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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(後・C)
198/421

【4】


【4】


「……面倒だな」


 フォールと彼に抱えられたシャルナは現在、建築物が連なる中央区を超えて、聖剣祭の賑わいが目立ち初めてきた西南区境界線へと到達していた。

 既に逃亡を初めて数時間。夕暮れの暁は空から墜ち始め、薄暗く滲んだ空には光なき星が瞼を開き始めている。もう間もなく月が昇り、夜が来ることだろう。

 然れどそれでもまだ、彼等は追跡を振り切れずにいた。狂気と何ら変わらぬ殺意を振りまくその者から、まだ。


「ふぉ、フォール! もう降ろしてくれても良いだろう、こ、この状態で逃げ回るというのはちょっと……!!」


「……降ろしたいのは山々だが、あの追跡が存外厄介でな。奴め、こちらが速度を一瞬だろうと緩めるのを待ち構えているようだ」


「一瞬でも、って……」


 視線を上げれば、そこには慟哭が如き咆吼で剣を乱舞させるメタルの姿。

 先程からずっとあの調子だが、言われて見れば確かにその双眸は癇癪を起こしている子供というよりも嘲りを纏う道化のように静かなものだ。

 ――――狙われていたのか、ずっと。

 それを理解した瞬間、シャルナの背筋に冷たいものが伝う。


「貴様を放り投げても良いが、あの男がどちらに向かうか解らん以上それも迂闊にできん。シャルナ、貴様覇龍剣を持って来てないだろう? 素手でアレを相手取るのはリスクが大きすぎるし……、であれば迎え撃つのも同様だ」


「……何と言う男だ。かつて『爆炎の火山』で会った時にはあれ程ではなかったのに」


「あぁ、異様な適応力だな。……これだから嫌いなのだ、人間というものは」


 いや、貴殿も人間だろうーーー……。

 シャルナがそう言いかけた瞬間。フォール達の眼前へ広大な景色が拡がった。

 暁が全ての顔を見せ、灯りが満弁なく彼等を照らす絶景。祭りに映える街並みや朗らかな笑顔で道を行く人々、そしてそれらの中心で噴き上がる憩いの噴水。

 そう、そこは広場だった。中央区から西南区の境目にある、帝国一つの基点とも言える場所だった。


「……カハッ♪」


 追跡者が、笑う。

 フォール達が、奥牙を噛み締める。

 ――――僅かな、数秒にも満たぬ時だ。だがそれだけあれば良い。あの追跡者には、屋根という道が途切れることで生まれる、浮遊という僅かな時さえあれば、それで。


「掴めッ! シャルナ!!」


 だが、逃亡者もまた、ただ者ではないのだ。

 フォールの声でシャルナは咄嗟に屋根の返し(・・)を掴み、そこを基点として彼等の体勢が無理やり直下へと向けられる。

 そこから巻き起こるのは眼下への垂直爆走? 否、重力を完全に無視した、反発跳躍(・・・・)だ。


「わぷっ」


 まぁ、行き先は目の前にある噴水なのだが。


「大分距離は離せたな。人混みが良い具合に壁となるだろう」


「ふぉっ、フォール! 噴水に突っ込むなら突っ込むと!!」


「仕方あるまい、周囲に被害は出せない契約なのでな。……ともあれ、今なら別れることも」


 フォールの言葉を否定する、噴水を大破させる大飛沫。

 彼等の真横に着水、否、墜落した男は眼と牙を歪ませて体躯を起き上がらせる。

 その様たるや、煉獄から現れた悪鬼が如く。噴水への到達は体勢を保てず、さらには剣で無理やり速度を殺すという無様で歪なものであれど、彼は超越者たる勇者フォールの領域へその指を掛けたのだ。

