【2】
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「どっちだ!? 次はどっちだがぼぼぼぼぼぼ」
「シャルナちゃん待ってぇええーーーっ! リゼラちゃんが深瀬に沈んだああああーーーっ!!」
「えぇい何をやっておられるのだリゼラ様はぁ!!」
逃亡中でも漏れなく大惨事なリゼラ達は現在、逃れに逃れて街の最奥辺りまで踏み込んでいた。
既にこの辺りはリゼラが沈んだように深沈しているところも多く、人通りは全くない。あるとすれば彼女達を追う賞金稼ぎの荒くれ者達ぐらいなものだ。
全く、こんな時でなければ深海に淀む建物や白煉瓦にこびり付く藻へ手を重ねて『幻想的だ』の一言でもくれてやるのに、今はそれどころではない。あの水没路で戯れる魚群へ拍手を送ってやれるどころでも、ない。
もし奴等に捕まったりすればどうなる事か。一千万、一千万だ。帝国反逆という大罪人に掛けられた賞金は一千万! ギルドや帝国憲兵に突き出されたらそのまま絞首台へGOである!
「せっかく水浴びしたのにぃいいいいいちくしょぉおおおおおおおおおおおお!!」
「良いですから捕まってください! 奴等が追ってきています!!」
シャルナはさっさとリゼラを拾い上げ、再び走り出す。
後方から迫り来る連中は最早金のために目の色を変えており、説得だ何だというのが通じる様子でもない。いや、それだけならば彼女達によって容易く一網打尽にもできようものだ。
しかしーーー……、如何せん地形が悪すぎる。
「ルヴィリア! 貴殿の魔眼は使えないのか!?」
「無理無理無理のカタツムリ! この辺り複雑過ぎて魔眼の射程に入らないよぅ!!」
彼女達が進む街の最奥は元々倉庫や小屋などが乱立していた場所らしく、大通りは大きいが小路地は驚くほど細く複雑なものだ。まるで数十本の針金をぐしゃぐしゃに纏めて箱に放り込んだかのような絡みようである。
さらに言えばあの賞金稼ぎ共の迷いの無さ。恐らく地元の人間なのだろうが、それ故の地理差が彼女達を圧倒的に責め立てているのだ。
「くっ、どうにかならんのか!? このままではいつか追いつかれてしまうぞ!!」
「わ、解ってはいますが道が複雑で……、痛っ!? だ、段々道が狭まってきているせいで思うように走れないのです!!」
「そりゃそんな体してりゃな!?」
「大丈夫だよシャルナちゃん! 僕は雄々しいその体も大好きだよ!! 性的な意味で!!」
「リゼ」
「いつもの囮作戦だな!? 赦す!!」
「拝承! 歯を食い縛れルヴィリア!!」
「待って待ってごめんごめん悪かったよごめんってば」
などと言っている間にも彼女達が走り抜ける路地は段々と狭まり、目端には行き止まりや水没路などが目立ち出す。今はルヴィリアの先導でどうにか勧めているものの、行き止まりが現れるのは時間の問題だろう。
と言うかそれ以前にシャルナの肩だの太股だのが道端の木箱や壁にガッコガッコガッタンガッタンと衝突中。行き止まり前に彼女が行き止まりになるんじゃないだろうか。なおこの際、シャルナに抱えられている魔王が被害の七割を受けていることは言うまでもない。
「くっ、もう通路の幅が……! 人間はこんな狭いところを通るのか!? しかしご安心くださいリゼラ様、貴方様だけは必ずや守り通してみせます!! この忠義心に賭けて!!」
「待って忠義心に殺される」
「リゼラちゃん耐えて! もうちょいで広い道探すから耐えてぇ!!」
「割と早めに頼むぇるごふっ」
「り、リゼラちゃぁあああああああああーーーーんっ!!」
木箱、顔面に命中。
「リゼラ様ご無事ですか!? おのれ、何処から攻撃が!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお前が見えんんんんんんんぬぉおおおおおおおおおおおお急に世界が闇に覆われたぁあああああああああまさか妾の時代が来たのかぁああああああああああああああああああ!!?!?」
