【3】
【3】
「俺ァよォ。仲間同士の絆って大事だと思うンだよなァ」
「はい」
「戦場なんかでもよォ、助け合ったり庇い合ったり、手当てしてやったり……。そういう奴に救われる奴もいると思うんだよなァ、俺はなァ」
「はい」
「やっぱ絆っていうのは自分と相手を繋ぐだけじゃなくて、互いに支え合うって事だと思うんだよ。辛い時、悲しい時、どうしようもない時……。そんな時に支え合って、助け合えるって、それはとても素晴らしいことじゃねェか。なァ?」
「はい」
「と言う訳で借金帳消しにしてくれる?」
「いいえ?」
「だよね」
帝国城、中央塔広場。連日の通り騎士や文官が忙しなく行き交うこの場所に、一際異彩を放つ男達の姿があった。
道行く者達は誰もが皆、彼等、いや、正しくは片方の男へ甲斐甲斐しく頭を下げて挨拶を行う。いつもならそのまま自分の業務に戻るのだが、今回ばかりは一言付け足さずには居られなかった。
『極悪犯の護送ご苦労様です』とか『浮浪者にも情けを掛けるとはお優しい』とか『魔族とは珍しい! え、違う?』とか。
「……アイツら全員斬り殺して良いかな」
「駄目ですからね? ……まったく、武官の方々というのはどうしてこうも血気盛んなのか」
「テメェも一応武官だろ。まァ-、血気盛んなのは良いことじゃねェか。しょぼくれた役立たずよか賑やかし上手な役立たずのが幾分マシだ」
「……よく、ご存じで」
「俺が何の考えも無しにあそこにいたとでも思ってンのか? 集まるんだよ、あぁいうトコにはな」
「その結果が借金なワケですが」
「それは言うな。……言うな」
顔を覆い、明後日の方向を見上げる男に騎士、カイン第一席は深くため息をついた。
まぁ過ぎた事ですから、と大階段に爪先をかけながら。
「お察しの通り、我々は先日この帝国城に賊の侵入を許しました。……いえ、時刻的には本日に当たりますが」
「ンで十聖騎士が二人もやられたんだって? 情けねェ話だなァオイ」
「……お恥ずかしながら取り繕いようもありません。ソル第六席、ルナ第七席共々、命に別状はありませんがショックが大きく、しばらく立ち直れる状態にはないそうです」
「ショック? 敗北のか?」
「いえ、失恋の……」
「………………………………侵入者って、おと」
「外聞って大事だと思いませんか」
「あ、はい」
こつり、と革靴が赤絨毯を踏む。
「しかし、軽口抜きに言えば事態は非常に深刻です。……この情報は十聖騎士と信用の置ける上級騎士十数名にしか伝わっていませんが、その襲撃で一時的にとは言えネファエロ国王が拉致され掛けるという事まで起こりました。本来であれば我々一同が職を辞す程度では済まない失態です」
「おいおい、外聞どうこう言った次の瞬間にそれか。話して良いモンかねぇ、俺に」
「えぇ、構いません。貴方には知って置いてもらわなければならない」
メタルが、歩みを止めた。そこから数歩歩んで、カイン第一席も歩みを止める。
いつの間にか、彼等は下級騎士や文官が立ち入ることはできない領域にまで来ていたのだ。
激しく、刺し潰すような光がメタルの眼を歪ませる。カインの姿に影を作る。
日差しが、強い。
「……繰り返しますが、事態は非常に深刻です。いえ、最早手遅れだと言っても良い。明日のアストラ・タートル討伐遠征出立が先駆けとなり、翌日の討伐達成の証としてお披露目される、この祭りの目玉とも言える聖剣。……そして聖女の預言による福音の公表。これ等に亀裂が入っている。そう、予定は既に狂いに狂ってしまったのですよ」
「おいおいおい、ポンポン機密情報出すんじゃねェよ。クソ亀の討伐遠征は兎も角、聖剣だの預言の福音だのは初めて聞いたぞ」
「その通り、初めて言いましたから。……ですがまだまだ知って貰わねばなりません。えぇ、臆面も無く、恥を忍ぶ様さえ嘲笑われようと言いましょう。我々は数日前に捕らえたその侵入者の脱走を赦し、今現在もなお追っている状態にあります。しかしその過程で十聖騎士が三名脱落、内二人が貴重な武官という悲惨な状況です」
「……あー?」
「十聖騎士の内、戦闘を行えるのはラドッサ第十席、コォルツォ第九席、ルナ第七席、ソル第六席、ミューリー第三席、ヴォルデン第二席、そして私、カイン第一席の七名ですから。しかし真正面からの本格的な戦闘となると数が……」
「そっちじゃねェよ。俺の聞き間違いかァ? やられたのは二人なんだろ。何で三人が戦闘不能になってる」
