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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
――――(前)
204/421

【3】


【3】


「むしろ御主が諸悪の根源じゃボケぇえああああああ腕がぁあああああああああああああああああ!!!」


「即堕ち一コマとか流石にツッコミきれないよリゼラちゃん!!」


 などとシリアスに決める間もなく、鋼鉄腹筋を殴った魔王の叫びが響き渡る帝国の裏路地。

 日差しも人並みもない、建物の壁々に覆われたこの場所は奇しくも叛帝国連合レジスタンスの集合地となっていた。

 勇者フォール(最強の四天王シャルナ)、魔王リゼラ、最智の四天王ルヴィリア、聖女エレナ、十聖騎士(クロス・ナイト)元第四席イトウ、伝説の盗賊カネダ、冒険者ガルスという。何とも奇々怪々な、そして称号からしても摩訶不思議な団体だ。

 いや、女が男だったり女の中身が男だったり盗賊が未だ十字架に吊されていたりと、異常なのは名前ばかりではないのだけれど。


「ねぇ誰か降ろして?」


「と言うかフォール、御主が何でシャルナと入れ替わっとるんじゃ? いや理由は大体想像つくが……、シャルナは何処に行ったのだ?」


「誰か? 聞いてる? あの、みんな?」


「何を言う。シャルナならここにいるではないか」


「いやいやここってフォールくん、いったい何処に……」


「貴様に着替えを渡したとき、一緒にあっただろう。アレ(・・)だ」


「おーい、あの、ねぇ? おーい? 降ろしてぇー?」


 アレ、との言葉にリゼラとルヴィリアは顔を見合わせた。

 確かにルヴィリアの着替えを渡された時、オマケ(・・・)があった。ついでと言わんばかりに渡されたものだから気にもしなかったが、まさか、アレがシャルナだと言うのだろうか。

 いや、渡し方とか重要性とか、問題はそこではない。アレ、アレって、つまりーーー……。


「……このスライム人形かぁ!?」


「シャルナちゃぁああああああああああああああああああん!!」


「タスケテ……タスケテ……」


「案ずるな、俺の中にはきちんとスライム人形をだな……。フフ、素晴らしいとは思わんか?」


「「テメェこのスラキチ野郎」」


 流石の魔王達もドン引きである。


「…………」


「どうした、エレナ。フォールに会いたかったのではないのか?」


 と、そんなスラキチ野郎にドン引きする面々の中、イトウは自身の影に隠れる少年へ囁いた。

 あれほどフォールに会いたがっていたと言うのに、何故だか少年は恋する乙女よりも初々しく気恥ずかしそうに、瞳を伏せるばかり。見た目も相まって恋する乙女より乙女なのは、何と言うべきところだろうか。


「お……、女の人に抱き付くのは、駄目かな、って思うから……、その、えっと、ぁぅぅ……」


「アレを女と定義するのはどうかと思うがな……。しかしそれを言えばあの変態も褐色肌の中身がフォールと知らず腋を貪った事になるわけか。そう考えれば、まぁ、順当だな」


「おぼろろろろろろろろろろろろろ」


「る、ルヴィリアが吐いたーーーー!!」


「何だ、体はシャルナなのだから問題はあるまい」


「体だけの関係になりたくないんだよ僕はぁっ!!」


「と言うか頼むから私の体を返してくれきでぇんっ!!」


「……せめて、一晩だけでも抱き締めて眠っても良いか?」


「ほわぁ」


「シャルナちゃんが壊れぇぼろろろろろろろろろろろろろ」


「誰か助けてこの大惨事ィッ!!」


 なおカネダとガルスが顔を逸らしたのは言うまでもない。


「兎も角、だ。まぁ全員無事……、とは現在進行形で言えないが、こうして集まれた以上、戦局は一気に俺達へ傾いた」


 慣れない体を慣らすためか、それとも十聖騎士(クロス・ナイト)二人への奇襲作戦で流石に疲れたのか、フォールはごきりと筋肉に隆々と唸る肩を軽く一回し。

 見てくれこそ今はシャルナの体だが、やはり彼女の顔でも無表情さと冷静な声色は変わらない。いつも通りの落ち着き払った雰囲気に皆が安堵の息を漏らすと共に、とんでもない奇襲作戦をやり遂げたこの男へ疲弊の色を見せる。