「駄目だこのままじゃツッコミが追いつかないっていうか死ぬ! リゼラちゃんが死ぬ!! 魔王が忠義で死ぬ!! 待って待って開けた場所でしょ!? 開けた場所ぉ~開けた場所ぉ~開けた場所ぉ~……!! あったぁ!!」
疾駆しながらも緋色の魔眼が辺り一帯に比べ、大きく開けた場所を発見する。
その場所は水没していない上にシャルナが飛び上がったり奔り回ったりしても余裕があるほど広く、この辺りにあるであろう空洞として最適すぎるほどの場所だった。
いいやもう広いどころか広すぎるぐらいだ。あの賞金稼ぎ共を相手取るのに、ここ以上の場所はない。
「シャルナちゃん前! この先にある場所なら戦えるよ!! かなり大きい空間がある!! 覇龍剣を振り回せるぐらい!! シャルナちゃんが自在に動けるぐらいのトコ!!」
「何!? ど、何処だ!」
「前にある窓硝子から入れるトコ! 僕が先に入ってシャルナちゃんを引っ張り込むからリゼラちゃんを連れて入ってこれる!?」
「あぁ無論だとも! 行ってくれ!!」
「任せなさぁーーーいっ! でやぁーーーーっ!!」
ルヴィリア、窓硝子へ渾身のヘッドスライディング。
なお胸がつっかえ見事にはめ殺しになりました。
「……ごめん、シャルナちゃんなら通れたかも知れな」
その直後、リゼラ砲弾が激突したのは言うまでもない。
「おがぁあああああああああああああああああああ!! 尻がぁああああああああああああ僕の尻にリゼラちゃんの双角がぁああああああああああああああああああ!!」
「案ずるな……、死にたいならいつでも殺してやる……」
「ち、ちがっ、通れたって胸のことじゃないよ!? おっぱいのことじゃないよ!? 違うもん、筋肉で窓枠を破壊できたかもって意味で……! や、やめて! 覇龍剣を抜かないで構えないで!! 違います大好きです僕は君の無乳も大好きですぅううううううううううううううっっ!!」
が、覇龍剣が振り抜いたのは彼女達を追って窓枠から侵入してくる賞金稼ぎの男だった。
覇龍剣の刀身で殴り抜いた一撃により窓枠は大きく歪み、早くしろと急かし立てていた後ろの連中まで呑まれるように中へと転げ込んでくる。
こうなれば後はもう網の中の何とやら。ご丁寧に並べ立てられた連中の眼差しは全てこちらを向いているではないか。
「しっ……! 信じてたよシャルナちゃぁあああああああああああああああんんっっ!!」
「良いから早く魔眼を使え! この馬鹿者め!!」
「オッケー任せて!けどちょっとあっち向いててね!? 男のアヘ顔とか見たくないでしょ!!」
「だから何で貴殿はそういう幻影しか見せられんのだ!? もっとこう……、あるだろう!!」
「仕方ないじゃないかイメージしたものしか……、はっ、そうか! シャルナちゃんの水着姿シャルナちゃんの水着姿シャルナちゃんの水着姿ぐぇえええええええええええええええええ!!」
「「「ぐわぁあああああああああああああああああああああああああ!!」」」
結果的にシャルナの首締めが伝播したのでOKです。
「全く、幻影で見せるものにしたって限度があるだろう! 私の水着姿など見せて何になるのだ!!」
「僕のテンションが上がってより明細な幻影が出せると思いましたぇぶっ……。アカンこれ首ズレてない? 見るのが怖いんだけど」
「大丈夫だ死ぬほどじゃない」
「それつまりズレてるって事だよね!?」
「そんな事より追っ手は排除できたが……、思ったより奥地に来てしまったな。ルヴィリア、この辺りが何処か解るか?」
「シャルナちゃんの厳しさが辛い……、けどキモチイイ……。まぁ、僕も逃げるのに必死だったから道程は怪しいトコかな。かなぁーり奥まで来たったよねぃ」
この空洞へ入る前にルヴィリアの魔眼が透視した限りでは、ここ以外の場所は全て水没してしまっていた。見えたのは波に揺蕩う紙切れや空器、衣類などの生活用品ばかりで、重要物以外は持ち出す間もなく水没してしまったことが覗える。
ともあれ何が言いたいかと言えばこの辺りは水没の被害が特に甚大な場所で、恐らく街の中でも最も水没区が多い場所であろう、ということだ。
