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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――(後)
212/421

【6】

【6】


「う、ぉおおおおおおおお…………ッ!!」


 酷く力なき咆吼と共に、銀剣が振り抜かれた。

 フォールの剣閃は容易く一撃を弾き、懐へと斬り込んでいく。然れどカインもまた十聖騎士(クロス・ナイト)第一席に君臨していた男だ。内股の力なき蹌踉めきを利用し、見事に回避してみせた。

 そして、幾十の剣撃が躱される。閃光と火花の織りなす生死の境界戦。一撃は致死にして一撃は必殺。決戦たる彼等に赦された、正真正銘の激突である。


「内股でなけりゃ緊張感出るのにな……」


「本当にね……」


 それは言わないお約束。


「何だ貴様等、来たのか」


 そして、そんな最終決戦を遠い目で眺めていたリゼラとシャルナの隣に、フォールが赤絨毯を裂きながら降り立った。

 剣撃の衝撃を殺すため、後方へ跳躍したのだろう。普段ならばいつもの彼には有り得ない防御に異を唱えただろうが、今はそれよりヒラッヒラふわっふわのメイド衣装に文句を言いたい。とても良い香りのする髪に文句を言いたい。そしてその姿に一切関せぬこの男に文句を言いたい。とても言いたい。


「下がっていろ。奴の相手は俺がする」


「待っ……、待て貴殿! そんな、無茶だ!! 封印を受けた身ではッ!!」


「そんなもの、疾うに覚悟してきた事だ」


 再び、彼は疾駆する。

 真紅の絨毯を超えた先、迎えるは白銀の剣。彼の連撃はいなし、受けられ、躱され、それでもなお斬り伏せる。幾度となき撃ち合いはその一撃一撃が大斧に勝り破槌より堅きものだった。

 だが、それはカインも同じこと。例え毒を仕込まれようと剣の技術が劣るわけではなく、否、どころか毒を仕込まれた上でフォールの連撃と同等の斬打を見せているのだ。身体的な能力に限らず、剣技だけで述べるならば明らかにカインの方が上だろう。


「に、人間風情がぁああああ…………!!」


 瞬間、フォールの剣撃が白刃の腹で受け止められた。

 そのまま刃は流れ、彼の首へと向けられる。然れどそれを予測していたのか、フォールは直ぐさま剣を手放して仰向けに倒れ込み、床を指で跳ね上げてカインの脇腹に強烈な脚撃を叩き込む。

 カイン、これには堪らず膝を屈するも剣撃を止ませることなくフォールの脚へ刃を斬り込ませた、が、白刃が捕らえたのはフリルのみで彼の肌には掠り傷一つない。


「ぐ、ぉふっ……、んほぉぅううう…………!!」


「……限界が近いようだな。カイン・ロード」


 さらに、連撃。

 苦悶の波が引かぬ間にフォールは幾度も刃を叩き込む。被撃寸前の攻防を、幾度となく繰り返す。髪先が斬られとうと頬端を裂かれようと紙一重で刃を喰らおうと、繰り返す。腹への執拗な蹴りを、繰り返す。

 それは執念に近かった。まるで憎悪を撃ち込むかのように爆発寸前の腹部へ蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り。

 これはスライム人形の分、これもスライム人形の分! これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもれこれもこれもこれもこれも!! 全て全て全て全て全てスライム人形の分だ! ――――と、そう叫ばんばかりの、蹴り。


「「えげつねぇ……」」


 そりゃ観衆リゼラ達もドン引きである 


「はぐっ、ほっ、お゛っ……! お゛ぅっ、ぉ゛ぅ゛ッ……!! んぶぅ……!!」


「……耐える、か。その精神だけは認めよう」


 技術面だけで言えば、否、状況も考慮すれば有利なのはカインだ。相手は呪いという封印を受けた勇者であり、さらには帝国という人質まで抱えているのだから。

 にも関わらずーーー……、カインは勇者フォールに押されていた。明らかに、圧倒的に、押されていた。抵抗の意志を根幹から砕き割るが如く、押されていた。

 ――――なんだ、この状況は。勝利を確信していたはずだ。あの御方(・・・・)からいただいた力は無敵のはずだ。全ての状況に王手を打ち、後は魔王リゼラ様から御褒美をいただくだけだったはずだ。勇者の心を折り砕くのは、私自身だったはずだ。

 だと言うのに、何だこの状況は。何だと言うのだ! 何が、どうなっていると言うのだ!!