 そして、それはガルスの手によってやっと十字架から降ろされた男も同じで。


「フォー……シャル……、フォールで良いか。あぁ、フォールの言う通りだ。帝国聖堂騎士の主柱である十聖騎士(クロス・ナイト)の内、コォルツォ第九席、ミツルギ第八席、ルナ第七席、ソル第六席、ヴォルデン第二席を戦闘不能にした。これで……」


「ミューリー第三席も、だ。イトウとラド、そして今は騎士に捕らえられているが、ユナ第五席もこちら側になった」


「……そ、そうか」


 カネダは何処か気まずそうに目端をひくつかせ、声を濁す。

 その様子を気に掛ける事もなく、フォールの文言をイトウが受け継いだ。


「……となれば残すは奴のみだ。カイン・アグロリア・ロードウェイ第一席。十聖騎士(クロス・ナイト)の頂点であり、帝国騎士の象徴たるあの男、のみだ」


「カイン第一席が、ですか……。あの人は帝国の騎士としてかなり人気のある人ですけど……」


「人気なんてカンケーないんだよ、ガルスくぅん。やる奴はやるし、やらない奴はやらない。それだけのことさ。人だろうと魔族だろうと亜人だろうと……、己の邪欲を律することができない者だけが道を間違える。そんな奴は何をしたって間違えるものさ……」


「……ルヴィリアの言う事が全てだな。忠義を尽くすべき立場にありながら主に刃を向けるだけでは飽き足らず、毒を盛り己の国に魔手を伸ばすとは不届千万。己の刃は主の魂を守り、立てる為という近いさえ護れぬ、忠義者の風上にも置けない奴だ」


「ルヴィリア、シャルナ…………、良いこと言っとるんじゃろうが、御主等が言うと、何か、なぁ……?」


 邪欲全開とスライム人形の決め台詞に説得力などあろうはずもなく。


「…………」


 と、そんな彼等の会話から外れるように一人、聖女エレナは寂しげな微笑みを浮かべていた。

 元よりこんな大人数を見下ろすのならまだしも、囲まれたことなどない彼だ。少なからず戸惑いもあるのだろう。

 けれどその悲しい微笑みはそんなものではない。心優しき少年が浮かべるそれは、決して。


「どうした、エレナ」


「ぁ、シャル……、じゃなくて、師匠、ですね。ごめんなさい」


「何、謝ることはあるまい。……姿がややこしいか?」


「……すこし」


 くすり、とまた彼は微笑んだ。

 けれどその笑みは強張った、虚勢の代物だった。


「やはり、カインの事が気に掛かるんだな」


「はい……。あの人は、十聖騎士(クロス・ナイト)の中でも一番私の隣にいてくれた人でした。幼い頃からずっと私を護ってくれて、時には勇気づけてくれることも、戒めてくれることもあった。まるで、頼れる兄のような人だったんです。そんな人が、父上や母上を、そして帝国を……」


 でも、と。


「私は、目を背けません。……この戦いがどのような結果になろうとも。それが帝国の王女であり、聖堂教会の聖女である私の使命で、……義務ですから」


 少年の瞳には、その儚き微笑みには似合わない決意の焔があった。

 ――――幼き頃からその重荷を背負い続けてきた彼だ。未だ男としての体格が出て来る前から、そして出て来た頃でさえも、民々の為に背負い続けてきた彼だ。

 力がなくとも、刃がなくとも、ただその意志だけでーーー……、戦い続けてきた彼だ。


「…………」


 フォールはそんな彼の頭を、いつものように撫でることはしなかった。

 ただ言葉なく、静かに吐息を吐き捨てる。猛く燃え盛る少年の焔を揺らがせるように、吐き捨てる。その焔がこんな虚しい一息で消えることなどないと尻ながら、吐き捨てる。


「あっ、そうだ! そんな事より師匠、イトウおじさんが師匠に伝えることがあるって言ってましたよ! 早くその事を聞かないと……」


「エレナ」


「あ、は、はい?」


 駆け出そうとした少年を呼び止め、フォールは俯きがちに眉根を引き下げた。

 僅かな、問い。何と言うことはない、問い。然れどーーー……、彼にとって大切な、問い。


「一つ、聞きたい。……お前は」


 黄金の刃が、褐色の肌を貫いた。


「……師匠?」


 顔を振り向かせたエレナの瞳に映るのは、崩れ落ちるように倒れたフォール、いや、シャルナの姿だった。彼女は訳も分からず直ぐさま立ち上がり、突如戻って来た自身の体を触り確かめる。そこに外傷はなく、内傷もなく、黄金の刃もない。