この場所だって空洞になっているのが奇跡に近い。よくもまぁ、こんな規模の空洞がそのまま残されていたものである。
「ともあれ、道って言うならリゼラちゃんはどうだい? 途中からシャルナちゃんに抱えられてたし道順ぐらいなら憶えてるでしょ。……投げられた特に記憶が飛んでなければ、だけど」
「む、それもそうだな。リゼラ様、失礼ながら道順の程は……。あれ? リゼラ様はどちらに行かれたのだ?」
ふと振り返ったシャルナの瞳に映るのは、海中深くへ引き摺り込まれていくリゼラの姿。
彼女の華奢な足を巨大な蟹のハサミが掴んでおり、そのまま餌を巣穴に引っ張り込むが如くずるりずるりと水の中。
慌てて四天王二人が救助するも、死にかけ魔王様は心の底から一言。
「毒薬散布……!!」
「う、海の生物に罪はありませんのでお許しを!?」
環境汚染、ダメ、ゼッタイ。
「ちくしょおぉおおおおお! あの蟹生茹でにしてやらぁあああああああああ!!」
「落ち着いてくださいリゼラ様、あのサイズの生茹では無理です!!」
「と言うか何か御主に投げられた気がす」
「今晩は蟹鍋にしましょう!!」
「落ち着いて二人ともぉ!? ……に、にしても、あんな沖合にしかいないような巨大蟹までここにいるって結構マズいんじゃない? もしさらに浸水が進んだりしたら建物が沈むだけじゃなく、街中が凶悪な水棲モンスターの巣窟になっちゃうよぅ。水着系女子が、あぁ、水着系女子が触手プレイの餌食に!!」
「……理由は兎も角、こんな間抜けな不手際で人間の侵略を行うのには私も反対だ。こうなったら例のキングクラーケンが巣を作っているという水門所を襲撃しよう。巣さえ破壊してしまえばキングクラーケンも妖怪島とやらへ帰還するだろう。……よろしいですね? リゼラ様」
「妾、蟹、喰う。妾、イカ、喰う。妾、魚、喰う」
「よろしいそうだ」
「ねぇこれ大丈夫? キングクラーケン無事に帰れる? 大丈夫!?」
たぶん無理。
「ま、まぁ、どうにかしないといけないのは変わりないしね! さぁキングクラーケンの巣穴がある水門所までレッツゴーだよ!!」
「うん、それは良いがここは何処なんだ?」
「解んない」
「「えぇ……」」
というわけで見事に迷ったリゼラ、シャルナ、ルヴィリア。
凶悪な水棲モンスターが跋扈する街の最奥で結構大変なことになっている彼女達だがーーー……、そんな三人とはまた別に、違う意味で大変なことになっている男の姿があった。
そう、誰であろう彼女達へ罪をなすりつけ一人優雅に酒を楽しんでいたあの勇者である。
「……さて」
彼は現在、街の最奥は最奥でも距離や方角的な意味合いではなく、闇としての最奥を訪れていた。
表通りの光から遠く離れ、海水に浸る階段を下りた先にその扉はある。門番へ秘密の言葉を言えば扉が開き、さらに階段。そこを降りて次は数人の門番による身体チェックを受けてようやく入り口まで入れるという、非常に厳重な場所。それこそがこの街の最奥に値するーーー……、とある海賊団の根城である。
なお勇者、これを全て力押しで突破。現在は総勢十数名の手練れ海賊によりカトラス剣だのマスケット銃だのと言った武器を構えられているところである。
「貴様がこの街の裏社会を取り仕切っているという海賊、グレイン・ティルカッチモだな」
「……そのとぉおーーーり。そういうアンタは誰だ? ここらじゃ見ねェ顔だなぁ~」
「旅の者だ。貴様のところであれば船を貸してくれると聞いてな」
「ほぅ……」
フォールの言葉に応えたグレイン・チィルカッチモなる男。
髑髏の眼帯に海賊衣装、額から顎まで走る一閃の傷が印象深い、何処までも在り来たりすぎるほどの男だ。若人の割には凄まじい威圧感も、また然り。
さて、そんな彼は剣だの銃だの突き付けられているにも関わらず一切動じないフォールを気に入ったのか、そのまま坦々と話を続けていく。
「アンタの言う通りそりゃ俺達は船を貸すし人員も出すが……、表の店の方が安いし安全だ。だがそこに行けないって事はワケありかい?」
