【2】
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「……何とも平和な光景だな」
青々と拡がる葦草、澄み渡る空、流れる雲。
帝国の巨大な城門を超えれば、そこは平穏を言葉に表したかのような長閑な草原だった。
帝国城を訪れる旅人や商人や朗らかな陽気に欠伸する憲兵、城門の端に群がる小鳥たちもまた、そんな暖かい日差しに和んでいることだろう。
本当に、何と、平和な光景であることか。
「妾の腕がぁあああああああああああああああああああああ!!!」
「だからリゼラちゃんアレに腹パンは無理があったって! 鉄より堅いよアレ!?」
ただし一部を除く。
「大丈夫ですか? リゼラ様。……申し訳ありません、久方振りに全力を出したものですから、少々テンションが上がり過ぎまして」
「御主、テンションの上がり下がりが激しすぎて情緒不安定みたいになっとるぞ。ところで腕どうにかしてくんない? あの、変な方向にな? その、な?」
「お任せください。むンッ」
「待って斜め八十度ぐらいに回転した」
「腕の痛みに耐えてツッコミに回るリゼラちゃんは流石だね! ……と言うか気になるのはシャルナちゃんの全力に拮抗したあの男が何者なのか、なんだけど」
A,歴代最高額の借金を叩き出した男。
「まー、カイン第一席まで来たんだし、早々に撤退したのは正解だったね。今会うのはちょっとマズいしねぇい」
「確か我々にも狙いを付けているのだったな。……まぁ聖堂教会の十聖騎士からすれば、魔族は国勢的にも宗教的にも赦せる存在ではあるまい」
「…………うーむ」
「フォールの行動もあるが我々も奴等は警戒して……、リゼラ様? どうしました?」
「いや、やはり何か忘れてるような……」
「腕じゃない?」
「それは見たくない現実の方じゃな。そうじゃなくて、アレなぁ……、うーむ?」
彼女は思い返すように首を捻ってあっちを向いたりこっちを向いたり。
どーにも、こう、出そうで出ない、淵に挟まったボタンを押し続けているような感覚だ。
いやいや、それよりミリ単位で形の違うパズルピースが違うマスにはまってしまったような、とでも言うべきか?
どちらにせよ大差はないのだけれど、どうにも気持ち悪い。喉元までは出かかっているのだ、喉元までは。
「側近の奴なら解るかのう。マジに手紙でも出してみるか……」
「大丈夫? リゼラちゃん? おっぱい揉む?」
「やかましいわぶらんぶらん垂れ下がらせおってこのクソ巨乳め。妾の方が大きかったし! 悔しくないし!!」
「んもぉそこまで言うなら僕のおっぱいで包んでも何ともな……、あ待ってこの話題やめようシャルナちゃんこっち見てるメッチャ笑顔だアレ殺意の笑顔だアレ」
「やべぇぞ闇が笑ってる」
閑話休題。
「ともあれ、じゃ。情報収集するにもギルドはあの有り様じゃし、今回は大人しく依頼を終わらせて金を受け取って終わりにしようではないか。ま、朝飯後の腹ごなしと思えば充分であろ」
「だねぇい。えーっと、薬草か。まぁこの程度ならそこら辺にあるんじゃないかな。にゃはははっ、魔王と四天王が揃って薬草採取だって、薬草採取! 何て平和な……」
「え?」
「えっ?」
「……え?」
そのトボけた声に、四天王二人が向き直る。
彼女達の瞳に映るのは『何言ってんだコイツ等』的な感じで目を丸くする魔王様。
魔王は懐からクエスト書を取り出すと、その端っこへ指を沿わせ、『毒消し草採取』『ガラガラスネーク討伐』『スワム・ハイエナの巣の場所を調査』という項目をなぞっていく。
「占めて1200ルグか……。まぁ、雑魚共の小遣いにしては過ぎた金額よなぁ」
「お、お待ちくださいリゼラ様! 昼までに戻らねばならないんですよ!? その数をこなすんですか!?」
「甘ァい! そもそも御主等は最近弛みすぎだ!! あの勇者めに絆されておると言わざるを得ぬッ!! 今でこそ帝国という共通の敵があるからして目立った行動はしておらぬが、そもそも我々は奴の打倒を目標に掲げておるのだぞ!? こんなところで屈してどーするかッ!!」
