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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
いざ帝国へ
219/421

【4】


【4】


「はむっ、んぐっ、むふっ。ぉぐんっ。うぉおんっ」


 野生動物の餌場。そう、野生動物の餌場だ。我先にと喰らい貪り山盛りの肉も野菜も果物も魚も何もかもが牙の隙間へ消えていく。周りの視線だの咀嚼だのと細かいことは良い、今はそれより喰うことだ喰うことだ喰うことだ、と言わんばかりに次々と。

 その様を見て呆れる者もいれば驚く者もいるだろう。或いは、悲鳴を上げる者だっているだろう。コックとか。

 だが男は止まらない。人々がドレスやコートに身を覆い、派手やかなシャンパングラスに金色の泡沫を立たせるようなこの場所でなおも喰い続ける。豪華なシャンデリア、優雅な音楽、絢爛な宝石に囲まれたこの邸宅で、たった一匹の野生動物が次々に餌場を食い荒らすのだ。

 本来であれば係なり召使いなりが言外にその行為を止めさせるだろう。いや男はそれでも止まらないだろうが、そもそも今回ばかりはそうもいかないのだ。

 何故ならその男はーーー……、このパーティーの主役の一人でもあるのだから。


「……よく喰うね、お前」


「あ゛~?」


 と、そんな男の背後から話しかけるのは金髪を綺麗に結い纏めた一人の男。

 彼は野生動物、と言うか最早、猛獣の補食光景に辟易としながらシャンパンを軽く仰ぎ呑んだ。


「もうちょっと周りの目とかさ……、気にしない? 一応マナーとかさ……。何の為にご大層なスーツ着てきたんだよお前は……」


「知るか腹ァ減ってんだこちとらよ。つーか周りの目ならテメェの方だろ。よく顔出せたモンだぜ」


「うふふ、そう思うだろ? お腹超痛ぇの☆」


 そう、猛獣に話しかけた男もまたパーティーの主役の一人であり、あの事件に著しい貢献を残した一人だ。

 だがその男、かつては帝国城に盗みに入ったことがある盗賊でこの場で言えばアウェイどころの話ではない。今すぐ憲兵が飛び出してくるんじゃないかと気が気ではないのだ。もう、今呑んだシャンパンがそのまま胃に開いた穴から流れ落ちてしまいそうなぐらいに。


「もぉおやだよぉおおおおお……。ガルスの誘いなかったらぜってー来てねぇよぉおおおお……。と言うか来たくなかったよそもそもよぉおお~~~……」


「じゃあ何で来たんだよ」


「タダ飯食えるなら来るに決まってんだろ金ねぇんだよこちとら」


「お、おう……」


 切実です。


「まーそれもね、カジノ・ミツルギでの勝ち分が貰えるまでの話だよ。なはは、あんだけの金がありゃあしばらくは困らねぇぜ! なぁ!? いやいや、それより今日の表彰でさらに褒美が貰えるかもなぁ。そしたら俺も銃を新調して馬車買って装備整えて……、あれ何かこの会話デジャヴ」


「気付けば金に執着してるからじゃねェの」


「誰の所為だと思う~? 大飯喰らい(お・ま・え)っ♡」


「おっ、この肉巻きうめぇ」


「聞けよ撃つぞ」


 ――――さて、そんな醜い会話を交わす二人や多くの地位ある人々が集まるこの場所は、彼のマクハバーナ公爵家が所有する邸宅である。

 日も沈んで夜となり、市街地が聖剣祭の明かりでパレードなどを行う中、ここでは先日の事件の功労者達をネファエロ国王自ら表彰すべく、王彰式なる式典が行われているわけだ。

 先日の事件に参加したフォールやカネダはもちろん、各位貴族や権力ある分野の者など、聖堂教会の司教や教主まで集まるほどの盛況ぶり。ただの表彰式というには、些か豪華過ぎる。

