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「……おい」
昼下がり、野鳥が道端の小虫を突く頃。
数十人近い聖堂騎士の隊がカジノ・ミツルギの裏手へと訪れていた。
そんな隊を率いるのは十聖騎士ラド第十席ーーー……、と。
「チッ……、初仕事が警備ってマジかよ」
十聖騎士零席、メタルだった。
「おい! おいつってんだろ!! テメェ聞いてんのか!? おいっ!!」
カイン第一席により番外的ではあるが零の席を与えられた男、メタル。
ラド第十席からするとこの男がどうにも気に入らない。ただでさえ自分は家柄だけでこの席にいるようなものなのに、こんな、実力で十聖騎士に入った男など気に入るわけがない。
家柄もツテもなく実力だけで、なんて、まるで自分と対極の存在ではないか。
「しかもガキのお守りまで追加たぁ……、もう今すぐアイツに襲撃かけてやっかな」
「誰がガキだ! と言うかテメェ私の後輩なんだぞ!? もっと私を敬えうやまえウヤマエ-!! 命令を聞けゴラー!!」
「…………」
「良いかもう一回言うけど零番とかカッコイイ席持っててもテメェは私の後輩なんだからな!? 先輩の言うことは聞くモンだろーが解ってんのかテメェオラ聞いてんのか何とか言ってみろこのトーヘンボ」
「あ゛?」
「ぴぇっ」
先輩、弱い。
「もぉおやだぁあああ……、アイツ怖いぃぃぃぃいい……」
「おい貴様ー! ラド様を泣かせるとはどういう了見だー!!」
「「「そーだそーだー!!」」」
「それでも十聖騎士に任命された誇り高き騎士かー!!」
「「「そーだそーだー!!」」」
「ご安心くださいラド様、我ら副隊長不在の今でも必ずや貴方様を御守りします! あんな男が何です、所詮は新参の若輩者ですよ!! ですので力強く当たっていきましょう、ドンと!! 先輩の意地を見せつけてやるのです!! ドンと!!!」
「そ……、そうだな! そうだぜ、うん!! おいコラテメェ!! そんな挑発で私がビビるとでも思っでぇぁだだだだだだだ顔いたいいたいいたいいたいいたいいたたたたたたた掴むのやめて掴むのやめてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「「「ら、ラド様ーーーーっ!!」」」
やっぱり弱い。
「えぇい、ラド様を離せこの原始人め!!」
「あ゛ァ!?」
「我等が隊長、諸君等の愛したラド様は死んだ。何故だ!?」
「「「ラド様だからさ……」」」
「殺すなあぁだあだだだだだだだだだだだだだだだ!!!」
取り巻きも弱い。
「おいガキ、ギャーギャー騒ぐ暇があンならここがどんな施設か説明しろ。カジノはカジノでも普通のカジノじゃねェだろ、ここ」
「あ、当たり前だろ! ここはミツルギ第八席が経営する帝国最大の娯楽場だ!! 一日何千何億って金が動くような……」
「そこはどーでも良いんだよ。要はこのカジノが帝国にとってどんな意味を持ってるかって話だ」
「意味って……、そりゃ娯楽場なんだから楽しいこといっぱいするんだろ? 私だってババ抜きぐらいするぞ!」
「まぁ、ラド様めっちゃ弱いけどな……」
「大体尻尾と耳の動きで解るよね……」
「お前ら減給」
「「えっ」」
「……金、ねェ。確かに侵入者共からすりゃ色々と入り用だろうが、そうだとしてもンな目立つとこで集めるか? 普通。……可能性がないワケじゃねェがかなり低いだろう。クソ、カインは何で俺達をここに寄越したんだ。借金の愚痴から逃げる前にコレ聞いときゃ良かったぜ」
ぶつくさと文句を零す背中は苛つきに揺れ、そんな危険物を前にするラド第十席とその部隊員達の表情はどうにも引き攣りを隠せない。
まるで導火線が燃え切った爆弾を抱えているようだ。不発なのか、今すぐ爆発するのか解らない。今すぐ置いて逃げ出したいけれど、そんなワケにもいかないし。
「……まァ良い。そんじゃァ適当に探せば出てくンだろ。オラ、行くぞテメェ等。侵入者を見つけてブッ飛ばす」
「だっ、駄目だ! 駄目だぞ!! カジノ・ミツルギは帝国の中でも特権的な場所で、ミツルギ第八席の許可がなけりゃ私だってテメェだって、カイン第一席だって入れないよーな場所なんだ!! 今回の警備はあくまで外だけで、内側はアイツの近衛がやるって話でっ……!!」
