【3】
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「ほ、本当に大丈夫なのか? 本当だな!?」
「失敗したら僕も死ぬからね! 当然だよ!!」
計画を始める前だと言うのに瞳に涙を浮かべた人柱達、もといシャルナとルヴィリア。彼女達は魔道駆輪の影に隠れつつも太郎を可愛がるフォールの隙を必死に窺っていた。いつ行こうか、いやいや、いつ逝こうかという覚悟を決める死刑宣告前の時間である。
いざ勇気を貰おうと後ろを振り返っても、そこにいるのは足を組んでブルジョワジーよろしく葉巻(※爪楊枝)を咥えて『オラ行け負け犬ども』と顎をしゃくる魔王様の姿。謀反してやろうか。
「……信じるからな? 信じてるからな!? こ、これで、本当に!?」
「少なくとも僕が思いつく中で最高の成功率を誇る策戦さ! 僕の策略は超確実の必殺叡智! そして!! 僕の策略の叡智は全て隙を生じぬ二段構え!!! 大丈夫、この智将を信じなさい!!」
「信じるぞ! 信じるぞ!! 信じるぞぉ!?」
シャルナは意を決したのだろう。魔道駆輪の影から身を乗り出し、ずんずんとフォールへ迫っていく。
先程、何処ぞの馬鹿魔王のせいで警戒心の跳ね上がった勇者は牙を剥き剣を構えてこちらを威嚇。シャルナもそれに突っ込むようなことはせず、いや違う、元より距離など関係ない。視界にさえ入れれば良いのだから。
「……信じるぞ、ルヴィリアッ!」
大きく息を吸って、吐いて、彼女は計画を発動する。
――――魔族が誇る『最智』の智将が編み出した、対勇者専用の叡智なる策略!
シャルナは両掌を軽く曲げて包み込むようにしてハートを創り出し、そして自身のへその前に突き出して腹の底から叫び上げた!!
「お、おへそできぅゅんっっっ!!」
そう、これこそ絶対必殺の悩殺策戦! 『褐色エロ腹筋のおへそに注目を集めよう』策戦である!!
だが前もって言っていたように、ここでは終わらない! 既に勇者の眼差しがこの世のものとは思えないほど冷たくなっているが本番はここからである!!
「わきでもきゅんっ!!」
決まった! このへそから引き締まった腋へのハート移動! そしてトドメのーーー……!!
「いつもムキムキ貴方の隣に這い寄る褐色、シャルナ・スザク……ですっ♡」
勝った!! これに魅了されない者はいない!! 勇者フォールここに死す!!
「…………」
フォールは何も言わず彼女に歩み寄り、額から体温を計測する。熱はないようだ。
首筋の脈拍や頬の痩け具合からして何か悪いものを食べたようでもないらしい。彼はそのままシャルナに毛布を与え、今日一日は安静にしているよう言い残して魔道駆輪のファンシールームへと運んでやる。
――――気付けば、シャルナの瞳からは涙が溢れていた。どうしてこんなに悲しいのだろう、どうしてこんなに辛いのだろう。それはきっと世界から争いがなくならないからだ。世界から悪がいなくならないからだ。
いつになれば世界は平和になるのだろう。シャルナは静かに消え逝く意識と誇りの狭間でそんな自問自答を繰り返していたーーー……。
「シャルナちゃんのエロさアピールにフォール君が釣られる瞬間……! そう、これを待っていた!!」
で、そんな彼女を囮に、策略というか策謀というか明らかに役得に走った智将、物理的にも走る。
フォールがシャルナを寝かしつけに太郎から離れた今がチャンス! この瞬間こそ偽物と太郎を入れ替え、リゼラに届ければミッションコンプリートだ!
「にゃはははは! やっぱり褐色筋肉エロアイドルは最きょぅぼらァッッッ!!?!?」
だが勇者フォール、これを予期していたのか、いつの間にか落とし穴という罠を用意済みである。深さにして三十メートル。底には包丁からナイフまで選り取り見取りの殺意と確実に殺しに来ている構造だ。
逆にこれを予期していなかったルヴィリア、地表から消失。巨星、ここに堕つーーー……。
「うぬぅらぁああああああああああああああああ!!」
だが智将、ここで諦めては名が廃るとばかりに落とし穴から必死の復活。
奇跡的に穴の中で彼女の胸と尻が引っ掛かった為、穴底まで落ちることはなかったのである。恐らくリゼラを警戒して作られた罠だった為だろう、彼女の魅惑ボディは奇跡の生還を果たしたのだ!
