【エピローグ】
【エピローグ】
「空が……、晴れた……」
聖女の呟きを切っ掛けに、帝国中で凄まじい歓声が巻き起こった。
鎖を引いていた民草や騎士達も、十聖騎士ヴォルデン第二席やコォルツォ第九席、騎士達に支えられ安堵に崩れたユナ第五席まで、皆が歓喜に叫びを上げていた。崩れ落ちた帝国城でも、空から差し込む光にネファエロ国王やミツルギ第八席、ラド第十席が光を見上げていた。
帝国を覆う暗雲が消え去ると共に滅亡と絶望は消え去り、再び希望が訪れたのだ。明日への意志が希望を呼び戻したのだ。
その歓喜の叫びは何処までも響き渡るだろう。帝国市街地も崩れ果てた帝国城も巨大な城壁も越えて、何処までも、何処までもーーー……、そして、平原までも。
「…………あ゛ァー」
男は平原に伏していた。空を見上げながら、大山の隣に寝そべっていた。
いや、それは山ではなく、アストラ・タートルと呼ばれる神獣だ。仰向けに寝転ぶ彼の隣へ今すぐ倒れてきそうな巨体だが、逆に大きすぎて倒れても安定しているようだ。
まぁ、逆にこんな巨体が倒れては幾らこの男でも無事では済むまい。特に、もう一歩もどころか指先さえも動かせない状態ならば、尚更に。
「よう、生きてるか。無鉄砲バカ」
「か、カネダさん! バカはないですよ、せめてアホです!!」
「何なの? 喧嘩売りに来たのお前等?」
倒れ伏し、仰向けのまま天を仰ぐメタルを覗き込んだのはカネダとガルスだった。
二人は帝国城でフォールの策戦に協力した後、騎士達の話を聞きつけこうして何処ぞの馬鹿を迎えに来たワケである。
まぁ、実際はその馬鹿を馬鹿にしに来たワケなのか馬鹿が馬鹿を馬鹿にしにきたワケなのかは、定かではないのだけれど。
「ったく、マジでアストラ・タートルを一人でブッ倒しちまうとは……。怪物化が止まらないなお前も」
「うるせェ、ンな亀なぞ倒しても……、あァ亀は美味いって話を聞いたことがあるぞ。おいガルス、今日の夕飯は亀鍋だ亀鍋。出汁がよく出るんじゃねェの?」
「この期に及んで食事の心配ですか……? それよりもまず酷い傷だし、手当しないと……」
「ンなもん放っときゃ治る。……ったくこの後カインの野郎との戦いも控えてるしフォールもブッ殺さなきゃなんねェのによォ」
「いや、カイン倒されたぞ。と言うか一連の黒幕カインだぞ」
「……あ゛? あ゛ァ!? カインの野郎、俺より先に負けやがったのかァ!?」
「やっぱり興味持つのはそっちなんですね……」
そんなメタルにカネダは今回の事件を一通り説明したが、どうにも彼は興味なさそうに聞き流すばかり。
まぁ、本人も楽しみにしていた御褒美がなくなったようなものなのだ。腑抜けるのも無理はあるまい。
――――もっとも、そのカインを倒すのに一役どころか二役以上買っていることを、彼は知る由もないのだろうけれど。
「ったく、ンだよつまらねェ……。カインの野郎、下らねェ事で潰れやがって……」
全身から力を抜いて、メタルは泥のように大地へと沈み込んだ。
それと共に覇気も抜け落ちたのか、双眸は青空の雲のようにゆっくりと流れていく。
「……で、テメェ等的にオーケーなのか? 一応その黒幕と連ンでたんだぜ、俺ァ」
「そんな複雑なこと考える頭ないだろう、お前」
「大丈夫ですか? 何処か頭打ったりしましたか?」
「やっぱり喧嘩売りに来たの?」
「「いや別に?」」
目を逸らす辺り悪意があるのは否定しないご様子。
「……ま、一応帝国はお前のお陰で救われたようなモンだしな。俺やガルスも協力したんだし無罪放免だろう。それにカインと連んでたとか言っても精々利用されたぐらいだろうし気にするだけ無駄って話だ。疫病神だの悪魔だのよかは戦場の死神の方がよっぽとマシさ」
「もう、そんな事気にする暇があるなら手を出してください。応急処置ぐらいならここでできますから」
「…………ンだよ」
青き空に、白き雲。広大な平原よりも果てなき地平に、数羽の相鳥が飛び去っていった。
――――風に流れて消え失せてしまいそうな癖に、随分と元気に羽ばたくものだ。
焼き鳥にしたら美味いかなぁ、アレ。
