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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(中・A)
167/421

【1】


 これは、永きに渡る歴史の中で、雌雄を決し続けてきた勇者と魔王と四天王。

 奇怪なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。


「ほう、これが『入れ替わるくん』だったのか……。成る程、こういう構造で……」


「どーでも良いからはよ戻るぞ! 爆発四散する、爆発四散!!」


「そ、そうですね。早急に戻……」


 ガシッ。


「「…………な、何?」」


「まぁ……、待て。精神を入れ替えるという装置は興味深い。それで戻る前にちょっと実験をしたくてな」


「……一応聞くが、どんな実験じゃ?」


「このスライム君ぬいぐるみと入れ替わってみないか?」


「「却下」」


「喋ってみてほし」


「「却下」」


「動くだけで」


「「却下」」


「…………」


「…………」


「……ふぉーるクンアサダヨー?」


「「うわぁ……」」


 爆動の物語である!!



【1】


「では、エレナを送ってくる」


 家戸に手を掛け、フォールは平然とそう述べた。

 別段、彼に変わった様子はない。いつも通りの無表情と調子のない声だ。隣にいる華奢な少年もまた、何処か不安げではあるけれど浮かれているような、無邪気な表情に見える。

 いや、その少年は事態を把握し切れていないだけなのだろう。だからそんな表情を浮かべられるのだ。

 現に、事態を把握した魔族達は何とも言えないような不穏さに口端を結んでいるのだから。


「ふぉ、フォール……、その……」


「シャルナ。帰るのは明日の朝頃になるだろうから、もう戸締まりはしておいてくれて良い。もし明日の朝までに帰らなければ朝食は保冷庫に用意してある」


「そうではない! 貴殿……」


「案ずるな、必ず戻る」


 坦々とした様子に気圧され、シャルナは言い淀んだ言葉を喉奥へ押し込める。

 やがて彼女はフォールの姿が扉で区切られるまで、何も言えずに立ち尽くしていた。


「……で、だ」


 締め切られた扉に向かって述べるように、リゼラ。

 彼女は不穏に眉根をしかめ、暗々と口を開く。


「聖女の預言について、御主等どう思う?」


 ――――勇者の真なる運命(・・・・・)、勇者にある終焉の結末(・・・・・)

 聖女の預言はそれらを示した。常人であれば絶望し、言葉を失い、現実を否定せずにはいられないほどに残酷な事実を。

 けれど、そう。彼、フォールという男を知っている者からすればーーー……。


「予想通り過ぎて予想外」


「予想外に予想通りでした」


「……妾はもう、しってた、としか」


 それはどうしようもない、いつもの事(・・・・・)だった。


「……どうする?」


「どうするって、そりゃぁねぇ」


「と、取り敢えずこれからどう動くかを考えましょう! 聖女の預言も然り、十聖騎士(クロス・ナイト)のことなども……!!」


「寝るか」


「寝よう」


「あれぇ!?」


「シャルナちゃんそれ僕の持ちネタ」


「あ、す、すまない……。ではなく! リゼラ様、どういう事ですか!? あの話を聞いた上で寝ようなどと!!」


「別に、どうと言われてものう? ……ルヴィリア」


「だよねー。確定した過去や定められた未来なら兎も角、所詮は不確定な過去と定められた未来の話だし。じゃあ聞くけどシャルナちゃん、あのフォール君に定められた、なんて言葉が通じると思う?」


「…………茹でた卵から雛が孵るぐらい無いな」


「まだ未確認生物でも出てきた方が説得力あるよねぇい」


 フォール産、未確認生物。

 なお本人が未確認生物それなのは言わないお約束。


「ともあれ、あ奴がどうとでもするじゃろ。妾達は全力で関わらないようにしつつ、奴が全て終わらせて安堵した時にでも真正面から殴り飛ばしてやれば良いのじゃ。……ま、流石にあの預言を聞けばフォールも大人しくするじゃろうて」


