【3】
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「何かぬめぬめするぅ……」
「ァッ♡ リゼラちゃんそれもっとエロい感じで!! ンァッ♡ こう、顔の前に白い液体ぶっかけられた感じでぇぁあんっ♡」
「シャルナ、三人衆」
「被りますよ。……三天王はどうでしょう?」
「語呂悪いなぁ」
下らない会話を交わしつつ彼女達が歩むのは先程の空洞から続く通路だった。
リゼラの初級火炎魔法により灯りこそあるものの、薄ぼんやりと滲むような闇が張り付く通路だ。水錆びでぬめる壁や段々と数位の上がってくる地面、何処かで滴る雫の音がおぞましい不気味さを憶えさせる。奥へ進む度に何か得体の知れない恐怖心を掻き立てられるようだ。
「しかし進むのは良いがここは何処なんじゃ? 取り敢えず通路が続いているから良いものを……」
「とは言え出入り口の窓はルヴィリアの魔眼で錯乱した連中により塞がれてしまいましたし……。奥に進んで出口を探さないと。まず水門所に行くにしてもここから出なければ話になりませんからね」
「こういう時こそルヴィリアの魔眼の出番じゃろーに」
「ごめんねぇ、僕の魔眼って一日にそんな多用できるものじゃないから……。でも今日一日の活躍に免じてリゼラちゃんがナデナデしてくれたらパワーゲージが溜まるかも知んない」
「御主の魔眼ってゲージ技だったのか……」
「いや実際は目薬差すだけなんだけど」
「これは目薬で回復するのに驚くトコなの? それともこのアホを殴るトコなの?」
「魔眼って目薬で治るのか、貴殿……」
割と驚きの事実です。
「しかし驚愕の事実という訳でもないが……、それを言えば聞き忘れておったな。ルヴィリア、御主何で拠点を『妖怪島』なんつートコに移したのだ?」
「ぅぐっ」
「確かにギルド支部ではフォールに咎められて話を打ち切ったが、初耳だな。……忘れたのかルヴィア? 我々四天王には古来より受け継がれてきた領土があるだろう。私が東、『爆炎の火山』の神殿。貴殿が南、『果てなき海』に覆い立つ廃城! 他の二人もそうであるし……、最たる例をリゼラ様が央、『死の荒野』の魔王城とするようにな」
「えっ、何か社宅的なアレと思っ……」
「リゼラ様」
「ごめん」
「……で、だ。キングクラーケンの話も四天王会議で聞いたことがないし、妖怪島も然りだ。貴殿、これは場合によっては反逆行為に値するという事は解っているな?」
「普段のパンツ窃盗も充分そうじゃ……」
「リゼラ様」
「ごめん」
「わ、解ってるよぅ。僕だっていつか報告しなきゃなぁ~とは思ってたよぅ……。けどいつ報告したものかと思ってる内に段々報告できなくなってきてぇ……、気付いたらもう完全に言い出すタイミング失っててぇ~……」
「責任を追求しているんじゃない。意図を追求しているんだ」
「あ、妾この前シャルナのおやつ喰いました」
「リゼラ様」
「ごめん!」
「後でフォールに言いつけます」
「罪を憎んで魔王を憎まずじゃないのかぁ!?」
「いやリゼラちゃん流石にこれは責任問題だわ」
辞任不可避。
「……ともあれ、その意図ばかりは説明して貰わねば納得がいかん! 代々受け継がれし意志を無視する行為とも言えるのだからな!!」
「うぇええ~ん! 何かシャルナちゃんが昔のお堅い感じに戻ったぁ~!!」
「まぁ、シャルナはこういう伝統とかにうるさいからのう……。にしても理由は確かに妾も聞いておきたいところだな。ただの小島なら気にするでもないが『妖怪島』などと呼ばれるには何かの理由があるのだろう? 確か近付けば帰ることが叶わぬ島だとフォールは言っておったな」
「仲間だの根城の守護者だのとも言っていましたね。……貴殿、何か隠してないか?」
「ギックゥ」
露骨な気まずさを見せながら、ルヴィリアの眼はそろりと壁へ向けられる。
