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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(中・A)
169/421

【3】


【3】


「久しいなガっちゃん。また会える日が来て嬉しいぞ」


「うん、フォっちもお元気そうで何よ……、あの、こっち向いてくれない? フォっち? フォっち!?」


 さて、全力で帰ろうとした勇者と聖女が引き留められて数分後。フォールは懐かしき同類、もとい親友ことガルスと店奥の個室で、牛皮作りの黒ソファに面と向かい合って腰掛けていた。

 この部屋は本来お得意様か相当なV.I.P.にしか貸し出さないのだが、ママの意向で特別に使わせて貰っているらしい。

 まぁ、ママの『お得意様と従業員の顔に免じて』という言葉を聞く辺り、カネダやガルスが置かれている状態も大体は予想できようものだ。

 もっとも、自身と親しく話すガルスを睨み付けて頬を膨らませながら片腕にしがみついてくる聖女エレナの想いは、流石のフォールも予想できるものではないのだけれど。 


「ま、まぁ取り敢えず、カネダさんが化粧を落としてくるまで、ちょっと待ってね。……仕方なかったんだよ、僕もあの人も食べていく為だったんだ」


「ガっちゃん、だが仕事は選ぶべきだと俺は思う」


「本当は僕、キッチンのはずだったんだけどね……。何故か気付けば店の女の子達に女装させられてて、しかもカネダさんはごく当然のように自分で着て早くしろよみたいな目で見てくるし……」


「奴はもう駄目だな。……にしてもまさか、ガっちゃんが奴と行動を共にしていたとは思わなかった。世の中、奇異なこともあるものだ」


「僕もカネダさんやメタルさんとの因縁を聞いた時は驚いたよ。……そう言えばフォっち、そのメタルさん見なかった? この前、はぐれてから何処に行ったのか」


「いや、知らんな。確かもう一人いた男だったか……」


 ちなみにその男が現在、迷子の果てに憲兵のお世話となっていることを彼等は知る由もない。


「あぁ、そうだ。驚いたと言えばフォっちの手配書も! あれ、かなり大変なことになってるみたいだけど大丈夫? フォっちがあんなコトするはずないよね!?」


「うむ、当然だ。……まぁ色々あってな、その辺りの情報も擦り合わせはしておいた方が良いだろう。その為に来たこともある」


「まァた厄介事の種持って、か?」


 と、話し合う彼等の後ろから現れたのは、濡れタオルで顔の化粧を拭き取るカネダだった。

 先程までメイド服で☆きゃぴ☆きゃぴ☆していた男とは思えない澄まし顔で厚手の扉を開き、V.I.P.ルームに踏み込んで来る。

 彼はどうしようもない程の鬱憤を晴らすように、豪華なシャンデリアや壁の装飾を眺めて強く眉根を摘み上げた。


「やっと別れたと思った翌日にコレだ。何? お前は何か俺に怨みでもあんの?」


「怨みはないが頼みはある」


「あぁそうかい。こっちは怨みもありゃ辛みもある! 帝国城で人見捨てといてよく来れたモンだな!! えぇ!?」


「……何だ、アレはあぁいう趣味に目覚めたのかと」


「俺が女装して女に襲われる趣味に目覚めるワケねぇだろうがァ!!」


 全員が思った。

 でも女装趣味には目覚めてるよね、と。


「と、に、か、く、だ! 今回はどんな厄介ごと持って来たか知らないが帰った帰った!! 例えどんな事情だってもうお前と関わるのは絶対に」


「聖女だ」


「嫌だって言おうとしたのに何で逃げ道塞ぐかなァ!!!」


 暗殺者は獲物を逃がさない。


「何でお前は選りに選って一番ヤバいルートを選ぶの? ハッピーエンド率1%の衝撃ルートだヨ!? 生存は可能か不可能かどころじゃねェヨ!? 聖女だぞ、聖女!! 誘拐だけで極刑だぞ!?」


「違う、誘拐ではなく説得せんのうだ」


「な・お・さ・ら悪いわァッッッッ!! もうヤだダメだムリだ絶対関わらねぇ!! 何が何でも例えこの世界の危機だとしても関わってたまるもんかよ!! はー帰った帰った顔も見たくねぇ!!」


「そう邪険にしてくれるな。解っている、タダで手伝えと言うつもりはない。……勝者に従え、とシンプルに行こうではないか」


「あ? お、おう。……面白い、こっちの趣味を解ってるじゃねェか。疫病神祓いの為なら俺も手は抜かないぜ。何で勝負する? ポーカーか、コインか、ロシアンルーレットでも」


