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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(中・A)
170/421

【4】


【4】


「こちらスライム・ブラック。覚悟は完了している」


「こっ、こちらスライム・キング! 私も準備万端です!!」


「…………こちらスライム・ガンマン。ねぇこれ要る?」


「一回やってみたかった」


「帰っていい?」


 コードネームは男の浪漫。

 と言う訳でスライム・ブラック、スライム・キング、スライム・ガンマンことフォール、エレナ、カネダの三人。

 彼等の姿は現在、花々と噴水が麗しく月光と外灯の織りなす光の交差が美しい、帝国城へ続く大橋前の公園にあった。

 バーでの作戦会議から僅か数時間後の事である。三人は早くも目的地にして敵地本陣でもある帝国城が一望できる場所を訪れていたのだ。


「そろそろスライム・サポートが例のブツを手に入れる頃だな。我々も行動を起こすか」


「ガルスね? ……いや行動を起こす云々は良いんだけどさ、お前ここからどうするんだ。……見てみろよ」


 カネダが指差した先にあるのは騎士十数人が守る検問所と、そこから続く帝国城への大橋、さらに帝国城への侵入を拒む巨門と、オマケに屈強な門番騎士が数人。

 日中でさえ厳しい検査の元、ようやく通ることができるような数々の難所だ。不届き者が蔓延る深夜ともなれば難易度はさらに高くなる。

 もし無理にでも押し通って発見されようものなら、たちまち数百人の騎士によって取り囲まれる事は明白だ。


「言っとくが、かつて俺がやったみたく下の湖から……、なんてのは考えない方が良いぞ。あそこにゃ夜行性の魚がいてな。デス・フィッシュって言うんだが、一部学者の間じゃモンスターなんじゃないかって言われるほど凶暴だ」


「そ、そんなに恐ろしい魚がいるんですか……」


「何でも豚一匹投げ込んだら数秒で骨すら残らなかった、って話もあるからな。俺だけならそんなのでも近付いてくるヤツを全部撃ち殺すぐらいワケないが、流石に二人分はカバーできないぞ」


「ふむ、確かに橋下の湖を通るという手もあったな。だが今回その手は使わない。しかし好都合ではある」


「好都合?」


「……見ろ、は貴様こそというワケだ。カネダ」


 フォールもまた、カネダに習うように帝国城の方を指差した。

 いや、そうではない。彼の指はそのまま右へ流れて辺りの公園を示していくではないか。

 噴水の側で寝息を立てる酔っ払いや人目も気にせずイチャつくカップル、そんな者達を鬱陶しそうに除けて進む残業者まで。


「…………」


 繰り返す。

 噴水の側で寝息を立てる酔っ払い、人目も気にせずイチャつくカップル、そんな者達を鬱陶しそうに除けて進む残業者。

 未だ数多くの人が、深夜にも関わらずこの公園にいるのだ。


「……いや、解らん。どうするんだ?」


「こうするんだ」


 瞬間、カネダの体が飛んだ。

 比喩でも何でもなく、公園の上空から噴水、花壇、通りと超えて、外灯にワンバウンドしながら飛んでいったのだ。

 これはフォールによる投擲だったのだがーーー……、投げられた当人はそんな事を気にする暇もない。

 ただ、瞬間的に解ってしまった着地する先、いやいや、着水(・・)する先に、視線を向けるより他なかったのだから。


「……あぁ、そういう?」


 ――――ザッパーーーーンッ!!