「いや、全ての店に断られた。キングクラーケンを追い返したいと口にするなり何処も彼処も同じ反応だ」
「クククク、あの化け物をかい? 面白ェ、面白ェぜアンタぁ!!」
グレインが手を掲げると、周囲の海賊船員であろう益荒男達も剣だの銃だのを引き下げるが、その表情には嫌らしい笑みが蔓延っている。まるで見下げるような、嘲笑するかのような笑みだ。ねっとりと纏わり付くようなそれに不快感を憶えない者はいないだろう。
だがフォールは依然としていつもの無表情のまま、居を崩すことなく平然を保つ。
「それで? 貸してくれるのか、貸してくれないのか」
「おいおい、落ち着けよ。話が早ェのは良いことだが急きすぎるのは良くねェ。……だろう?」
「ならば、何とする」
「なァに、簡単な話さ。取引には報酬と対価があるモンだろう? じゃあその対価をどうするか、ってな」
「……対価、か」
「あァ。こっちもあのモンスターには迷惑してるし、アンタが船を貸せっつーなら貸してやらん事もない。……だが船ってェのは一人や二人で動かすモンじゃねぇ。何十人で動かすモンだ。その為にはウチの人員も出さなきゃならねぇ。船と人員を貸し出してるんじゃねェんだ、船を貸し出すなら人員も貸し出さなきゃなんねェのさ」
「ふむ……、どのみち俺では船の動かし方は解らん。貴様等に頼らざるを得んな」
「だろう? なら対価も相応のモンを払ってもらわなきゃなァ~~~……?」
フォールを取り囲む嫌らしい笑みが、いっそう悪どくゲヒゲヒと喉笛を慣らす。
彼は相変わらず無表情を崩すことはなかったが、密かに指先を腰元の刀剣へと伸ばしていった。最早、臨戦態勢と称するに何ら異なることなき状態だ。誰かが剣に手を伸ばせば、それだけで白刃が閃光を刻むことだろう。
「金……、と言うほど簡単な話ではないようだな」
「当然! アンタ、さっき旅人って言ったよなぁ? だったら色んな国、色んな奴等、色んな人種と出会ってきてるはずだぜ……。つまり人脈だ。人脈があるアンタだからこそ支払える対価ってモンがある」
「……何だ?」
「クク、それはな」
密かに囁かれる対価の内容。フォールはそれを耳にして一瞬の逡巡を見せたが、可能だろうと頷いた。
そこから導かれるのは海賊達の歓喜喝采大賑わい。グレインまでもが机だの椅子だのを薙ぎ倒さんばかりに大手を振って喜びの声を上げる。まるで一攫千金の埋蔵金でも掘り当てたかのような喜び様だ。
彼等は最早、対価を求めた男が何処か思案顔で頷いていることになど気付きもしない。ある者は抱き合い、ある者は感涙し、ある者は神にさえ祈る始末。そんな彼等が気付くはずも、ない。
「ほ、本当か? 本当だよな!? アンタ、本当に用意してくれるんだよな!?」
「勿論だ、約束は守る」
「はっはァ! それだけ聞ければ充分だ!! おい野郎共、この御方に船を用意して差し上げろ!! 今すぐにだ!!」
「「「アイアイサー!!」」」
海賊達は我先にと地下から飛び出し、港へと駆けていく。海賊団のアジトはあっと言う間にもぬけの殻だ。
そしてグレインによりその空間からV.I.P.か貴賓のように丁寧に案内されるのは、やはりフォール。先程までの態度とは打って変わって、彼はまるで下僕のように悩ましい無表情の彼へと頭を垂れている。
にこやかに、それはもうとってもにこやかに。
「ではお願いしますね、兄貴!」
「……まぁ、うむ」
やはり悩ましい声は変わらず、けれど海賊達の声援も変わらず、こうしてフォールは海賊達と約束を取り付けた。地元漁師や船渡し、ギルド支部でさえも拒んだキングクラーケン討伐の協定を、裏社会の海賊達と取り結んで見せたのだ。
――――もっとも、その対価は恐らく彼以外に払える者はおらず、そしてこの場にリゼラ達はいたとすれば口を揃えて非難罵声を飛ばすようなものだった訳だけれど。
「頑張って、みるか」
しかし、その事実について魔王達が知るのはーーー……、まだ先のことである。