「ンな洒落くせェことは知るか。そこをどォにかすんのがテメェの仕事だろ」
「駄目だったら駄目だぁーーーっ! アイツに逆らったらどうなるか解ってんのか!? ランジェリー注文したのにクマさんパンツとか送ってくるんだぞ!! 高かったのに!!」
「それ普通に苦情言って良いヤツじゃねェの……?」
「お詫びに最高級の猫さんパンツ送られたわバカァアアーーーーー!!」
「筋いってンなァ、そいつ」
ちなみに逆らった内容は『子供用下着の広告モデルになってほしい』でした。
「まァ早い話がアレだろ? よーするに中にはそのミツルギとかいう奴の許可がねェと入れないワケだろ?」
「そうだ! だから私達は大人しく外の警備を」
「緊急時以外は」
その一言に、ラド第十席を初めとする隊員達の顔が引きつりを通り超して青ざめた。
男の手の中でぶらぶらと揺れる剣が風切り音を放つ。それは彼の言葉を祝うファンファーレのように、ご機嫌に響いていて。
「火災かァ? 震災かァ? 暴漢でも良いかもなァ……。カカカ、おいそこの、ちょっと鎧脱いで中に突っ込んで来いよ」
「は!? い、嫌ですよ! 勘弁してください!!」
「じゃァ俺が突っ込むからテメェ等は一人も逃がすンじゃねェぞ。なァに後で怪しい奴がいたからとか言っとけ。顔を隠せばバレねぇバレねぇ」
「それ私達の部隊が責任取らされる奴じゃないかやだーーー!!」
「…………頑張れ?」
「うわぁああああああああああああああああああん!!!」
「あーあ、ラド様が泣いちゃった……」
「おい貴様ァ! ラド様は泣くと長いんだぞ!! プリン買ってこいプリン!!」
「……このガキの性格ってテメェ等に原因あるんじゃねーだろな」
メタルはイマイチ進展しない話に爪先を躙りつつ、ふと辺りを見渡した。
裏手だけあって通るのは時勤交代の関係者だの、資材搬入の業者ばかり。特にこれと言って面白いものも見当たらない。
ただし、そこに一つーーー……。心なしか目を引くものがあった。
「……ありゃ」
ただそこにあるだけならば、大して気に掛からなかっただろう。街中でも幾度か見かけたブツだ。
だが、気に掛かる。別段珍しいはずでもない特徴一つ一つが何故だか記憶の扉を掠めていく。
覚えがある? いいや、そんなモノではない。むしろ思い出せと体の底から湧き上がってくるような、そんなモノだ。
アレはいったい、何だっただろうか。
「……待てよ。確か、アレは」
扉の鍵が開かれ記憶の光が漏れ出す、瞬間だった。
メタルの意識は危機を感じ取った獣よりも速く、その物体から瞬時に後方へと向けられる。
隊員達はそれが自分達に向けられたのかと思って思わず身を竦めたが、どうにもそうではないらしい。彼の視線は自分達もその身に纏っている甲冑までも突き抜けて、さらに奥へと突き抜けているのだ。
見えるのは、嗚呼、カジノへ入る為に正面へと歩いて行く人々ぐらいだろう。警備にペットのことを咎められる老婦人やトレンチコートに身を包みこつこつと歩く数人の男達、財を失ったのかパンツ一丁で放り出されるオッサン、などなど。
特にこれと言った違和感はないがーーー……、それでもメタルの双眸はただ、その光景を斬り貫くが如く、凝視していた。
「事情が変わった。おいガキ、もうテメェの我が儘に付き合ってる暇ァねぇぞ。そこの木っ端ども連れて周り固めとけ。……いや待て、テメェ獣人だったな?」
「えぐっ、えぐっ……、うぇ?」
「さらに変更だ。おいテメェら、俺の権限で命令してやる。周辺固めて怪しい奴は一人も逃がすな。逃がしたら俺がテメェ等の首を撥ねる」
「はっ!? ど、どういう……」
「話してる時間はなねェよ。行くぞクソガキ」
落つる涙は風になり、幼き悲鳴もまた虚空へと消えていく。
白昼堂々の誘拐事件に隊の騎士達は物も言えず、ただ見送るばかり。
やがて誰かが静かに手を合わせてラドの冥福を祈るまで、誰も事態を飲み込むことさえできなかったという
まぁ、彼方から殺すなという叫びが聞こえてきたりするのだけれど、それはまた別のお話。