これで彼女が何かを隠していることは確定したわけだが、どうにも頑なにそれを白状しない。シャルナが吐けと迫ってもリゼラが吐かなければ明日の夕飯抜きだと迫っても吐こうとしないのだ。
今までパンツ窃盗や風俗通いなど様々な問題を起こしてきた彼女だが、ここまで頑なになったことはなかった。いや『北の四天王』との性癖談義では頑なに持論を譲らずその日の会議を閉幕させたことがあるが、それは別として。
「何を隠しているのか早めに喋った方が傷は浅いぞ貴殿! その島で何をしているのだ!?」
「そーじゃそーじゃどーせ美味いモン隠しとんじゃろー! 妾にも喰わせろー!! なれば無罪放免とすー!!」
「リゼラ様」
「ごめんて」
「わ、解ったよぅ! 言うよぅ!! け、けどもうちょっと待って!! キングクラーケンの一件が終わったら言うから!! 絶対言うからぁ!!」
と、遂にリゼラとシャルナの追求に耐えきれなくなったのかルヴィリアは降参の白旗を差し出した。
しかしその降参も条件付きで無条件降伏とはいかない。しかし徹底抗戦されるよりは降伏宣言を受け入れた方が良いだろうとリゼラ&シャルナ軍は条約付きの宣言を受諾するのであった。
「……貴殿のことだ、何か考えがあるのだろう。後々で明かすというのなら今は深く追求すまい」
「じゃるなぢゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「えぇい近寄るな鼻水がつく! よ、よろしいですねリゼラ様!? 一旦保留ということで!」
「……ま、良いじゃろ。どのみち御主の領土の問題だしのう」
「やったぁああああーーー!! お礼にキ」
「「それは要らん」」
「ルビーちゃんショックぅ……」
しょんぼり気味なルヴィリアは放置しつつ、通路を進んでいく魔族達。
既に歩き始めてどれぐらい経っただろうか。代わり映えのしない景色と生温いような薄ら寒いような空気のせいでイマイチ感覚が掴めない。まだ三人でぎゃあぎゃあ騒ぎながら進んでいるから良いものを、これで一人孤独に進むことになったら気が狂ってしまいそうだ。
「……ん?」
だが、そんな通路にだってどんな通路にだって終わりはあるものである。
まず最初に気付いたのはしょぼんと肩を落としたルヴィリアだった。目の前で、リゼラの掌にある初級魔法の灯りが不規則にゆらゆらと揺れているのだ。どうにも自分の吐息や魔力欠乏というわけではなく、物理的に揺れているらしい。
そう、風だ。通路の奥から風が吹いてきているのだ。
「あ、出口っぽい! やっと出口だよみんな!!」
「ん? 何じゃ、出口か。結構歩いたんじゃないか?」
「ですね。ともあれ、ようやく日の目を見れそうで何よりです。長靴での疾駆や歩行はどうにも足が痛くて仕方ない」
「シャルナちゃん普段はそういうの履かないもんねー。……おっ! 太陽が見えてきた!!」
彼女の言葉通り、進めば進むほど太陽は大きく輝きを増していく。
普段から見慣れたものでも、こう生臭いところに居続けるとそこにあるだけで有り難いものだ。今はあの太陽が希望の道標にさえ思えるほどである。
――――それにしても太陽の位置は真っ直中なのを見るに、どうやら思ったほど長くは歩いていなかったらしい。まぁこんな薄暗い道だ、時間感覚ぐらい無くなっても不思議ではあるまい。
しかし何と言うか、頬を吹き付ける風も心なしか生暖かいような。いやいや、ここは南国なのだから当然だ。そういうものだ。
いや待て、妖しく輝く太陽が目の前にあると言うのに周囲は依然として暗いままな気が。否、ここはきっと地下なのだ。絶妙な角度で光が入ってこないだけなのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「「「まっさかー!」」」
三人はそれぞれの不安を振り払い、明るい声で笑い合う。
いやいやそんな、まさかねぇ?