「ふ、フフフ……! この程度で僕がやられるとでも思ったのかぁ!!」
彼女はどうにか落とし穴から這い上がり、優雅に毛繕いする太郎の元まで辿り着くことができた。流石は智将、勇者の卑劣な罠など者ともせず折り返し地点まで胸と尻の犠牲のみでの到着である。
あとは偽物であるニワトリ人形を置いてカインと共にリゼラの元まで帰るだけだ! 敗者は死ぬと誰が決めただろう、敗者だって生きてて良いじゃない!!
「門番はシャルナちゃんに夢中、彼の卑劣な罠も乗り越えた! フハハ、どうだい僕の二段構えなエロメイド策戦の恐ろしさは! 思い知るが良い、フォール君! これぞ智将の実力なのだっぼぇんっ!!」
落とし穴、まさかの二段構え。
二段構えの恐ろしさを知るのは自分自身だったというオチ。落ちだけに!!
「ぐ、ぐぉおおおおおおお…………!!」
しかし智将、これを耐える。まだ耐える。
だがフォール、一つがリゼラ用ならば二つ目は無差別殺戮用として作っておいたのだろう。その落とし穴はルヴィリアも易々と落ちるような大きさと深さだ。
って言うか底が見えない。真っ暗で地鳴りのような、或いは何か蠢いているような音がする。さっきの殺意の塊より遙かに怖い。
「お、落ちてたまるかぁああああ……! カイン、カイン・ロード! 聞こえているんだろう!? 手を貸せ、手を貸すんだ!」
「コケェ」
「そうだ早く来っ……、か、カイン? カイン!? おいちょ、待っ、おいこっち見ろこっち!! こっちぃいいいいいいいいいいいいいい!!」
「コケコッケ~」
だがこのチキン、まさかのすっとぼけ。
「い、良い度胸だね君ぃ! 良いから早く、おち、落ちる! これ何かいるって絶対!! 底にいるって何か動いてるもん! ヘルプ!! 手、手を貸すんだ! 手? あ、脚? 羽? いやいやどうでも良いから助けるんだよぅ!!」
「コケッコケッ?」
「お願いだから助けてってばぁ! 同じ魔族のよしみじゃないかぁ!!」
「滑稽」
「君それ上手いと思ってんのかぁああああああああああああ手がぁああああああああああああーーーーー…………!!」
こうして智将は悲痛な叫びと共に、穴の中へと消えていく。
まさかカインが魔族をガン無視という事態は流石のルヴィリアも想像できなかったのだろう。彼女は呆気なく何処に続くのか何がいるのか解らない穴の餌食となってしまった。
きっと今頃はもう穴底にいる何やら解らない何かに襲われているのかも知れないが、太郎ことカインはそんなものは知ったことではないと言わんばかりに嘴を羽の毛繕いに持って行った、が。
「にぃいいいいいがぁああああすぅうううううかぁああああ…………!!」
ここで終わらないくどさがルヴィリアの真骨頂。
ピンク色の何かぬとぬとしたものに引き摺られながらも、彼女の手はカインの羽をむしり掴む。
そしてそのまま偽物と入れ替えーーー……、全力投球! ならぬ全力投鳥!!
「コケェエエエエーーーーーッッ!!」
絶叫の悲鳴と共に、空も飛べない堕天使は魔道駆輪の影へと真っ逆さま。
それは四天王二人が自らの犠牲(※尊厳と物理)で紡いだ命のパス。一人は自らの尊厳を犠牲に恐るべき門番を退け、一人は自らの肉体を物理的に捧げ見事役目を果たし通した。
彼女達は敗者ではない。彼女達もまた勝者なのだ。リゼラという勝者へ架け橋を繋ぐチームプレイを見せた勝者の一人なのだ!