 フォールは徐に立ち上がると両手を丸め、二拍子リズムでダンシング。

 そう、カネダとガルスはその動作に見覚えがあった。これはーーー……。


「にゃーんにゃーんじゃーんけーん」


「止めるなよガルス、男には必ず一人は殺さなきゃなんねぇ奴がいるもんだ」


「待ってくださいカネダさん! 気持ちは解りますけど待ってくださいカネダさん!!」


 ちなみにお店ルールだと勝てばお酌&ツーショット似顔絵タイムだそうです。


「……もうね、何て言うかね」


 と、カネダはここまでのやり取りで限界を超えたらしく、胃腹を抑えながらその場にへなへなと蹲った。

 ハジけたマッチが爆弾を抱えてやってきたようなモノだ。いや、クレイジーな全身発火野郎が火薬庫への導火線を持って来たようなモノ、と言うべきか。

 爆発すれば一国どころか世界中が吹っ飛びかねない、火薬庫への導火線を。

 ――――だが、カネダが騒ぎ立てる理由はそればかりではない。

 むしろ、火薬庫以前に、その導火線が枝分かれして繋がっている先はーーー……。


「あ、あの、師匠……」


「む? どうした、エレナ」


「私、この人知ってます」


「!!!」


 彼にとって最悪の、爆弾。


「ほう」


「えっと、確か……」


「わぁああああああああああああああ待て待て待て待て待て待て待て言うな言うな言うな言うな言うなぁああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 

「数年前に聖剣を盗もうとした盗賊の人……、です」


 叫ぶが早いか言うが早いか。

 エレナが悪気なく述べた事実は、一室の空気を凍てつかせるに充分過ぎるものだった。

 いつも通りの無表情勇者はだから何だと言わんばかりの様子だが、ことガルスに到っては絶句を通り超して気絶寸前なご様子。


「せ、聖堂教会へ盗みに入ったっていう話は度々聞いていましたが……。ま、まさか、こ、事もあろうに聖剣……? 聖剣ですよ!? この国の象徴ですよ!? 聖堂教会が有する最高の宝具ですよ!?」


「い、いや、だからこそ盗み甲斐があるっていうかぁ……」


「盗み甲斐があるじゃないですよ!? 今までカネダさんのこと義賊的な何かだと思ってたのに!! 聖剣が無くなったらこの国にどれだけの損害が出ると!!」


「……だが無くなってないという事は、盗めなかったということじゃないか?」


 死体蹴りとは正にこの事である。


「えっと、はい、そうですね。あの時は結構な騒ぎになったんですけど盗賊は捕まえたって聞いてます。……脱獄してたのは、今始めて知りましたけれど」


「ふむ、成る程。ふむ。ふむ……。帝国城に潜入した際の手際や十聖騎士(クロス・ナイト)についての情報も、だから……。そうか、合点がいった」


「あ、話し合い終わった~? じゃあボクこれでぇお店の手伝いもあるからぁ」


「まぁ待て」


 トボけて逃亡など赦されるはずもなく。

 カネダは自身の肩が掴まれた瞬間に直感していた。

 今、背後で悪魔が笑っている。無表情の悪魔がーーー……、笑っているのだ、と。


「座れ」


「ハイ」


 死体は焼却までキッチリ終わらせるのが勇者クオリティ。

 土葬もあるヨ!


「……と、言うワケでだ」


 さて、諸々の説明と情報交換、情報の擦り合わせが終わって数十分後。

 カネダがツッコミと絶叫で喉を枯らし、ガルスが途中で諦め、エレナが冒険譚でも聞くように瞳を輝かせ、勇者が深く息づく一室は、以前変わりなく騒がしい雰囲気が充満していた。

 最早、急速冷凍と着火を繰り返したような空気は誰にコントロールできるものでもなく、ただ皆々が雰囲気に呑まれて(※一部除く)疲弊するばかり。

 もう頼むから終わってくれーーー……。目の前の硝子机に倒れ込むカネダがそう願った時、異様な雰囲気は終わりを迎えることになる。


「ここに叛帝国連合レジスタンスを結成する」


 考えうる限り最悪の結末で、だ


「…………ガルス、もう俺疲れたよ。後は任せた」


「……と言うことみたいなので、えーっと、フォっち? 聖女様が男の子だったりだとか十聖騎士(クロス・ナイト)に裏切り者がいたりだとか君が先生と協力してるだとかアストラ・タートル討伐作戦だとか……。もう何処から何を聞いたら良いか解らないんだけど、取り敢えずその、叛帝国連合レジスタンスって?」


「スライムを愛でる会……」


 カネダ、抜銃。


「というのは冗談で、帝国へ仇成す会だ」


「もう少し言い回しっていうかフォっち?」


「すげぇ、今の抜き最速記録だったわ……」


「もしかしなくてもカネダさん僕にツッコミなすり付けました?」


 目逸らし、抜銃速度を超す。


「……まぁ、それにしても聖女様、いえ、エレナ様でしたね。エレナ様はその、良いのですか? 目の前で国家転覆の話が進んでますが」


「……正直なところ、今でも半信半疑なのは事実です。イトウおじ、あ、いえ、イトウ第四席のことや父上や母上のこと……、十聖騎士(クロス・ナイト)の中に裏切り者がいるとは思いたくないし、帝国の中で騒ぎを起こし、民々を混乱に陥れるような事はして欲しくありません」