「酔っ払いが湖に落ちたぞーーーーー!!」


 勇者の叫びから始まる大騒ぎ。そこからはもう酷いものだった。

 野次馬に集まる面白いモノ見たさのカップルや残業者がわぁわぁと湖へと押し掛け、あっという間に人の壁ができあがり、落ちたカネダを助けようとした憲兵が通れなくなる。

 その為に人員を除ける為の人手が割かれ、どうにか湖まで辿り着くも、近くの外灯がカネダのバウンドによって砕けたせいで何も見えないときたものだ。

 湖面が波立っていることは解っても野次馬の喧騒で何処で藻掻いているかなんて解らないし、何よりデス・フィッシュのせいで憲兵達も迂闊に近寄れない。

 そんな状況が生み出すのは控えにいる憲兵の応援と、さらなる野次馬の集結だ。

 やがてそこに昼間を越える大騒ぎを起こすまでーーー……、そう時間がかかることはなかった。

 ついでに言えば見張りのいなくなった検問を作り出すことにも、だ。


「よし、通るか。この暗闇と騒ぎならば橋の方へ視線を向けられてもそうそう気付かれはしないだろう」


「あ、あの……、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だ。奴は帝国民ではないから約束を破ったことにはならない」


「そ、そこではなくてですね!?」


 暗闇の中、二人は闇に紛れるようにフードを被って、素早く大橋を渡っていく。

 フォールの計画もあって検問を抜けることも橋を渡ることも決して難しくはなかったのだが、如何せん犠牲が大きかった。

 悲しきかな、叛帝国連合レジスタンスの勇気ある盗賊、ここに沈むーーー……。


「……何、そう焦ることはない」


 なんて事には、ならない。

 フォールはそれを知っている。


「あの男ならば大丈夫だ、エレナ。幾度打ちのめされようともへこたれる奴ではないさ」


「いや、打ちのめしてる師匠が言える台詞では……」


「……………………これでも、あの男のことは中々信用しているのでな」


「師匠?」


「ともあれ、早く駆け抜けることだ。そろそろ奴も上がってくる頃だろう」


 そんなフォールの信頼と言葉に応えるが如く、橋桁を這い上がってくる影があった。

 そう、肩や尻に数匹のデス・フィッシュを食い付かせながらも帽子は死守という徹底ぶりを見せる男、カネダである。

 なお、彼の銃がフォールの後頭部へ照準を定めていることは言うまでもない。


「やはり生きてい……、無事だったか。よし進むぞ」


「何で今言い直した? あ? と言うか無事に見えるの? ん?」


「大丈夫大丈夫、そういう漁と見ればまぁ見えなくもない。……活きの良い魚だな」


「漁っていうか撒き餌(イケニエ)だろコレ」


「ざ、斬新なやり方ですね!」


「あのね? これ斬新じゃなくて残酷って言うんだよ?」


 と、彼等が騒いでいるウチにも、どうやら橋向こうの騒ぎが収まってきたらしく、検問にも何人かの騎士が戻ってきたようだ。

 まぁ落ちた当人がここにいるのだから当然と言えば当然だが。


「む、いかんな。早く進むとしよう」


「お前ホント憶えとけよ……。っと、それより進むのはちょっと待て。そう簡単にゃいかないみたいだぞ」


「城門前の見張りか? あの程度ならば何とかできそうなモノだが」


「だろうな。ついでに言えば城門だって抜けるのは難しくないさ。……いつもなら、だけどよ」


 カネダの瞳に映るのは帝国城の壁面へ永遠と築き上げられた、網目状の結界。

 殺傷力こそないようだが、逆に言えばそれだけ探知に特化した性質のモノらしい。

 恐らくアレに触れた瞬間、術者は侵入ばかりか相手の種族や性別、体格や魔力までありとあらゆる特徴を把握するだろう、とのこと。


「間違いない、ルナ第七席の結界だ。かなり広範囲……、ってか帝国城を覆う次元で展開してある。目は粗いが人間一人なら探知するには充分な密度だろうよ」


「成る程、表立った動きはないが深層では着実に事が進んでいるらしい。……解除する方法はないのか?」