 メタルもその違和感に気付いたのだろう。飯を平らげる手を止めることなく、ただ暇潰しの雑談としてカネダへ問い掛けた。


「んで、なんで高が魔族ブッ潰しただけの話がここまでデカくなってんだ。フツーに王城とかで終わらせりゃ良い話だろ」


「馬鹿だねお前は。二重の意味で馬鹿だね。……王城は潰れたんだよ、と言うかある意味じゃお前が潰したんだよ」


「あ゛ァ、何か言ってたよーなそーでもないよーな。んで、二重の意味ってのはァどういう事ですかカネダ先生ェー」


「お前に先生って呼ばれると気持ち悪いな。……ま、ちょいと考えれば済む話さ。確かに今回の事件の事もあるが、それ以上に大きいのはエレナ……、あぁ、聖女エレナが男と告白したことだな」


 ――――今まで伝統的に聖女は女であると歴史が綴ってきた。その中で男でありながら女神の預言を賜る『巫女の力』を持つエレナは余りに異端な存在である。

 それを今まで隠し続けた責任問題やそもそも力があるのかという真偽など、問われるべき部分は多い。

 さらにエレナは聖女であり王族だ。これから王となる者へ、疑いを掛けるにせよ責任を問うにせよ、或いは媚びを売るにせよ、権力関係から見てこれほど美味しい存在はいないという事である。


「民にとって周知の事実になっちまった以上、誤魔化しは効かない。……まぁ、単純に考えればこれから後ろ盾になりたい奴だとか正義感ぶって支持を集めたい奴なんかがわんさか湧くんじゃないか。そりゃもうごっそりと」


 シャンパンの弾ける泡沫に唇を濡らしながら、カネダは呆れ半分、無興味半分でそう言い切った。

 成る程、確かに彼の言葉通りメタルが辺りを睨め回して見れば強欲に腹揺らす間抜け面のオッサンや嫌らしい笑みを扇で隠す醜悪なババアなどがちらほら。見るだけで食欲が失せるような連中だ。


「……ケッ、飯も食わず何やってんだアイツ等は」


「いや飯はお前が食ったからねぇんだよそこは理解しろよ」


「この魚のやつメッチャうめぇ」


「聞けよ撃つぞ」


 などと危うく抜銃しかけたカネダと骨付き肉の骨もバリボリと噛み砕くメタルのところへ、慌ただしくガルスが駆けてきた。

 二人は彼の尋常ではない様子に思わず手を止め、どうしたのかと問い掛ける。


「ふっ、二人とも! フォっち、いえ、フォールを見てませんか!? リゼラさんやシャルナさん、ルヴィリアさんも! いないです、まだっ!!」


「……あ゛? フォー」


「ウェイウェイウェーーーーーイッッ!! フォ? ホ!? ホール!! 知らないなホールなんて子はあっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」


「おいカネダ……、テメェ。フォールは今日来れねェとか言ってなかったか? あ゛ァー?」


「聞き間違いだよホールだよぉ? ウフフフフフフ」


 巻き込まれたくない男と巻き込みたい男の間にあった薄っぺらい嘘が砕け散った事は兎も角、ガルスはもうそれどころではなかった。

 斯く言うのも今日の事を知らせたはずのフォール達が見えないのだ。もう入場はとっくに閉め切り、そろそろ式典まで始まってしまうというのに彼等が来る気配がない。一人として現れる様子が、ない。