「じゃあこの1200ルグは勇者討伐のへそくりにするのぉ?」
「いやこれは帰りに買うおやつ代じゃが……」
「「…………」」
「だ、だって途中の店で見た菓子パン美味そうじゃったもん……」
「シャルナちゃん、これリゼラちゃんの方が弛んでない?」
「そう言えば最近リゼラ様のお腹がぷっくりしてきたような……」
「食べてばっかだしね。幾らフォール君の料理が美味しいとは言え、由々しき事態ですよコレはぁ……」
「ちーがーいーまーすーぅー! 子供の体はぷっくりしてるものなんですぅー!! 仕方ないんですぅー!!!」
「しかしリゼラ様、この二の腕はちょっと……」
「見てこの脇腹。お肉摘めちゃうよ?」
「おっ、ぁっ、や、止めぬか阿呆共! くすぐったいわ!!」
「お腹も指が沈みますが……」
「お尻なんて揉めちゃうよ。ほらほら」
「やめ、やっ、ぁっ、ぁっ……ァーーーーーーーッッ!!」
その日、草原に少女の華奢な悲鳴が響き渡ったという。
――――以上、サービスシーンでした。
「はぁ……、はぁ……」
「んじゃ、リゼラちゃんの命令通りサブクエスト終わらせちゃおっか。……あれ? どったのリゼラちゃん。エロそうに息切れして」
「やかましいわ人の体揉みしだきおって!! 最後の方とか完全にセクハラだったぞ御主ィァ!!!」
「そら(目の前にロリっ娘のぷにぷにぼでぃがあったら)そうよ」
「リゼラ様リゼラ様、セクハラなら普段からされてます。基準がおかしくなってます」
「もうコイツの言動が変態過ぎて何処からがセクハラなのか解らなくなってきたわ……」
「それを慣れって言うんだよリゼラちゃん!」
「「黙れ元凶」」
などと言っている間にも彼女達は丘を越え、メインクエストの採取目標、薬草が生えている森へと到着した。
木々が生い茂り木漏れ日が揺れる、本当に何と言うことはない森だ。
木に触れるとループしたり木から斧が振ってきたりしない、本当にただただ平穏な、森。
「……何じゃろうな。この森見てると平和だなぁって思うわ」
「そうですね。フォールがいればここに来るまで少なくとも4回は爆発したことでしょう……」
「いや1回は爆発したけどね?」
ちなみにギルド本館は現在、調査に来た憲兵が目撃者達の『原因は腕相撲』コールに頭を抱えているところである。
憲兵の『腕相撲って何だっけ……』の言葉に全員が顔を逸らしたのは言うまでもない。
「さーてと、それよか薬草じゃろ? その程度の雑草が多分それじゃないか?」
「雑過ぎませんか!? ほら、クエスト書にリストがありますから、それと照らし合わせてください! ……えーっと、まず葉の先が三つに分かれていて」
「ンなもんそこらに手ェ突っ込んだら出るじゃろ。こんな感じで……」
リゼラは森の入り口辺りにある林へずんずんと進んでいき、適当な場所へ手を突っ込んだ。
そして指に感触を感じると豪快にそれを引き上げてーーー……。
「ほら」
ヘビを、一本釣り。
「……いたい」
「り、リゼラ様ぁあああああああああああああああああああああ!!」
しょんぼり涙顔な魔王の指先には真っ黒なヘビが一匹ぶらり。
どうやら林に手を突っ込んだときに食い付かれたらしく、そりゃもう容赦なくガップリといかれている。
「ご、ご安心くださいリゼラ様! 傷は浅い、傷は浅いですよ!!」
「いたぁあいぃぃぃい……」
「あれ? でもこれサブクエストの『ガラガラスネーク』じゃない? ほら、ガラガラ鳴いてる」
「ガラガラ」
「何!? これか! ファーハッハッハッハッハ!! 計算通りじゃ計算通りィ!! 見よ、この妾の誇り高き勇姿を!! 所詮ヘビなぞ妾の手に掛かれば」
「でも毒持ちだよコレ」
「げぼぁッッッ!!」
「り、リゼラ様ーーーーーーーーーーーーー!!」
――――妾、このクエストが終わったら結婚するんじゃ。
――――高収入イケメンより美味い飯作れる奴の方がいい。
――――いや働かないけど。主婦だけど。労働は夫に任せてぐーたら食っちゃ寝するけど。当たり前だよなぁ?