そう、彼女達の死は無駄にはならない! 太郎ことカインは空を舞うこともできず、残る一人であり、満面の笑みで焚き火の上で熱した鉄板を用意する魔王の元へとーーー……。
「コケェッ!?」
フォールと飛空訓練をしていなかったら死んでいた、と後にカインは語る。
「チッ……、避けおったか……」
「コ、コケェ……!? コケェッ!?」
「ふん、今更そんな演技しても遅いわ。……まぁ、何はともあれ話し合おうではないか? んン~? 見ておったぞ先刻の裏切り行為……。よくやった、じゃねぇや。よくもやってくれたのぅ……」
「ち、違うコケェ……!」
「いやキャラ捨てるならキッパリ捨てろや何だその語尾」
ちなみにカイン、隣の鉄板が怖いので撤去を要求。
これに対しリゼラ、冗談だと笑いつつも何故か鉄板の加熱を継続。だが冗談は塩コショウを用意したりしない。
「……ぐ、ぅ、違う、違うのですご息女様! どうかご理解を!! あぁでもお叱り頂けるなら是非!!」
「ご息女じゃ……、いいやもう面倒くせぇ。何じゃ? 言いたいことがあるなら言え。遺言になるがな」
「既に死刑確定ですか!?」
「でもちゃんと身も清めるし……」
「それさっきの調味料じゃないですかぁあああああああああ!!」
危うくディナーが鳥の丸焼き死刑風味です。
「こうなりたくなかったら答える事じゃのう。カイン、御主どういうつもりであのアホ勇者に媚びなど売っとんのじゃ? シャルナとルヴィリアの尊い……、いや別に尊くないな。犠牲のお陰で御主をフォールから引き離せたのだ。キッチリ話してもらうぞ」
「……ぅ、ぐ」
バツが悪そうに押し黙るカイン。しかし彼の観念は意外と早かった。
と言うのも、そもそも抵抗するような内容ではないからである。
「解りました……、話しましょう。それは私のこれからの生活のためです」
「何、生活だと?」
「はい。……恐らくご息女様達が聞きたかったのは件の黒幕に関することでしょう? しかし残念ながらその事に関する記憶は私にはございません。魔族であった頃の記憶や日常的なことに対する知能はあるのですが、この姿の影響なのか三つの呪いを受けてしまったのです」
「記憶はないのか……。で、三つの呪いとは?」
――――呪い、と。彼は口にする。
彼の背後にいた黒幕はこんな姿にし、自身の記憶を消し去っただけではなく呪いまで掛けたということか。
何と躊躇なき人物だ。きっとそんな呪いとやらも、その者によるならば身の毛もよだつような恐ろしいものである事に違いない。何かこう、青野菜しか食えなくなるとかそういう感じの。
「まず余ほど強く憶えようとしなければ新しい記憶は三歩歩けば忘れてしまいます」
「三歩」
「毎朝、日の出と同時に目覚め遠吠えをしてしまいます」
「遠吠え」
「そしてその遠吠えの度に恥ずかしながら力んでしまい、肛門でんほぉする事に」
「んほぉ」
「恐ろしい呪いでしょう!?」
「世界中のニワトリに謝ってこい……」
なお実際の雄は卵を産まないので、そこだけは呪いとも言える。
「そういう訳でして、実は私ただ生きて行くことも難しい身なのです。いやぶっちゃけ群れに入れば何と言うことはありませんしむしろニワトリ帝国築けますし帝王にさえなれます。一回そうしました!」
「したのかよ」
「しかし、その生活の中で私は満たされなかった。満たされるはずもなかった……! どうしても生きる為には必要なものがある。それを失っては、私は生きていけないのです! 故に私は群れを捨て、ただ一人走りだしたのですよ!! 決して失ってはいけないもののために!!」
「一応聞こう、何じゃ」
「ロリ&ショタのニーソ踏み踏みッ……!!」
魔王は即座に鉄板の上へ油を引いたそうです。
「待っ、ち、違います! 話を最後まで聞いて下さい!! まだ私が勇者フォールに従っている理由を言っていません!!」
「いや良いよもう挽回できねぇよ汚名も返上不可だろこんなモン」
「そうではないのです! 私も一度は人間か何かを利用し、再びのし上がることを考えました! このおぞましき姿から元の凛々しく美しい姿へ戻ることも考えました!! しかし敗者には敗者の誇りがある……! よって私は敗者の戒めとしてこの姿である事を敢えて望んだのです!! 勇者フォールと出会ったことは、勝者と敗者が出会ったことは正しく運命だったのですよ!」
「本音は?」
「ご飯美味しいし寝床もあるし世話も丁寧だし毛繕いもしてくれるしもうこれ以上の飼い主はいないかな、って……」
「おい誇り何処いった」
なお勇者によるご飯と寝床と日々の世話と健康管理までされている魔王がいることは言うまでもない。
「私も悩みました! ロリ&ショタどちらも捨てがたいがやはりニーソだけは譲ってはいけないと!!」
「御主の添えもの何が良い? 選ばせてやるよ」