「さっ、早くこんなトコから脱出して水門所を探さないとね!」
「いやはや全くである! うむ!!」
「全くだ! 我々の目的地はあくまで水門所にあるキングクラーケンの巣なのだからな!!」
「「「はっはっはっはっはっはっはっはっは!!」」」
ふぅ、と。
リゼラの手から初級魔法の灯火が消え失せた。
「「「…………」」」
生暖かい風が、髪を逆撫でるほど激しくなる。
太陽が激しくぎょろぎょろと動き回り、どころか二つにさえ増えて見える。
何か地鳴り的な音と共に、彼女達の周りへ大量の海水が滴り落ちる。
「……もしかしてさ」
「「うん」」
「水門所って、ここ?」
「「だろうな……」」
その言葉に同意するが如く、彼女達の眼前へ巨大な吸盤が振り下ろされた。
白濁の巨足はその余風だけで容易くリゼラを吹っ飛ばし、ルヴィリアを転ばせ、シャルナでさえも数歩後退させる。たった足一本の振り下ろしにも関わらず陣形を破壊するこの威力、その巨大さはシャルナの頭身ほどもあり本体の大きさとなれば筆舌に尽くしがたい。
ぎょろりと剥き出しになり粘膜に覆われた黄金色の瞳、白と述べるには余りにおぞましく汚れた体躯、そこからにょろりと伸びる巨大な数本の足ーーー……。
それが何であるのかは、最早断言するまでもない。
「……何か最近、怪獣大戦ばっかじゃね?」
「勇者よりは生物なだけマシじゃないかな……」
「言うなルヴィリア……。アレも一応生物だ……」
こうして始まる怪獣大戦争。
狭い一本道の通路に向けて振り下ろされる数本の巨足をシャルナの覇龍剣が受け、その隙間を縫ってルヴィリアが突貫していく。狭い通路を埋め尽くす触手だろうと完全に隙間がないわけではない。巨大故に、人一人分が通る隙間ならば充分に存在するのだ。
「にゃははははは! こうなったら手痛いお仕置きの時間だよぉっ!!」
緋色の瞳が、漆黒の闇に一筋の閃光が煌めかせる。
触手の隙間を滑るように駆け抜けた彼女は、そのまま触手の本体がいる空間まで躍り出た。
先刻、賞金稼ぎ共を撃退した空間よりさらに広い空洞だ。その空間から各方面へ放射線状に延びる、赤錆の目立つ奇妙な機関が水門なのだろう。しかしその機関は全て巨大モンスターの触手や藻藁などで埋め尽くされており一つとして機能していない。この街の水流が堰き止められるのも納得という話である。
そして何よりそれほど大きな空間でさえも埋め尽くすこの巨体と巨足! 並の冒険者では返り討ちが良いところだろうが、こちらは腐っても魔王と四天王だ。負ける道理はない!