「調子に……! 調子にぃいいいい…………!! 乗るなァアアアアアアアアアーーーーッッ!!」


 瞬間、カインは全力で剣を振り抜いた。防御など赦さない一撃必死の剣だ。

 しかしそれを放つには相手が悪すぎる。真正面から挑むような相手ならば良かっただろう、斬り合いを好む相手なら良かっただろう、素早さとは無縁の相手ならば良かっただろう。その一撃で、戦況を変えてみせただろう。

 だが今の相手は、毒を盛り精神的に追い詰め執拗に弱点を狙う男だ。そんな大振りが当たるはずも、なく。


「スライム人形の……、仇だ」


 振り抜いた刃の先に、重さを感じる暇さえなかった。

 振り返ることさえ、その声を聞くことすら、赦されない。


「沈め」


 ――――脳天、踵落とし。

 カインの意識は瞬時に刈り取られ、白目を剥くと共に赤絨毯へと墜ちていった。それでも尊厳を守り抜いた当たり流石としか言い様がないが、何にしろ今回ばかりは相手が悪かった。

 倒れた彼を労るなど当然することなく、むしろトドメだと言わんばかりに頭を踏み付けて乗り越える。

 それは魔なる者として滅亡と絶望を奏でるべく暗天を降ろした者と、容赦や躊躇という言葉とは完全に無縁な勇者たる男の、壮絶な決戦であった。


「終わったぞ」


「お、終わらせやがった……」


 そして、流石にその様には見物しか為す術なかったリゼラとシャルナも呆然絶句というものだ。

 ――――エセとは言えラスボスの雰囲気を出していたにも拘わらず、毒を盛って速攻で潰すこの勇者の何たる残虐さか。いや今思い出せばラスボスである魔王自身の城にもルート無視で突っ込んできたけど。突っ込んできやがったけども。

 もしかしてだが、この男にまともな戦いを望む方が間違っているのだろうか。あの、真正面から、こう、仲間連れてきて『魔王、覚悟しろ!』みたいな感じの戦いを望むのが間違っているのだろうか。仲間との友情とか決意とか協力とか、そういう、仲間、仲間? 仲間ーーー……。


「と言うかそもそもコイツぼっちじゃぶっく」


「り、リゼラ様ぁーーーーーー!!」


 魔王、一回転。

 ちなみに忘れられがちだがフォールに『ぼっち』は禁句である。


「……まぁ良い。貴様等、どうしてここに来た? 確かに動くなと言った覚えはないが、特に動けと言った憶えもないのだがな。敵地に何の計画も無しに乗り込むとは無謀にも程がある」


