【3】
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「と、いう感じになっているはずだ」
「えらく具体的な信頼だなオイ」
さて、視線は再び帝国城の赤絨毯を疾駆し続ける二人の男へと戻る。
彼等はソル第六席とルナ第七席の指揮系統を失って崩壊した城内の包囲網を潜り抜けながら、ひたすらに目的地へと向かっていた。
幾ら彼等に肉体的な疲労があるとは言え、指揮を失った騎士達は烏合の衆だ。団体と直接はち合わせると言うことにでもならなければ、それがフォール達の進路を妨げる要因にはならないだろう。
――――だが、フォールとカネダの二人は不安で仕方なかった。今、騎士の団体に遭遇しようものなら何事もなく切り抜ける自信がない、と。
肉体的には先述の通り問題ないのだ、本当に。十聖騎士でもない限り薙ぎ倒すことも辛うじて可能だろう。
ただ、その、何と言うか、そんな一般騎士との遭遇を恐れるほど、精神的な疲労が半端ない事になっているのが現状なワケで。
「はっはっは。若者を酷使して楽をするというのは、いつになっても良いものだね! ほらほらもっと早く走りなさい!」
そう、カネダの背中で元気に腕を振り回すファンキー国王のせいで、だ。
「……カネダ、俺は騎士に出会ったらこの男を投げつけない自信がない」
「奇遇だな、俺もだよ。けど我慢してね? このジジイぶっ殺したら俺達ホントに悪い意味で歴史に名を残すから」
「そういう事だよ若人諸君! さぁさぁ馬車馬のように働くのだ。いやぁ、一回暴君とかやってみたかったんだ!! はっはっはっは酒を持てぇーい女を持てぇーい!!」
「カネダ、隠蔽は得意か? 死体の」
「割と」
危うく国王抹殺の会話が進む中、彼等は吹き抜けの螺旋階段へと差し掛かる。
二人が目指す目的地とは聖女エレナがいるであろう、結界の基点地。つまりルナ第七席が先程まで結界を張っていたその場所というわけだ。
理由は言わずもがな、聖女エレナの回収である。
「で、フォール。こっからどうするつもりだ? エレナまでは魔力の鎖を辿るとしても、問題はそこからだぞ。あの子をどうやって送り戻す? 結界に引っ掛かちまった俺が言えたことじゃないが、もう大人しく戻しておくなんて計画が通じるはずもないし、あの変態兄弟のせいで十聖騎士の応援も駆け付けるだろう。そうなったら計画どうこう言ってる場合じゃないぞ!」
「……無論その辺りは考えてある。考えてもみろ、そもそもの問題はエレナの秘密が露見することだ。ならば知っている人間に預ければ良いだけのことじゃないか」
「い、イトウ第四席とか?」
「奴に引き渡せば事態が露見する。文官一辺倒なあの男が侵入者から聖女エレナを侵入者から取り戻すなど出来過ぎた話でしかない」
「じゃあ……、何か? 武官でエレナを取り戻しても違和感なくて信用できる上に今すぐ合流できて情報も漏洩させず戦闘になることもなく話をすんなり聞いてくれるような十聖騎士がいる、とでも? それこそ出来過ぎた話だろう!」
「いや、いる」
「だぁーかぁーらぁー!」
そこまで言いかけた頃だろうか。螺旋階段の先から大声と雪崩のような足音が響き渡って来る。
そう、フォール達が恐れていたことが同時に起こってしまったのだ。ソル第六席とルナ第七席が呼んでいた十聖騎士の増援が、騎士を引き連れ登場したのである。
考え得る限り最悪の遭遇と言えよう。遭いたくなかった存在二つと、同時に遭ってしまったのだから。
「はぁーーーはっはっはぁ! 侵入者を発見したぞ!! 諦めるが良いこの不届き者達め! この私が来たからにはテメェ等なんか一生牢獄の中に繋げたまんまにしてやるからなァ!! 恐怖しやがれ、この私、ラド第十席をにゃ゛んっっっ!!」
まぁ、そんな存在二つへ問答無用で突貫して先頭の十聖騎士を全力デコピン、即座に確保、誘拐という離れ業をやってのけた勇者がここにいたワケですけども。
