【プロローグA】
【プロローグA】
時は大きく遡る。この喧騒麗しい深夜に到る前、夕暮れから少し過ぎた頃へ。
場所もまた、帝国城から農耕区にある小さな一軒家へと。その家の温かな灯火に照らされた、一つの食卓へと移り変わる。
「預言は二つありました」
そう述べたのは、口の周りに夕食のソースをつけ、満足そうに腹を膨らませた聖女エレナ。
彼は空皿の並んだ食卓の奥席で、三人の魔族と一人の勇者から視線を受けながら、何処か恐縮したようにその事実を述べていく。
自身に課せられた称号としての、義務という事実を。
「聖女は代々、産まれながらにして『巫女の力』を有します。これは世界を滅ぼす魔王に唯一対抗できる勇者という人物の出生を預言すると共に、その者の未来を占い、行く末を示す力です」
不機嫌そうな魔王と、それを必死に抑える部下二人。
エレナはそんな様子に何事かと首を傾げたが、勇者に急かされて話を続けていく。
「私は……、見ての通り男ですが、聖女としての力を持っていました。未だにどうして男である私にこの力が与えられていたかは解りません。ですがこの帝国の体制として私は力を持つ聖女でなければいけない。象徴でなければいけない。だから私はこのように、女として……。あ、いえ、これは今は関係のない事でしたね。ごめんなさい」
聖女は苦笑と共にぺこりと頭を下げる。
その姿は酷く弱々しく、儚げなものだった。
「それで、その……。先程言ったように、私はある日二つの預言を得ました。同時に、預言を視たのです。それは今まで、母や祖母のような歴代の聖女にあるはずのないもので、そして、あってはいけないものでした」
勇者の問いに、彼は一度首を振る。
「一つは……、師匠、いえ、勇者フォールの過去です。正しくは、存在しなかった、正しい過去です。貴方は勇者としての通例に従い、始まりの街から各地を回って魔王を倒します。そういう、預言でした」
――――勇者は始まりの街を出て、幼き頃より共に過ごした少女と旅に出るだろう。
『盗賊の祠』を超え、『深き森』を越え、『広き草原』を越え、幾度とない困難の後に黒きエルフに出会い、『氷河の城』で魔を司りし者を一人倒すだろう。
次に勇者は幾つかの街と道を経て、一人の傭兵に出会うだろう。それから『地平の砂漠』を越え、仲間と力を合わせて魔を司る者をまた一人倒すだろう。
やがて勇者は『果てなき海』を超え、帝国へ辿り着く。そこで勇者は困難に出会うことだろう。
「これが……、一つの預言でした。ここからは、ごめんなさい。預言に靄が掛かってしまって、僕も詳しいことは解らないのです。ただ、この帝国に恐ろしい災禍が訪れ、世界を混沌に陥れることだけが解っていました。そして勇者フォールの残酷で、救いのない道程だけが……、鮮明に頭に浮かんできました」
――――帝国を超えた勇者は、魔を司る者に滅ぼされ、無念の魂ばかりが蔓延る『亡霊の街』を訪れるであろう。
やがてその者を打ち破り、彼は聖剣を求め、神鳥と戦うことになるであろう。
そして勇者は度重なる強敵との戦いを乗り越え、忘れ去られた骸を超え、悪しき龍に滅ぼされた街を訪れるであろう。
そして、勇者は、やがてその街さえも越えて、魔王城へ辿り着き、そしてーーー……。
「……預言は、ここまででした。で、でも、帝国の時から預言はおかしくなります! 過去に預言が変わったという事もあるようですし、きっと全てがそれだけではないと私は思うのです!! だから、これはあくまで有り得るかも知れない一つの道でっ」
興奮し過ぎたせいか、聖女は噎せ返って机へと突っ伏した。
その背中を、一人の女が優しく撫でて落ち着かせ、水を差し出した。
「……ごめんなさい、取り乱して。その、これは一つの預言でした。これだけならば今まで幾度と無く繰り返された、聖女の役目です。貴方をより正しく明るい未来に導くよう、全力を尽くすだけのこと。勇者と魔王の歴史にある聖女としての役目を、果たすだけでした」
けれど、と。
「もう一つの預言が、勇者フォールを咎人にしてしまった」
その場にいた誰もが、口を開くことはなかった。
痛々しいまでの沈黙が、酷くやつれるように瞳を伏せた少年を急かし立てる。
そして聖女たる少年もまた、苦痛の義務を吐き出すのだ。
「……私が視たのは、業火に灼かれ、滅び逝く世界」
逃げ惑い、絶叫する人々。
大挙し、押し寄せる闇の軍勢。
無限の、果てなき深淵の鼓動。
「そしてその中心に立つ、禍々しき貴方の姿でした」
――――それが、聖女エレナの視たもう一つの預言。
有り得なかった過去ではなく、有り得る未来。
「貴方は世界を滅ぼします」
これから訪れるーーー……、現実という名の、未来。
「……勇者フォール。貴方はいったい、何者なのですか?」
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