 その代わりーーー……、魔道駆輪にもたれ掛かっていた男の体に、その刃はあった。


「本当に……、油断ならない方々だ」


 喧騒に差し込まれる鋒のように、精悍な言葉。

 フォールはその鋒を耳にしながら、自身の魂に(・・)突き刺さった刃を抑えたままにずるりと崩れ落ちる。眼を見開き、喉を潰し、脆く膝を折り崩す。

 ――――その刃は、ただの剣にある刃ではない。黄金に輝き、勇ましき者が持つに相応しい十字架を刻まれし、大祭司りし剣だ。古来より人々を救い悪しき者達を斬り伏してきた退魔の、剣。

 聖剣ーーー……、帝国の秘宝にして、朧歴の異物。女神が人界に授けし、神者の剣。


「……フォー、ル? フォールッ!!」


 シャルナが叫ぶのが早いか、カネダが銃を向けるのが速いか。

 それとも、その者の剣が彼の手から銃を叩き落とすが、速いか。


「づッ……!?」


「おっと、大人しくしていてください。無駄な殺生は好みませんので……。ここに来たのは宣告の為です、戦いの為ではない」


「貴様ァッッッ!!」


 腰元から剣を引き抜き先陣を切ったシャルナ、続いて懐から爆弾を取り出そうと手を伸ばしたイトウ、小刀を抜こうとしたガルス、魔眼を発動しようとしたルヴィリア。しかしその背後に、突如として裏路地を埋め尽くすほどの化け物達が落降した。

 その巨体は腕の一振りにて通路を破砕するほどの体躯であり、無論としてそうするのだと言わんばかりに彼等の行く手を塞いでいる。王手チェックメイトと、そう宣言するばかりの圧倒だった。


「全く、繰り返しますが貴方達は本当に油断ならない……。まさかたった三日で私が積み上げてきた計画を崩されるとは思いも寄りませんでしたよ。もっとも、十聖騎士(クロス・ナイト)は後々始末するつもりでしたから僥倖と言えば僥倖でした……。しかし物事には順序というものがある」


 白銀の流髪に揺れる甘い微笑みは、やはり爽やかさを崩さない。

 ただただ、構え、それでもなお動くことを赦されぬ者達へと供えられるのみ。

 ――――カイン・アグロリア・ロードウェイ第一席。その者の笑みは、ただ。


「貴方達の邪魔さえ入らなければ、この帝国を手中に収めることもできたのに……。あの御方(・・・)の命令通り、じわじわと国王と后を弱らせ、私が実権を握ることもできたのに……」

 

「……やはり、貴様が」


「おや、イトウ殿……。貴方にも手を焼かされました。着々と水面下で事を進め、まるで火種を待つ燃料のような危なっかしさがあった。しかし、着火して直ぐ鎮火できたのは不幸中の幸いというものです」


「カイン……! 仕える者への魂の鼓動とやらは出任せか? いや、違う。貴様は、最初から……!」


「……やはり掴んでいましたか。心の底から思いますよ、早急に貴方を捕らえられて良かったと」


 そして、と紡いで。


「聖女エレナ……、貴方も困った人だ。帝国城で大人しくしておけばこの様な悲劇を目にすることもなかっただろうに」


「カイン、第一席っ……! 貴方はっ!!」


「そしてそれは貴方もです」


 エレナの言葉を打ち切り、カインが視線を向けたその先。

 そこにいたのは誰であろう、俯き倒れる勇者の側に佇む、魔王リゼラであった。


「計画だけならまだしも、私の真なる目的の為にはどうしても貴方と聖女エレナの逸材二人が必要だった……。しかし悲しきかな、物事とはどうにも思い通りには進まないものです。そうは思いませんか?」