「そっ、それは単身で乗り込んだ貴殿も同じだろう! 計画はあったが無謀に変わりない!!」


「無謀ではない。勇気だ」


「貴殿に似合わない言葉ベスト7ぐらいに入りそうだなぁ!?」


 ちなみにベスト1は『勇者』だそうです。


「……まぁ、来てしまったものは仕方あるまい。少し手を貸してくれ、流石に呪い、いや、封印の影響が体に出て来たようだ。……まさかこの聖剣が封印の道具だったとはな」


「そ、それが解っていながら来たのか!? やはり無謀じゃないかっ!」


「未完全で即効性がないから来たのだ。時間を掛ければ掛けるほど不利になるのはカインも解っていたからな。……何よりスライムの無念が俺の心を引き裂いた」


「御主に心があったのが驚きじゃッぶねぇ!?」


 聖剣フルスイング。


「惜しい」


「殺す気じゃった! シャルナこいつ妾殺す気じゃった!!」


「いや今のはリゼラ様も悪いと思いますが……」


 大号泣の魔王に呆れる四天王、その肩を借りる勇者、と相変わらずの騒がしさだ。

 ――――とにもかくにも、こうして決戦は終結した。

 司令塔であるカイン・ロードが倒されたことで、勇者の策略により帝国城の湖堀で藻掻き苦しんでいる覚醒魔族も無力化されたに等しいだろう。帝国城に石化魔法で捕らわれた人質達も、イトウの薬があれば元に戻るだろう。

 後の問題は、帝国近郊に現れたアストラ・タートルだ。今現在メタルと激闘を繰り広げるあの神獣をどうするかだけが、この帝国を襲った魔族の卑劣なる戦争の、最後の問題ーーー……。


「……フフ、ハハハハ」


 否、決戦は終わらない。


「失態……、とんだ失態ですよ……。えぇ、反省しましょう。私は見誤っていた。勇者フォール……、貴方を分析し警戒しているようでその実……、分析して警戒しているという理由故に侮っていた。フフフ、ハハハハ……」


 終わらせるはずが、ない。


「ですがその侮りも、終わりです」


 白銀の大翼が、王座の間を覆い尽くす。

 それは目視できるなどという次元ではなかった。爽快の外見が見る見る内に異端のそれへ変貌し、体躯は数倍以上に膨れ上がる。さらに腕からは六つの天輪が現れ、背を漂う光球として浮かべ従えた。

 銀の鱗、黄金の眼。双対の巨剣に六つの天輪。そして神々しささえ憶える胸に沈む真紅の結晶石ーーー……。その姿は魔族や人間などという次元ではない、さらに別のものだった。


「この姿を使うことになるとはね……。いえ、それすらも侮りだった。初めから全力で挑むべきだったのです。下手な毒も刃も通さぬこの体でこそ、我が真価はぁぇぶっ」


 カイン、顔面にワイン瓶シュート。


「……いやアレは言わせてあげましょうよリゼラ様」


「二段階変身とか……、二段階変身とかッ……! ラスボスの特権じゃろうがいッッッッッッ!!」


「貴様の怒りは解らんでもないがな」


 なお魔王ラスボスは一段階目すらなくやられらた模様。

 と、そんなアホらしい怒りは兎も角、変身の鼻先を折られたカインだったが、彼はとても落ち着き払っていた。

 幼児のワイン瓶投擲でダメージがないのは解る、が、そこまでの侮辱を受けてもなお落ち着き払っている理由が解らない。

 フォールには『奴の本質的に考えれば少なからず怒りを見せるであろう』という違和感があった。しかし実際は怒りもせず文句の一つも言わず、ただ平然と立ち尽くすのみ。否、どころか加護欲を持つように微笑んですらいるではないか。


「……解らんな」


 それは、不意の呟きだった。

 そしてその呟きが、カインの微笑みを嘲笑へと変貌させる。


「解らない? おや、貴方にも解らないことがありましたか……。この姿がそんなにも解りませんか?」


「姿ではない、目的だ……。何が貴様を突き動かす? 何が貴様をそこまで抗わせる? 貴様は目的と真なる目的があると言ったが、一つは帝国の支配か俺の抹殺としても……、もう一つは何だ? 貴様は何を掲げ、そこまで戦う? スライムか?」


