【1】
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「おぉーい、フォールくぅーん!」
ニワトリ、もとい太郎の世話をするフォールの元へ、いつもの陽気な調子でルヴィリアがやってきた。
るんるん気分でステップを踏み出しそうな彼女にフォールは一瞥をくれるも、素っ気なく何だと返してまた太郎の世話に戻る。今はどうやら爪先を綺麗に整えてやっているらしい。
「いやぁ、そのニワトリかわいいねぇ!」
「太郎だ」
「た、太郎! そう、太郎!! うんカワイイカワイイ! ……けどなぁ、大丈夫かなぁ? フォールくん飼うのは良いけど大丈夫カナー?」
「……何が言いたい」
「ん~? えっとねぇ~。その子、親鳥だったりしないかなぁ、って……」
「親鳥、だと?」
ルヴィリアは何処か物憂げにうなずき、仰々しく困ったなぁという風なポーズを見せた。
――――そう、これは魔族達による『フォールのニワトリ離れ大作戦』である。このニワトリがカインである以上、近く置いていては何が起こるか解らない。であれば何とかしてフォールからカインを引き離すしかない。
だが、ただ説明するだけではフォールは決して諦めないだろう。よってここは『最智』なる智将、ルヴィリアの巧みなる話術によってフォールが自主的にこのニワトリこと太郎を解放するよう仕向ける、という策戦なのだ。
「いやね? その子、スワム・ハイエナに襲われてたんでしょう? もしかしたら自分の巣から離す為にわざとスワム・ハイエナの囮になったんじゃないかなぁ、って。そうだとしたら今頃、雛鳥たちは親鳥であるその子の帰りを待って寂しくガーガーと……」
「ふむ、一理ある」
「でしょう!?」
「ならばその雛鳥も保護して面倒を見るのが俺の責務というもの。リゼラ達を呼んで来い、今すぐ道程を戻るぞ!」
「ごめん待って違うわ勘違いだわその子未婚だわ魔眼で見た間違いない間違いない」
「む、そうか? そうなのか太郎」
「コケェッ!(そうです)」
「その通りだそうだ。良かったな」
「うん……」
ルヴィリアは自身の顔を罪悪感で覆いつつ、悲しい足取りでリゼラ達の元へ戻って来た。
――――あの勇者が。あの勇者が未だかつてここまでの思いやりを見せたことがあるだろうか。いや、これからもこれ程の思いやりを見せることがあるだろうか。いいや、ない。
きっとこれは彼に赦された最初で最後の親心なのではないだろうかーーー……?
「……ごめん、本気過ぎた」
「あの思いやりがミリコンマで妾達に向くことはあるんじゃろうか……」
「やめてくださいリゼラ様、泣きたくなります」
現実はいつだって非情なものである。
「駄目だよアレ。フォール君に宿ってはいけない何かが宿ってるよ。具体的には親心的なアレが宿ってるよ。彼に宿るのは悪魔の心だけじゃなかったのかい!?」
「いや流石にそれは言い過ぎじゃろ暗殺者までにしとけ」
「リゼラ様も大概ですけどこの前『悪魔め悪魔め』って連呼してませんでしたっけ」
「だって悪魔に暗殺者の心が宿ってるもん……」
「リゼラちゃんそれ僕より酷いこと言ってないかなぁ!?」
だが事実である。
現実とはいつだって以下略。
「で、どうする? 次は誰が行くんじゃ」
「……そうですね、ここは僭越ながら私が向かいましょう。フォールを説得できるかどうかは怪しいところですが、ルヴィリアの策戦を参考にすれば、或いは」
「ほうほう、僕のどんなトコを参考にするんだい? シャルナちゃん」
「うむ。貴殿の計画も決して悪いものではなかったが失敗した。しかし思い出してみろ、先ほどフォールへ話しかけた時に褒めるところから入っただろう? あの時のフォールは何処か上機嫌だった。……実際のところ奴は意外とお調子者で自然な煽てには弱いのだ。しかし態とらしかったり企みがあったりすると気付かれるのがフォールの性格だな」
「お、おぉう、流石に乙女の分析力は高ァッ待って待ってやめて照れ隠しにアイアンクローは洒落にならないやめてやめて」
「えぇい、アホな事やっとる暇があるなら策戦を説明せぬか!」
「こ、これは失礼を……。こほんっ。つまりですね、フォールへ自然な風を装って話しかけ、まずはあのニワトリを褒めるのです。ですが、そこから段々とフォールが野へ返したくなるよう誘導……、即ち野で生きることこそが幸せだと擦り込むのですよ! どうでしょうか!?」
「おぉ! 何か後半がガッバガバじゃが確かにいけそうな気がするぞ!!」
「いやはや、いつもフォール君を観察しているからこそ可能な策せん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
