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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
いざ帝国へ
216/421

【1】


【1】


「……はぁ」


 先日の騒ぎは何処へやら、聖剣祭に栄える街並みには多くの人々が行き交っていた。

 前日祭でも途轍もない賑やかさだったが、聖剣祭の本祭ともなれば長蛇ならぬ長龍並の行列だ。さらには城外のアストラ・タートルや聖剣が真の輝きを取り戻したという噂なども相まって、今年は例年にない繁華振りである。まるで先日の地震を思い出してしまうほどに、地面が熱狂と歓声で揺れている。

 と、それは結構なことだが、その賑やかさの中を行く中に何処か陰鬱な様子の男が一人。

 そう、ガルスである。


「どうしよう……」


 彼はフォールへのお土産用であるスライム飴を引っ提げながらも、止まらないため息に眉根を下げていた。

 ――――カイン・アグロリア・ロードウェイ第一席改め、カイン・ロード率いる魔族の叛逆から丸一日。こうして街は何事もなく聖剣祭に栄えている。

 人々にもカインの裏切りと聖女が男であった事は伝わっているのだけれど、ネファエロ国王が年に一度の祭だからと自粛を遠慮したことが大きく祭は例年通り行われ、カインの裏切りや聖女の性別詐称についてもごく一部の人が悲しんだり喜んだりでーーー……、いや、これを詳しく語るのはやめておこう。

 それよりも今の問題は先ほど先生から告げられた仕事の話だ。

 確かに自分は雇われでこそあるけれど、生活と将来を考えるなら帝国城勤務なんてこれ以上の話はない。それに先生の頼みなのだから依頼的には受けて然るべきだろう。ただ、そうすると、当然ではあるがカネダやメタルとの旅はここで終わりになる。もう彼等と旅することはなく、ただ平和な、書類に囲まれながらものんびりとした生活を過ごすのだろう。


「……でもそうなると、あの二人の食生活が心配だなぁ」


 自身の事よりも彼等の食生活を心配する辺り、ガルスというかオカンというか。

 しかし冗談ではなく、ガルスは本気で悩んでいる。いや肉だの魚だのを平然と生でいく彼等の食生活のこともそうだが、当然ながら彼等のと旅についてもそうだ。

 今まで、決して途方もないほど長いという程ではないけれど、短くもない時間付き合ってきた彼等だ。こんなところで手を振りたくはない。

 けれど現実として彼等との旅をしたくても、同時にイトウとの関係も、またーーー……。


「ん?」


 と、そんな彼の悩みをぶった切るように、目の前から凄まじい喧騒の濁流が雪崩れ込んできた。

 道行く列の人々の悲鳴や驚愕という随分忙しない様子で迫ってくるその波は見る見る内にガルスの前までやってきて、その正体を現した。


「……シャルナさん、ルヴィリアさん!?」


 そう、その正体はガルスにも見覚えのある二人の女性によるものだった。

 とは言ってもシャルナをルヴィリアが追いかけていたり、はたまたその逆だったりするワケではない。その二人が必死の形相で全力疾走しながらそのまま去って行ってしまったのだ。

 たぶん、何かから逃げているのだは思うけれど、その逃げるモノが見当たるワケでもない。


「ど、どうしたんだろう……」


 彼女達があんなに必死に逃げるなんてイメージはなかったけれどなぁ、と首を捻りつつも、そう言えば彼女達に伝えれば良かったのではと思いついて焦るのがガルスらしいところ。

 とは言え、ここは追うか追うまいか。いや、あの速度には追いつけまいと結論付け、彼はそのままフォールのいるイトウの家へ向かうことを決め、ようとしたのだが。


「あのぅ、ガルス……、さん?」


 思わぬ出会いに、その足を止めることになる。


「せ、聖っ……!? むぐっ」


「ご、ごめんなさい。しーです、しーっ! お忍びですので……」


 フードを被り自身の姿を隠すのは誰であろう、聖女エレナだった。

 詳しく話を聞けば、これまたネファエロ国王の計らいで聖剣祭をお楽しみ中、とのこと。

 ――――まぁ実際はカイン第一席の裏切りにより光の騎士ファンクラブを解体するかどうかで后とすったもんだの大騒動になっているだけなのだが、ここは伏せておくとしよう。


「師匠と一緒にお祭りを回ろうと思ってたんですけど、家に行ってもいなくて……。それで一人で町の中を歩いていたらシャルナさんとルヴィリアさんを見かけたので、追いかけていたんです。二人とも早くて追いつけなかったけど……」