「じゃあ今からフォールの野郎ブッ殺しに行っても良いってこどろろろろろろろろろろろろろ首ッ! 首絞まっ、ちょ、おま、げぼぇっふ、お、おい、や、やめ、が、ガルスくん!? ガルスくぅん!?」
「が、ガルス!? メタル死ぬ! 流石に死ぬ!! ガルス? ねぇガルスぅ!?」
「……いい加減にしましょう? …………ねっ?」
「「ヒェッ」」
まさかの一番怒らせてはいけない奴が判明した瞬間である。
ともあれ、決戦は終幕した。皆々の力で決戦は幕を降ろし、帝国へ訪れた危機は去ったのである。
こうして人々にはまた平穏が訪れるだろう。この果てなき激闘を超えた者達に、また安堵の日々が訪れるだろう。
あの青空のように、飛び去る鳥達のように、平和と自由の日々が、またーーー……。
「……で、じゃ」
もっとも、決戦の当事者達はそんな事より戦果処理に勤しんでいたわけだが。
「これ、どうする?」
帝国城の入り口、巨大な門の元でリゼラは目を回して伸びきったカインの髪先を摘んでいた。
フォールの一撃で叩き落とされ気絶したとは言えそのまま消滅したワケでなし、この男にはまだまだ聞かねばならない事もある。なので魔王を初めとする勇者と四天王で彼を取り囲み、見張っている状態だ。
目を覚ませばそのまま尋問へ、といきたいが、どうにも目を覚ます気配がない。リゼラは『蹴っ飛ばせば起きるんじゃないか』と提案し掛けたが、別の意味で起きそうなのでやめておいた。
「しかし終わってみれば呆気ないものじゃな。見ろ、見た目は完全にフツーの人間じゃぞ」
「あの異形の姿は何だったのでしょうか? 魔族にしてもあそこまでの姿はそうありませんが……」
「さぁな、この男のことだからどんな恰好でも俺は驚かん」
「「メイド服姿が言うと説得力がヤバいな……」」
「何か問題が?」
「むしろ問題しかねぇよ」
今更だがこの男、メイド服で決戦に挑む辺りどうなのかと小一時間言ってやりたいところである。
「おぉーい、みんなぁー!」
と、そんな変態共に辟易としている中、さらに変態がやってきた。
紅蓮の翼を拡げて滑空し、そのままフォール達の元へ降り立った変態。そう、ルヴィリアだ。
夢魔であるミューリー第三席と戦っていたはずの彼女だが外傷らしい外傷はなく、どころか何故か肌がつやつやしていて本人も満足げな様子でご登場。
彼女は辺りを見て事態を把握するなり、なるほどなるほどと頷きを見せる。
「おぉ、ルヴィリア。無事だったか」
「まぁねぃ! にゅふふ、シャルナちゃんが心配してくれて僕も嬉しっ……、待ってフォール君何でメイド服なの」
「何か問題が?」
「問題しかないよ?」
「それさっきやった。どうでも良いからルヴィリア、御主ナイスタイミングじゃったな。魔眼でこのカインを尋問しろ。色々と知りたいことがあるのでな」
「うん、別に良いけど……、魔力抵抗の高さ的にできるかは微妙かなぁ……。あっ、そう言えばコイツとリゼラちゃんの関係性ってどうなってぇぼぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
「良いぞシャルナ! そのまま絞め殺せ!!」
「はい、お任せを!!」
「お任せをじゃない」
それはもう見事な拳骨が飛んだそうです。
「戦いで忘れていたが、確かに貴様が命を下した云々の辺りを聞き忘れていたな……、リゼラ。場合によってはスライム人形の犠牲による刑罰一割を引き受けて貰うぞ」
「い、一割? 本当に一割か?」
「あぁ、市内引き回し獄門打ち首だがな」
「十割じゃないですかやだぁーーー!!」
「いや、一割だが?」
十割はどうなるのだろうとシャルナとルヴィリアが背筋を凍らせたは言うまでもない。
「ち、違うのじゃ! 本当に!! 本当に覚えがない!! 子供の頃の事はまだしも、帝国壊滅を命令したなら絶対憶えてるもん妾!! そんな重要な命令忘れるはずないしそもそもコイツの願い聞くとか有り得んじゃろ!?」
「ふぉ、フォール。確かにリゼラ様は仕事面でもミスは多かったが、側近様の補助もあって自身の下した命令は必ず憶えている御方だった。何よりこんな大事をこの御方が忘れるわけがない、と、思うのだが、私は……」