 人外の領域へ、その指をーーー……。


「来るな」


 掛けたところをナックル&デストロイ。


「……躊躇なく、いったな」


「躊躇する理由もないからな。後は瓦礫で埋め立てておくか」


「いや貴殿、流石にそれはちょっと……、周囲の目が死体遺棄現場でも見るかのようなアレになってるから……」


「案ずるな。死体遺棄の項目は既にあった」


「罪状の話をしているのではなくてな?」


「そうか、では尚更だな。こちらも罪状の話だけではない」


 爆ぜ飛ぶ瓦礫、轟く咆吼、霧散する霧水。

 追跡、未だ、止まず。


「これぐらいしておかなければ……、と言おうと思ったんだが遅かったか」


「……戦う?」


「帝国包囲網の中でこの男を真正面から相手取る余裕があるならな」


 二人は噴水から飛び出し、祭り屋台に揺れる人混みを掻き分けながら疾走を再開した。

 対する追跡者は辺りの人並みを埃でも払うかのように投げ飛ばしながら追跡する。針穴に糸を通すような逃走とその穴を無理やり拡げるかのような追跡。最早、逃亡戦というよりは殲滅戦に近い。

 しかし未だ殲滅ではない。例えそれに接近しようと、まだ。


「……仕方あるまい。こうなった以上、奴が好調の波を乗りこなす前にどうにかせねばな」


「どうにかって、どうするつもりだ!? 奴と真正面から戦う余裕もないんだ……、我々には逃げるしか!」


「逃げるにしてもやり方というものがある。時としてそれは戦うことと同意義でさえある」


「た、戦うことって……」


「逃げる事と立ち向かう事は決して相反するものではないということだ」


 彼の言葉を塗り潰すように、背後からメタルの腕が伸びる。

 牙のような指先はフォールとシャルナの湿り滴るスーツへとーーー……。


「……何かに、向かっているのだから」


 伸ばされた腕が、大地へ沈む。

 メタルの体へ降りかかったのは屋台の骨組みだった。フォールは行き際に屋台の紐を解き、彼の上へと雪崩れさせたのである。

 さらには雑踏がそこへ転がり、人混みの塊が出来上がる。一人や二人であれば大したことはないが、聖剣祭に集っていた密集数十人単位が一気に倒れ込んだのである。

 流石のメタルも予測していなかった姑息な罠に対応できるはずは、なく。


「走るぞ、シャルナ」


「あ、あぁ!」


 が、予測せずその攻撃を喰らったから何だと言うのだ。

 メタルは即座に人混みを天高く吹っ飛ばし、屋台の骨組みをへし折って立ち上がった。

 憤怒と悦楽の入り交じった表情は原型を留めていない。牙が、さらに尖る。


「……くっ、やはりあの程度では難しいか!」


「いや、そうでもない」


 フォールは通りの屋台に並ぶ壺だの空箱だのを投げつけ、嫌がらせのような足止めを繰り返す。

 無論、メタルとて幾度もそんな愚策を受けてやるわけはない。飛んでくる障害物を容易く薙ぎ払いながら、先程の不意による遅れを容赦なく詰めていく、が。

 身一つ、腕一伸び、指一本まで、その背中に。


「フォール! もうっ……!!」


「いや、俺達の勝ちだ」


 しかし、詰まっていたはずの距離はまたしても大きく開き始める。

 全力で疾駆するメタルに対し、フォール達はその数倍近い速度の加速を見せたのだ。大凡、人間にはできるはずもない異様な急加速。伸ばした腕の先にあるはずの背中が瞬く間に小さくなっていく。

 いや、違う。加速ではない。彼等はーーー……。


「魔道列車……!」


「……無賃乗車だがな」


 走行中の魔道列車に、飛び乗ったのだ。


「考えたな、フォール! これなら逃げ切れる!!」


「それでも包囲網を抜けたわけではないが、まぁ、あの男さえ撒いてしまえばどうとでもなるか。問題はこの後だな……」


 後方、いや、遙か彼方の線路上には呆然と立ち尽くす追跡者の姿があった。

 既に視界に捕らえることさえ難しい距離だ。これだけ離せば追いつくことは不可能だろう。


「夕飯の買い出しをどうするか……」


「そっち!? いやその前にリゼラ様だろう!? 夕飯よりリゼラ様だろう!?」


「だが待って欲しい。リゼラの前に奴自身と夕飯を並べたら、奴はどちらを選ぶか」


「それは…………………………夕飯……だけども……」


「そういう事だ」


 どういう事だろう。


「……ともあれ、どのみち備えるべき時は近い。ならばこんなところで地団駄を踏んでいる暇はないだろう。さっさと帰って、さっさと飯を食って、さっさと寝ることだ。……叛逆の時は近いぞ」