「まずは手癖の悪い足を抜くところからだぞ! ……手癖? 足癖? どっちでも良いや!!」
緋色、炸裂。
彼女の魔眼は瞬時に巨大モンスターの意志を操作し、その足を水門所から引っこ抜かせて大人しく、させられない。
何とルヴィリアこの場面で見事に転倒&触手へダイブ。慣れない長靴だからね、仕方ないね。
「うごぁああああああああああああああ全身がイカ臭ぇええええええええええええええええええッッッッ!!」
「何をやっているのだ貴殿はぁ!!」
一方、シャルナ。彼女は先刻からひたすらに触手の猛攻を受けていた。
覇龍剣の腹で上手く衝撃を殺しているものの、一本道の通路であることと、本体までは彼女の体躯で通るのは難しい隙間であることからこうして防戦一方の構えを取らざるを得ないのだ。
触手を斬ることもできなくはないが、流石にルヴィリアの仲間のペットということで傷付けるわけにもいかず。
討伐より捕獲が難しいのは常であるが、まさかここまでとは。
「えぇい、早く立ち上がれ貴殿! 攻撃ができないまでもリゼラ様の護衛ぐらいはできよう!? こうなったら私が無理やりにでも道を……!!」
「だいじょーぶいっ! ここは僕に任せて!! アッ、でもシャルナちゃんの触手プレ」
「討伐対象が二体になっても一向に構わんぞ私は!!」
「はいすいません大人しく頑張ります」
「全く、貴殿と話すと一々疲れる……! ではリゼラ様は私が守護する!! ご無事ですかリゼラ様、ご無事でしたら早くこちらへ! 私が御守りしま……す……」
振り返った彼女の瞳に映るのは、満面の笑みで炭火焼きを用意する魔王の姿。
ソイルソースがね、ソイルソースが合うの。ちょびっとね、かけてね。パクッとね。
「ルヴィリア、計画変更だ! リゼラ様けっこう大丈夫っぽいから!! ただキングクラーケンは諦めろ!!」
「え、待ってそれどういう意味!? ヤだよ諦めないよぅ!?」
魔王、まさかの刺身包丁も準備である。
「兎角、一旦大人しくさせるより他あるまい! 気絶でも降伏でも構わないが無傷の勝利は無理だ!!」
「ま、待ってぇ! デリケートなのぉ!! 可愛く育ててきたのぉ!!」
「我が儘を言っている場合か! この状況で無傷の勝利などできるわけがないだろう!!」
「待ってぇー! 頑張るからぁー!! 捨てないでぇー!!」
「人聞きの悪い言い方をするんじゃない! それじゃあまるで私が横暴な関白亭主みたいじゃないか!!」
「あぁ、でもシャルナちゃん悪い主人に捕まりそ……、フォール君なら大丈夫か」
「ば、ばばばばばばばば馬鹿を言うな馬鹿をぉっ! そ、そういう関係にはまだはやぁい!!」
「まだなんだよなぁ」
そうこう言っている内にも巨大モンスターはその暴大なる触手を振り回し、周囲を倒壊させていく。最早、この水門所が自身の巣であることさえも忘れてしまったかのような暴れっぷりだ。
確かにこの状態を無傷のまま落ち着けるのは不可能だろう。衝撃を与えて気絶させるにせよ、力の差を見せつけて降伏させるにせよダメージは与えなければならないし、そうなれば必然的に傷は負う。
――――ならばルヴィリアの魔眼を使えば良いのではないか? 先程は失敗したが彼女の魔眼を使えば大人しくさせられるのではないか?
しかし、それも不可能。魔眼はあくまで相手の意識を操作、混乱させるものであり、意識の手綱を握るようなもの。元から暴れ馬な意識の手綱を握っても操作させられるわけがない。精々が行き先を示すぐらいだが、こんなに混乱したモンスターの意識を何処かへ仕向けても直ぐに方向転換されるのがオチだ。
「ぬぅーん……、シャルナちゃん時間稼げる? 五分ぐらい! 三分くれたら僕の頭脳が最高フルスロットルバーニングだから!!」
「あぁ、それぐらいなら……! って待て、三分で回るなら五分は要らんだろう!?」
「残り二分はシャルナちゃんとリゼラちゃんのエロエロ触手プレイがないかなって願望の時間ですけど?」
「リゼラ様ぁああーーっ! サブクエストにキングクラーケン討伐、メインクエストに四天王ルヴィリアの討伐が入りましたが如何しましょうかぁーーーーッ!!」
「待って待って冗談だから冗談だからお願い勘弁してって僕の方がメインっておかしくない!?」
アイツだけは絶対に殺さなきゃならねぇという意志を感じる。
「……まっ、時間を稼いでくれるなら僕の頭脳が回るには充分だけどねぃ!!」
薄暗い空間の中を、ルヴィリアの魔眼が縫い抜けて行く。
高度、広さ、横幅、対象の位置、水門の数、方角ーーー……、空間把握。
陽光の漏れる天井の亀裂、水門上部にある水流調節バルブ、嫌に滑りが多く傷もない巨大モンスターの体膚ーーー……、状況把握。
自身の位置、シャルナの位置、リゼラの位置、巨大モンスターの位置ーーー……、配置把握!