「……フフ、面白い。良いでしょう、答えてあげようではありませんか。何者にも戦う理由というものがある。自分を倒す者の理由を冥土の土産に知るのなら、それもまた良し」


「スライムだろう?」


「故に答えましょう! 勝者としての余裕ではなく気品として……。我が誇りをお見せしましょう!!」


「スライムじゃないのか?」


「スライムを世界規模で考えるの御主だけじゃからな」


「………………!?」


「いやそんな驚いた顔しても間違いなく常識だぞ貴殿」


 などと言っている内にも語られ始める、カインの壮大な過去。

 まず彼が述べ始めたのは自身の出自だった。色々と壮大豪語、華美装飾で彩ってはいるが要するに魔貴族の侯爵位を持つ家に生まれた、とのこと。

 幼少の頃は何不自由なく暮らし、邪悪と漆黒に覆われた日々の中で健やかに育っていたこと、をやたらと劇口調で語り演じていく。


「そうして私は幼少の頃、自身が魔貴族として跡取りである自覚を持った頃! 転機が訪れた……!!」


 まぁ『光の騎士』と呼ばれ民衆に絶大な人気のあった元第一席だけあって語り口調は中々のものだ。その姿が例え異貌のものであっても何処か引き込まれるものがある。

 この男、エセラスボスするぐらいなら劇団員になった方が幸せだったんじゃないかなぁ、なんて。リゼラが適当にそう考えていると、その服端をちょいちょいと摘む褐色の指が。


「リゼラ様、リゼラ様」


「何じゃシャルナ、ひそひそと。今良い感じのトコなんだからポップコーンでも買ってきて……」


「このまま続くとリゼラ様との捏造関係まで語り出すのでは?」


「あっ」


 ――――そう、そうだった。何の為にここまで止めに来たのか。

 エセラスボスをブッ殺すという目的があった、勇者アホを戒めてやるという目的もあった、カインのさらに奥にいる黒幕を突き止めるという目的こそあった。だが、それ以上にこの男に余計なことを喋らせない為に来たのではないか。

 女装メイド勇者の下剤決戦とかいうパワーワードのせいで記憶がブッ飛んでいて気付けなかったが、今この状況は半端なくヤバイ。何せあの張本人であるカインが悠々と自身の出生を語り始めているのだから。

 このままではありもしない過去の捏造を、さも当然のように語られる可能性がある。それをこの隣の変態女装勇者が聞いたりしたら、最早逃れる術などーーー……。


「ふぉ、フォール! こんな事を聞いている暇はないぞ!! さっさと始末してしまわぬか! おい!!」


「……それもそうだが、奴の目的に興味がある。話を聞いて損はない」


「い、いやだがな? ほら、急がないとな? なっ? 色々、なっ?」


「何だ、やけに急かすな。何か聞かれて困ることでも……」


「そうして魔族幼少学校でトップの成績を収めた私は!! 眉目秀麗にして文武両道たる完璧性を買われ、とある名高き方に謁見の許可を得たのでございます!!」


「わ゛ーっ! わ゛ーっ!! わ゛ーっ!!! ムググーーーーッ!!」


「り、リゼラ様ぁーーーーー!!」


 魔王、必死の抵抗(耳塞ぎと大声)も虚しく、勇者流アイアンクローの餌食に。


「その方を見るなり、私に雷光が走った……。私と同い年ほどでありながら夜空のような美しさと伝説の邪龍を彷彿とさせる立派な双角……。私は一目で確信しましたよ、この人こそお仕えするに相応しい御方であると……! この、魔王リゼラ様こそが!!」


 リゼラとシャルナは視線で言葉を交わし合う。

 ―――アウト?

 ―――セーフ! まだセーフです!!


「魔王リゼラ様は無邪気さと聡明さを持ち合わせた方でした……。私はあの御方により時に馬となり時に椅子となり時に新魔法の実験台になりと下僕に近い扱いを受けてきましたが、それでも忠義心を買って戴き御親友である側近様共々、お側においていただくことになりました……」


 ――――え、何それ憶えてない。

 ――――リゼラ様……。


「魔貴族として見るならば、奴隷のような日々は確かに屈辱だったのでしょう。しかし私はこの方にこそと信じればどんな辛いことも耐えられた! どんなに苦しい事も耐えられた!! それこそがこの方の望みであればと!!」


「……成る程。つまり貴様は」


「しかしそんなある日に気付いたのです。あれ? 何か気持ち良いな、と」


 フォールは魔王のアイアンクローをそっと解除したと言います。


「いえ、勘違いしないでください。決して倒錯的なものではありません。まさかそんな、お仕えすべき君主に劣情を抱くなど有り得ない……。しかし何故か命令される度に昂ぶる心、唸る魂! 私は真にこの方にお仕えすることができたのだと確信しました!!」


 フォールは魔王の手をそっと自身の耳に戻そうとしたと言います。

 しかし魔王、これを阻止。テメェも巻き添えだ。


「……然れどそんなものも幼さ故の気の迷い。成長するにつれ、私はそのような感情を失っていった」


 ――――セーフ?