 列車から流れ吹かれる景色に髪先を揺らす、フォール。

 そんな彼の何処か遠くへ消えて要りそうな瞳を見つめながら、シャルナもまた瞳を列車の影へ落とす。流れているのか、沈んでいるのか。それとも消えてしまっているのか解らないような、景色に。

 まるで自身のように、遠く、吹き飛んでしまいそうなーーー……。


「……フォール、その、言いたいことがあるんだ」


「今晩のメニューは決まっているが」


「い、いや、そういうのではなく……。上手く言えない、と言うべきか、我が儘なようだが、と言うべきか……。もっと、我々を頼ってくれて良い! 元は勇者と魔族という決して相容れぬ存在だから忌避するのは解る! けれど、今は共通の敵を前にしているのだから、もっと、我々を……、私を頼ってくれても!」


 その言葉に、フォールはどんな反応を返すだろう。

 歓喜に頬を緩ませるだろうか、感動に涙を流すだろうか。いや、それは無いにしても、困惑に口端を縛るぐらいはするだろう。或いは冗談だと鼻で笑うぐらいは、するだろう。

 けれど彼はそうしなかった。困惑し冗談だと思いこそすれ、口端を縛ることも鼻で笑うこともしなかった。

 それは彼女の真摯な思いに答えたという意味では、なく。


「……何を、言っている?」


 ただただ純粋な、困惑と猜疑だった。


「え? いや……」


「貴様等は……」


 こつ、こつ、こつ。

 それは骨盤を繰り返し叩き確かめるような、音だった。


「……待て」


 振り返った二人の瞳に映るのは幾度も舞い散る閃光だった。

 否、そうではない。列車線路の鉄板が繰り返し弾かれている。弾き、飛んでいる。ただ一人の追跡者により火花の閃光が交錯している。

 それは疾駆と言うより飛空に近い。垂直に、繰り返しの跳躍と飛行を繰り返しているのだ。絶叫に染まる満面の狂気を、浮かべながら。


「本当に人間か、あの男……」


「……奴に大して手加減は愚行ということだろう。止めることはできず、かと言って逃げ切ることも難しいときたものだ。もっとも、ならば逃亡と攻撃を兼ね備えれば良いだけだが」


「とっ、逃亡なら兎も角、攻撃までもか!? これまでのような小細工が何度も通じるとは思えないぞ!」


「ならば大細工だな。降りるぞ」


 突如、フォールは列車の柵を跳び越えて石畳へと着地した。そこから勢いを殺す間もなく、強く踵を擦り付けて曲がり角へと突っ込んでいく。シャルナも慌ててその後を追い、向かい通りに出る細路地へと走り込む。

 追跡者も同じく、いや、角を蹴り砕いて速度を殺すことなく曲がる姿は獣のそれであったが、彼もまた曲がり角へと突っ込んだ。


「フォール! だから降りるなら降りると!!」


「ところでシャルナ、あの男を見ていて気付いたことはないか?」


「えっ!? ……く、くどい?」


「……まぁ、確かにその通りだが、他にもあるだろう」


「そ、そうだな……。まず貴殿も言っていた事だが、奴は追跡する気がない。これは追跡ではなく追()だ。確実に追いついて倒す、という絶対的な意志の元に動いている」


「その通り。ならば奴は何が何でも、例え如何なる障害があろうと追ってくるということでもある」


「……それを逆に利用する?」


「よし、それが解るならば問題あるまい。……次が山場になるぞ」


 曲がり角から裏路地を抜け、彼等はまた別の通りへと走り出た。

 そこから見えるのは様々な商店の前を貫く大通り。ただ、その大通りは先程の道よりも人並みが異様に少なく、壁と壁が両断されているように見えるほど人の流れに意図的な(・・・・)隙間があった。 