「ないね。誰かが引っ掛かって注意を引き付けるぐらいしかないんじゃないのか? なーんて……」


 カネダ、跳躍。背中にフォールの指が擦る。


「二番煎じ、ダメ、絶対」


「チッ」


 惜しい。


「あ、あの、やっぱり、どうしても難しいですか……?」


 そんな風に争う二人の間に流れたのは、エレナの不安げな声だった。

 無理もない。カネダの言葉通りなら帝国城へ侵入するどころか、近付くことさえ不可能という事だ。

 無理に突っ込んで勝算が産まれるほど帝国城が甘くないのは自分が誰よりも知っている。だとすれば、このまま、もうーーー……。


「……形はどうであれ、俺は一度お前の頼みを受けたワケだ」


 カネダは懐から対の銃を取り出し、それぞれの弾倉へ銃弾を装填していく。

 橋向こうから聞こえる喧騒や目の前の困難から隔絶された意識の中で、時針が如きに思考を研ぎ澄ませながら。


「なら少しは信用して欲しいモンだな。これでも伝説の盗賊(ロスト・ハンド)と呼ばれた男だぜ? 影なく奪う者(オレ)はよ」


 双銃、月光に輝き銀の双牙となる。

 歩み征く者に音はなく、深き夜に生きる者達に従属するはずの影さえも囀りはしない。

 それは一見すれば魔道の領域であった。然れど魔方陣や魔力光が彼から発せられることはなく、無論、本人もそのような様子を見せるべくもない。

 ――――つまり、その姿は他ならぬ彼自身の技術なのだ。伝説と呼ばれる盗賊の、純粋なまでの技術なのだ。


「空を、見ろ」


「え?」


 彼を前にするどころか、その隣を過ぎ去って背後に立たれ、話しかけられるまで気付かなかった騎士達。

 次の瞬間、彼等の意識は闇の中にあった。いいや、閃光の中にと例えるべきだろうか。

 以前変わらぬ棒立ちのまま、甲冑の奥から虚ろな眼で空を見上げている。


「うっし、もうコソコソせず普通に歩いてきて良いぞ。コイツ等には何にも見えてない」


「……何をした?」


依頼者クライアント様のご意向に従って麻酔で気絶させた。重装備であろうと何処になり隙間はあるモンだからな、そこにコレを撃ち込めば良い」


 飄々とした口振りで得意げにウィンクするカネダだが、その様子ほど安易な技でない事は明らかだ。

 促すように『だろう』と問い掛けるフォールに、エレナは何度も頷きを繰り返す。

 ――――この人は、凄い。師匠と同じぐらい、凄い人なんだ、と。


「フッフッフ……。この伝説の盗賊カネダ・ディルハム様に掛かればこんなモンよ。もっと言うことがあるんじゃないかねぇ? ん~?」


「す、凄いです! カッコイイです!」


「そうだろうそうだろう、ほらほらフォール君もォ?」


「調子に乗る前にさっさと結界を解除しろ。経験上こういう場合はろくな事にならん」


「かーっ! こういう心が狭くて洒落の解らん奴は嫌だネ! 大丈夫だって、この距離に暗さとくれば検問所からはそうそう見えないし、結界だって触らない限り発動はしないんだ。この俺がそんなヘマするワケないだろう?」


「…………したら、どうする?」


「お前のお手玉にでもなってやるさ! はーっはっはっ」


 カネダのケツから飛び跳ねるデス・フィッシュ。扉にぶつかるデス・フィッシュ。

 警報鳴り響いてデス・フィッシュ。びったんびったんデス・フィッシュ。

 城門大騒ぎデス・フィッシュ。フラグ達成デス・フィッシュ。


「…………」


「…………」


「…………」


 その日、帝国城の城門が、とある盗賊の全力ストレートで破られたという。

 盗賊の全力ストレートというか、盗賊で全力ストレートによって、だが。


「結局、こうなるのか」


 こうして帝国史上、もっとも騒がしい夜が始まることになる。

 そう、この瞬間こそ後に『帝国十聖騎士(クロス・ナイト)壊滅事件』と語り継がれることになる大騒動のーーー……。


「……朝には、帰れそうにないな」


 幕開けであった。



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