 ――――セーフ?

 勇者と四天王の視線に魔王、ギリセーフの判定。


「そして時を経て、私も大人になり魔貴族同士の付き合いや学問、剣術と様々な出来事がありました。リゼラ様や側近様もお忙しく私も多忙となり、会う機会は次第になくなっていった……。そしてその頃には私も世継ぎのためにお見合いなどを考えねばならぬ時期でもありました……。だが、どんな美女を前にしてもどんな財宝や栄誉を前にしても気持ちは昂ぶらない。私の本質が明かされない……。しかし、そんなある日です!」


 カインは大きく胸を張り、感涙に瞳を潤ませた。

 心なしか声を震わせ、感動大巨編を語るが如く。


「私は魔王リゼラ様の命を受け、この帝国に人間として潜入し十聖騎士(クロス・ナイト)第一席として帝国侵略の計画を進めていました!! 第一席までの道の血は長かった……!! 愚かなる人間共にこびへつらうことの何たる屈辱かッ!!」


 フォールの冷ややかな視線がリゼラとシャルナに突き刺さる。

 しかし魔王、これを必死の否定。勇者の殺意を回避。

 ――――セーフですか?

 ――――ギリギリセーフ!!


「ですが、それもようやく報われる……。そう、貴方のお陰ですよ、リゼラ様のご息女であられる貴方様のね!!」


 爽やかに微笑むカインの眼差しに言葉を失って困惑するリゼラ。

 それは幼児化故の勘違い。まさか憧れの女性が勇者に敗北して人質となっていると思いもせず、カインはそれがリゼラの娘だと勘違いしていたわけだ。

 いやしかし、その勘違いは有り得るとしてもなれば尚更のこと救われるだどうだという意味が解らないがーーー……。


「私は貴方を一目見たときに自分の在り方を確信した。信念を確信した。過去の思いを、ようやく思い出すことができた!!」


「……ふむ、そういう事か。貴様を突き動かす衝動は『忠義』という事か」


「り、リゼラ様? これは……?」


「くっ、妾完全に憶えてないけど忠義故の行いかッ……! セーフッ……!! これはセーフッ!! 圧倒的セーフ……!!」


「そう、私は確信したのです! 私はあのぷにぷにロリっ娘ニーソで蔑まれながら踏まれたいんだなぁとッッッッッッッッッッッッッ!!!」


「「アウトォオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」」


 それはもう、余裕のアウト判定だったという。


「おっと! 落ち着いてください……。ロリなら誰でも良いわけではないのです。ショタでもいけます。ただ蔑みがね、重要なのですよ蔑みが。聖女エレナは素晴らしい逸材だったがその点だけが惜しかった……。困惑しながら踏んでもらうのも悪くはありませんが、自分の信念にだけは妥協したくなかったのでね……」


「信念に妥協したくない、か……。わかる」


「解るなアホ勇者ァッッ!!」


「つ、つ、つまり、何か? 貴殿は女児や少年に踏まれることに、せっ、性的興奮を憶える変態……」


「そんな下劣な感情と一緒にするなこの間抜けがァあッッッッッッッッ!!!」


「えぇ……」


「蔑みとは侮辱! 言葉責めとは叱責!! 手の届かぬ御方から与えられる純粋さと激しい感情の入り交じった御脚こそ至高にして最高ッッッッッ!! 性的興奮などという下劣な感情が到底及ぶはずもない聖なる行為ッッッッ!!! それを、それを貴様……!! 変態などとッッ!!」