「そうですね……。あの男の無謀は、その、言い方は変ですが計算された無謀です。だからきっと、奴も自粛してくれる、と信じましょう」


「あの男を信じるなど癪じゃがな」


 リゼラはそう言うなり、瞳に涙を浮かべながら欠伸をして自身の部屋へ上がっていく。

 その後ろをルヴィリアがセクハラ混じりの言葉で追いかけて、初級魔法でブッ飛ばされる、なんて。彼女達にとっていつも通りの夜が訪れる。

 シャルナもまた、一抹の不安をそんな夜とフォールへの信頼で拭って、肩の力を抜き落とすのであったーーー……。。


「帝国で大騒動テロを起こす」


 もっとも、そんな信頼を真正面から蹴り飛ばすのがこの男であるが。


「え……、えっ?」


「何か要望があれば聞くが」


 夜空の煌めきと緋色の外灯が朧気の輝きを魅せる街道に、人影がちらほらと見え始めた頃。

 畑道を抜けたフード姿の二人組。勇者フォールと聖女エレナは町並みを過ぎ去りながら、何気ない会話を交わしていた。

 何気ない、国家転覆の会話を。


「ま、待ってください。どういう事ですか!? 私の預言聞いてましたか!?」


「聞いた上でやる事は変わらん。ある男(・・・)十聖騎士(クロス・ナイト)を滅ぼす契約をし、こちらにもその利点がある以上、例え俺が付け狙われる理由が判明しようとも為すべきことに揺らぎはない」


「くっ、十聖騎士(クロス・ナイト)を……!? 無茶です、無茶です師匠!! 幾ら貴方でも彼等に勝つなんて、帝国を敵に回して勝つなんて!!」


「勝つ? 当然だろう、それは無理に決まっている」


 呆気にとられていたエレナは、繰り返し突き付けられる驚愕に呆気を上塗りする。


今の(・・)俺では十聖騎士(クロス・ナイト)は元より帝国を敵に回して勝つことは不可能だ。……だが滅ぼすことはできる。相手を勝負の土俵に上げさせず、それ以前に闇討ちすることはできる」


「ど、どういう、事ですか?」


「エレナ、考えてもみろ。どうしてお前は帝国城からあの家まで辿り着くことができた?」


 呆気は少年に首を捻らせて。


「……誰も予想していなかったからだ」


 その事実に、気付かせる。


「勝利というものは得難いものだ。相手の思想を読み、その上を行かねばならない。だが勝利でないのならばそれは、得易いものだ。相手の思想を超えれば良い。右からだろうと左からだろうと下からだろうと、もちろん上からだろうと……、超えることさえできれば可能なのだから」


「勝つ……、ではなく、超える、ですか?」


「あぁ。お前が帝国城を脱出するなど誰も思わなかっただろう。だからお前は脱出することができた。騎士や憲兵も、国民までもが例えお前を見たとしてもお前だとは思わなかったはずだ。……そうだろう?」


 エレナは息を呑みながら頷いた。

 そうでなければ、脱出などできたはずもない。


「つまりはそういう事だ。目的を果たすだけならば過程に勝利という存在さえ置かなければ大体容易いものなのだ。相手の思想さえ超えれば、それは可能となる。……初めから一番難しいものを置くから、難しく見える」


 こつりと、フォールの靴底が石畳を叩いた。

 彼の足取りに迷いはない。口調にも、背筋にも、眼差しにも、ついでに素振りにも。

 ――――真っ直ぐだ。とても、真っ直ぐだ。この人に迷いなんて言葉はきっと無縁なのだろう。

 迷いに惑って、曲がりくねって、やがて歪んでしまって、そのままでも良いと折れてしまった自分とは違う。

 この人は決して曲がることのない刀のような、あの鋭い目付きと同じぐらい真っ直ぐな、人なのだ。

 けれど、嗚呼、だけれど、だからこそこの人は、あんな預言(・・・・・)のようにーーー……。


「エレナ」


「はっ、はい!? 何でしょうか、師匠!」


「夜食を食おう」


「やしょっ……、く? 夜食!?」


「うむ、夜食」


 満足気に頷く、フォール。

 困惑気に慌てる、エレナ。


「えっと、あのぅ、そのぅ……、ゆ、夕飯ならさっきご馳走になりましたけれど……」


「そうではない、夜食だ。夕飯の後に空いた小腹を埋める為のものだ。……これからある人物を訪ねるんだが、恐らく貴様を帝国城に戻すことも含めそこそこ時間がかかる。その前に腹ごしらえを、と思ってな。お前も夕食の食材は久々なモノばかりだったから、思いっ切り食えなかっただろう?」