「よっしゃ策略けってぇー! シャルナちゃん僕はやると言ったらやる女だよ!! できたらリゼラちゃんとのダブル絶壁でぱふぱふ、いやガチガチして欲しいなって!!」
「一々変態行動をしないと気が済まないのか貴殿は! 良いから早くしろ!!」
「アイアイサー!」
巨大モンスターの触手から跳ね上がり、彼女の背に紅蓮の煉翼が舞い羽ばたいた。
その様は正に不死鳥が如く。紅色の翼は海水と粘液に濡れる白濁の触手さえも乾かし、焼き砕かんばかりに力強き翼羽だ。
モンスターもその熱量を感じ取ったのだろう、慌てて触手を引っ込めて悲鳴のように全身を痙攣させる。その痙攣は僅かな瞬間であったが、ルヴィリアの羽ばたきが縫い抜けるには余りに充分過ぎる瞬間でもあった。
「智将の策略、とくと見よっ!!」
閃光。火花の散り様が如くその姿は消え失せ、薄暗闇に結糸が如き光の交錯が紡がれる。
空を駆ける光は触手の本体に向かって突貫を、することはなく壁面に向かって突っ込んでいった。
否、違う。壁面の水門だ。巨大モンスターを中心として放物線上に拡がる水門の一つへ、彼女は突貫していったのである。
「ぬははははははははははははははははは!!」
直線に伸びた閃光はやがて壁に沿って放物線を描き、幾つもの水門を繋ぐかのように円を結ぶ。
そしてルヴィリアは、その基点となる水門の上にあるバルブを逆方向へと捻っていった。本来、街の水路を統合して調整するバルブを逆へ捻る行為ーーー……、それはつまり排出である。
「さぁ! 文字通りのお手上げと行こうじゃないかっ……、足上げ? どっちでも良いや!!」
さらなる極めつけに、魔眼発動。
暴走する巨大モンスターに魔眼の意識操作は通じない。だが僅かにその手綱を持って逸らすことはできる。
ほんの少しで良い。熱量に驚いた意識の隙間に挟み込むだけで良い。放射状に曲から伸びる痙攣した足の方角を少し変えるだけで良い。未だ水門を阻害していない足を突っ込ませるだけで、良い。
「――――ッ!!」
放流の為、薄暗闇から闇の中へ繋がれる幾多の水門。
通ってきた水路で巨足を受けていたシャルナの髪までも引っ張られるかのような、と言うかリゼラに到っては炭火焼きの七輪ごと飛ばされてしまう風圧だ。流石にそれはシャルナが受け止めたが。
つまり、長らく水圧と巣の藻藁で押し潰されていた空間が一気に解放されたことで各放物線上の水門から吸引の風流が巻き起こったのだ。
――――そしてそんなところへ脚を向けていれば、当然。
「ーーー……ッ! ーーー……ッ!!」
吸い込まれ、動けなくなる。
「どーんなもんだいっ! 暴れん坊を無傷で封じるなんて僕に掛かれば楽勝なのさ!!」
幾本の足を水門に挟まれて、と言うよりは吸い込まれて動けなくなった巨大モンスター。
赤子の喚きにも思える暴れ様は本来ならこんな空間など容易く倒壊させようものだが、そこはそれ、全ての足が水門に吸い込まれているものだから暴れるにも暴れられないのだ。
つまるところルヴィリアは見事、そのモンスターの無傷捕縛を完遂させたというわけである。
「や、やるな、貴殿! 今久し振りに貴殿の称号を思い出したぞ!!」
「おっ、ぱふぱ……、ガチガチフラグかな?」
「そして思い出すのはこれが最後になった」
「死亡フラグになった……」
「まぁそう怒るな、シャルナ」