最悪の遭遇は相手にとっての話だった、という事である。
「「「ら、ラド様ぁああーーーーーーっ!?」」」
「よしカネダ、追加だ」
「いや何やってんのお前!?」
突如の出来事に絶叫する騎士の間を駆け抜け、侵入者二名と人質一名に、さらに人質が追加された。
人質の名前はベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナ第十席。かつて平原地帯にてフォールと出会い、散々な目に遭うも騎士としての矜持を取り戻した一人の獣人少女である。
なお、額を真っ赤にして涙を浮かべる今の姿が騎士らしいかと問われると首を振るしかないのだが、そこは言うだけ残酷というものだ。
「何、こいつなら考えナシに手柄を求めていの一番に来ると信じていた。……よく来てくれたな」
「ぁ……、あー! 誰かと思ったらテメェかよ!? どうなってんだいったい!!」
「はっはっは、やぁラドちゃん。今日のパンツは何色かね?」
「あ? 誰だテメ……、げぇ-!? 国王ぉおおーーーーっ!!」
「おいフォーーール!! お前ホントにどういうつもりだ!? コイツ連れてくる理由は何だよ!? 見ろ、コイツの部下を追っ手に増やしただけじゃねーか!!」
「いや、そうでもない。条件に当て嵌まるのはラドだけだからな」
「はぁ!?」
「一応は武官で隙を突いたと証言すればエレナを取り戻した事にも違和感はなく、信用できる上に今すぐ合流もでき、情報を漏洩させず戦闘になることもなく、すんなり話を聞いてくれる十聖騎士……、だ」
「た、確かに戦闘にはならなかったが、この状況でどうやって信用得るつもりだよ!? 情報にしたってそうだ、コイツがうっかり漏らしたら……」
「ラド」
「な、何だよテメェ! この私を利用しようなんざ」
「喋ったら貴様の毛を一本残らず毟り取る」
「ぴぇっ」
「……と、こんな風にだな」
「結局、力業じゃないですかヤダーーー!!」
「で、パンツは?」
「く、クマさんでしゅぅ……」
こうしてフォール達は新たに十聖騎士の協力者を加えて、城内を疾走していく。
広大な城だけあって移動に時間は掛かるものの、エレナのいる一室が近いことはフォールも魔力の鎖を通じて確信していた。
もうすぐ、この喧騒に溺れた夜も終わる。エレナを回収してラド第十席に任せれば、後はガルスとの合流と仕込みを終わらせれば良い。
そうだ、もう間もなく、終わるのだ。走り続けたこの夜が、ようやくーーー……。
「…………」
と、そんな彼等の前に数人の騎士がぞろぞろと姿を現した。
フォール達を追う騎士達とは違って歩みは落ち着いており、迫り来る侵入者達を見ても反応は変わらない。
ただ平然と、ごく当然の様に、一歩、一歩と甲冑の鉄底を踏み締めるような。
「あっ、騎士だ! おい私達を助けーーー……」
「フォール君! アレはマズい!!」
ラドが助けを求めるのが早いか、ネファエロ国王が叫ぶのが早いか。
それともフォールがラドを庇うか、カネダが体を逸らすのが早いか。
――――現れた騎士の一人が、後方の騎士達を吹っ飛ばすのが、早いか。
「え……」
ラドが見たのは、絨毯を燃やす紅蓮の焔だった。
騎士が魔法を放ったのか? 違う、あの騎士はそんな事なんかしていない。じゃあ火炎瓶でも投げつけたのか? 違う、そんな事もしていない。
突進しただけだ。あの騎士は、突進という攻撃を、人智を越えた速度で行って、絨毯を焼き切っただけなのだ。
「「…………は?」」
カネダとラドは揃って間抜けな声をあげる。
あれだけ重い鎧を着けていて、あの速度? 人間どころか獣人さえも凌駕する、あの速度? 魔法や魔術を一つも使わず、あの速度?
そして、その速度で、後方の騎士を、全て吹っ飛ばしたのか? まるで並べた瓶を蹴っ飛ばすように、薙ぎ、倒したのか?