「そ、それは確かに、そのぅ……」


「そろそろ腹も熟れてくる頃だ。夜食には良い時間だろう」


「でも……、悪いですよ師匠。お仲間に黙って、そんな」


「奴等の分の夕食もちゃんと用意してある。……まぁ、それ以上を求めて食う馬鹿リゼラもいるだろうからトラップも用意済みだが」


 そう言い放つフォールの表情にあるのは、いつもの冷徹さ。

 恐らくかなり容赦ないトラップを用意しているのだろう。


「……じゃあ、そうですね。折角なのでお願いします」


「良し。では……、ふむ。あの店にするか」


 フォールが指差したのは、門道にある小さな店だった。

 外灯から少し逸れた場所にあるので人並みは外れ、こぢんまりとお洒落な様子が背景の1パーツに組み込まれているかのような、店。

 店内に客足は数人しか見えず、常連といった雰囲気でもない。行きずりの店にしては最適だろう。


「さて、入るか」


 まぁ、彼の相変わらず迷いない足取りを見るに、下調べバッチリなのは疑うまでもあるまい。

 勇者フォール、憧れの夜食である。


「いらっしゃいませ」


「2名だ」


 案内されたテーブルは磨かれた赤色が美しく、向かい合って二つずつ置かれた座椅子が庶民風を思わせる。

 フォールは右側へ、聖女も右側へ。どうして向かい合ってではなく隣同士に座ったのかは解らないが、取り敢えずメニューをオープン。


「……ラーメン、か。東部大陸にある料理だと聞いたことはある」


「他にも色々ありますね。えっと……」


「メニュー表が逆だぞ」


「あ、あわわ……」


 未だ浮かれているのか、落ち着きようのない聖女。

 そんな彼を落ち着けるように、フォールは斜め上へ視線を向けながら語り出す。


「……ふむ、夜食というのはガッツリでは駄目なのだ。ちょっと小腹を埋める具合が丁度良いと聞く。ここはラーメン1杯ずつで良いだろう。味も色々あるようだな。……俺は、しょぅゆ? 面白そうだな。これにするか」


「あ、じゃあ僕とんこつで……。ちなみに師匠、それって何処情報なんですか?」


「夜食の達人、女神だ」


「女神様!?」


 大体、週二のペースで要求されるそうです。


「……あの、それで」


 と、そんなやり取りをしつつも注文を終えて待機時間。

 運ばれてきたお冷やを片手で揺らすフォールに、少年は恐れを見せつつ問い掛ける。

 彼もまた、ちびりとお冷やで唇を濡らしながら。


「先程の、てっ、てろの、ことでむぐっ!?」


「あまり大声を出すな。流石に通報されるのは面倒だ」


「ほへんふふぁい……」


 で、気を取り直して。


「それで、あの、テロに関してなんですが、師匠にも何か考えがあるだろうから多くは言いません。けれど僕は、その……」


「構わん。言え」


「……民達が傷付くようなことは、して欲しくない、です」


 おどおどと、前髪で目線を隠しながらエレナはそう呟いた。

 いや、彼にとってその声は精一杯のものなのだろう。静かな、数人の客が飯を喰らう音と料理の鍋が掻き回される音、そして表の雑踏しか響かないこの店でさえ、消えてしまいそうな声だとしても。