 けれど、とエレナは神妙な面持ちで俯いて。


「師匠は誰かが傷付くようなことはしないと言ってくれました。……だから私は、闇の中に輝くあの人の意志を信じたい」


 それはエレナにとって、独白や宣言以上の意味を持つものだったのだろう。

 華奢な、体付きを覗けば辺りの少女と何ら変わらない少年の言葉。

 けれどその言葉は一言一句が強く、熱く、何より重く。例え仮初めであろうと一刻の民々を背負う者としての言葉だった。

 誇り、と。そう言い換えることもできるかも知れない。


「…………うん、貴方の覚悟はよく解りました。それ程のお覚悟があるのであれば僕も帝国民として、何より一人間として仕えないわけにはいきません。是非ともエレナ様の御力にならせていただきたく思います」


 ガルスは佇まいを今一度直して、真摯な態度での拝礼を行う。

 自分の覚悟に応えてくれた事が嬉しかったのだろう。エレナは照れ顔で頬を緩ませるが、いけないいけないと自戒しつつピンと背筋を伸ばしてみせる。

 ――――と、そんな初々しくも真っ直ぐな彼等を眺めていたフォールだが、彼は唸るような逡巡と共に一つの提案を繰り出した。


「正直……、ガっちゃんがこの話を受けてくれるとは思っていなかった。ガっちゃんが協力してくれるのであれば計画も大分楽になる」


「それは見くびりすぎだよフォっち。僕だってやるときはやるさ!」


 ふんすと意気込む親友の姿に無表情ながらの微笑みを見せ、フォールは両指を組み合わせた。

 全員の合意ばかりか、新たな参加者を得たことで今、彼の頭の中では新たに計画が練り直されているのだろう。

 この帝国で、十聖騎士(クロス・ナイト)を倒す為の計画が。


「……って、ちょっと待て。この空気だと俺も参加するみたいになってない? 合意した憶えないんですけど?」


「しなければ貴様の身柄を憲兵に突き出して俺は逃げる」


「こ、この外道……!!」


 死体に逃げ道などない。


「ともあれ……、だ。計画に関しては大体定まった。しかし必要な物が幾つかあるので、それの早急な調達と……、調査を行わなければならない。ガっちゃん、頼めるか」


「もちろん! 調達と調査は僕の本分だからね、任せて!!」


「有り難い。では、他に必要なものだが……」


「待て待て、ポンポン話を進めんじゃねぇ! その計画とやらをちゃんと説明しろ!!」


「……それもそうだな。つまり、どういう事かと言うとだ」


 いつも通りの無表情から淡々と語られる計画。

 だが、その言葉を聞けば聞くほど疲弊に満ちていたカネダの表情が皺枯れていく。

 もうそろそろ円形脱毛症になるか、自慢の金髪が白髪になるか。いや、その前に胃が無くなるのが先か。

 ――――この男、正気じゃない。


「決行は明後日のアストラ・タートル討伐凱旋を狙って行う。何か質問はあるか?」


「……はい」


 手を上げたのは驚愕の余り言葉が出ないガルスでも、現実離れしすぎて何が何だか解っていないエレナでもない。

 それは誰であろう、今にも死にそうな顔で項垂れるカネダだった。


「よし、カネダ。何が聞きたい」


「……計画についてじゃないんだけどさ。お前、その計画いつから練ってた?」


「貴様と帝国城に侵入した時からだが」


「あの時の三日宣言はその為にか……?」


「いや、あの時はまだアストラ・タートル討伐の確信は持ててなかったのでな。……ただ何らかの行動を起こすのであれば、俺を拘束し事態を把握できていない日数内であり、さらに聖剣祭の喧騒で誤魔化せる日数内……。そしてイトウの調査を隊列に反映させる期間などから、その辺りだろうと予測しただけの話だ」


 数日の誤差があることは覚悟していたのだがな、とフォール。

 だが、そんな彼の毅然、と言うか平然とした態度が、限界値など既に突破したカネダの困憊を加速させる。

 ――――解った、この男は疫病神なんかじゃない。死神だ。たぶん、一番関わっちゃいけないタイプの死神だ。

 メタルのような、愛柄の首を大鎌で刈り取るような死神じゃない。コイツはトンでもない暴利取引を持ち掛けて相手を破滅に追い込む人間の皮を被った死神なのだ。

 コイツの前には強さなんか関係ない。あるのは、ただーーー……。


「さて、もう質問はないな? ……それでは」


 死ぬか殺されるかの、二択だけ。


「計画の第一段階を、開始しよう」



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