「……だがニーソの必要性はあるのか」


「それは趣味です」


「やはり変態ではないか」


「しかし勇者よ。スライムに置き換えてみればどうです?」


「……わかる」


「だから解るな言うとろうがアホ勇者ァアアアッッッ!!」


 魔王、大号泣。

 変態はどうしたって変態なものだからね、仕方ないね。


「フフ……、ご理解いただけましたか? 我が真なる目的の崇高さが! そしてそれに掛ける私の熱情が!! 帝国支配など足掛かりに過ぎない……。私はこの任を達成し、リゼラ様よりご息女のお世話係を拝命するのです!! そして踏んでいただく!! 朝から晩まで貴方の道となりましょうッッッ!!」


「御主ら、助けろ。おい、助けろ。妾を助けろ」


「シャルナ、もしかしてだが魔王コレを見捨てれば万事解決ではないのか」


「いや、それは……、その……、な、なぁ?」


「シャルナ否定してお願いだから頼むからもう嫌じゃから勘弁じゃから変態で人生狂わされるのはぁっ!!」


 滝のように流れる涙と情けなく垂れた鼻水で縋り付く魔王と、巻き込まれまいと言わんばかりに顔を逸らして引き離そうとする四天王。

 しかし、そんな彼女達に構うことなく、怪物と化したカインは銀翼を拡げ天輪を翳し廻す。

 ――――無駄話はこれまで。そう宣告するかのような動作に、フォールは自然と聖剣を構えていた。


「さぁ、全てを終わらせましょう……。リゼラ様の為にも私自身の為にも、そしてあの御方(・・・・)の為にも……、勇者フォール、貴方にはここで消えていただく」


 その言葉に眉根を動かす暇が、あるか否か。

 瞬間、天輪に雷鳴が轟き、閃光がフォールの聖剣を撃ち抜いた。聖剣事吹っ飛ばされた体は王座の間にある大理石の柱が幾重にも爆ぜ砕き、それでもなお止まらず壁面に激突する。

 が、以前として勇者が引くことはない。彼は瓦礫に引き裂かれたメイド服のフリルを振り払いつつ、再び聖剣を持って真紅の絨毯を歩み出した。


「……フリルがなければ即死だった」


「ほう、まさか今の一撃を耐えるとは……。驚きですね」


「シャルナ、この空間にいたら大切な何かが消えていく気がするんじゃが」


「奇遇ですね私もそう思います」


 しかし、恰好こそ巫山戯ていようとも魔族三人衆が一『心臓アグロ』と勇者の決戦だ。その規模たるや、決して軽いものではない。

 天輪から放たれる閃光と双対の斬撃が織りなす剣舞は、着実にフォールの領域を削っていった。元より身体能力的に勝り、剣術で劣るフォールだ。そこへカインの変身による魔法という攻撃が加わったことで、着実に差を埋められつつある、というワケである。

 ――――接戦。今まで圧倒的な戦力で如何なる相手も完封してきたフォールからは考えられない状況だ。呪いという封印、カインの異様な変貌、様々な要素が重なってこその接戦だろうが、それが彼を苦しめている事実には何ら変わりない。

 あの、フォールが。あの、勇者が。戦いの中に、身を、置いたーーー……。


「……確かに」


 天輪より放たれる閃光を聖剣で弾き、流れるような軌跡を描いて勇者は斬撃を繰り出した。

 だが、それを双剣が当然のように受け止め、閃光の追撃。フォールの髪先が黒く焼き焦げる。


「貴様は強敵だった(・・・)。カイン・ロード」


「……ほう、もう終わったかのような言い草ですね」


 斬撃、斬撃、斬撃。双対から幾度となく繰り返される刃の嵐は衣類や髪先ばかりか薄肌を斬り裂き、鮮血をなぞる。もう数本分ほど刃がズレればただでは済まない剣戟だ。

 言葉でこそ余裕を見せているがもう間もなく決着が着く。カインはそう、確信した。


「繰り返すようだが、貴様の先見性や解析能力、冷静な徹底性や人員の容赦ない配置……。あぁ、見事だったとも。時の巡りさえ悪ければ、そして貴様がミスさえ犯さなければ、或いは…………、有り得ない話ではなかっただろうな」