 それは今まで表に出ることなく、そして何か意志を示すことのなかった少年の、精一杯のお願いだったのだ。


「解った、ではそうしよう」


 そんな願いに、フォールはあっさりと。


「……良いんですか?」


「別にテロを起こすこと自体が目的なわけではないしな。それに可愛いスライム同志の頼みだ、断るわけにもいくまい」


「なっ、わ、私は可愛くないですよ! 男の子ですよ!!」


「……そうだな、ではカッコイイ同志だ」


「か、カッコイイ……、ですか? えへへ、照れちゃうなぁ……」


 ちなみに周囲の客が男の子という単語でエレナを二度見したのは言うまでもない。


「……それで、エレナ。一つ聞きたいがお前から見た十聖騎士(クロス・ナイト)はどう見える?」


十聖騎士(クロス・ナイト)の皆さん、ですか? ……良い人達、だと思いますよ。と言っても関わることが多いのはカインさんとミューリーさんぐらいですけど……」


「カイン第一席とミューリー第三席か。……ふむ」


 お冷やの杯を顎に浸けて思案の表情を見せるフォール、だが。

 そんな鬱蒼を打ち切るように、彼等の前へ注文した品々が運ばれてきた。


「お待たせしました。醤油ラーメンととんこつラーメンです」


 差し出されたのはフォールの顔を覆えるほどの丼だ。

 フォールのものは透き通ったスープにチャーシューが二枚、味卵が半切れと葱にメンマが黄金律で成り立っている。

 エレナのそれもスープの色合いこそ違えど黄金に輝くような油とこってりとした香りがたまらない。

 夜食の頂点にして夜食の原点、そして夜食の王なる一品ーーー……、それがこのラーメンである。


「ふむ、これが……。書物で見たことはあったが実際に前にするのは始めてだな」


「麺、ですね。パスタとは違うような……?」


「ふむ、パスタより堅いな。良いか、これはコシ(・・)と言うらしい」


「……この柔らかさなら腰痛にならないでしょうね」


「全くだな。意味が解らん」


 意味が解らんのはお前等の会話だ、と周囲の客から言葉無きツッコミを受けつつ。

 彼等は互いに視線を交わらせ、無言のままにラーメンを掴んで口へと運んでいった。

 フォールは豪快に一口、エレナはお上品に一口。

 ――――さて、お味は?


「…………」


「…………」


 無言のままずるずると二口目、三口目、四口目、五口目。

 いつの間にかフォールだけでなくエレナまで大口を開けてラーメンを大口で掻き込んでいた。

 あっさりとした醤油風味が食欲を掻き立て、もっちもちの麺が歯応え良く喉を通っていく。

 こってりとしたとんこつが一口食む度に全身へ満足感を与え、全身がもっともっとと手を伸ばす。

 二人はただただ夢中にそれを掻き込んだ。麺を啜りチャーシューを喰らいスープを飲み干していく。その快食っぷりたるや正しくフードファイターが如く!


「「……ぷはっ」」


 そしてーーー……、二人は達成感溢れる表情で丼を手放した。

 麺一本、スープ一滴残していない。見事、二人はラーメンを完食したのである。


「ふぅ……、美味しかったですね! こんな料理があるなんて……」


 腹にどっしりと来る感触を感じながら、エレナは満足げにため息をついた。

 ――――師匠の家で夕食をご馳走になった後だと言うのに、まさかこんなに思いっ切り食べられるなんて。

 いや、それどころか物足りないと感じている節さえある。いつもの野菜ばかりな食事と違って、こんなにも食欲が湧くのは久し振りだ。

 けれど、嗚呼。ここで止めて置くから美味しいのだろう。

 女神様もガッツリではなく小腹を埋める程度が丁度良いと仰ってーーー……。


「おかわり」


「するんですか!? おかわり!?」


「まだいける」


「で、でも女神様は……」


「案ずるな。奴は最近、最後の砦までも守りきれなかった身だ」


「……えっと、最後の砦って?」


「天気予報」


「天気予報!?」


 魔道駆輪の上でびしょ濡れになった布団を眺めつつ、殺意を覚えたのが数週間前の出来事である。


「まぁそういうワケだ、もう一杯ぐらいいこうではないか。……要らんのか?」


「えっ、そ、それは、欲しいですけど……」


「では喰うとしよう。店員、この味噌味というのをーーー……」


 こうして、二人は秘密の夜を満喫していく。

 月が夜天を過ぎて時刻が深夜へと到る頃になっても、湯気で額へ汗を浮かべながらはふはふとラーメンを食みながら、勇者フォールにとって憧れの夜食は、聖女エレナにとって初めての悪さ(・・)は、楽しい時間として過ぎ去っていくことだろう。

 悪い大人と悪い遊びを憶えた少年。そんな二人の夜は、濃厚なスープに翻弄されながら、ゆっくりとーーー……。



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