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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(後・A)
186/421

【4】


【4】


「にゅふふふーんにゅふ~ん♪」


 路地裏をるんるん気分で着物の袖を揺らしながら歩む、奇抜な格好の女。

 彼女、ルヴィリアが進んでいる先はこの裏路地の奥にあるバーだった。

 何と言うことはない。先日の帝国城潜入の際のお礼やら女の子達の無事の確認やらを直接会って済ませるため、こうして尋ねているわけである。

 まぁ、随分とご機嫌な様子が覗える辺り、ついでにちょっと女の子達とイチャイチャしてこようかなぁ、なんて企みがあるのは明らかな事だろうけれど。


「うひひひひ、お昼から堂々とお店に行くこの背徳感……♪ 大義名分があるだけで全然違うネ! お祭りの時はこういう裏通りの監視は手漉きになるからお得よのぅ」


 普段は監視の厳しい帝国になど、真夜中に、それも週に数えるほどしか来れなかった。

 店だって一つの場所に留まると目を付けられるから幾つもの店を梯子する始末。

 けれどこの聖剣祭のような大きい祭りがあると憲兵や騎士の目はどうしても表通りに向くから、自分のような日陰者は動きやすい、という事である。


「お昼までには戻らなきゃならないのが残念だけど……、にひひっ、ちょっとイチャイチャちゅっちゅするぐらいは良いか……な……?」


 浮かれ、笑み、緩んでいたルヴィリアの頬。

 しかしそれは段々と引き締められ、次第に緋色の双眸までも険しく剃り上がる。

 ――――匂う。甘い、花蜜の香り。頭の中がくらくらするほど、甘く、蕩ける、妖艶な香り。

 いつもならその香りに蝶々が如く喜んで飛びつくだろう。満面の笑みで駆け出すだろう。


「…………!」


 しかし、ルヴィリアはそうしなかった。

 駆け出さなかったわけではない。笑む余裕が、なかったのだ。


「みんな!!」


 人通りの一切ない裏路地を掛け、日の当たらない店の戸を叩く。

 荒れた様子が全く見受けられない、いつも通りの風景であることが逆に恐ろしかった。変わらぬ日常が、その異臭を引き立てる。

 ルヴィリアは数度ノックを繰り返すが、やはり返事はない。

 これ以上はと息を呑み、意を決して扉を開け、室内へとーーー……。


「……これは」


 そこにあったのは、凄惨な光景だった。

 勝手見知った、お尻にあるほくろの位置まで知っているような女の子達が倒れている。

 誰も彼もが服を乱し、半裸で、或いは全裸で、艶めかしい声と息遣いをあげながら、全身を震わせて倒れている。

 彼女達の表情は等しく甘えるように物欲しそうなもので、桃色の頬や痺れるようにひくつく唇、硬く屹立した局部なども相まって、致した後(・・・・)という事が一目で理解できた。


「おや」


 そして、そんな肉林の中に一人。

 正しすぎて逆に違和感を憶えるほど真っ直ぐな背筋と、この場に似つかわしくなさ過ぎて逆に似つかわしい格好の女が、一人。

 彼女は指先から蜜のように垂れる甘い汁を舐め取ると、自身の脚へ縋り付く女性を優しく踏み付けて、ルヴィリアへと視線を向けた。

 足下の女性から漏れる、惚悦の声を耳にしながら。


「これはこれは……、金髪男の目撃情報に従って来てみれば、思わぬ収穫ですね。まさかあの男の仲間がここにいるとは……」


「……ミューリー、第三席」


「名前まで知っていただいているとは恐縮ですね。私はカイン第一席のように表立つこともなく、他の十聖騎士(クロス・ナイト)のように外部へ顔を出すことも少ない。なのであまり名前は知られていないと思ったのですが……」


 そこまで言いかけた彼女の脚を、踏み付けられた女の舌が這う。

 すると、途端にミューリー第三席の瞳は冷たくなり、女の尻へ踵を突き立てた。

 甘くも激しい声が、部屋中へと響き渡る。


「……やはり、情報を受け取りましたか?」


「その話の前に、脚を退けなよ。ミューリー第三席」


「互いに、下らない粗末事はどうでも良いでしょう? 私は貴方と話をしている」


「退けろと言ってるんだ! ミューリー第三席!!」


 怒号に、ミューリー第三席の冷たい頬が僅かに緩む。

 彼女は女の臀部から踵を引き抜くと、その背中をなぞるように脚を調えた。


「……僕はね、ミューリー第三席。愛に形はないと思っている。どんなエロも互いに受け入れられるなら、それはあって良い形だと思っている。例えそれがどんなに拙くても、どんなに歪んでいても、だ」


「ならばどうして止めるのです? ほら、彼女達はこんなにも悦んでいるのに」


「そうだろうね。だけど快楽と愛はイコールじゃ繋がらない」


 強く、ルヴィリアは一歩を踏み出す。

 それは彼女にしては珍しい、憤怒の表情だった。


「僕の前で愛なく快楽に溺れたエロは赦さない! そして、そのエロが僕の愛した人達に向けられているなら尚更だ!!」


「……フフ、面白い人。快楽こそ我々を繋ぐ絆であり何より美しく魅せる術。身もだえる彼女達は、とても可愛らしかったですよ?」


「それをエロへの侮辱だと言っているんだ、ミューリー第三席ッッッ!!」


 さらなる怒号に、ミューリーは頬を緩ませた。

 鉄仮面にあるまじき笑み。それは、嘲笑とも言えるもの。

 彼女はルヴィリアをさらに逆なでするが如く、くつくつと嫌らしく喉を鳴らしてみせた。


「では……、賭けをしませんか」


「賭け……!?」


「どちらの情欲が正しいか、互いに確かめ合うのです。私は貴方のそれを否定し、貴方は私のそれを否定する。ならば双方がそれを受け止めて実感すれば……。とても効率的に判断が付く」


「…………良いよ。その賭け、乗ろうじゃないか」


「ありがとうございます。……しかし、えぇ、そうですね。これには二つの条件を付けましょうか」


 条件、と訝しむルヴィリアに、ミューリー第三席は二本指を立てる。


「一つ……、敗北した者は相手の下僕となり、何でも言うことを聞くこと」


「……解った、飲もう」


「そしてもう一つ。互いを名前で呼ぶこと」


「名前?」


「えぇ。これから触れ合う(・・・・)仲なのです。記号や通名ではなく、互いに親しく呼び合う方が感情も乗るというものではありませんか」


「…………」


「それとも……、貴方の言う愛のある情欲エロスというのは、互いの名も知らず行うようなものなのですか?」


 それは挑発とも取れる、言葉だった。

 しかしルヴィリアは敢えてそれを真正面から受け止め、深く首肯した。

 くつくつという嫌らしい笑みが止まぬ中で、確かに、頷いたのだ。


「よろしい。……では早速、行いましょうか」


 示されるのは、妖しく桃紫に照り輝く一室。

 外界から完全に隔絶され、何人たりとも踏み居ることの出来ない一室。

 例え何があろうとーーー……、決して出ることはできない、一室。


「私と貴女……、どちらが正しいかを決着付ける為に」


 二人はその一室へと踏み込んでいく。

 艶めかしく冷たい眼差しと、怒りに熱く燃える双眸を浮かべながら。

 やがて甘い交わりの湿潤に濡れるであろう、その一室へとーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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