「……知らぬな、御主のような量産型イケメンの戯れ言など」


「…………フフ、やはり貴方は逸材だ。しかし惜しい、あともう少しと言ったところです。あの方(・・・)の血を引く貴方なら、必ずその領域に辿り着くことができる!」


「御主、何をーーー……」


 刹那、リゼラの髪先を擦って黄金の刃がカインへ放たれた。

 刃は容赦なく白銀の甲冑を貫き、伊達男を壁へと貫き縫い立てる。壁面に亀裂が走り、その者の背中を強く叩き付けるほどに。

 しかし、その亀裂は天まで昇ることなく、ぴしりと音を立てて止み終えた。ごく当然のように、識理の常として、壁面を崩壊させることなく、止み終えたのだ。


「……やれやれ、何度油断ならないと繰り返せば良いのやら。聖剣が完全(・・)だったのなら今の一撃が致命傷でしたよ」


 その嘲りを受け、立ち上がるのはフォール。

 彼は平然と立ち上がり、何事も無かったかのように自身の鞘から抜剣する。

 ――――本当に、何ともないのだ。シャルナの体で剣を受け、いつの間にか自身の体に転移し聖剣を受けたままだったにも拘わらず、やはり外傷も内傷もないし、衣服にさえその痕はない。

 ただ、残痕があるとするのなら、それは彼自身の表情に。いつも通り冷静にして冷徹な表情に伝う、一筋の汗として。


「いっ……! 生きとったんかワレェ!? じゃなくて御主ぃ!?」


「この程度で死ねるか……。だが、余裕がある状況とも言えんな」


「えぇ、でしょうね。貴方には例え完全でなくとも、随分辛いものでしょう……? 勇者(・・)フォール」


「ゆっ……!?」


 カネダは痺れた腕を振り払いながら、ガルスは小刀を抱えたまま、その称号に思わず言葉を詰まらせた。

 ――――勇者、あの勇者か? 永き歴史に渡り人類の救世主として戦い続けてきた、あの、勇者か!?

 そんな驚愕は未だ止まらない。怒濤の真実は、さらに、奔流の渦へ。


「ですがこの程度では倒れてもらっては困る……。私は貴方を倒し、あの方から褒美をいただかなければならないのですからね」


「あの方あの方って、まだ君の後ろに誰かいるってのかい? カイン・アグロリア・ロードウェイ……!」


「誰か? そんな矮小な存在ではない……。貴方達ではあの方の名を呼ぶことすら烏滸がましい。この世全てを掌握し、万物を支配すべきあの方の名を!!」


「何者だ……、貴殿の後ろにいる、糸を引く黒幕は何者だというのだ!?」


 ルヴィリアとシャルナの叫びに、カインは笑みの中におぞましさを孕む。

 ただ、一言。この世全ての災禍を支配し、この世全ての悪辣を創造し、この世全ての破壊を願望する、その名をーーー……!


「第二十五代魔王(・・)……、カルデア・ラテナーダ・リゼラ」


 ――――蒼白の空に雷雲が轟き、闇の鼓動が帝国を埋め尽くす。

 全ての魔族を率い、全ての邪悪を孕むその名に誰も彼もが眼を見開いた。

 いったい誰が、その名を想像しただろう。いったい誰が、その名を聞くと思い描いただろう。この世界最大の国家を壊滅させるために化け物達と悪しき『光の騎士』を呼び込んだのがその名を持つ者だと、いったい、誰が。


「やはり、かッ……!」


 イトウは否定し続けた、いいや、決して有り得てはいけなかった現実に歯牙を食い潰す。

 ――――今、目の前にいるこの化け物達。帝国城にも現れた奴等から摂取した細胞は魔物モンスターのそれだった。人でも亜人でも獣でもなく、魔族と呼ばれる者達にある細胞のそれだった。

 つまり、この異形達は魔族ということになる。姿形こそ文献にあるそれらとは異なるが、奴等は等しく魔族なのだ。


「そんな……、魔王、なんて……」


「恐ろしいですか? 聖女エレナ。貴方のその顔はとても良い顔だ。何も知らず、世界を恐れていた幼きあの頃を思い出す……。今の唯一頼れるものを失い、絶望に身を堕とす表情も中々よいが、如何せん貴方は優し過ぎ、綻び過ぎた(・・・・・)……」


「……どうして、どうして貴方は、そんな!」


「おっと、無駄話はここまで。……言ったでしょう、今回は宣告の為に来た、と。これ以上の戯れ言は私自身も抑えが効かなくなるし、何よりここで未だ呪い(・・)の回っていない勇者フォールを相手にするのは得策ではない」