「リゼラ様……」
「ルヴィリアのお陰で躍り食いができるんじゃからな!」
四天王、全力ダッシュ。
暴れ狂う魔王様を止めるのは巨大モンスターよりも骨が折れたそうで。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお喰わせろ躍り食いぃいいいいいいいいいいいうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお海鮮丼んんんんんんんんんんんんんうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「くっ、いかん! 昼食の海鮮丼を食べられなかったせいでリゼラ様の食欲がMAXになりつつある!!」
「まだ海鮮丼のこと引き摺ってんの!? って言うかこれでMAXじゃないって相当ヤバくないかな!? 何かもう狂人レベルだよこれぇ!! 成長期とかいう次元じゃないよぉ!?」
「ルヴィリア、また貴殿の『最智』の出番だ! リゼラ様を止める方法はないか!?」
「どう考えても無理だと思うんだよね僕!! いやでもシャルナちゃんのガチガ、は殺されるからなでなで! なでなでで妥協しよう!! 僕の頭を優しく撫でてくれたらそれで完璧なアイデアが浮かびます! 間違いない!!」
「…………」
「……解ってるよぅ! もうさっきの流れ的にお仕置きコースなのは解ってるよぅ!! でも良いじゃない! ちょっとぐらいなでなでしてくれたって良いじゃない!! 僕に御褒美くれたって良いじゃないぃ!!」
「……別に、駄目だとは言ってないだろう」
シャルナは呆れ混じりにため息をつき、肩を落とす。
彼女の放った言葉は何気ないものだったが、ルヴィリアの涙ぐましい表情に光を取り戻させるには充分過ぎるものだった。
「い、良いの……?」
「その変わり目を潰れ。……そうしたら、やってやらんこともない」
「瞑る瞑る瞑ります! にひ、にゃひひひひひっ!! シャルナちゃんのナデナデだぁ~!!」
ぎゅぅっと力強く目を瞑った彼女の頭に、ぽふりと何かが乗っかった。
海水の所為だろう、少し湿っているような気がする。けれど堅くて鋭いその指先は紛う事なきシャルナの筋肉質な指先だ。嗚呼、何だか指が頭蓋骨を貫き掛けている気がするけれど、段々意識がもうろうとしてきたけれど、と言うか何かもう完全に喰われてるけど、シャルナの指先に間違いない。ない。ない。ないんだもの。
「リゼラ様、如何ですか」
「生臭いがイカの風味はあるのでOK」
「……ねぇシャルナちゃん、僕になんか怨みでもある?」
「ガチガチ……」
「ごめん……」
残念ながら因果応報である。
ともあれ、こうして彼女達は水門所で暴れていた巨大モンスターの捕縛と、埋め尽くしていた巣穴の破壊に成功したわけだ。
今は放流状態となっているがこのキングクラーケンを除ければ水門は開かれるままに海水を通し、否応なしに街中の水没地から水脈を引くに違いない。そうすれば浸水も解決で万々歳!
問題があるとするならどうやってこの巨大モンスターを引っ張り上げるかという事だが、その辺りは落ち着くまで待ってルヴィリアの魔眼を掛けてやれば良い。ただそれだけで解決だろう。
つまり万事解決オールオッケー! 最早問題一切なし!!