 このままでは知らせに行った自分までもがイトウによる嫌味の標的にーーー……。


「言い残すことはあるか? 馬鹿弟子ガルス


 なるようですね、ハイ。


「せ、先生ぃっ!?」


 ガルスの前にのそりと現れたのは珍しく、と言うか一年に一度あるかないかというぐらい奇異なスーツ姿のイトウだった。

 青筋の浮かぶ眉間と光に照り輝く眼鏡のレンズが凄まじい圧力でガルスを責め立てる。


「ちっ、違うんです! 本当に、本当に知らせたんですよぅ!?」


「研究において重要なのは七割が過程で三割が結果である。……だがその他の事において重要の比率は逆転するとかつて教えたはずだが?」


「ひ、ひぃいい~~~……」


「それで連れてきたのが……」


 ちらり、視線が傾いて。


「フォールが来ンのか? あ゛? テメェ来ないからパーティーじゃ大人しくしとけっつったよなァ? 俺になァ!? あ゛ァ!?」


「助けてガルス! そっちよりこっち助けてガルス!! チンピラに、チンピラに喰われる!! チンピラに!!」


「間抜けと猛獣の二匹とはどういう事だ」


「単位! 単位が!!」


「二体とはどういう事だ」


「違うそっちでもない!!」


 完全に下等動物(モルモット)を見る目だったと後にガルスは語る。


「……ともあれ、間もなく式典が開始される。それまでにフォール達が間に合わなければ貴族共が騒ぎ出すし、何よりまた書類が増える。せめて仲間の一人でも良いから連れてこい。間に合わなければ最悪、貴様等に仮装で出てもら」


「女装なら任せろ」


「おいどうしてあの盗賊は乗り気なのだ?」


「僕に聞かないで下さいお願いします本当に」


 悲しげに瞼を伏せるガルスだが、そんな事をしている内にも王彰式の開始時間は一刻一刻と迫っている。

 このままフォール達が遅刻したりすれば貴族達からの大ブーイングだし、何より国王を待たせるなんてそれこそ罪に問われかねない事態だ。何が何でも発見せねば!


「と、取り敢えずカネダさんとメタルさんも探してください! 今は猫の手もドラゴンの手も借りたいんです!!」


「いや個人的にはぶっちゃけ来てくれない方が……」


「怒りますよ」


「メタル! 今は争いだとかそんな事を言ってる場合じゃない!! 一刻も早くフォール達を見つけるんだ!! 戦いはその後で好きなだけすれば良いから!! な、俺達の為にも! 俺の為にも!!」


「この麺類うめぇな」


「撃つ」


 危うく発砲し掛けたカネダを止めたのは、ガルスが不意に持ち出したワイン瓶でした。


「わ、解った! 探せば良いんだろ探せば! ……俺はこの屋敷の中を探すからメタルは外の街道を探してこい! もしかしたら聖剣祭の混雑に巻き込まれてるかも知れない!!」


「あ゛ー? ンで俺が……」


「見つけたら好きに戦って良いから!!」


「よっしゃ行ってくるぜゲェアハハハハハハハハッ!!」


 邸宅三階の窓を突き破り、夜の街へ物理的に駆け出していった猛獣。

 その背中と狂気的な笑い声が聖剣祭の灯火に消えた頃、カネダは気を取り直すように振り返って息を整えた。


「で、フォールをどうやって探すかだ。考えナシに行くと絶対見付からないから考えて行動しないとな」


「たった今、正に考えナシで探しに行った人がいますけど!?」


「アイツがいたら見付かってもろくな事にならないからね、仕方ないね」


 ちなみにその男、三階から飛び降りたにも関わらずそのまま市街地を爆走中である。


「ふん、盗賊カネダ。貴様は獣に比べれば少しばかり頭が回るようだな……」


「アンタに褒められても嬉しかないやい! ……で、イトウ第四席? その式典とやらでフォール達の出番はいつなんだ? 開幕の挨拶とかあるだろう。ほら、マクハバーナ現当主のラド第十席とかから」


「そんなものは数分で終わる。ラドッサ第十席(アレ)がまともな挨拶などできると思うか?」


「ですよねー。……まぁ、それにしたって数分か。その後は勇者フォールによる聖剣の撰定儀式だったか?」


「模擬的なものだが、そうなるな。そこから魔族カインを模した者の討伐劇さんもんしばいを通して、国王ネファエロによる王彰となる。……だがこの状況で間に合うはずもない以上、こうなったら私が口を利いて選定儀式を後に回すより他あるまい。余興としてやる方が幾分か相応しいだろう」


「で、でも先生、結局それじゃあ出番が……」


「馬鹿め。物事とは意味があるから行うのだ。……その王彰にはエレナも姿を現す。あの子が出て来るだけでも多少なり時間は稼げよう。それがあの子の緊張が解れる時間になれば意味もある」


