【エピローグ】
【エピローグ】
「……良いのか? こんな高級なものを」
「構うかよ! アンタは街の恩人だ!!」
勇者達に用意されたのは魔道駆輪、即ち魔力で動く馬車だった。いや、馬を必要としない点で言えば馬車とは言えないが、それでも馬車より速度が出るし頑丈だしと良い事尽くめの、完全上位互換な逸品である。
しかし、当然ながらここまで高級なものだと煉瓦造りの家が一つか二つ買えるほどには値が張るだろう。当然ながらフォールの手持ちにそれだけの余裕はない。
だが、街の人々は邪龍ニーボルトを追い払っただけでなく、あの悪徳領主まで懲らしめてくれたお礼としてこの魔道駆輪を無償で差し上げると言い出したのだ。街店の店主であろう大男は随分な上機嫌で、しっかりメンテナンスまでしといたからよ、と声を張り上げた。
「城壁ならまた作ればいい。人が生きてりゃ壊れたものだって直せる。いンや、もっともっと良くしてける。壊れてよ、取り返しがつかなくても、そっからまた良くしてけんだ。だからこれはお礼! 遠慮せずに受け取ってくれ」
「ふむ……、そうか。ならば好意を無下にするわけにもいかん。有り難くいただくとしよう」
それから、彼は衣服や食料などの相場を伺い、これには順当に金を払って注文していった。こうして旅の準備も整い、今すぐにでも出発できるようになるのだろう。
と、そんな様子を譲り受けたばかりの駆動輪の中から眺めつつ、魔王リゼラは真っ赤になった額を擦っていた。
確かに、あぁしていると普通の青年のようだが、邪龍を軽々しく倒したり運んだり投げたり、奴がとんでもない怪物であることには違いない。全く今回の一件といい、どうしてこんな事に巻き込まれてしまったのか。
本当なら側近と一緒に合コンとか行って婚活してる頃なのに。いや違う、側近と四天王を従えて勇者と憎き女神を睨み付けてやっている頃なのに。全くどうして、こうも自分はツイてないのか。
「それで、もう一つ注文したいのだが……」
「ん? あ、あぁ」
憂鬱に頬杖を着いていたリゼラが跳ね飛んだ。
今の言葉、間違いない。何やら隠れてこそこそと取引している様を見ても、やはり間違いない。
今、勇者は取引をしているのだ。本来の金の使い方だ。奴の弱点に繋がるであろう、何かが取引されている。
「ッ……!」
彼女は魔道駆輪の窓からダイナミックに飛び降り、疾駆していく。窓枠に躓いて顔面から落ちたりしたけど関係ない。
そこから勇者の腰に肩から思いっ切りぶつかって、彼等が取引しようとしている品を盗ってやろうとした、が。巨木にブチ当たったが如く、吹っ飛ばされたのは魔王リゼラの方だった。あぁ、小さい頃に側近と追いかけっこしてて魔王城の柱へ顔面から突っ込んだ事があったっけ、と。そんな事を思い出しながら。
「のぐ、ふぅうううう…………」
「何だ、ぶつかり稽古か」
「誰が関取だ……! く、御主め、何ぞ取引しておろう!? 何を取引しておる!!」
「……貴様に言う筋合いはない」
「やっぱりか! やっぱり何か知られたらマズいもん取引しとんじゃろ!! おら見せろオラ!!」
彼女はフォールの指に噛み付き腕に絡みつき、山猿でも連想させるかのような凶暴さで暴れ回った。言うまでもないが、そこに魔王の尊厳や威厳などありはしない。ついでに言うと店主もドン引いていた。
しかし魔王リゼラは必死である。今、この男の手の中に、忌々しい勇者を倒し、自身に美貌を取り戻し、何より魔族を救うための希望が隠されている。ならば衆目なぞ気にするものか。何としても奪い取ってやる。この誇り高き魔王が魔族を救った英雄として後世に名を残すのだ!
「寄越せ寄越せ寄越せ見せろぉおおーーーーっ!!!」
「えぇい、暴れるな噛み付くな揺さ振るな」
「やかましいわさっさと見せぬか! このためならば何でもするぞ妾は!! さぁさっさと見せろ見せろ見せろ!!」
バスバスバスッと勇者の顔に連発される初級魔法。当然、本人は羽虫が顔の周りを飛んでいるようにしか思っていないのだが、それでも魔王リゼラは放ち続ける。
そんな攻防が続き、やがて何事かと野次馬の人混みができはじめた頃、遂に勇者フォールが折れた。仕方あるまい、そこまで言うのなら見せてやろう、と。
「やった! 勝った!! フハハハハ! とうとう、とうとうこの男に!!」
「スライムくん人形だ」
「これで魔族が救われるぞ! フハハハ! 妾が救ったのだ!! フハハハハハ!!」
「ご当地限定でな。様々な国に事業展開していて、色々なタイプがある。この街の『荒野を彷徨うスライムくん』などこのスれた感じが何とも……」
「見たか女神め! 見ていますか初代魔王! 妾が魔族を救いましたぁああああああクソォオオオオオオオオオオオオオオオオオ結局スライムかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
悲痛な叫び響き渡り、勇者のスライム自慢が始まり、野次馬が散っていき、やがて街には平穏が戻り始める。
こうして、城壁や領主邸宅、魔王の尊厳と威厳など数多くの犠牲を出しつつも、何とも悲惨な邪龍事件は結末を迎えたのであった。そんなこんなで勇者フォールと魔王リゼラの旅はまだまだ続いていくのであろう。
そう、フォールがスライムをぷにぷにするその日まで。
「……ところで、何か忘れてる気がするんだが、何だったか」
「うるせぇわくそったれぇえええええええええええええええっ!!!」




