しすぎて火花散ってなかったか」
「要らんものを前に付けてるからです。もげてしまえば良かったのに」
※人間スキーは大変危険です。絶対に真似しないでください。
「ち、乳が! 僕の乳がぁああああああ!! ああああああああああ摩擦でおっぱいがぁああああああああああああああああああ!!」
「黙れ五月蠅い。……ともあれ、無事に脱出できたようだな」
辺りを見渡せば、彼女達は件の賞金稼ぎ達と逃走劇を繰り広げた街の最奥辺りまで出て来ていた。
水門所を開き、図らずもあの巨大モンスターを取り除いた為か、街の水は大きく減っており港辺りは既に元の水位まで戻っている。よくよく見れば船まで停泊しているし何やら騒がしい声も聞こえるしで、街の人間も事態の解決に気付いたらしい。
いや、少し通路を覗けば蠢いている白濁の触手共を見るに、事態は改善どころか悪化の一途を辿っているのだけれど。
「いかんな、人間が戻ってきているのか? この辺りはまだ危険だと言うのに……。リゼラ様、あの船の辺りまで行きましょう、キングクラーケンの幼体がこの辺りを彷徨いていることを忠告せねば」
「おう、それは構わんがそこで乳もげそうになっとるアホはどうする?」
「引っ張っていきましょう。放っておいたらまた面倒事になりそうですし」
「乳がぁあああ……! 乳がぁああああ…………!!」
「シャルナの禁忌に触れるからじゃ……。御主も学習せんのう」
「リゼラ様、今何と?」
「イエ、ナンデモナイデス」
と、言うワケでルヴィリアの胸を犠牲に水門所から脱出してきた三人だが、事態は一向に好転しない。
整理するに、どうやらキングクラーケンは既にこの街にはおらず、水門所を塞いでいたのはキングクラーケンの産んだ幼体達と彼等が育った巣の藻藁だったようだ。
それだけならまだどうにかなったモノを、キングクラーケンの幼体は相当な数がいるらしく、とても一筋縄ではいきそうにない。一匹一匹取り押さえるにしてもあの大きさだし、そう簡単に事は運んでくれないだろう。
まさか街の水没を解決したと思ったら新たな問題が浮上してこようなどと、誰が思おうか。リゼラにシャルナ、乳もげかけ変態の一向は遠くから聞こえて来る大騒乱の声に肩を落としつつ、悩みをそのまま吐息とするかのように、くぐもったため息を零す。
「……それにしても凄い騒ぎじゃのう。何をあんなに騒いどんのだ?」
「さぁ……。まぁ、騒いでいる者達からすれば街の海水が引いたわけですからね。騒ぎたくなる気持ちも解らないでもないですが、これからさらに酷くなることを伝えるのは少々気が引けるというものです」
「うむ、人間相手に罪悪感を憶えるというのも可笑しな話だが、今回ばかりはこちらの不始末じゃからな。どれ、ここは妾直々に……」
そこまで言いかけた時点で、リゼラは口を止めた。シャルナも止まった。ルヴィリアも停止した。
何と言うか、その、いや、港にあったのが海賊船だったことはまだ良い。そこならまだ許容範囲だ。その船の前で何十人もの海賊達が並んでいるのも良い。そこまでなら、良い。
ただ、その、何と言うべきかーーー……。
「みんなー! 今日はフォー子のライブに来てくれてありがとーーーっ!!」
「「「フォー子ちゃーーーーーんっ!!」」」
「それじゃあ歌うね! 『我が魂よ、叫べ』!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!!」」」
デデッデーデデンデン♪
「わたーしのー♪」
「「「わたーしのー!!」」」
「心にーズッキュン☆スライム恋したのー♪」
「「「恋したのォオオオオオーーーッッ!!」」」
「貴方と一緒にー♪ いられーることがー♪」
「「「こーとがぁーーーーー!!」」」
「こんなに尊いーなんてー思ーわなかったわー♪」
「「「ハイハイハイハイッ!!」」」
「でも♪」
「「「でも!!」」」
「君の♪」
「「「君の!!」」」
「円らな瞳が♪」
「「「ひィとォみィが!!」」」
「わたーしのーここーろをー♪」
「「「ここーろをォーーーーッッ!!」」」
「ズッキュン☆ズッキュン☆スライムきゅん☆」
「「「スライムキュゥウウウウウウウウーーーーーンッッ!!」」」
「おしーえてー♪ わたーしにーあなーたの喜ぶこーとー♪ きっとできるからー私貴方のためーにー♪」
「「「ためーにー!!」」」
「このこーいーわすーれなーい♪ あなーたーと一緒なーらー♪ 何処へだって行けーるー♪ これーがースライームー恋心なのー♪」
「「「ズッキュン☆ズッキュン☆ズキュンズキュン☆スライム・スライム☆ズッキュンキュン☆OHーーーーーーーーッッッ!!!」」」
新人スライム系アイドル、フォー子の初ライブは盛況を極めた。
海賊達の完璧な合いの手に背中を押され、フォー子は『スライム・スライム』『ブルーな貴方』『ぷにぷにほっぺ』の三曲を歌いきり、さらには会場の声援に答えて友情曲『魂のレクイエム』も熱唱。この日のライブを大成功で締め括った。
だがこの大成功は前日譚に過ぎない。これから始まるトップアイドルへの、そして幾多の試練が待ち構えるアイドル道への、あくまで序章に過ぎないのであるーーー……!
「…………遂にアイドルになりやがったぞ、あの勇者」
「何で誰もツッコまないんだろうね。何で誰もあの完璧な女装と完璧な歌にツッコまないんだろうね」
「ふ、ふふふ……。大丈夫……、わ、私はだ、大丈夫だ。奴が勇者でもアイドルでも大丈夫……、だい、だいじょ、だいじょ、う、ぅううっ……」
――――いつだって、成功の影には涙がある。
『彼女の歌はそれを教えてくれるんですよ』と、後にとある海賊は語ったそうである。
なおこの海賊が巷では童貞海賊団と呼ばれていることを、この場にいる誰もが知る由はない。
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