「ふむ、貴様等の言い分も一理ある。ではやはりカイン・ロードの妄想だったということか?」
「まー、そう考えるのが妥当じゃないかな? 幾らリゼラちゃんでも、そんな……」
なんて言い争いに訪れる、天からの采配。
まぁ具体的には暗雲が晴れたことでようやく配達された使い魔による郵便だったワケだが、その手紙はひらりとフォールの手に舞い落ちた。
彼は誰から誰宛にかと首を捻って見回せば、そこには『側近から魔王様へ』の文字が。
「あっ、そうじゃった! そう言えばカジノ行く前に側近へ手紙を出したではないか!! なーはっはっは! 流石は妾!! 用意周到準備万全!! これで無実が証明されようものぞなぁ!!」
「……ふむ、無実」
ゲラゲラと笑う魔王の隣で、手紙を開封してみる勇者。
そこに書かれていたのは以下のような文面だった。
――――『魔王様へ。お元気でやってらっしゃる事と思います。こちらは魔王城の修復も大分終わり、ようやくそれっぽい感じが戻って来ました』
「あぁ、そう言えばフォール君がぶっ壊したんだっけ?」
「大惨事だったそうだな……」
――――『さて、挨拶もそこら辺でカインっちの事ですか? 懐かしいですねぇ。昔はよく遊んだものです。魔王様はどーでも良さげでしたが私はコイツは使えるなと目を付けていたものですよ。それでカインがどういう奴かという事でしたが、憶えてないんですか? いえ、子供時代のことではなくつい最近会いましたよ? ほら、数年前に、合コンで』
「えっ」
「「えっ」」
――――『いやぁ、あの時はキッチリカッチリ決めてきましたからね、私も自信満々で行ったんですが、魔王様が地酒で酔っ払いまくって台無しにしたじゃないですか。カインっちも久々だったのに暴れる貴方に蹴られて殴られて可哀想でしたよぉ。でもほら、魔王様が「もっと贅沢したいなぁ」って言ったらカイン君が「じゃあ帝国を」って言ったじゃないですか? そしたらリゼラ様、「あー帝国良いねぇ。帝国くれたら望みの褒美をやるわぁ」って宣言してたのは憶えてます? 物凄くお酒入って調子に乗ってる風でしたけど、忘れてませんよね?』
「「「………………」」」
――――『今帝国にいるのなら挨拶してみては如何でしょうか? それと何か最近私が魔王様の地位を利用して色々やってるとか噂が流れてるけど違うんですよそうじゃないんですよいや本当に違うんですよほら貴方の部屋もちゃんと残してますからちょっと私の部屋に再利用とかホントしてませんのでいやマジで違うんですよ? ね? 秘蔵のお酒とか呑んだりしてませんよ美味しかったですじゃねぇやあの違うんです本当あの』以下略。
「………………………………………………………………リゼラ」
「ちゃうねん」
「言い残すことがあるなら、聞くが」
「ちゃうんです」
「リゼラちゃん、流石にこれはマズい」
「……ご愁傷様です、リゼラ様」
「罠じゃ……、これは罠じゃ! 側近が妾を陥れるために仕組んだ罠じゃ! 完璧だった妾が酒に酔うというのはおかしいじゃないかァ、それが罠だという証拠ォ!!」
「貴様等、判定を下せ」
「「有罪」」
「ば、馬鹿野郎ーっ! 御主等ぁ! 誰を売ってる!? ふざけるなぁー!」
「と言う訳でリゼラ、貴様はこれより夕食抜き2日間&シャルナの筋トレ道具化3日間&ルヴィリアの添い寝5日間&俺のスライム講座72時間耐久レースの刑だ」
「うわー死にたくない!! 逝きたくないー!!」
「思わぬ棚ぼたやったー!」
「一番キツいのが最後に出て来たな……」
――――魔王リゼラ、死亡。
当然の結果である。
「……フ、フフフ」
と、そんな彼等の喧騒で目を覚ましたのだろう。フォール達の足下からあの嫌らしい笑みが聞こえてきた。
だが、幾ら目覚めたと言ってもカインも満身創痍だ。精々の抵抗がその嫌らしい笑みばかりで、起き上がる素振りさえ見せはしない。
「完敗……、ですね。私の負けですよ……、フフフ」
「……目覚めたか。貴様には聞きたいことが幾つかある」
「私が……、答えるとでも……? 馬鹿にしないでいただきたい……。これでも魔族三人衆が一『心臓』の冠位を授かった身……。如何なる拷問にも屈しませんよ……」