「ま、まぁ、あの急ぎようでしたから……。でも家にフォっちいなかったんですね。何処に行ったんだろう……?」


「ぼ、僕も一応は心当たりがある場所を探しているんですが、やっぱりそんなに思い当たる場所もなくて……。一緒に行った極東料理のお店は閉まってたし……」


「うぅん、僕も丁度フォっちを探してて……。折角なので一緒に行きますか? 万が一のことがあっては困りますし、僕も一応冒険者ですから護衛ぐらいにはなれますよ。それにほら、騎士や憲兵じゃないからバレないと思うし……」


「い、良いんですかっ! 是非お願いします!!」


 健気に微笑み、嬉しそうに撥ねる少年の姿。

 あの厳格で物静かだった聖女のイメージとは大違いだな、とガルスも思わず頬を緩ませる。

 こうして聖女エレナと冒険者ガルスの二人はフォールを探すという目的の下、この聖剣祭に賑わう街並みを行くことになった。数多くの屋台や楽しげに笑う人々を見ればそれだけで嬉しい気分になるのがお祭りだ。

 二人もさぞかし楽しい道中を過ごすのだろうーーー……、なんて。


「…………」


「…………」


 簡潔に言おう。

 話題がない。


「え、えーと……」


 フォールの友人、イトウの関係者、ついでに言えば性格も似ている部分のある二人だが、如何せんその関係性が希薄なのだ。

 謂わば友人の友人、いとこの嫁両親のようなもので、関係がないワケではないのだけれど物凄く微妙な関係なのである。あぁ、立場も下手に騎士や武官文官でない分そうだっただろうか。

 要するに距離感が掴めない。どういう話題を出したものかとガルスは逡巡するが、冒険譚は上手く語れる自信がないしカネダやメタルが洗濯物をぐちゃぐちゃに放り出したままなんて愚痴も通じないだろうしフォっちみたいにスライム談義で数時間潰せないだろうしと悩み悩みの大迷宮。

 ちなみに彼、まさかその少年がスライム教の若手ホープとは知る由もない。


「あ、あの、ガルスさんっ!!」


 だがここで一歩踏み出したエレナ。流石は成長期、勇気も成長期。

 彼はフードの下でもじもじと指先を合わせながらも、二歩目の勇気を振り絞る。


「どうしたら師匠とそんなに親しくなれますかっ!?」


 話題ーーー……、いや話題、まぁ、うん。


「ふぉ、フォっちなんて親しくは呼べないけど、その、ガルスさんみたいに気軽にでもなくて、えぇっと、師匠ともっと仲良くなりたくて……。師匠のこと、もっと知りたいんです! 好きなものとか!」


 A.スライム。


「師匠の趣味とか!!」


 A.スライム。


「あ、あと、彼女さんとかいらっしゃるのかなって!!」


 A.だがスライム。


「え、えっと……。確かに僕とフォっくんは親友ですけど、うぅん」


 ガルスは思い悩むように顎先を抑えて空を見上げて、首を捻る。

 敢えて『彼女はいるんですか』にツッコまないところがガルスクオリティ。


「あ、あの、本当は師匠に直接聞いた方が良いんでしょうけど……、僕が聞くのも烏滸がましいかなって、その、それに大して親しくもない僕がそういうの聞くのも失礼ですし、師匠だって困るだろうし……」


「あ、い、いえ、そうではなくて……。フォっちと聖女様はもうとっくに親友だと思いますよ?」


「……そ、そうなんですか?」


「えぇ、フォっちってアレで結構な寂しがり屋ですから。あの様子を見るに聖女様にはかなり心を許してると思います。変なところで素直と言うか、純粋と言うか……、まぁそれがフォっちの良いところでもあるんですが」


「お、お泊まりとかできますかっ!」


「三泊四日も余裕なラインだと思います」


 ラインって何だろう。


「そうなんですかぁ……、良かったぁ。えへ、えへへ」


 嬉しさで真っ赤になった自分の顔をくしゃくしゃにして喜び悶える聖女に、ガルスは優し気な微笑みを浮かべる。

 ――――きっと彼はとても純粋なのだろう。本当に真っ白で、透き通っているぐらい、純粋なのだろう。その点で言えばきっとフォールに似ているのだと、自分は思う。彼もまた全部が全部とは言わないけれど、本当に純粋な人物だ。特に今言っていた友達関係だとか、趣味だとか、そういう点に関しては、間違いなく。