「あ、ち、違います! そうではなく!! 我が欲望か尊厳か、それとも敗者としての責務か!! 勇者フォールに破れたあの日から悩み悩みに悩み抜いて、苦悶に伏す毎日でした! 私はそれでも生きる事を選んだのです、生きる事こそ敗者としての罰だからと……!!」
「……カイン」
「まぁ三歩で忘れちゃったんで多分そんな日々もあったんだろうなぁ、と」
「野菜と魚介とパンがあるんじゃが、パン? パンでいく?」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
閑話休題。
「もぉおお~~~~……、こんなアホの為にシャルナとルヴィリアは死んだのかぁ……」
リゼラは余りのくだらなさにのんべりと上半身を倒し、深くため息をついた。いや部下は精神と肉体的には死んだがまだ生きているので死んではいない。たぶん、きっと、メイビー。
それはともあれ、どのみち思い描いていた大事もなく、逆にそれらしい収穫もなく。いざ出て来たのは余りに馬鹿らしい話とニワトリ頭の阿呆だけ。何を責めれば良いのやら、このアホニワトリを責めれば良いのかそれともこれを拾ってきた馬鹿勇者を責めれば良いのか。もう考えるだけで頭が痛くなってくる。
「ニワトリになっても変態のままなのは解らんが、まぁ……、御主に悪意がないことは解った」
「そうですかご息女様では鉄板の上で吊り上げられたのを解き降ろしていただけると有り難いのですが。油が、油が撥ねっ、ちょっ、油、油ァ!!」
「ったく、まぁフォールが関わったら不幸になるというジンクスが破れただけでも良しとするかのう……。これを機に妾もちょっとぐらい良いことあったりしねぇかな……」
「ご息女様! ヤバいです、良い匂いが、あぁ、良い匂いが!! 自分で言うのも何ですがかなり良い匂いがします!! 塩コショウだけの単純な味付けながら香ばしく焼けて皮はぱりっと中身はジューシーな焼き鳥の匂いがします!!」
「まぁ、今は取り敢えず焼き鳥サンドが食えることに感謝するしか……」
「聞いてますかご息女様!? かなり猟奇的ですよご息女様!? やめてー! いやだぁー!! 丸焼きは、焼き鳥は嫌だぁーーー!!」
「…………」
「どうしてそこで直ぐに別のソースが出て来るんですか!? 刺身、刺身ですか!? そっちの方が猟奇レベル上がってますよ!!」
「鮮度も上がるからへーきへーき」
「何がぁ!?」
「えぇいやかましい鳥だ! 幾ら騒ごうが助けは来ぬ!! 最早我がジンクスが破られた以上、貴様の体はここで妾の欲望を満たす為の餌食となるのだ! ぬははは、諦めよ! 最早その身が穢れずに済むとは思わぬことだなぁ!! 塩とかコショウで!!」
「な、何て人だ……! 仲間の犠牲の上でそんな蛮行を!!」
「仲間ぁ~? あぁ、あの敗北者共のことかぁ~? クックック……、奴等は良い手駒であったわ。後で貴様を味わわせてやっても良いなぁ~? 尤も、妾が美味しく味わった後でだがなぁ!!」
「くっ、この外道め……! 私は、私は負けない!! 私は丸焼きなんかに絶対に負けないッッッ!!」
「フハハハハハ! フラグを立ておったな馬鹿め!! フラグを立てた貴様とフラグを破ったこの妾、勝敗は見えたな! では美味しい丸焼きになるが良ーーー……」
リゼラがナイフを取り出し、カインを吊すロープに向かって刃を振り抜こうとした、瞬間だった。
彼女の頭にゆっくりと掌が添えられる。その手は小指から順に彼女の頭部を握ると、そのまま軽々と持ち上げた。
そう、アイアンクローならぬヘッドクロー。万力よろしく鋼鉄さえもへし曲げるその一撃を放てる者などそうはいまい。この場に限れば、ただ一人しかいまい。
――――即ち、勇者の帰還である。
「ご主人ぁああああああああああっ!!」
「ば、馬鹿な! どうして御主が!? シャルナが足止めしているはずずずずずずずずずずあだだだだだだだだだだだだだだっだ!? やめ、ちょ、頭が潰れる! 潰れるヘッド!! 解った、取引だ! 取引をしよう!! 半分か? チキンの半分か!? 添えものをくれてやっても良い!! パセリだけががががががががががが!! 解った、リフの葉も、リフの葉もつけるから!! 巻いて食べたら美味しいよぉおおおおおおおああああああああああああああああああああ!!」
「…………」
「ふ、ふははははあだだだだだだ!? こ、ここで妾を倒しても第二第三の食欲が止め処なく押し寄せる! 勇者め、貴様にそれを止めることががががががががやべぇこいつパワーまったく弱めねぇえええああああああああああいいいいいいいいいいいいいい!!」
「…………遺言は、それだけか」
「ち、違っ、ひっ、ち、ち、ち……!!」
「ち?」
「明日の夕飯は……、チキンが食べたいですぅるべっ」
魔王、堕つ。
やっぱり勇者には勝てなかったよーーー……。




