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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
最智との激突(前)
236/421

【4】


【4】


「ひぃぁああああああやあああああああ…………!!」


 男は、半狂乱で海水に藻掻いていた。

 その者は今は賞金稼ぎであるが、元はこの街の漁師で不真面目な性格が祟って組合ギルドを首になった経歴を持つ。

 要するに何が言いたいかと言うと、その男は元漁師だけあって泳ぎは得意なわけだ。街の若造同期の中では一番早く泳ぎ鼻を高くしたことを自慢とする程度には、速く泳ぐことができた。

 だが、そんな男の泳ぎでさえも今は亀よりも遅いものだった。その巨大モンスターに比べ、余りに遅いものだった。水没した街並みを藻掻き進むその速度は、もう僅かな猶予さえも赦されぬほど、歴然だったのだ。


「た、助、助けぇぶっ。助けっ……!」


 恐れで溺れそうになりながらも必死に泳ぐ彼だが、そんな救援に答えるのは無情にも海色に染まってしまった街並みと、誰が転がしたかも解らない木船が一艘。後は数多の木片ばかり。

 ――――嗚呼、自分はここでモンスターに襲われてしまうのか。このモンスターに食べられてしまうのか。

 そんな諦観と共に、やがて男は見慣れた景色と同じく、海水へと埋没してーーー……。


「んで? そのグロインだかゲロインだか言うのが何だって?」


「グレインな? その言い方だとごく一部の人しか喜ばねぇ存在になるからな? と言うか誰が喜ぶんだそんなモン」


「い、いるんじゃないですかね。世の中にはきっと……」


 だが、そうはならない。

 彼の隣をボロっちい木船が通り過ぎた瞬間、巨大モンスター、いや、キングクラーケンの幼体はものの見事に真っ二つとなったのだから。

 そしてその真っ二つとなったゲソ足を引きずり、船は唖然とする男とは真逆の方向へ進んでいく。

 七輪から良い匂いを漂わせ、白煙を炊き上げるその船は。


「おっ、良いね。また手に入った。今日はクラーケンが大量だぜオイ」


「何だか追われてる人も多いですしね。何でこんな危ないところまで入ってきたんだろう、あの人達……」


「さァなァ-。探検とか怖い者見たさとか。案外、賞金首カネヅルでも追ってたりしたんじゃねェのォ?」


 そう、木船の上で呑気にゲソパーティーを行うのは誰であろう、カネダ率いる御一行。

 彼等はとある理由からこの船を使って既に水没しきった街の最奥辺りを訪れていた。海底に街並みが見えるというのは何とも奇妙で幻想的な景色なのだが、隣から漂ってくるゲソとソイルソースの香りで色々と台無しである。


「……んで、話を戻すが! 俺達はそのグレインって奴に金策を頼みに行くんだ。帝国でも結局金欠だし何故か俺達の給料払われなかったし……!!」


「いやお前がユナ第五席から逃げ回ってたせいじゃねェの?」


「見捨てた奴がよく言うぜあァん!?」


「ま、まぁまぁ、落ち着いて……。それでカネダさん、そのグレインさん、でしたっけ? 話を聞く限り結構危なそうな人ですけど大丈夫ですか? 何て言うか、カネダさんと同じ裏家業っていうか……」


「あー、まぁそっち系ではあるな。だけどアイツとは昔、仕事をやった仲だし悪いようにはされねぇだろ。もしかしたらこの街が水没した原因究明だけで金が貰えるかも知れねェし」


「ンな甘い話があるかよ。……つーかテメェの知り合いってだけで信用なんねーな。まともなのかァ? そいつ」


「さっ、流石に失礼ですよメタルさん! 貴方やカネダさんじゃないんですから!!」


「サラッと毒吐くよなテメェ。……だがまァ確かに知り合いだけっつーのは決めすぎか。なァ、カネダ」


「…………………………………………………………ソダネ」


「……カネダくぅーん? カネダくぅん!?」


 まさかの図星である。


「いやまともなんだよ? まともに悪どい奴等なんだよ? 海賊って言うぐらいだしこの街の闇社会取り仕切ってるぐらい悪い連中だよ? けどなぁ……、アイツ等はなぁ……、何て言うかなぁ……」


 思い悩み、深く頭を垂れるカネダにメタルとガルスは首を捻り頭の上に疑問符を浮かべる。

 海賊という時点で殊更、悪どい連中で裏社会を取り仕切っていると言われればまともでない事ぐらい彼等にも解る。しかし、どうにもカネダの口振りはそんな意味合いではないようで。


「大丈夫かよそれ……。今からそいつ等に会いに行くんだろォ?」


「いや、俺達だけなら大丈夫。俺達だけならまともな交渉になる」


「だけなら、って……。あ、もしかしてアレですか? 僕達が今こうして態々人気の無いところを進まなきゃいけないみたいに、表の人間に見付かっちゃいけない立場……、とか?」


「確かにアイツ等も俺達みたく指名手配されてるけどさ……。違うんだ、そうじゃないんだよ……」


 酷い困憊の色を見せながら項垂れる彼に、メタルとガルスの疑問符はますます大きくなるばかり。

 彼がそれを頑なに喋れない理由も解らないが、何より自分達だけならば大丈夫というのはどういう事なのだろうかーーー……?


「ま、まぁ、俺達だけなら問題ないしさ! 話せば気の良い奴だから大丈夫だよ、うん!」


「大丈夫なんだろうなホントーに……。こんだけ人目避ける為に苦労してンだ、変人だったら容赦しねーぞ」


「ちゃっかり七輪とソイルソース用意してる奴に言われたかねーわ。ま、大丈夫だいじょーぶ! 駄目だったらその七輪を頭から被ってやるよ! なーはっはっはっはっはっはっは!」


 と言うやり取りを経て、彼等は半日の遠回りの後にグレイン率いる海賊団アジトを訪問することになる。

 もっとも、その時には既に何処ぞの勇者が尋ねた後だった為に海賊団の地下アジトはもぬけの殻。よって宣言通りカネダが頭から七輪を被ることになるのだがーーー……、それはまた別のお話。


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