【2】
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「けぷっ」
思わず漏れた息に、エレナは顔を真っ赤にして口を押さえながら俯いた。
フォールも彼ほどではないが何処か鬱々とした表情で足取りは重く、心なしか下腹もぽっこり出ている様子。
端的に言おう。夜食の食べ過ぎである。
「くっ……、餃子と炒飯なる料理までいったのはやり過ぎたか……」
「成る程……、夜食って昼食や朝食、普段からいっぱい食べる朝食とは違って後は寝るだけだから、ガッツリは駄目って事だったんですね……」
「まさかあの女神が正しいことを言うとはな。いや、この前も魔道駆輪から出てきた煎餅の賞味期限切れは見抜いていたか……?」
「どうしましょう、私の女神様像が音を立てて崩れていくんですけど……」
金メッキどころか黄色絵の具で塗り固められた像のことは兎も角。
現在、夜食を満喫し過ぎたフォールとエレナはあの店からさらに都市部、帝国城近辺を訪れていた。
しかし彼等が向かうのは帝国城ではなく、どころか、右手に帝国城を眺めながら進む始末で。
「あの、ところで師匠……。これって何処に向かっているんですか?」
「む? あぁ」
彼等が進む道は先述の通り帝国城へ続く大通りではない。
そこからさらに数本ほど道を外れた、路地と称すに相応しい道並だ。
数本ほどの外灯が頼りなく点滅し、民家の光ばかりが道行く者の足下を照らしてくれる。
そんな道だから擦れ違う者も亜人が多く、何処か怪しげな雰囲気を憶える程だ。
少なくとも、フードを羽織ったフォールとエレナが怪しまれない程度には怪しく薄暗い、道。
「人を訪ねに、な。ルヴィリア……、俺の仲間から情報が正しければ今から向かう店にいるはずだ」
「あぁ、さっき言ってた……。いったい、どんな……?」
「性格や性癖は兎も角、技術だけは確かな男だ。奴も追われる身だからな、貴様の素性を知っても問題はない」
「大丈夫なんですかその人……!?」
「……まぁ、普段からぐへぐへ言っている奴なだけで案ずるほどではない、と思う」
「大丈夫じゃないですよねその人!?」
某人、凄まじい風評被害を受けるの巻。
「兎角、先程も言った通り技術だけは確かな男だ。貴様を帝国城に戻すのにも必要になってくる。……騎士や憲兵に姿を見られるのはマズいのだろう?」
「は、はい……」
その言葉で、エレナは申し訳なさそうに肩を落として俯いた。
彼も彼なりに思うところがあるのだろう。傀儡に等しい自分から脱却する為に行動を起こしたとは言え、それは臣下や民草へ混乱を起こす行為に他ならない。
その上、自分が楽しんでいることも罪悪感に拍車を掛けている。それが解放の安堵によるものだと頭では解っていても、良心の呵責が泥底から這い出る手のように、自分の首をーーー……。
「……そう俯くな」
けれど、そんな彼の頭を大きな掌がくしゃりと撫でる。
「貴様は一人で帝国城から脱出できたではないか。ならば帰りも上手くいく。俺と、その男もいるのだからな」
「師匠……」
俯いた視線は未だ石畳を見ていた。
けれどその表情はエレナ自身にも解るほど紅潮しており、嬉しさの余り頬が緩み、瞳に涙が浮かんでいる。
フォールの言葉は彼にとっての光なのだろう。深夜に輝く月光のように、この街路を照らす外灯のように。
「……そろそろ、目的の店だ」
彼は辺りを見渡し、外灯もないような裏路地を発見した。
そこからさらに入り組んだ道を進み、打ち捨てられた酒樽や壁にもたれ掛かった酔っ払いを超えて一つの店へと辿り着く。
紫と金色で彩られた扉と看板が目立つ、妖艶な雰囲気のある店だ。
頬を緩ませていたエレナもそんな空気に当てられてか、涙の引いた眼をぎょっと見開いて顎を落とす。
「こ、この酒場に……?」
「あぁ、いるはずだ」
落ちた顎を戻しながら、エレナは深く息を飲み込んだ。
――――ここに、いる。師匠でさえ技術を認める人が。師匠でさえ性格に難ありと眉を顰める人が。
どんな人なのだろう。仕事人のように厳しいのか、蛮族のように荒々しいのか。それとも師匠の言葉通りただただ下衆な人なのか。
いや、例えどんな人だろうと凄まじい人に違いはない。自分は今からその人物に出会うのだ。
「開けるぞ」
心、せねば。
「カネ子と~~~~~~?」
「ガル子の~~~~~~?」
「「にゃんにゃんじゃんけんタぁ~~~~~イムっ☆」」
「みんなー! それじゃあ今からカネ子とガル子とのにゃんにゃんじゃんけんタイムだよぉ♪ 勝った人はぁカネ子かガル子がにゃんにゃんお酌しちゃうんだからっ☆ それじゃあ行くよぉ! にゃーんにゃーんじゃーんけー……ん…………」
「「…………」」
「…………」
――――バタン。
「……あの、それで協力者の方は?」
「奴は死んだ」
「えぇ……」
風評被害よりひでぇや。




