【2】
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「ここのカジノはギャンブルにも様々なタイプがあってね」
獣人女性の絶叫が響き渡る裏口付近から、ところ戻ってカジノ内。
カネダは皆々を率い、カジノの中に通った赤絨毯の通りを進みながら大体の説明を行っていた。
辺りに見える様々なゲームを始めるよりも前に、まず説明だ。普通に遊ぶという計画でもどの様に遊ぶかを知っておかねば話になるまい。
「このカードに始まりルーレット、ダイス、競馬、ダーツ……。世界最大ということもあって、そこら辺の規模は普通のギャンブル場より遙かに大きい。珍しいのだとそっちにあるスロットマシンなんかはここにしか」
「す、すまない。物珍しかったので触ったらレバーが折れ……、お、おい何だ貴様等。おいやめろ脇を掴むな! おい何処に連れて行く!? 待てアレは事故だ! 事故だったんだ!!」
シャルナ、退場。
「……えー、早速一人減ったけどな。うん。説明は最後まで聞かないと」
「おうおう姉ちゃんもっとジュース出せるんじゃろ? あ? 運んで来いよまだ五十七杯目じゃないか。え? 子供用のジュースはもうない? 嘘つけあるじゃろあァ~ん? ほらほら出せよ飛んでみおい待て何じゃ貴様等! やめろ、脇腹を掴むんじゃない!! 運ぶな、おい運ぶな!! やめろもっと飲ませろジュース飲ませろ、やめ、やめェエーーーーッッ!!」
リゼラ、退場。
「…………ガルス?」
「やはり味付けが濃いですね。見たところお客様には肥満体型の肩も多いようなのでこういったスナックに使うならストゥエラ岩塩より南海産の海苔で代用した方が良いとシェフに伝えてくだ……、え? スカウト? 僕にですか? いやぁあははは照れるなぁじゃあちょっと厨房だけでも覗かせてもらって」
「ガルス?」
ガルス、就職。
「………………」
閑話休題。
「人の話はちゃんと聞こうか」
「「「はい」」」
頭にタンコブ三つの三連星。
どうにかリゼラ、シャルナ、ガルスを連れ戻したカネダは辺りのゲームを見渡し、その中でも解りやすいカードゲームのコーナーで大凡の説明を行うことにした。
そのコーナーの盤上に着いているのは見るからにライト層というか、息抜きよろしくお気軽に楽しんでいるご婦人方。賭け金は高くない上に見物もしやすいので周りの目も温かく、先述の通りルールが単純ということもあって説明には持って来いだろう。
「で、さっき言ったようにギャンブルの種類も豊富だが……。ここのカジノの特徴は下町でやるように現金をままで賭けるんじゃなく、このチップとして賭けるんだ。皆の現金はもうチップ化しといたから、これを使うと良い。一ゲームに掛けられるのは最大一千万ルグ……、ってこりゃ皆には関係ないか」
「あ、あの、カネダさん。そのチップ云々以前に、僕こういうギャンブルは滅多にやった事なくて疎いんですが……、どれをどうやれば良いのか」
「……あー、初心者だとここのカード、いや、その前にゲームルールの説明か? ……見たとこ、俺以外にカードどころかギャンブル全般について知ってそうな奴はいないしな」
「何を言う。妾は知っとるぞ」
「おっ、リゼラちゃんませてるねぇ。ババ抜きとか?」
「ブラックジャック、ポーカー、ジンラミー……。後はピラミッドとかポーカーソリティア、クロンダイク、フリーセル、カルキュレーション、ユーコン、カップルとか……」
「す、凄いねリゼラちゃん! そんなにカードゲームの種類があるなんて!!」
「流石の博識ですリゼラ様! 是非とも我々にご教授いただければ!!」
「……うん、でもそれ一人用か二人用だからここにはないね」
「「えっ」」
「………………………………いやだって、やる相手が側近しかいなかっ」
「リゼラ様それ以上いけない」
とても悲しい眼だったと後のガルスは語る。
「ま、まぁ、種類を知ってるなら話は早いかもな。お前達がやるならあそこのカードかルーレットがオススメだ。ルールも単純だし何より初心者でも運次第では勝てる。……ただし、これはギャンブル全般にも言えることだが初心者の内は一気に賭けない方が良い。今回の計画なら尚更だな」
「スるからか?」
「その通り。負けを取り返そうとドカッと賭けて全てを失うなんてよくある話だ。今回は長く遊んで近衛警備の眼を光らせることが目的なんだ。軽くやってればいい。……間違ってもあっちには行かないように」
カネダが眼で差したのは、心なしか空気が腐り濁って淀んだ一角。
