【7】
【7】
「お空がね、綺麗じゃろ?」
足下に拡がる空と、頭上に転がる邪龍ニーボルト、そして城壁だった残骸の山。
薄紅の雲々が流れ行く大海が如き世界。だと言うのに何故か、雫は邪龍の背へと昇っていく。
「あの空を見るとね、涙がね、止まらないの」
「生きてる証拠だろう」
ズボンッ。邪龍の首付根から引っこ抜かれる、折れた矢が何本か頭に突き刺さった魔王リゼラ。そんな彼女の世界は衝撃に転がって引っ繰り返った。
当然ながら、昇っていた涙は矢の残骸と一緒に足下へと落ちていく。あぁ綺麗。なんて、この男は微塵も気にしていない。
いや、当然と言えば当然だろうか。脚を引っ張って大根のように引き抜いたこの魔王なんかよりも、薔薇棘のように自分達へ向けられた剣だの槍だのの方が、余ほど気になって仕方ないのだから。
「それより、これはまた随分な歓迎ではないか」
「当たり前じゃろ……」
「……何故だ」
「お前が何故だだよこのクソ勇者」
顔を押さえておうちかえりたいとすすり泣く魔王と、彼女の角を手提げ鞄のようにぞんざいな扱いでひっさげる勇者。そんな二人に、街の人々は思わず面食らっていた。
あの双角は間違いなく魔族のそれだ。となればもう一人の男も魔族か? いや、どう見ても人間だろう。しかしそれを言えば邪龍と共に突っ込んできたのはどうなる、と。周囲は口々に言い始め、段々とざわめきが伝染していった。
やがてはあの男は人間と魔族の間に生まれた子じゃないのかとか、人間と魔族の友情を育んでいるのかとか、いやあの魔族の服装を見るなり出来の悪い奴隷か何かじゃないのかとか、実は血の繋がってない兄弟なんだけど幼少の頃から一緒に育てられていてある日少女の頭に角ができそれが原因で二人は両親の元を離れることになり自分の出生を知る為に魔王城を目指す旅をしているんじゃないかとか。
「しかしマズいな。こんな様子では旅道具を買い揃えることもできないし、アレを買わないことにはこの先に進めない」
「だからアレって何ぞアレって! と言うか買うとか買わないとか以前に、下手すればこのまま牢屋直行じゃぞ!? 下手せんでも牢獄行きじゃぞ!?」
「その場合は仕方あるまい。脱獄するしかない」
「なぁ脱獄って良いながら剣引き抜くのやめない!? 何で初っ端からヤる気満々なのこの勇者!!」
そんな風に彼等が言い合っている内にも、人々は二人の処遇を決めていく。
まさか邪龍を倒したのか、いやいやそんなこと有り得るはずがない、しかしこの邪龍を運んできたのは、いやいやでも、だけどどうみても怪しいのは間違いないし一応は拘束するか、城壁崩したのはこいつ等だし捕まえて話を聞かなきゃ、そもそも魔族だし、邪龍だってどうにかしなければ、と。
一呼吸置いて、男衆は頷き合う。取り敢えずは拘束して尋問の方向性で話が決まったらしい。皆が威圧するように骨肉隆々な肉体を拡げながら、じりじりと近付いてくる。
そんなムッキムキマッチョメンの光景に魔王リゼラは悲鳴をあげ、勇者フォールは明らかに嫌そうな表情を浮かべた、が。
そんな二人の表情も視線も、全てが一瞬にして純白で塗り潰されることになる。
「ぬ、ぉっ!?」
「うわぁあっ!!」
「何じゃあっ!?」
誰も彼もが驚嘆に声を震わせ、腰を抜かして、瞼を強く瞑る。
閃光だった。その場にいる人々の視界を奪い去り、耳膜による音の世界さえも躙り消す閃光。警報を聞いたり咆吼を受けて多少なりとも大音量に慣れた人々の耳でさえ、それは簡単に塗り潰す。明らかに自然的なものではない、人為的な現象。
魔王リゼラはそんな閃光に耳を防いでその場に蹲っていたが、彼女の首襟を掴んでそのままひょいっと引っ張っていく影があった。その場で不動が如く直立し、閃光さえも真顔で眺める勇者フォールをも、また。
「……う、ぅ」
やがて、数秒、いや一秒にさえ満たない光が尽き、人々の視界と鼓膜に感覚が戻り始めた頃。
皆で囲んでいたはずの男と魔族の少女の姿はそこにはなく。あるのはただ、間抜けにも剣や槍を構えたままの同僚の姿。あるべき姿はなく、かと言って何かそれらしい異変もなく。
忽然と、男と魔族の少女が消えてしまった。誰かが煙のように、だとか、幻だった、とか。そんな風に言い出すほど、忽然と。
やがて人々はそんな二人を探す為に周囲に散らばっていくが、魔王リゼラと勇者フォールの姿が誰の目であろう、映ることはないのであった。