「……良かろう。ではここに貴様が呑んだあの超強力下剤がある」
「フフ、今更そんな事で屈するとでも?」
「これを最大濃縮度一万倍で……」
「何倍でも無駄なことだ。私は魔王リゼラ様に使える誇り高き魔貴族侯爵! その私が高が毒、高が痛み、高が苦悶程度で心を折ると思ったか!? 敗残者には敗残者の意地がある!! 舐めないでいただきたい!!」
「リゼラに呑ませる」
「えっ」
「「「えっ」」」
「呑ませる」
「……………………えっ?」
まさかの魔王選択という大惨事。
「と言う訳でリゼラ、呑め」
「え、いや、ちょっ……、や、やめ……! やめ……!! す、すまぬ、謝れば良いんじゃろ!? 謝れば良いんじゃな!? すま、すま、ちょ、力緩めて! やめ、やめろ!! やめてくれ!! やめてくださいお願いだから!! い、嫌じゃやめろお願いです本当やめて、あ、アッ、アーーーーッッ!!」
「ぼっち……」
「コイツまだぼっち言うたこと根に持ってんのアっやめてやめて悪かったです悪かったです妾が悪かったですごめんなさい赦してくださいって言ってんじゃろうが力ちょっとは緩めやめろやめろ口に近い近いお願いだからやめ、ぇぐっ、やめて、ぐすっ、や゛め゛っ、や゛め゛ろ゛ぉ゛……! や゛め゛でぐだじゃい~~~……、うぇ、ぇっ、お願いでずぅうう何でもじまずがらぁあああ~~~……」
「わ、解った! 話す、話すからやめてさしあげろ!!」
「初めからそう言えば良いのだ」
「「えげつねぇ……」」
流石の魔族達もドン引きの勇者クオリティ。
「では気を取り直して喋ってもらおうか。貴様が口にするあの御方とは誰のことだ? 貴様にあそこまでの魔力を与えたのは誰だ? 魔王リゼラではなく、貴様が使えているもう一人というのはいったい誰を差す?」
「ぐ、ぬっ……」
「早く答えろ。コイツがただでさえない尊厳を失うところを見たいか」
「わ、解った、答えます、答えますから!」
ようやく覚悟を決めたのだろう。カインは苦虫どころか己の舌すら噛み潰さんばかりの様子で酷く表情を歪め拳を握り締めながらも、口を開く。
――――その名を口にすることの、何と恐れ多きことか。名を一文字述べるだけでも全身の産毛が逆立ち、精神を削られるように感じる。畏怖に唇を噛み締めようと和らぐこい無く全身を蝕まれるのようですら、ある。
「あ、あの御方の、名は……」
それでもなお魔王リゼラ様のご息女のために、言わねばならない。
彼女の失禁姿は流石に首尾範囲外。そんな事であの御方の心を折るわけにはいかない。
言わねば、言わねば、言わねばーーー……、と思うのに。
次の言葉が、出てこない。
「ッ……かっ、ぁ、がッ……!!」
突如カインは自らの喉を押さえて苦しみだし、動く余裕すらなかったはずの手足を激しく藻掻かせる。
そして次第に彼の体はフォール達の目の前で浮遊し、体内から凄まじい閃光を煌めかせた。まるで爆発寸前の弾頭のようにーーー……。
「ぐ、ぐああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」
「な、何だ!? 何事じゃ!?」
「カインが、突然光ってーーー……ッ!!」
P☆O☆N
「コケェ……」
ニワトリになりました。
「「「何で……?」」」
いや本当に何でだろう。
「カインがニワトリになった……」
「何故ニワトリなんだ……?」
「し、白くて翼があるからじゃない……?」
「と言うより問題はニワトリになった事だろう。まぁ、考えるなら口封じだな」
困惑するフォール達を前にカイン、だったニワトリは二度三度暴れたかと思うとそのまま草原へと駆け出していってしまった。
後を追おうとシャルナが踏み出すも、フォールはそれを静止する。あの状態では例えルヴィリアの魔眼を持ってしても無意味だろう、と。
「どうやら相手は予想以上に周到で凶悪な奴らしい。口封じとは言え躊躇なく仲間を斬り捨てるとはな。恐ろしい奴だ……」
「おい鏡見てこい鏡」