どうやらそこは身につけているものを金に換えたり、はたまたカジノ・ミツルギから借金をしたりするところらしく、集まるのはこの世の終わりと言わんばかりに顔を曇らせ、焼き鳥とビールを貪るぐらいしかやる事のない者達ばかりだ。キンッキンに冷えてやがる。
「まーな、カジノなんてのは三割勝って七割負けるようなところなんだ。それこそ下町でやってるような腕相撲勝負みたく勝ち負けハッキリくっきり出すようなトコでもないしさ。気楽にやれば良いよ」
「……あっ、腕相撲勝負と言えばアレじゃな。御主らの連れと今日やってきたぞ」
「連れって……。えっ、メタルさんと!?」
「ったく、メタルめ。連絡の一つもないと思ったら何して……」
「そしてギルドが崩壊した……」
「「おい本当に何してんだメタル」」
A.借金生活。
「……ともあれ、アイツなら勝手に生きてるだろうから心配はないか。今はとにもかくにもギャンブルだ。取り敢えず今回はあのカードで手本を見せるから、よく見ていると良い。レイズとかコールとか……、まぁ基本的なトコからだな」
説明している内にも貴婦人の一人が飽きたのか、二番席に空きができた。
観客は見物に徹したい為にどうぞどうぞと譲り合うばかりで誰も席に着こうとしない。カネダは目聡くその様子を嗅ぎ付けると、礼儀正しく『僭越ながら』と前に出た。
人々は次の見世物に拍手を送り、何と言うことはないゲームにのめり込む。初心者があたふたと慌てる様もまた、ギャンブラーにとっては甘美な喜劇なのだろう。
「お手柔らかにね」
二番席についた彼の爽やかな微笑みに他席の貴婦人達はほぅと息を漏らし、見物脚は面白くないと舌打ちし、或いはさっさと負けてしまえと懐の中で中指を突き立てる。
――――しかし、そうはいかない。この男、カネダ。決して人に負けないものが 三つある。
一つは盗み、一つは射撃、そしてもう一つはーーー……、ギャンブルだ。
「それではゲームを開始します」
ディーラーの合図と共にカードが配られていく。
一番席の貴婦人はチェック(賭け金をそのままにしておくこと)。三番席、四番席のの貴婦人はコール(賭け金を周囲に合わせること)。
だが二番席のカネダは格が違った。何と超高額、限度いっぱいまでのレイズ(賭け金を上げること)である。
その思い切った行為とこの盤上では有り得ない値段に、先程まで唾を吐き捨てんばかりだった観客は大盛り上がり。無謀な馬鹿か歴戦の賭け師に拍手喝采大歓声である。
「……フフフッ」
――――カネダは今まで盗賊として生きてきた中で、空気の流れを肌で掴む磨き上げてきた。
それは相手の機微を感じ取るギャンブルでは正に最初にして最大の武器! そう、彼こそ無謀な馬鹿者なんてとんでもない、歴戦の賭け師どころでもない、最強のギャンブラーなのだ!!
「あ、二番席のお客様一人負けですね」
訂正、無謀な馬鹿でした。
「あっれェエエッ!!?!?」
凄まじい惨敗に、思わず貴婦人達どころか観客までぽかんの呆気顔。
リゼラ達に到っては『見捨てる?』『見捨てましょう』とまで算段する始末である。
「ど、どうなされますか? 次のゲーム……」
「は、はははは! いやぁ久々だったものでね、うん! 次こそは大丈夫ですよ次こそは!!」
で。
「二番席のお客様、残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「あの、そろそろ」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「お客様、流石に」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「誰か止めてあげてください」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「もう見てられません」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」「残念ながら」ーーー……。
「何でだぁああああああああああああああああああああっ!!!」
勝てない。面白いぐらいに勝てない。いやもう面白いぐらいとか言ってる場合じゃないぐらい勝てない。
――――何故? 何故だ!? 今までギャンブルで負けた事なんて無かったのに!! メタルと出会うまではギャンブルで高級ホテルに泊まれるぐらいの日金を稼いでた程なのに!!
本当に、どうして、何故、ホワイ!? いったい何が原因だと言うのだ! 疫病神でも憑いてなけりゃ、こんな事になるワケがない!!