 フォールは迷うことなくその隙間に突っ込み、シャルナもまた彼に習って人混みを縫うように隙間へと突っ込んだ。

 ――――帝国騎士達の行列が征く、その、隙間へと。


「良し、いたな」


「……まったく、無茶をするッ!」


 再び、踵を返す。

 彼等は人並みの央を行進する数百近い騎士達の一団へ真正面から突っ込んでいったのだ。

 包囲網を敷くべく移動していた騎士達は、突如現れた目標対象に驚きながらも直ぐさま武器を構えて応戦する。後方や隣方に備える仲間の数を見れば嫌でも勝利が確信できた。

 何より馬鹿正直に真正面から突っ込んでくる連中だ。片方の褐色男は武器も持ってないようだし、さっさと捕まえてしまおうーーー……、と。

 彼等を追って石畳を粉砕する怪物を見るまで、そう、確信していたのだ。


「えっ」


 最前列にいた騎士の一人が、一度瞬きをした。次の瞬間には二人の男が目の前にいた。

 二度瞬きをした。その男達が消えていた。三度瞬きをした。怪物が目の前にいた。

 四度瞬きをした。――――空を見上げていた。


「「「うわぁああああああああああああああああああ!!!」」」


 騎士達が跳ね飛び爆ぜ上がり掃き消える。

 その様は正に地獄絵図。軍列の中に突っ込んだフォール達を追うべく、メタルは立場的には仲間であるはずの騎士達を躊躇無く吹っ飛ばして行く。

 数百の手練れが、たった一人の暴走嵐によって薙ぎ払われるのだ。追跡者は終ぞ災害とまで相成った。

 誰も止められない。災害の一薙ぎで石畳が抉れ返り、重甲冑を纏う仲間が砂埃のように舞い上がり、並び整えられた列が斬り裂かれていくのを、誰も止められない。

 その災害を、止められない。


「……あァ?」


 彼女を、覗いては。


「…………」


 逃げ惑い、腰を抜かし、悲鳴を上げる岸の中。

 ただシャルナだけが屹立として剣を構えていた。群衆の中、鋭い眼光を貫き通すが如く、何処かの騎士が落としたであろう抜き身の剣を向けていたのである。

 それは追跡者(メタル)にとって開戦の合図に等しいものだった。良い加減に追いかけっこも飽きてきた彼にとって、最高の祝砲ーーー……。


「じゃ、ねェな」


 視界の隅で、火花が弾ける。

 彼の直感は僅かな違和感から、その一撃を弾き飛ばしたのだ。

 視線を向けることも、意識を持つことすらなく、溢れ惑う騎士の隙間から突き出された剣を、弾いたのである。


「…………」


 剣はするりと消えて無くなり、またしても喧騒がメタルの視界を埋め尽くす。

 それと同時に彼の意識へ差し込まれた殺気は消えて無くなり、眼前のシャルナも雑踏へ姿を消し去った。

 ヒット&ウェイ? いいや、違う。これはただの不意打ちだ。様子見だ。

 ――――挑発、だ。


「カハッ」


 その余りの仕様も無さに、メタルは思わず嘲った。

 喧騒と絶叫の中、ただただ浮き立つ嗤声が響き渡る。誰の気にも留められない、泡沫のように消え去る声が。

 そう、誰も、気にも留められない。気に留めてはいけない。

 その声を、決して、気に留めてはいけない。


「……ぁー」


 暴走嵐の嗤いを、聞いてはいけない。


「洒落臭ェなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 斬撃が振り抜かれたのは前方でも後方でも騎士達の壁でもなく、地面。

 その一撃は周囲の建築物の硝子を爆ぜ砕き、観衆の脚を地面から数ミリ浮かせ、周囲の壁を容易く天へ打ち上げた。

 遙か彼方へ駆け出す二人を覗いて、全てを、打ち上げたのだ。


「……そこかァ」


 嵐を恐れるとき、人はその暴風と暴雨を恐れる。だがそうではないのだ。嵐で何よりも恐ろしいのは静寂である。

 風も雨も、何もかもが消え去ったその刹那。嵐の央たるその場所に捕らわれた時が、何よりも恐ろしい。


「逃げるなよ……。楽しいトコだろォ?」


 腕が、鞭縄のように撓る。

 それは投擲。天高く跳ね上がった壁の隙間を縫い、逃亡者の背中を刺し貫く一撃。

 距離や威力など関係ない。彼が貫くと決めた以上、確然たる一撃としてその者達をーーー……。


「……ありっ?」


 貫く、はずだったのに。

 余りに不自然な形で、その者達は姿を消した。具体的には横路地に引っ張られる、というか、そんな形で。

 メタルは投擲を止め、降り注ぐ騎士達の雨を軽く払い除けながらその場へ跳躍する。逃亡者達が消えてから数秒と経っていないのに、彼等の姿は一本道路地の何処にも見当たらない。陽炎や白煙が如く、消えてしまったかのように。