 跳躍。カインは化け物の手に飛び乗り、雷鳴轟く曇天を背に負った。

 影堕ちた表情に透き通るものはなく、ただ暗沌ばかりが双眸に立ち篭める。

 その男に『光の騎士』たる称号は不要。必要なのはーーー……、己の真なる姿のみ。


「改めて、宣言しましょう。我が真なる名はカイン・ロード。魔王リゼラ様にお仕えし、魔族四天王に従属せし魔族三人衆が一……、『心臓アグロ』」


 轟ッ。雷鳴が唸り、天を白銀の光で斬り裂いた。

 闇を照らす光ではなく、闇より生まれし光。その象徴たらんとすべく、堕ちたのだ。


「私はこの悍ましき聖祭を打ち壊し、帝国を支配してみせると誓いましょう! そして、秩序の象徴を崩壊させ、世界を再び魔族のものとし!! 我が王リゼラ様を万物の女王とすることを誓いましょう!!」


 化け物達はその巨躯にあるまじき跳躍と共に、暗天へとその姿を消していく。

 それらの腕に乗ったカインも、また、帝国紋の刻まれた白銀の甲冑を砕き割り、天の雷鳴へと捧げ消してみせる。

 彼の行為は他ならぬ帝国への謀反の象徴であり、そして、背より出でし白銀の大翼は他ならぬ人界への叛逆の証であった。


「これより帝国の象徴、帝国城を我が根城とする! 我はと思う者は来たるがよい!! その僅かな希望さえも、私が打ち砕いて見せましょう!!」


 果てなく響き渡る嗤叫は闇の空へと消え果てる。

 それは、絶望の始まり。それは、災悪の始まり。それは、死諦の始まり。

 ――――魔王、四天王、三人衆。立ちはだかる強大にして凶悪な存在に、いったい、誰が希望を見ることができようか。

 いったい、誰がーーー……。


「「「…………」」」


 一方、魔王&四天王というモロ張本人な魔族三人組は魔道駆輪の影に隠れていた。必死に息を殺し、気配を消し、滴る汗さえも飲み込んで、姿を隠していた。

 それは、たぶんここで一番出ちゃいけない名前が出たとか、三人衆って名称被っちゃってたとか、って言うかそもそもカインとかあんな化け物とか知らないとか、そういう話ではなく。

 いや、本来はそういう話であるべきなのだろうけど、それどころでは、なく。


「…………」


 諸君は、絶望というものを知っているだろうか。

 知らないのなら、或いはもっと、それこそ災悪や死諦でも良い。この世に蔓延る消え去るべきもの全てを孕んだものであっても良い。

 ただ、現すのなら絶望と表現するのがもっとも正しいというだけのこと。思い描くのであればそれがもっとも得やすいものであるということ。誰よりも身近で誰よりも深淵にあるものというだけのこと。

 ――――例えば、そう。今し方去って行った怪物によって踏み潰され、粉々になったスライム人形を見る、男の瞳に宿るものの、ような。


「……勇者、魔王、四天王に三人衆かよ。いよいよ幻想物語ファンタジー染みてきたな、おい」


「せ、先生……! これは、本当なんですか? こんな事が……」


「黙れ馬鹿弟子ガルス……! 私とて否定できるなら、そうしている。だが全ての要素がその事実だけを浮き彫りにするのだ。赦されぬ邪悪の存在を肯定するのだ……!!」


「そんな……、カインさんが……、裏切りだけでなく、魔族だったなんて……」


 そんな事など知らない者達は、ようやく闇の緊迫から解放されたことで安堵と共に困惑を感じていた。

 焦燥混じりのそれ等は彼等を絶望へと駆り立てるだろう。いや、彼等ばかりかこの国の民々までも比類なく闇の底へ叩き落とすだろう。

 だが魔道駆輪の影に隠れている魔族達を漆黒へ叩き落とすのは、そんな事実ではない。


「………………………………貴様等」


 誰の名を呼ぶものでもない、勇者の呟きだ。


「話を……、聞こうか」


 果たして、魔族達の『死にたくない』という願いが届くことはあるのだろうか。いや勇者とて鬼ではないのだ、まさかそんな、不可抗力だったスライム人形の犠牲を彼女達に糾弾することはあるまい。

 まぁ、鬼でなくとも悪魔なんですけども。当然のように抜剣したんですけども。

 この後、曇天に轟く雷よりも大きな悲鳴が帝国中へ響き渡ったのは言うまでもない。



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