「では行ってきますね、リゼラ様!」
「おうその前に逝きそうな奴がおるけどな」
アイアンクローは死の香り。
ともあれ、そういう訳でフォールへと近付いていったシャルナを見送りつつ、リゼラと死に損ないは体を伏せて経過を観察する。
接触は上手く行ったようだ。太郎の飛空練習をしているところへ上手く付け込み、楽しげに話しているではないか。流石はシャルナ、第一フェイズは難なくこなしたらしい。
「いやぁ流石だねぇ。見てあの嬉しそうな顔。何か初々しいカップルみたいでこっちが恥ずかしくなってくるよぅ」
「え、何? フォールとニワトリが?」
「関係性的には間違ってないけど絵面的な話でね?」
「あぁ、絵面か……」
「でもまぁ、絵面だけじゃなく関係もあの二人がさっさとそうなれば……、おっとシャルナちゃん仕掛けたっぽい!」
シャルナ、まずはルヴィリアと同じくフォールに接近。先程言っていたように褒め殺し策戦から入ったようだ。
これに対してフォールはいつも通りの無表情と何気ない相づちを返すが、そこそこ会話が成り立っているのを見るに彼女の戦略も強ち間違っているわけではないらしい。いや、一緒に毛繕いをし出した。成功、成功である。
「おぉっ、良い感じだね! 流石はシャルナちゃん乙女力が高い!!」
「いや、まだじゃ! 第一段階が成功しただけでは完遂とは言えん!!」
「い、いやでも……? あっ、話してる話してる、何か諭してるっぽい! フォール君が頷いてる!」
「アイツ割と良い母親になりそうじゃよな」
「えっ、シャルナちゃんが僕のママに!?」
「テメェのとは言ってねぇ」
リゼラ達がぎゃあぎゃあと観察している内にもフォールの反論らしき会話は続き、数分ほど彼等は言葉を交わし合った。シャルナの策戦はどうやら効果アリだったらしく、速攻で撤退したルヴィリアに比べかなりの持久戦となったらしい。
しかしそんな持久戦も間もなく終わりを迎え、観察に徹していたリゼラ達の元へ清々しい表情のシャルナが戻って来た。達成感溢れるその表情から、どうやら計画成功は間違いないようだ。
「おぉシャルナ! 流石じゃのうよくやった!!」
「信じてたよシャルナちゃんならやってくれるって! いやぁもう愛してるぅー!!」
「フッ、当然だ……」
そして、シャルナはにこやかに。
「太郎はこれから我々の家族になるのだからな!」
「おい洗脳されて帰って来たぞコイツ」
「もうホント何なのあの勇者」
やっぱり失敗でした。
「フォール君と長く話すのは危険だったね……。洗脳されるし……」
「おーいシャルナ、しっかりせい。気を取り直せ気を!」
「はっ!? も、申し訳ありません! 気付けば太郎の良さこそ全てと思うようになっていて……」
「良かったね、これスライム洗脳だったらあと数時間はイってたよ」
「くっ、普通の洗脳だったことが不幸中の幸いかッ……! 何たる失態だ……」
「何かもう洗脳がデフォ設定になってきとるけどアレ勇者だよな?」
若干怪しいところではある。
「えぇい仕方ない、こうなったら妾が行く! 一々遠回しにするからいかんのだ、こういう時はズバッと言ってやるのが良いのだ、ズバッと!!」
「でもリゼラちゃん、それじゃあさっきの繰り返しだよう? 今度警戒されたらどうしようもないと思うんだ」
「いやしかし、長く会話しては私のように洗脳される可能性があるからな。リゼラ様の案も悪くないのではないか?」
「……ちょっと遠回しにすればセーフ、かなぁ?」
「よっしゃ遠回しに言えば良いんじゃな?」
「で、でもアレだよ? こう、フォール君がカインを手放したくなるような事だよ? リゼラちゃん言える?」
「ぬっはっはっはっは! その程度ならば任せるが良い。あのアホ勇者からニワトリを取り上げるなど、この聡明なる魔王に掛かれば余裕綽々よ!! 見ておれ、今に奴が喜んでカインめを手放すところを見せてやろうではないかっ!!」
と言う訳で意気揚々と駆け出していったリゼラ。後方待機のシャルナとルヴィリアはまぁ駄目なんだろうなぁと思いつつも一応見守りの姿勢を取る。
実際、二人の刺客を退けたフォールはかなり警戒心が高まっているらしく、リゼラが近付くのを発見すると真っ先に太郎を自身の後ろへと匿った。最早その目付きには敵対心しかない。
だがこんな事で我等が魔王様が怯もうものか。彼女はいつも通り威風堂々、偉そうに鼻息を鳴らしながら絶壁の胸を張って、一言ーーー……。
「妾、今日の夕飯はチキンステーキが喰いたいのう!!」
勇者抜剣、四天王疾走。
それはもう、とても醜い争いだったと言います。