「……アンタ、聖女エレナにはとことん甘いよな」


「…………ふん」


 不機嫌そうに眼鏡の位置を直し、イトウは足早にネファエロ国王が上がるであろう舞台へと向かって、行く前に。


「式典が終わった後、これを読んでおけ。……今日も徹夜なのでな」


 ガルスへと、一枚の封筒を押しつけた。

 それの中身は何であろうかなど言うまでもない。今まで幾度となくガルスが眼にしてきたイトウからの指令書だ。そこにはきっと、彼の言う徹夜で処理する書類に必要な雑品や許可証が永遠と綴られていることだろう。

 それはーーー……、イトウなりの信頼なのかも知れない。愛想などという言葉を捨て去ったようなあの男なりの、信頼の形なのかも知れない。


「…………」


 ガルスは、今この場でその信頼の形に何かを示せるわけではない。

 いいや、イトウもそれを解っているからこの封筒を託したのだろう。いつまでも悩むような性分の彼に、こうして託したのだろう。

 道に佇む、案内標識のように。


「……ま、何があったかは聞かないさ」


 その様子を見てカネダも察したのか、深く追求することはせずメタルの喰い散らかしたテーブルに置かれたシャンパンを自分でグラスへと注ぎ足した。

 そしてついでにまだ手の付いていない骨付き肉を、摘み上げて。


「今は遅刻魔どもを探すのが先だろ? 終わるも何も、まず始めなきゃ話にならないってものさ」


「カネダさん……」


「物事は時に単純な考えの方が上手く行く時もあるんだぜ。例えばほら、こうやって肉をぶらつかせてたらリゼラちゃんが釣れるんじゃないか、とかさ」


「むほっふ」


「釣れたわ……」


「えぇ……」


 きたぜ、ぬるりと(※机の下から)


「…………だったら、何か、こう、スライムの話題出したらフォっちが出て来たり?」


「いや流石にそれは……」


「ブルースライムか? レッドスライムか? ……フフ、解っているぞグリーンスラ」


「本当空気読まないよねフォっち……」


「な、何故だ!?」


 残念でもないし当然である。


「おまっ……! こっちがどんだけ悩んでたと思ってンだこの馬鹿ども!? ごく当然のように出て来るんじゃねぇッ!! って言うか何でメイド姿? 流行ってんの? 流行ってんの!? 俺も着ようか!?」


「落ち着いて下さいカネダさん! 誰も幸せになりませんよ!!」


「俺は幸せになるよ」


「ならないでください」


「ふぁっふぁわふぁふぁひふぁふぇんふぁいふぇ! ふぇいふぁふぁふぃふふふぁふぇふぉ!!(やっかましいわ変態め! 良いから肉喰わせろ!!)」


「騒ぐな貴様等。場所を弁えろ」


「「「お前が言うな」」」


 決戦に女装メイド下剤策戦を用いた勇者には今更以外の何と言うのだろう。


「とにかくフォっち、着替えて! 直ぐに着替えて!! そんな恰好じゃ壇上に上がれないよ!! 今は先生が予定変更させて時間を稼いでるから、直ぐにっ……!」


「何を言う。着替えるのは貴様等だ。……無論、俺も着替えるが」


「はぁ!? お前はいったい何を言ってるんだ! まさかこの式典からトンズラかますつもりか!?」


「似ているが、そうではない。トンズラはかますがその前にやる事がある」


「だから、そのやる事がーーー……」


 ――――カネダは、気付く。気付いてしまう。

 その男の眼差しが、いつしかの帝国十聖騎士(クロス・ナイト)どもを全員殲滅すると宣言した時のように、妖しく輝いていることに。冷静で冷淡な真紅の双眸の奥に、確かな闘志の焔があることに。

 そしてその焔は氷点零度が如くカネダの背筋を凍らせ、全身に嫌な予感という寒気を走らせた。いいや、予感ではない。それは確信だ。


「……忘れたか? カネダ」


 この男はまたーーー……、何かをやらかそうと(・・・・・・・・・)している(・・・・)


「我々は叛帝国同盟(レジスタンス)……、だろう?」



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