 斬撃の鍔迫り合い。凄まじい火花が散るも、フォールはカイン自身の双剣を盾に天輪からの閃光を受け流す。然れどそれすらも読んでいたと言わんばかりにカインは銀翼を持って飛翔し、天輪から双剣へと途轍もない雷光を収束させた。

 ただ目にするだけで瞳が焼け落ちてしまいそうな煌めきだ。フォール自身も腕で影を作ったが、そこから見えたのは皮肉にも自身へ飛来する銀雷の双斬撃でーーー……。


「……フフフッ、ミス? 確か貴方の誇りを汚した、とかそんな事でしたか?」


「無論、それもある。むしろそれがある」


 爆炎を斬り裂いて出て来たのは、依然として変わらぬ勇者だった。

 先程の一撃を受けたにも拘わらず、聖剣で防いだのか避けたのかは定かではないにしろ、深傷を負った様子はない。

 いや、それどころか、勝利を確信するが如き灯火までその瞳に宿して居る。


「それに関して赦すつもりも見逃すつもりもないがーーー……、貴様はさらに致命的なミスを犯した。それが決め手になったと断言しよう」


 核心的に言い放つフォールに対し、カインは一瞬の唖然と噴き出すような嘲笑を見せた。

 そこには最早、『光の騎士』とまで呼ばれ、魔族三人衆として一応の威厳を保っていた男の姿はない。あるのはただただ醜く、化けも皮を剥がされた、それでもなお歪な自尊心と性癖衝動で偽り続ける男の姿だ。


「ク、ハハ! ゥフハハハハハハッ!! 嗤わせないでいただきたい! 貴方以外で敵に廻して恐ろしいものなどいなかった! 行動を起こさない貴方の仲間や、元より潰す予定だった十聖騎士(クロス・ナイト)達……、この帝国で貴方が行動を共にした影なく奪う者(ロスト・ハンド)カネダもその連れ合いも、そして最強の傭兵メタルでさえも!! この私を倒すには到らない!! 到れるはずがない!!」


 それは最早、嘲笑などというものでさえなかった。傲慢を超え、侮蔑を超えた、さらなる何かだ。

 この男にとって、絶対的な力を持つこの男にとって、人間など羽虫にさえ劣るものなのだろう。魔王リゼラという至高の存在を持つが故の軽蔑。勇者フォールという敵だけしか持たない故の惰観。言うに及ばず、カイン・ロードにとって恐れる者など何もない。

 今に到っては、唯一の敵である勇者フォールさえも。


「その余裕は……、フフ。気付いているのですか? いえ、気付いていようがいまいが、変わらない。貴方達はここで終わりなのですよ。一分一秒という時の流れが、そのまま貴方達の首を刈り取る死神の鎌となる……」


「ど、どういう事だ、カイン・ロード! 貴殿が、これ以上何をーーー……!!」


「まさか私が無駄に貴方達を弄ぶとでも? 無駄に過去を雄弁なる語りで魅せるとでも!? ……後手を取りましたが私とて無能ではない。貴方達は時間を掛ければ掛けるほど不利な立場にあることをお忘れか?」


 くすりくすりと、ただただ嘲りが列を成す。

 その言葉に追われるように、リゼラとシャルナは困惑と焦燥を冷や汗として浮かべていった。


「勇者フォール……、貴方の市街地に繋がる大橋の爆破という選択肢は見事です。この帝国城の湖堀の規模からして罠にはまった覚醒魔族達はこちらへ戻って来ざるを得ないでしょう。確かに、それで市街地は護られる……。ですが! その行為は同時にこの城を堅牢なる牢獄へ変える行為に等しい!! 外への道を断ち、外へ向かうはずだった覚醒魔族達をこの帝国城へ押し込めたのだから!!」