「……あぁ、そちらも一応は説明しておきましょうか。貴方には関心のないことだと思いますがね」
――――カイン第一席曰く、本日の明朝にイトウ第四席を侵入者との内通の疑いで投獄したとのこと。
どうやら彼は帝国が行う秘密裏の行動記録を侵入者達へと流していたらしい。
この、旧くから帝国に仕えていた彼の謀反行為を受けて十聖騎士内でも動揺を隠せない者が多く、これもまた表沙汰にはなっていないそうだ。
本人は黙秘を続けているものの、多くの目撃情報や書類の移動、ルナ第七席の魔力結界の痕跡などからその事実が明らかになった、とのこと。
「……おぉ、心底どォでも良かったわ」
「でしょう? ……まぁ、我々からすれば大問題なのですが」
「ンで? そこはまァどーでも良いんだが、俺に機密を話した理由を説明してくれよ」
「……えぇ、そうですね。それを説明しなければなりませんでした」
カインは踵を返し、陽光に背を向けた。
影が、メタルへと落ちる。
「暫定的に、貴方を十聖騎士へ任命します」
その言葉に、メタルの双眸は感情を抜かれたように、幼子の無邪気さを彷彿とさせるほどまん丸に見開かれた。
しかし次の瞬間にはもう、反動が如く、影の邪気に染まりきった狂喜となっていて。
「俺に手を貸せ、ってか?」
「そうなりますね。十聖騎士とは言っても空席があるわけではないので、あくまで権限としての仮任命です。帝国管轄の場所なら顔パスで入れますよ。……貴方も雑魚を追い払って押し入るより、早くメインディッシュに辿り着きたいでしょう?」
「クカッ、クカカカカカッ! 良いねェ、人の扱いをよく解ってやがる。何処ぞの馬鹿カネダとは大違いだ」
「カネダ?」
「……なァに、気にするな。数日前から別行動してる俺の仲間だよ。だがなァ、カイン。権限は有り難く受け取っておくが、約束は忘れたワケじゃーねェよなァ?」
「えぇ、もちろん。全てが終わった暁には貴方の望む闘争を差し上げましょう」
「クカカッ、クカッ。テメェみてェなタイプは戦いに手を抜くが、約束には手を抜かねェ。……良いぜ、憶えてるならそれで良い。その侵入者とやらが、クソ亀やテメェと同じく、俺の目標までの暇潰しになるのなら、それで、なァ」
「……深くは聞きませんが、恐ろしい人だ。貴方の暇潰しで侵入者達を先に倒されては我々の面子が立ちません」
「クカカッ、努力するぜ」
「ありがとうございます。では、早速で申し訳ないのですが話を続けましょう。本日の夜、貴方には十聖騎士の一人とペアを組んである場所を警護していただきたくーーー……」
「っと。その前に、だ」
何気ない、軽快な口調。だと言うのにその言葉には刃のような鋭さがあった。
カインも少なからず異変を感じ取ったのだろう。いつも通りの笑みを崩すことはないものの、何処か深みを持った面持ちで何ですか、と問い返す。
「テメェの言葉には真がある。だがその双眸には嘘がある。……テメェは何を求めている?」
その言葉に、カイン第一席は僅かに頬端を崩した。
優しげな笑みでも、穏やかな笑みでもない。何処か得意げでいやらしい、笑み。
「……一度は届かず、失われてしまった愛すべきもの。しかしそれがまた巡り巡って自分の元へ来たのなら、私は全てを尽くしてそれを得るべく戦うでしょう。その脚が刻む歩みの中に、いえ、その下にいることさえ叶うのなら、私は全てを差し出すでしょう」
「従属か」
「……フフ、さぁどうでしょうか?」
楽しげに光の中へ消えていく甲冑の煌めきが、影の中を流れ泳ぐ。
その男の言葉が何を示すのか、その男の屈託なき微笑みが何を赦すのか、メタルには一片として解らない。
だが彼はそれでも良かった。
――――この男と再戦できるなら細かい事などどうでも良い。所詮はフォールとの戦いまでの暇潰しだが、侵入者共だろうが何だろうが、口うるさいカネダやガルスがいない内の暇潰しなら文句は言われまい。
嗚呼、楽しくなってきた。ここの喧騒はひどく、心地良い。
「……精々楽しませてくれよ、侵入者共」
クツクツと獣が如き嗤いを見せながら、メタルはまだ見ぬ侵入者達に思いを馳せる。
それが自身の言う仲間と標的であることなど知らず、ただ、いまいち噛み合わない歯車を無理やり廻していく。
例えそれが錆び付いてひび割れてしまおうともーーー……、その戦闘狂が止まることは、ない。




