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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――(後)
208/421

【プロローグ】


【プロローグ】


 時は少し巻き戻る。

 帝国中央区の裏路地にてカイン・ロードが自身の正体と目的を宣言し、帝国城外の平原でメタルがアストラ・タートルと激闘を開始した、後。砲撃による反抗に対し、カインが覚醒魔族による帝国市街地襲撃という無慈悲な命令を下すほんの少し、前。

 その災悪が向けられるであろう市街地の裏路地には、健気に祈る少年の姿があった。勇者も魔族達も、盗賊と冒険者すらいなくなったその路地裏に、円らな瞳で空を見上げるか弱き少年の姿があったのだ。


「……師匠」

 

 胸元で握った拳が不安に解け、然れどそれでもと再び力を込め直す度に爪先が掌へ喰い込んでいく。頬を撫でる風が嫌に生々しく、まるで魔獣の舌に舐め取られるような感触さえ憶えてしまう。

 ――――逃げ出したい。この場から一刻も早く逃げ出してしまいたい。

 そんな恐怖に駆られながらもなお、少年はその場に立っていた。逃げることなく真っ直ぐに帝国城を見上げていた。

 あの人(・・・)が向かったその先を、ただ、真っ直ぐにーーー……。


「エレナ」


 名を呼ばれ、少年は振り返った。そこには見慣れた白衣の男の姿があった。

 彼も同じく不安げな表情でありながらも少年とは違って酷く息切れしている。何処かを奔り回ってきたようだ。


「あ、イトウおじさん……」


「不安か?」


「……はい、不安です。けど師匠がいるから、大丈夫です。きっとではなく、必ず、大丈夫です」


「……強く、なったな」


「はいっ! 師匠のようになりたいですから!!」


「……いやそれは止め、だがこの子の夢を、いや、うぅむ」


 酷く歯切れの悪いイトウの言葉にエレナは首を傾げるも、再び轟いた雷鳴に大きく肩を震わせた。

 けれどその震えを止めるように、イトウの歳離れに皺枯れた手がくしゃりと頭を撫でる。大丈夫だと言外に示すような、優しい言葉を持てない男の精一杯の励ましだった。


「目標は兎も角……、その為にもここで折れるわけには、いかんな」


「……はい」


 街がーーー……、帝国という国全体が震えている。不安で、恐怖で、切迫で、どうしようもない絶望に埋め尽くされている。

 それでもなお彼等の眼差しから決意の焔が消えることはなかった。幾ら恐るべき闇が空に拡がろうと、恐怖の閃光が轟こうと、彼等が膝を屈することはなかった。

 勇ましく強き者が戦っている。絶望の闇に立ち向かっている。ならばどうして諦めることがあろう、絶望に折れることがあろう。彼がいればこそ、彼の存在があればこそ、自分達が諦める理由など微塵もないのに。

 だから、戦うのだ。彼ばかりでなく自分達も、決して諦めることなくーーー……、戦うのだ。


「……信じています、師匠」


 ――――少年は知らない。これから自身が愛するこの国に滅びが訪れることを。

 その滅びに誰もが惑い、息を呑み、眼を見開くことを。祈る事さえ忘れて、訪れる滅亡に頭を垂れることを。

 それでもなお少年は信じるのだ。やがて滅び逝くものだとしても、儚き泡沫に消え逝くものだとしても。

 ただそれだけを信じ、厄災の預言を下された男の背中を、信じるのだ。


「…………」


 そしてその姿を前に、白衣纏う男もまた覚悟を決める。

 ――――できれば、そうしたくはない。これはこの戦いだけに留まらぬ問題だ。そしてこの子自身を壊してしまいかねない問題でもある。

 だが、あの男は信じた。この子を、この子の強さを信じた。この子を護ろうとした自分でも、この子に贖罪を掲げた盟友でもなく、この子に真正面からぶつかったあの男が、この子に強さ(・・)を信じたのだ。

 ならば何故、自分が疑えよう。ならば何故、自分が断れよう。あの男の奇策妙策の果てにある、この子への信頼を、どうして、自分がーーー……。


「エレナ」


 イトウは深く、エレナと同じように拳を握り締めた。

 それは決意の焔を握り締めるような、熱く堅い拳だった。


「お前に……、頼みがある」



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