 振り返るまでもない。戦闘が止み、カインの演説だけが響き渡る一室にも伝わる振動と喧騒。

 もう数分としない内に階下の覚醒魔族達が援軍として現れるだろう。そうなれば幾らフォールとて、カイン共々相手にすることは不可能なはずだ。

 だが、絶望はこれだけでは終わらない。


「さらにもう一つ……、帝国外のアストラ・タートルも然り。貴方達はアレを聖堂教会が崇める神獣と思っているでしょうが、実は違う。アレは聖剣を封じる鍵なのですよ。言ったでしょう? 聖剣は完全ではない、と。それはあのアストラ・タートルを倒さねば聖剣が完全に解放されないからこその言葉なのです」


「おい待て! 聖剣が完全に解放されて不利になるのは御主じゃろ!! それの何が問題なのだ!?」


「フフ。アストラ・タートルが偶然にもこの帝国に近付いたとでも? まさか! アストラ・タートルは察知したのですよ。聖剣が邪悪なる者の手に渡ったことをね! ……ならば女神の使いである神獣が止めに来ないわけにはいかない!! そう、この帝国の、帝国城まで!!」


「街を……、横断させるのか。アストラ・タートルの巨体で、市街地を……!!」


「そしてそのアストラ・タートルは帝国近郊まで訪れている……。フフ、窓を覆う黒煙さえなければ貴方達にも絶景を見せられたでしょうに」


 冷や汗が、首筋を伝って胸元へと落ちていく。

 二人は既に言葉を失っていた。異形の言葉に、訪れる現実に、避けられぬ滅亡と絶望に。


「全て貴方のお陰ですよ、勇者フォール……。フフフ、私の準備していた計画を貴方が押し上げてくれた! 十聖騎士(クロス・ナイト)の討伐や此度の策略!! アストラ・タートル討伐の阻止まで!! 私が用意していた計画で、貴方が決め手になってくれた!!」

 

 ――――いったい、誰が予期しただろう。


「フフ、予期せぬ危機に自らを陥れましたね、勇者フォール。やはり貴方は薄刃の剣だ。斬れ味と引き替えに脆く、壊れやすい剣! 己の策略で首を絞めることになった、愚かなーーー……!!」


 ――――いったい、誰が予期できただろう。


「…………確かに」


 その雄弁を前に、フォールは冷静だった。

 異様なほど落ち着き払っていた。現実感さえないような、そんな落ち着きようだった。


「予期せぬ事というのは……、時として途轍もない被害を生む。だがそれは逆も然りだ。予期せぬことが、誰かを動かすこともある」


「この期に及んで……、貴方はまだ、何を」


「俺がこの三日間……、帝国で唯一敵に回さなかった者がいる。策戦の上で必要なかったこと、策略の上で邪魔だったこと、そして何より約束があったこと……。色々理由はあるが、嗚呼、やはりそうなのだろう」


 ――――いったい、誰が。


「それだけは、敵に回すべきではなかったのだ」


 帝国に叛逆せし大魔を討つ者がそれであるなどと、予期するのだろう。


「……何を」


「一つ、訂正しよう。カイン・ロード」


 瞬間ーーー……、帝国城に凄まじい振動が響き渡った。

 そしてその振動を押し込めるように、鳴り止まぬ崩壊が帝国城中央塔を襲う。それはアストラ・タートルの激震より大橋の爆破より、ともすれば覚醒魔族達の足音よりも弱い振動だ。

 然れどカインは直感的に感じていた。全身の熱気が引いて冷気に晒されるのを確信してしまった。

 それが、勇者フォールの並べ立てた、彼が構えうる最後の刃にして最大の刃と気付いた瞬間から、否定さえも、赦されず。


「貴様の致命的なミスは……、その者達(・・・・)を敵に回したことだ」


 ただ最悪の敵を、思い知ることになる。



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