「まぁそれにしたって姿も現さず変身魔法を掛けるなんてただ者じゃない事は確かだよ。全盛期のリゼラちゃん並の魔力でも、そうそうできる事じゃない」
「ふむ……、結果的に見れば収穫はなし、か。まぁ帝国滅亡を阻止出来ただけでも良しとしよう。前哨戦なら上々の結果だ」
「……ん? 今御主、何て」
「む? あぁ、貴様等には言ってなかったか。しかし貴様の手紙が届いているということは……、俺の手紙も……そろ……そ……ろ……届…………」
振り返ったリゼラの瞳に映るのは、いつも通りの表情のまま、ふらりと倒れて大地に沈むフォールの姿。
皆が驚愕に叫び声を上げても、石像のように動かない男はそのまま瞳を閉じてぐでんと力なく溶け落ちる。
――――三日間で十聖騎士を殲滅するという超過密スケジュール、一瞬の隙も赦されない策略と、決め手にカイン・ロードとの激闘とその中で受けた封印。
要するに、限界だったのだ。この人外よろしくな勇者でも、流石にこの帝国での出来事は、余りに多忙すぎたのだろう。
故に彼はそのまま、安らかに寝息を立てて瞼を閉じていた。ぐっすりと、何をしても目覚めないぐらーーー……。
「ふぉ、ふぉ、ふぉっ、ふぉーる、フォールが、し、しししし死んっ、死んっ!!」
「落ち着いてシャルナちゃん。気絶、ってか寝てるだけだから。……しっかしまぁよくもやりきったね彼も」
「いやさっき何か不穏なこと呟いとった気がしたが……、気のせいかの?」
「気のせい気のせい! もーやっと終わったんだしゆっくり休もうよ。いやぁ疲れた疲れた」
ルヴィリアはくるりと踵を返し、何気ない風に口笛を吹きながら、そのまま帝国の門へと歩いて向かって行く。
まるで一仕事終えてご機嫌な、いいや事実そうなのだろう。この喧騒に塗れ幾多の想いが交錯した戦いは終わったのだ。決戦も、幕を降ろしたのだ。
今日ぐらいはこのまま家に帰って、布団に潜り込もう。今日一日の終わりを、何気ない風に迎えよう。
この三日間の喧騒に耐えた勇者に、今日一日の残りぐらいは、静かな安眠を授けよう。
「……ったく、このままスッポリ記憶失って妾への罰なくなったりせんかのう」
「さ、流石にそれは難しいかと……」
「仕方ない、デコに肉だけで諦めてやるか」
「だから何でそう自滅の道を行くのですか!?」
「妾も憂さ晴らししたいし。……ま、ともあれそやつを運べ、シャルナ。さっさと帰って飯喰うぞ! 何せ朝から何も喰ってないのでな!!」
「何はともあれ御飯ですか……。そろそろ体型を気にされた方が……」
シャルナは呆れ果てたため息を零しながらも、フォールの肩へと手を伸ばす。
――――結局、彼に頼られることはなかった。それは自分の無力故か、それともそもそもフォールが必要としなかったからなのかは、解らない。
けれど、彼の助けになることもできなかったけれど、今ばかりは彼を支えられる。その肩を、私が支えられる。これからよりも、今だけはそれで良い。ただほんの少し、彼の支えになれたならーーー……。
「行くぞ、シャルナ」
「……はいっ!」
――――帝国での三日間。短いようでない長い激闘は、こうして幕を降ろした。
後にこの事件は様々な形で語られるだろう。『帝国十聖騎士壊滅事件』だとか『帝国城崩壊事件』だとか、まぁ、色々と。
けれど、それでも構わない。この決戦を戦い抜いた者達は、確かに成し遂げたのだ。この帝国を守り、人々を救い、邪悪を討ち滅ぼしたのだ。
それを知る者は決して多くはない。けれどただ、彼等は自らの成すべき事をなしたという、その事実だけで、充分にーーー……。
「あのう、ごめんなさい。帝国城って今でも勝手に入っても良いのでしょうか? 私こういうの詳しくなくて……」
「えっ? …………えっ?」
「……お、御主が、な、なん、で」
ただ、そう。これで終わるのなら誰も苦労などしないのだ。
その女性に会うなりルヴィリアとシャルナが悲鳴を上げて気絶したように、リゼラが驚きの余り顎を落として引っ繰り返ったように、勇者の持って来た爆弾はこれから真価を発揮する。
こうして帝国全土を巻き込むとんでもない爆弾は、たった今この時からーーー……、その導火線に、火を付けたのであった。