「あ」
そして思い出す、数十分前に別れた男の姿。
憑いてました、疫病神。
「………………………………」
燃え尽き、真っ白になった男。
初めは半笑いだった観衆達も今ではもう別の意味で半笑いだ。
貴婦人達に到ってはいたたまれず席を立つ者まで出る始末。一方、リゼラ達は既にどのゲームへ行くかの意見を募っていた。
だが、だ。
「……レェえええええええええええええええイズゥ」
この男、まだ諦めない。
「お、お客様、これ以上はちょっと……」
「ゲームは続行だ。……席は埋まってるし賭け金はある。何も問題はないだろう?」
カネダの圧に押され、ディーラーは血の味がする生唾を飲み込んだ。
最早、絶望へ飛び込む子羊を見ているかのような観衆達は気付いていない。明らかにこの男の眼の色が変わったことに。
ただ一人、ディーラーだけが気付いている。何かが、何かが違うことに。
「……それでは、カードをオープンします」
誰も彼もが結果を解っている。また二番席に座っている金髪青年の一人負けだろう。
最早気の毒だ、あぁ、誰か止めてやれーーー……。皆がそう思っていた。
カードが開かれる、その瞬間までは。
「に、二番席のお客様の、一人勝ちです……」
動揺、ざわめき。歓声など上げる間もなく、誰もが体を乗りだした。
「プッ、ククク……。さぁ! 次のゲームに行こうか!!」
そこからはカネダの連戦連勝大勝利!
流れるチップは右から左からカネダの元へ集められ、山無し平地どころか削れ谷だったはずの盤面が見る見る内に高く高く迫り上がっていく。
今までの負けを数倍にして取り返すが如き勢いだ。いや、ここまで来るともう幸運の女神サマが掌を返して彼に抱き付いたと言った方が良いかも知れない。
「レイズレイズレイズレイズレイズレイズレェエエエエエエイズ!!」
何が初心者卓か、そこはもうカジノの中でこれ以上ないほどの喧騒に包まれていた。
先程まで信じられないほど負けていたはずの男が、今度は信じられないほど勝っている。勝ち続けている。
これはいったい何事か? この男の、何が変わったというのか? 何を、変えたというのか?
――――そう。変わったのは、変えたのは、やり方だ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!」
何と言うことはない。カネダはイカサマをしている。
カードが配られた瞬間、持ち前の観察能力で周囲の視線が逸れた瞬間に袖へ隠したカードと交換するという、高等技術ながらも非常にシンプルなイカサマだ。
無論、人々は誰も見破れない。『来るなら来い疫病神め俺は自分の実力で勝利をもぎ取ってやるわ』と言わんばかりの男の執念に気圧され、大逆転劇に拍手喝采を送るばかりだ。
そう、これは彼の大逆転秘話。一度はギャンブルに飲まれた男が、自身の実力のみで運勢を取り戻す、偽りの勝利の物語ーーー……!
「……アイツ、目立つなって言うとったよな?」
「メッチャ目立ってるよね……」
「……他人の振りして、別のところ行きますか」
「「うん」」
まぁ、結局仲間には見捨てられたんですけども。
「どうする? あのアホのせいでカード系に行けなくなったぞ」
「だったらルーレット系かなぁ……。ほら、あそこ」
ガルスが指差した先にはカジノの象徴と言わんばかりに、半径十数メートルにも及ぶ巨大な奇盤上をボールが回っていた。
それが落ちる先で一喜一憂に大騒ぎ。赤黒まだら百番数字が果てなく観衆を沸き立たせる。
成る程、見たところ色か数字、または両方を予測して賭けるらしい。カネダの言う通りとてもシンプルなルールなのだろうし、先程のカードと違って席順のようにややこしいものもない。これも初心者には打って付けと言えるだろう。
「おっ、アレ面白そうじゃのう。妾ちょっくらやってくるわ」
「リゼラ様、100ルグは流石に無謀では……」
「いけるいける妾の運力ならいけるいける」
と言う訳で100ルグを握り締めてレッツゴー。
人混みを掻き分け、と言うか人混みに潜り込んでいく姿を見送りながら、シャルナは深くため息をつく。
まったく誰も彼も、と。
「ははは、貴方も苦労しますねぇ。フォっくんのことも、リゼラちゃんのことも……」
「……本当にな。貴殿も大変だろう、あの男二人の世話係など」
「万が一の場合は夕飯抜いてますからね。胃袋を掴むと良いですよ」
「成る程、そういう……」
シャルナは気付く。
――――あれ? フォール、御飯、リゼラ様、あれ?
