【3】
【3】
「あははははは」
カネダは満面の笑みを浮かべ、とても爽やかな笑みを浮かべていた。何処かの騎士よろしく色なき笑みではあるものの、色がない理由は全く別のものである。
現実の隠蔽より事実の埋没より、現実と事実からの逃避という意味で。
「現実を見てくださいカネダさん! 事実を認めてくださいカネダさん!!」
「このアホ! ハンドル握っとるアンタが気ぃ失ったらウチら全員お陀仏やよ!?」
「と言うかここ何処だよぉ!? 今どーなってんだよお!?」
「ウルセーこちとらそれどころじゃないんだよ! あんな化けモンに追いかけられて冷静でいられるかぁッッ!!」
帝国中央区を爆走する魔道駆輪の中、カネダは迫る恐怖と周囲からの混乱で雁字搦めになった頭を必死に整理しつつ、全力でアクセルを踏み込んでいた。そうしなければ数秒後には見事な肉塊ができあがっているだろう。
彼等の背後から石畳を粉砕しつつ接近する、魔道駆輪にして数台分の体躯と大樹が如き豪腕剛脚を携えた二体の怪物によって、である。
「と言うかこの辺りの地理が解らん地理がぁ!! これ行き止まりに入ったら一発で詰むぞオイ!?」
「落ち着いてくださいカネダさん! ご安心を、こういう時の為の僕ですから!!」
「お、おぉ、そうだったな! そう言えばガルスは帝国出身じゃあないか!! よぉし案内頼むぜ!!」
「はい! まずそこの右にあるお店!」
「おう!」
「お肉が安いです!!」
「……お、おう!」
「あ、そこの本屋さんは品揃えが豊富であの工具店はマニアックな道具もあるんです。あっちの喫茶店はサンドウィッチが美味しいんですよ。新鮮な野菜を使ってるそうで!」
「…………」
「あっちの公園のお花畑は綺麗であそこの国王像は待ち合わせなんかにもよく……」
「ねぇ道の案内してくれる!?」
帝国ガイドブック好評発売中。
「あんなぁ!? こちとらアンタらのアホなボケ聞いとる暇やありまへんの! さっさと逃げんとあの化け物共に追いつかれてまうんよ!? しっかり運転しんさいや!!」
「お前もお前で帝国民なんだから道案内しろやミツルギ第八席ィ!? 完全に猫かぶり辞めやがって!!」
「ねっ、猫被りは関係ありまへんやろ!? お客様にはにこやかにするって言うんが当たり前のなぁ!!」
「ま、まぁまぁ二人とも……」
「言い争ってる場合じゃないだろテメェ等ぁ!? あの化けモンどうすんだよ! このままじゃ追いつかれちまうよぉ!!」
泣き叫びながら後方を指差すラド。彼女の言う通り、迫る化け物達との距離は次第に詰まり始めていた。
何よりこの市街地、慣れない魔道駆輪を操縦するカネダとその巨躯に見合わぬ自在の疾走を見せる化け物だ。距離が詰まるのは自明の理というものであろう。いや、或いは逃げられていることが奇跡に近いのかも知れない。
だが、どちらにせよ結果は変わらないだろう。このままではーーー……。
「そ、そもそもあの化け物は何なんだよ? テメェ等の仲間とかそういうのじゃねぇのかぁ!?」
「知るか俺に聞くなクソガキめ! 帝国城で遭遇した奴から遙かに強化されてるってのはどういう事だよ……!? えぇい、せめて銃があれば!!」
「無いモンぐちぐち言うてもしゃあなかろ! そもあの化けモンは何でウチまで狙うんや!? 十聖騎士に何の怨みがあるんやのさ!!」
「だから知るかァア!! そんなの俺が教えて欲しいぐらいだよ!! 魔道駆輪の速度の上げ方とか!! まさか壊れてるとか燃料がないとかじゃないよな!?」
「この魔道駆輪は一度徴収されてウチの特別景品になるはずだったモンや、壊れとることはないし燃料も満タンやろ! イトウ第四席から報告書が上がってきとるんやから間違いない!!」
「……罪人の所有品を景品って、ミツルギ第八席テメェ」
「い、今はどーでもえぇやろラド第十席! それより、速度を上げるならギアとかいうんを上げなアカンのよ。えぇっと、確かこの辺りにあるはず……」
「あっ、待ってください! 確かフォっくんが魔道駆輪を操作してた時にこの辺りの装置を動かしてたはずですよ! ……あっ、これかな?」
かちりとスイッチオン。
ラド第十席、緊急射出。
「…………」
「…………」
「…………」
空高く吹き上がる白煙を見つめながら、カネダは足下に張り付けられた一枚のメモを発見した。