「人間業じゃないぞ……」
恐る恐る振り返ってみれば。、そこには件の騎士がいた。
全身を噴火のような筋肉で盛り上がらせ、兜の下から獣のような唸り声をあげる、化け物と呼ぶに相応しい騎士がいた。
明らかに人間ではないーーー……、騎士がいた。
「……人間でも、ないぞ」
「全く面白い冗談だ。ネファエロ国王、貴様があんな異形を従えているとはな」
「悪いが女の子の親衛隊を作ろうとして妻とミューリーちゃんに殺されそうになったことはあっても、化け物の軍隊を作ろうと思ったことはなくてね。しかも男だろう、アレ」
「まぁ見た感じはスライムでもないな」
「お前ら呑気に話してる場合か!! どー見てもアレこっち殺す気満々だぞ!? しかもありゃどう見ても人間や獣人とか、亜人の類いじゃねぇ!!」
「何だ、亜人の類いならばラドに対話させようと思ったんだが……」
「!?」
「おいバカその子マジで死にそうな目してんぞやめてやれ!!」
などと彼等が言い合っている間にも、騎士達は次々に異形へ姿を変えていく。
ある者は翼を生やし、ある者は尾をしならせ、ある者は鋭利なる爪で鎧を引き裂いた。
その姿は最早、何処からどう見ても騎士だとか人間だとか、そんな次元ではない。
一目で驚異と解る殺意を携えながら唸るその者達が、そんな存在であって良いはずがない。
アレは、どうしようもなく、敵だ。
「ッ……! 動きが良い騎士が何人かいると思ってたが、まさかあんなのとはな。十聖騎士の次は化け物ってか? 幾ら何でも笑えないぞ……!!」
「やだー! 降ろせぇえええーーー!! 私帰るぅうううーーーー!!」
「いやいやラドちゃん、これ逃げたら速攻でやられるパターンだと思うけど」
「おいテメェら!! 死んでも私と国王様を護るんだぞ!!」
「すっげぇ現金だなこのガキぃ!? って言うかフォール、どうすんだコレ!! 流石に今の俺でもこの状況は切り抜けられそうにない!! 挟まれてる上に後のはあの速度だ、下手に隙を見せたら一瞬で全滅する!!」
「…………」
「それに、ありゃどう考えても状況から見て裏切り者の仲間だろう! となれば見逃すワケねぇし、あんだけ堂々と姿を現したんだから意地でも逃がすはずがない!! 絶対に躊躇なく襲い掛かってくるぞ!!」
「…………ふむ」
「フォール! 聞いてんのか!? この状況をどうやって切り抜けるかっていう……!!」
「……いや、別に、言うほど難しい状況でもないと思うがな」
平然と、いつも通り。
呆気にとられるカネダを前に、何か変な事を言ったかと彼は首を傾げて見せる。
フォールの表情に危機感はなく、焦りや動揺など微塵もない。ただただ、いつも通り冷静な彼の、涼しげな双眸がそこにはあった。
「お、まっ……。アレ見て何とも思わないのか!? ヤバいとか、ピンチとか!!」
「むしろあの姿を見て安心したが? 逆に貴様は何をそんなに焦っているのだ」
「聞きたいのはこっちだよ! 何でお前はそんなに落ち着いていられる!? あんな、どう見たって化け物なーーー……。あっ」
カネダは何かに気付いたらしく、数秒ほど停止した。
そして静かに息を吐き、ネファエロ国王を背中から降ろすと大きく背中を伸ばして屈伸する。
まるで重しや鎖から解き放たれたかのような動作にネファエロもラドも眼を丸くしたものの、その理由は直ぐに解ることになった。
抜剣と抜銃という、何処までも明確な行為によってーーー……、だ。
「そうかそうか、そりゃそうだ」
「あぁ、そういう事だな」
一つ、言い訳をしておこう。
化け物達に油断はなかった。カネダの言う通り彼等は十聖騎士の裏切り者の部下であり、フォールの抹殺を命じられた身だ。
今まで裏切り者と共に騎士として忍び込み、長らく暗躍してきた身。それがここで姿を現したのだから当然フォール達を一人として逃がすつもりもなかった。
なかったのだ。そう、油断も、隙も、なかった。
――――ただ、運もなかった。
「「化け物は帝国民じゃ、ない」」
彼等がエレナと交わした約束は帝国民を傷付けないこと。
それは騎士とて例外ではない。カネダが城門でそうしたように、騎士もまた民草の一人なのだから。
だがーーー……、今目の前で異形となった者達が、はたして帝国民と言えるだろうか?
国王がいるにも関わらず平然と攻撃してきた者達が、この帝国の民草だと言えるだろうか?
答えは、否である。
「さて、見せてやるとしようか」
「良い大人の八つ当たりって奴をなァ……?」
具体的には変態イロモノ兄弟と我が儘国王への八つ当たり。
――――と言う訳で、その夜、帝国城から幾つかの流れ星が落ちたという噂が流れることになるのだけれど、それはまた別のお話としておこう。