「……ま、まぁ、何だ。手綱を握るどうこうは元より、やはり心配ではある」
気を取り直し、彼女は自身の居佇まいを直してそう呟いた。
その表情は不安、というよりも寂しげなもの。責任感が強く仲間思いな彼女からすればフォールのことは特に気に掛かるのだろう。
今日の朝、彼がソファで死ぬように眠っていたこともそうだ。自身と出会った頃に比べ彼は何処となくか弱くなっているようにも思う。いいや、彼自身が幾らトンデモな事ばかりしていようと、所詮は人間という事なのだろう。
故に殊更、気に掛かる。彼のどうしようもないほど真っ直ぐすぎる不器用さが、やはり。
「リゼラ様は兎も角……、ここ数日のようにフォールは一人で動きすぎている節があるように思う。無理をしているんじゃないか、と、そう思わずにはいられないんだ。私達にも少しは頼ってくれても良いのに」
「……その気持ち、解ります。あの人達が膝を折ることなんてないって解ってても、どうしても心配しちゃうんですよね。……いえ、屈することがないからこそ、心配なのかな。何でも一人でやろうとして、そしてそれが出来てしまう。折れることもなく、歪むこともなく真っ直ぐに」
「あぁ……。だから、折れたときが心配なのだ。決してそんな時が来ることはないと知っているけれど、だからこそ、私は」
言葉は句切られ、その隙間を雑踏に埋め尽くされる。
――――けれど、沈黙した二人の表情には明確な差があった。呆然や諦観という形で共通はしているけれど、そうではない。
片やシャルナは憂鬱に手を組み合わせ、片やガルスは明るく微笑んでいる。それは信用や信頼の差だとか経験や親密の差ではなく、無論、性格に寄るものでもない。
ただ、そこにあるのは背負っているモノの違いだ。知っているコトの差だ。
先日、聖女エレナから聞いた、あの預言という、差ーーー……。
「……シャルナさんは、本当にフォっちが好きなんですねぇ」
「はぴっ」
だけでは、ないのだろう。
「ばっ、がっ、が、る、がるっ、がるるっ!?」
「落ち着いてくださいシャルナさん、獣の威嚇みたいになってますから。……でも、たぶんそうかなぁって思ってたけど、やっぱりそうなんですねぇ」
「きっ、ききき貴殿! それをフォールに言ったら、いったらぁ!!」
「解ってますよ、流石にそこまで無知でも無謀でもありません。男女の関係に手を出すのは地雷にダイブするよりも怖いってバーのママが言ってたなぁ」
ほのぼのと、ガルス。
「……シャルナさん、僕は思うんです。シャルナさんはフォっちに頼れと言うけれど、それは違うんじゃないか、って」
「違っ……、違うとはどういう事だ! 奴に一人で抱え込めとでも言うのか!?」
「あ、い、いえいえ、そうじゃなくて。……フォっちみたいな、自分で何でもできちゃう人は誰かに頼ろうとしないんです。本当に一人で何でもやっちゃうから。でもいつか、貴方が心配しているように無理が来るかも知れない。一人ではどうしようもない時が来るかも知れない。……僕達はその時に、彼等の助けになれば良いんです。いつか来る時を防ぐのではなく、その時に備えるんですよ」
「……そな、える」
「そうです。だってほら、あの人達は何でも自分でできちゃうから……、頼ることだって自分でできるんです。滅多にそうしないけれど、いつかは、必ず」
――――そのいつかがいつなのかは解りませんけれどね。
彼はそう零して苦く微笑み、遠く群衆の中へと吐息を落とす。
その言葉はきっと、カネダやメタル、そしてイトウという自分勝手な人々に囲まれた彼だからこその言葉だろう。実感と共感と、そして、彼なりの決意が籠もった、言葉なのだろう。
「……なんて、青二才の言葉ですけれどね。参考程度に考えていただければ幸いです」
「…………いや、感謝しよう。ガルス、貴殿のお陰で何か違ったものが見えてきそうな気がするよ。こちらこそ礼を言わねばなるまい」
「はは、何だか気恥ずかしいですねぇ」
何という事はない、ただの会話だった。
けれど、その何という事はない言葉の数々が、少しだけ二人を変えたのだ。
その心にある悩みを打ち払うように、少しだけーーー……。
「………………」
「あ、リゼラちゃんが帰ってきた」
「おぉ、リゼラ様! どうでしたか? やはり100ルグ程度では難しかったでしょう」
「いやいや、100ルグも馬鹿にできません。それに、もしかしたら勝ったかも知れませんよ? 200ルグぐらいには……」
「……子供はプレイできませんつって追い返されたわ」
「「…………」」
悩み、増えました。