『燃料補給ついでに便利な機能を追加しておいた byイトウ』という思いやり溢れるメモを。
「「「何してくれてんだあのオッサン……」」」
まさかのオッサン呼ばわりである。
「と言うかラド第十席が化け物のところに射出されましたよ!? どうするんですかこれ、どうするんですかこれぇ!!」
「落ち着けガルス、彼女に犠牲を無駄にしちゃいけない」
「せやな、葬式費用はウチのツテで格安にしとくわ」
「諦め早すぎませんか!? せめてちょっとぐらいは希望を持ちましょうよぉ!!」
「いやそうは言っても……」
ちらりとバックミラーを確認してみれば、やはりそこには残酷スプラッタな惨劇が、なんて事はなく。
優しく射出された彼女を包み込み慎重に屋根の上へ乗せてあげる心優しい、童話物語に出て来そうな化け物の姿が。
「……え? アレこれ結構いけちゃうやつじゃない? 勘違い的なアレじゃない?」
「あ、あぁ、カジノじゃウチを助けようとしてくれてたとか……」
と、同時に魔道駆輪の上を擦る豪腕。
「「やっぱ無理だわこれ」」
「二人とも実は結構仲良いですよね?」
「「そんな事ないっ!!」」
「良いんですね?」
似たもの同士ではある。
「と、に、か、くだ! 魔道駆輪の速度を上げられない以上、どうにかして小道なんかを利用して逃げるしかない!! 行き止まりにならないよう祈るとかギャンブルよりタチ悪いけどな!!」
「ちっ……! 今だけはアンタなんかを見過ごさなアカンのが腹立たしいわぁ!! あの化けモンから逃げ切ったら即捕縛やから憶えときよ!!」
「はーんお前なんぞに捕まるかバーカバーカ!! 俺を捕まえたいなら武官の一人でも連れてこいっつーの!! バーカバーカバーカ!!!」
「はぁ!? バカ言うた方がバカなんやよ!? 今時の子はそんなんも知らんかぁー!!」
「お前も今時の子だろーが俺より若いくせしやがってこのちんちくりん!!」
「誰がちんちくりんかラドよか胸あるわ見せたろかあァ!?」
「お願いですから喧嘩しないで貰えます!? カネダさんもちゃんと前見てください!! 誰か撥ねたりしたらどうするんですか!!」
「わ、解った解った、怒るなガルス。そりゃ誰かに激突したら速度も落ちるし、そこは気を付けて……」
「あっ、カネダだ。おーいカネダぁああーーー!! フォールには逃げられたけどテメェなら来てくれるって信じてたぜ愛おしいカネダ今日こそベッドの優しく愛を語らいながらお前を蕩けさせてやぼぇばらッ!!」
カネダ、問答無用の衝突&逃亡である。
「クソッ、速度が落ちた! 何でだ!?」
「いや誰よりも貴方が知ってると思いますけど」
「そ、ソル第六席ィイイーーーーーーッッ!!」
不慮の事故により速度低下の悪連鎖。
なお吹っ飛ばされたソル第六席の流れ弾により化け物一体がログアウトしたそうです。
「……よし、ラッキー」
「ラッキーやあるかアホォ! ソル第六席跳ね飛ばす奴があるかぁっ!! あの男、確か全身複雑骨折だったはずやよ!?」
「何ぃマジか!? クソッ、戻るぞ!!」
「……解りましたカネダさん! 誰かの為なら危険だって!!」
「今なら殺れるッッッ!!」
なおこの直後、張り手とチョップが盗賊に振り下ろされたのは言うまでもない。
「ごめんふぁふぁい」
「取り敢えずソル第六席が居るゆう事は包囲網が完成しつつあるゆうこっちゃな……。だったらここからどうするか、が多少なり見えてくるってもんやね! ちょいとそこな優男は何かないの!? あの男と合流とか、秘密兵器とか!!」
「ぼ、僕に聞かれても……。フォっくんはフォっくんでメタルさんから逃げてるだろうし……」
「あぁもうこれだから役立たずは! ほな秘密兵器か何かないんかいな!?」
「あ……、るワケねぇだろこのクソアマ! と言うか全力で殴りやがって!! 顔が腫れたわ!!」
「自業自得やアホ! こっちはアンタの所為でカジノが破産寸前まで追い込まれてなぁーーーっ!!」
「ですから今は喧嘩してる場合じゃないですよぉ! 後にしてください後にぃっ!!」
カネダの首を絞めるミツルギ第八席に、そんな彼女を後部座席へ押し込めるカネダ。そして二人を止めようと慌てふためくガルス。そんな三人組を乗せた魔道駆輪は危なっかしい挙動で帝国内を爆走し、危うく大事故寸前の機動であっちこっちと奔り回る。
――――逃亡戦、未だ決着つかず。