「……何処に、行きやがった?」


 首を傾げ、辺りを見渡すもやはり答えが変わることはなく。

 彼は消え失せてしまった逃亡者と戦いの気配に露骨な落胆の息を零し、大きく肩を落とす。

 するとその肩を砕き折らんばかりの豪掌が、バヂンッ、と。


「っでぇ!?」


「ぬがっはっはっはっはっはっは! 何やら騒がしいと思って来てみればこれまた偉い騒ぎではないか!! んン、子供は風の子元気の子!! しかし些か暴れすぎではないかのぅ? ぬがぁっはっはっはっはっはっは!!」


 メタルの肩を叩き上げたのは人間という文字に筋肉を結びつけたような、或いは武人という文字を具現化させたような、骨肉隆々の大男であった。

 そう、その者は誰であろう十聖騎士(クロス・ナイト)が一人、ヴォルデン第二席であるーーー……、のだが、彼はそんな自己紹介よりも『癇癪はいかんな』とか『辛く当たるのは筋肉だけにしておけ』とか何とか、随分とまぁ暑苦しい説教を繰り出してくる。

 いや別に口うるさいわけではないのだが、普通にうるさい。小言というか、声が大言すぎて。


「チッ、うるせーオッサンだな……。俺ァ侵入者を追ってンだ。テメェは見なかったのかよ?」


「む? うむ、とんと見ておらんな! 何せ包囲網の指揮で忙しくてのう!! ぬがぁっはっはっはっはっはっはっはっは! なぁに、我等が包囲網を持ってすれば侵入者など……」


「……あ゛? おい待てオッサン、今なんつった? 包囲網の指揮だと? ……何でお前が執ってる?」


「いやいや、確かに総指揮は儂が執っておるが、別に指揮官一人というワケではないぞ? 魔力不足で療養しておるルナ第七席と禁固中のイトウ第四席、任務を放棄してカジノに籠もったミツルギ第八席にそこの警備を命じられたラド第十席以外の十聖騎士(クロス・ナイト)は皆ーーー……」


「そうじゃねェ。カインはどうしたって聞いてンだよ」


 彼の問いに、ヴォルデン第二席はきょとんと目を丸くした。

 そして武骨な指で頬を掻きつつ、首を傾げ込む。


「……はて、言われてみればそうじゃな。あの者はまだ見ておらぬような」


「あ゛ァ? じゃあアイツは、いったい何処に……」


 彼等の会話に走る、雑音。

 ふと、二人が視線を傾けてみればそこからは魔道駆輪が凄まじい速度で迫ってきていた。

 それだけならば騎士達も狼狽えはしなかっただろう。先程のメタルによる襲撃の方が余ほど恐ろしかったと、落ち着きさえしていただろう。

 無論、メタル本人もヴォルデン第二席も然り。何事かと状況を確かめるに留まったはずだ。

 ――――後続の、巨大な怪物の姿さえなければ。


「あはははは、みてみてきれいなおはながいっぱい☆」


「しっかりしてくださいカネダさん! 帰って来てくださいカネダださん!! ハンドルを握ってくださいカネダさぁん!!」


「そやからもう外にほっぽり出してまえばえぇのよ! 囮ぐらいにはなるやろ、囮ぐらいにはぁ!!」


 魔道駆輪から聞こえて来る喧騒なんて何処へやら。

 騎士達は化け物を見た瞬間、一度は収まった喧騒を再び燃え上がらせ、我先にと端々に拡がる民衆と共に大通りから離れていく。控えめとは言え人並みに溢れていたはずの通りはあっと言う間に大混乱で閑古鳥。間もなく通りには逃げなかったヴォルデン第二席とメタルばかりがぽつんと取り残されてしまう。