「……でもそれだったら、今度お泊まりとかできるかも知れませんね。フォっちそういうの大好きだろうから、男子会とかできますよ! お料理作ったり、カードゲームしたり。たぶん基本的にスライム談義になるだろうけど」


「楽しそうですね! ……とても、良いと思います」


 少しだけ、エレナの面持ちが悲しげに下がったような気がした。

 ガルスが何か失礼なことを言ったのだろうかと慌てたが、エレナは違うんですと首を振る。


「……難しい、かも知れません。実はその、僕の宣言は民衆には認めて貰えたけれど、やっぱり権力関係とか聖堂教会と王族の関係とか、色々と厄介な事が多いらしくて。男で聖女の力を持っているって事を認めない貴族も多いし、何よりそれを隠していたことが問題なんです。今までの慣習から、聖女の位を取り上げろって意見もありました」


「そ、それはでも、聖女様は皆の為に……!」


「ありがとうございます。でも大人は納得できないものだ、って父上……、ネファエロ国王も仰ってました。これから僕は色々な危機に直面するだろう、って。きっとそれはとても苦しくて救いのないこともあるかも知れない、って。そう教えられました……。だから今日のこれは僕にとっても最後のお遊びになるかも知れません」


「そんな……」


「ぁ、で、でも、悪いとは思ってないんですよ!? それは覚悟していた事だし、僕の償うべき罪だと思っています。正直言えばとても怖くて、嫌で、苦しいけれど……。それに立ち向かう勇気を、僕は師匠から貰いましたから」


 その健気な笑顔は、まるで民草の笑顔の為の為だからこそ頑張れる、と。そう言わんばかりに優しくて、朗らかで、けれど何処か悲しげな、そんな笑顔だった。

 きっとその少年ならばできるだろう。幾多の苦難を乗り越え、民々の幸せと笑顔を護ることができるだろう。彼の苦難と引き替えに、そうすることを望める王となるだろう。

 しかしそれは、少し、悲しいことだ。


「……な、何だか暗い話題になっちゃいましたね! そ、そう言えばガルスさんは今日の王彰式にいらっしゃるんですか? 表彰だけじゃなく、勇者である師匠が聖剣を抜く演出だとか美味しい料理だとか、色々な催しものがあるそうですよ!」


「あ、あぁ、はい! 今日の式典にはカネダさん、メタルさんと一緒に出席させていただきます。正直僕には不釣り合いな場所ですけど、先生が出ろって五月蠅くて……。まぁ出たら捕まるんじゃないかって怯えるカネダさんとか、飯が食えるなら行くって言ってるメタルさんを引っ張っていかなきゃいけないので、どのみち行くことになりそうですけどね……」


「メタル……、あ、そう言えばメタル第零席は大丈夫ですか? 単身でアストラ・タートルを倒したって聞きましたけど……」


「えぇ、絶対安静の重傷なはずなのに今日の朝から屋台のご飯を食い荒らしてますよ。本当にもう、あの人は……」


「……どんな人なんでしょう。見た事がないけど、えっと、凄そうな人ですね」


「凄いっていうか……、はは、凄まじい?」


「すさまじー……」


 エレナの頭に浮かぶ、アストラ・タートルと同じぐらい大きくて真正面からぶつかれるような大怪獣メタル。

 サイズ以外は大体間違ってないところが何と言うか、アレである。


「まぁ兎も角、今はフォっくんを見つけないと! とは言ってもフォっくんの行きそうな場所を探すべきなんでしょうけど、幾つか思い当たる場所があるにはあってもそこにいるのかどうか……。取り敢えずスライムがあるところに行けば出現するとは思うんですけどねぇ」


「そんな野生動物みたいな……。解りますけど……」


 野生動物も誠に遺憾である。


「あっ、そうだ。じゃあこうしませんか? 人が多く集まるところに行くんです。ほら、ユナ第五席が孤児院で聖剣祭パーティーを開催してるんですよ。フォっちもユナ第五席とは面識があるみたいだったし、パーティーなら色んな人が来きます。それに、ユナ第五席は顔も広い。きっとフォっちが何処にいるか解りますよ」


「め、名案ですね! 凄いですガルスさんっ!!」


「はは、恐縮です」


 こうしてほんわか平和な二人組は爆逃走シャルナ&ルヴィリアと出会った道並から進路を変えて、ユナ第五席の経営する孤児院を目指すことに。

 祭に賑わう人々や、歓声と花吹雪舞うこの楽しげな日に、あの事件が終わった祝福すべき日に、二人の足取りは軽く嬉しく、嗚呼、帝国という国でーーー……。



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