「……さて、兎も角としてキングクラーケンは捕獲できたのだ。であればさっさと脱出してしまおう。いつまでもこんなところにいると気が滅入る」
「あはははは~シャルナちゃぁ~ん僕の頭も滅入りそうぅふふふふふふふ」
「リゼラ様、流石にお腹を壊すのでその辺りで……」
「グルッ! グルルルルルルルルッッ!! ガウァッ!! ガウガウガウァッッ!!」
「後で海鮮丼特盛り如何ですか」
「ふむ、よくやったのうルヴィリア、シャルナ。妾も幼児化してなければ手を貸せたものを、己の無力が恨めしいわ」
「もうツッコまない。もうツッコまないからね」
「手軽で何よりだ。それより、このキングクラーケン……、抑えたは良いがどうする? 思いの外手こずらなかったのは僥倖だが外に運び出す方が本番な気がしてならんぞ」
「確かにねぃ。あ、でもほら天井に亀裂あるじゃない? キングクラーケンは元々海の生き物で陸地の行動は好まないんだよね、水棲だから当たり前だけど。だから直射日光に当てると弱ると思うんだ。でもまぁまた海水に入れば元気は取り戻すし、きっと大丈夫なはずさ」
「ふむ、ではそれで行こう。リゼラ様は少しお下がりを。天井を破壊しますので瓦礫が降ってきますからね」
「うむ任せた。しかしこの水門所とやら、キングクラーケンの巣と言うとった割には子供とかおらんのじゃな。もっとこう、普通のクラーケンがうようよおるモンじゃと躍り食い思っとったが……」
「リゼラちゃんまだちょっと雑念残ってない? ……ま、まぁ確かにねぇい。でも、もしかしたら子供産む前だったのかもよ? 巣は作ってても中に何かがいるようには見えなかったしさ」
「ふーん、そういうモンかのう」
と、呑気に観察する彼女達を急かすように天井の亀裂から地鳴りと埃が舞い落ちてきた。
恐らく拘束している巨大モンスターの暴れ様によりこの水門所全体に振動が走っているのだろう。まさかこの場所が倒壊するはずはないと思うが、可能性がないわけでもなし、行動は早めに起こした方が良いだろう。
「どうやら無駄話をしている暇はなさそうだな……。ルヴィリア、このキングクラーケンを早急に弱らせよう! 本体を抑えててくれ!!」
「オッケー! まったくもう、心配掛けちゃってさぁー」
紅蓮の翼を羽ばたかせ、ルヴィリアは巨大モンスターの眼前へと降り立った。
魔眼によりモンスターの意識操作を行う為だ。後はシャルナにより破壊された天井からこの子を運び出すだけで良い。
「……ん?」
が、ルヴィリア。ここで違和感に気付く。
――――何と言うか、いや何と言っても違和感。確かにキングクラーケンの世話は仲間達に任せっきりで滅多に見たことはなかったが、こんなにツヤツヤした色合いだっただろうか? と言うかそもそも、こんなに小さかっただろうか?
いや、それよりこんな巨体でどうやってこんなところに入ってきたのだろう? 足一本ないし二本程度しか入らない通路を通って、どうやって入ってきたというのだろう?
「…………まさか」
巣に幼体がいないのはーーー……、未だ産んでいないからではなくて。
「しゃ、シャルナちゃん……。シャルナちゃん! 天井壊すの待って!!」
「え?」
彼女の叫びが早いか、天井に覇龍剣が振り抜かれるのが早いか。
リゼラが見たのは、叫びと同じく闇の奈落へ消えゆく瓦礫の姿。いいや、その瓦礫と同じく落下してくる数十の白濁した巨体の姿。
先程討伐したはずのキングクラーケンが数十体と、いやいや、キングクラーケンの幼体が数十体と。
「「えぇえええええええええええええええええええええええええええ!!?!?」」
「海鮮丼大盛りキターーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
四天王絶叫、魔王大喜び。
そこから始まるイカ戦争。イカをイカがにイカがわしいイカんなる大戦争。
数十本の触手と魔族の大激闘がそこから始まるわけだが、嗚呼、正しく文字通りにタコ殴り、いやイカ殴りな戦いが始まるわけだがーーー……。
――――イカだけに、イカ省略なり。