 そして当然ながら、そんな二人へと真正面から魔道駆輪がーーー……。


「……手伝えオッサン」


「うむ、何だか知らぬが面白そうだのう!!」


 瞬間、メタルは石畳を蹴り上げて跳躍し、魔道駆輪へ飛び乗った。

 それと擦れ違うようにヴォルデン第二席は一歩を大きく歩み出し、化け物の前へと立ちはだかる。大樹が如き体躯と城門が如き鉄壁の双腕を拡げ、文字通りの通せんぼを行ったのだ。


「来たれい来たれい化け物め。帝国に仇成すとは……」


 そして、彼は。


「このヴォルデン第二席が赦さぬぞッッッッッッッッッ!!!」


 激突する。


「ぬううううううううううううううううえぇええええええええええええええええええいッッッッ!!!」


 豪腕爆撃。拳撃一発で空気が躍動し鼓膜が震え上がらんばかりの衝撃が繰り返される。

 対する化け物も怯むことなく、助走から繰り出される最大出力の拳撃を浴びせ掛けた。ただの拳撃による応酬と侮るなかれ、鉄塊さえもへし曲げ大岩さえも砕き割る破槌の連撃である。

 ――――そも、ヴォルデン第二席は巨漢だ。慎重は常人の倍はあり、オークのような巨体になりやすい亜人でさえも彼の体躯を超えるものは数少ない。さらに鍛え上げられた筋肉もあって、彼より巨大で強靱な体を持つ者はそういないだろう。

 だが、化け物はそれを容易く超える。人間の頭なら一度に二つは掴めるヴォルデン第二席に対し、化け物は優に七つは掴む。それ程の差があるのだ。


「むぅううううううううううううううううううううんンンンンンンンンンッッッッッッ!!!」


 しかし、ヴォルデンは撃ち負けていなかった。否、それどころか撃ち勝っていた。

 応酬の最中、彼の拳は化け物の急所を的確に捉えて撃ち抜いていく。何撃だ、十か、二十か。それよりさらに多くか。それは時として数分にも到らぬ間だったが、間もなく化け物は大地へ膝を屈することになる。

 どんなものだと主張するが如く鼻息を吐き捨てて仁王立ちするヴォルデン第二席の前で、呆気なく崩れ落ちたのだ。


「やるなァあのオッサン。アイツでも良かったか……」


 ヴォルデン第二席が速攻で化け物を片付けた一方、魔道駆輪の屋根に飛び乗ったメタルはその様を眺め、しみじみと息を漏らしていた。

 ――――先ほど逃亡者に逃げ切られたこともあって、どうにも鬱憤が溜まっている。コイツ等なら楽しませてくれるだろうか? いや、楽しませてくれるに違いない。

 少なくともあの化け物よりこちらを選んだのだから、それなりにはーーー……、と。

 彼は恋する乙女のような淡い期待を込めて、魔道駆輪の中を覗き込んだ、が。


「…………」


 そこには無言で瞼と口をいっぱいに開く、勝手見知った顔が二つ。


「ンだよお前等かよぉ! ちぇー、楽しみにしてたのになァ!!」


 いや一回会ってるから、とか。

 やっぱり気付いてなかったのかよ、とか。

 お前の所為で大変な目に、とか。

 いつもなら槍雨のように投げかけられる暴言が、飛び出ることはなかった。


「あ、あれ……」


 その代わり、彼等は指差した。

 カネダ、ガルス、ミツルギ第八席の三人は、真ん前を指差した。

 群衆の中から巨大な体躯を盛り上がらせる数十体の化け物を、指差した。 


「……ンだよ」


 絶叫に苛まれ、絶望に車輪を転がす魔道駆輪。

 然れどメタルはその上で、満面の笑みを浮かべながら剣を差し向けた。

 こちらへ豪腕を振りかぶり、異形の咆吼を轟かせる化け物へと、にこやかにーーー……。


「やっぱりこっちで正解だったじゃねェか」


 その男は、立ち向かう。



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