「そら売れ残るわッッッ!!」
「ど、どうしたルヴィリア!?」
「い、いや……、余計な思念が……」
「そんな事よりリゼラ様だ! このヘビの毒は強力なのか!?」
「どうだっけ。えーっと……」
「うわぁあああああああああお菓子食べないと死ぬぅううううううううううう!!」
「なっ、大変だ! ルヴィリア、私は菓子を買ってくる!!」
「シャルナちゃん、いつか詐欺られそうで怖い……」
フォール君がいたらその辺の雑草を口にブチ込むんだろうなぁとルヴィリア。
「まぁ即効性はある分、軽い毒みたいだしねぇ。あーあーこれで媚薬とかんほぉしちゃうとかエロい毒ならなぁ……」
「しかし毒は毒だろう! 確かサブクエストには『毒消し草』の採取もあったはずだ……。急ぎ採取しないと!!」
「そーじゃそーじゃって言うかその前にまずこのヘビ取ってくんなげぼぇごふっ」
「り、リゼラ様がまた吐血を! ルヴィリア、毒消し草を探してくれ! 貴殿の魔眼なら可能だろう!?」
「毒消し草かぁ……、その辺にあるとは思うんだけどねぇ。薬草なら群生してるから、薬草で延命しつつ毒消し草まで繋ごうか。HP1と瀕死を繰り返すみたいな事になると思うけど……」
「い、いっそ殺せ……がぼふっ」
そんなやり取りをしているウチにもゴリゴリ削れていくリゼラのHPゲージ。
終ぞ冗談を言う余裕もなくなってきたのか、顔は段々と青白くなり口からはトマトソース的なアレが飛び出る始末。
川が、あぁ花畑の向こうに川が見える。
「シャルナちゃん薬草薬草! 口にねじ込んで!!」
「あ、あぁ! どれぐらいだ!? 一掴みか、一山か!」
「いや流石に一山はリゼラちゃん死ぬんじゃないかな!?」
「では一掴みだな!」
「むぐぼっ」
「自分の掌サイズ考えようよ!? リゼラちゃんが、リゼラちゃんが初心者クエストに殺される!!」
「むぐぼげぼぇばぶっ(馬鹿共に、馬鹿共に殺される)!!」
「いかん、リゼラ様の呼吸が浅くなってきている!!」
「そりゃ薬草そんだけ詰め込めばね!? ……あ、これ痺れ草だ」
「むばばばばばばばばばばばばば(あばばばばばばばばばばばば)」
「火薬草もあったわ」
「むばっふッ(むばっふッ)」
「り、リゼラ様ーーーーーーーーーー!!!」
後の『魔王痺れ顔面爆破、暗殺事件』である。
「ヤバい! リゼラちゃんのHPがゼロを突破してマイナスになってる! 瀕死どころじゃねぇ!!」
「薬草、薬草ではもうダメなのか!?」
「瀕死から薬草では無理だね!? 薬草にそこまでのポテンシャルはないよ!!」
「では教会か!? はっ、聖堂教会!!」
「魔族を教会で祝福したらガチで召されるからやめたげて!!」
魔族に聖なる力は厳禁です。
「よーしシャルナちゃん一回落ち着こう! まず状況整理ね!? リゼラちゃんは毒蛇に噛まれて色々あったせいで今瀕死! 必要なものは!?」
「墓か!? 墓だ!!」
「うーん、間違ってはないカナ!! でももうちょっと落ち着くべきだと思うんだ僕は! まず深呼吸だよ!! じゃあ僕とちゅーしながら呼吸止めて十秒間キープ!!」
「それはしゃっくりの対処法だし接吻の必要性はない」
「急に冷静になるよね」
それはもう冷たい眼差しだったそうで。
「ま、まぁ、落ち着いたなら何よりだよ。それじゃあまず、リゼラちゃんの蘇生回復は僕が試みてみるよ。『最硬』のあの子より劣るけど、簡単なのなら使えるし」
「頼む。……変なことはするなよ?」
「医療行為だからセーフ。人工呼吸まではセーフ! ディープまではセーフ!!」
「アウトだ。まったく、リゼラ様を御守りするはずの我々がそんな事でどうする? ですよね、リゼラさ……ま…………」
振り返った彼女達の瞳に映るのはスワム・ハイエナ達に咥えられた我等が魔王様。
円らな瞳が瞬きし、ハイエナ達は可愛らしい足取りでテテテーと森の奥へ入っていく。
シャルナとルヴィリアは互いに頷き会いながら『あぁ、これが連鎖なんだな』とか『救いはないのかな』とか微笑みつつ、ハイエナ達を追って全力ダッシュで森の中へと駆け込んで行くのであった。




