【エピローグ】
【エピローグ】
「…………」
「……なぁ、フォール? いい加減にこのアホの顔を上げさせてくれぬか?」
「俺に言うな。背中で土下座と器用なことをされている方の身にもなれ」
店での騒動もどうにか後始末を付けて、数刻後。
緑草波立つ海に通る道を通り抜けながら、フォール達は帰路に就いていた。
とは言っても同じ夕暮れの暁に照らされているのに、住民区を行くような仲の良い家族連れとは違い、こちらは背中で土下座された男と土下座している少女と、そんな二人の後ろから買い物袋を抱えて歩きづらそうにひょこひょこと付いて行く女ばかりなのだが。
「……本当に、謝罪の、しようも、なく」
「全くじゃ! カレーをおかわり無しで終わらせるとは何事か!!」
「……そこなのか?」
「フォールの財布ぐらい空にしてこいバカモノ!!」
「もっ、申し訳ありません! 次こそは!!」
「……今日の夕飯は要らんようだな、貴様等」
「「やだぁーーーーーーーーーー!!」」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ声は、いつもと違うもの。
だけれど彼女達の間にある喧騒は変わらない。今日の些細な出来事も、平和な一日も、日々の中へ埋もれていくほどに。
相変わらず騒がしい日々はこうして過ぎていくのだろう。帝国での一日目も、こうして過ぎていくのだろう。
変哲ばかりの騒ぎで、今日もまた一日ーーー……。
「んぁ?」
半刻ほど歩み、数人の農民と擦れ違った頃か。
ようやく農耕区の中枢辺り、彼等の住まいである一軒家へと辿り着いた。
奇しくも先日の到着時間と重なったが、掃除の甲斐あって一軒家は見違えるように小綺麗だ。新緑輝く庭先も、夕暮れに照る窓硝子も、赤く染まる家柱だって、まるで彼等の帰宅を歓迎しているようにさえ思う。
ただ、何故だろう。その家の玄関口に人影が二つ。
「……あれはルヴィリアと誰じゃ?」
「ここからではフードでよく見えませんね。女性のようですが……」
「……む、あぁそうだ。この時間だったな」
何やらフォールは納得したらしく、シャルナをリゼラへと預けて庭先へと進んでいった。
その人物も彼を見つけたようで、まるで懐いた子犬が主人へ抱き付くように駆け寄ってくる。
当然ながら、リゼラもシャルナも、序でに言えば玄関で応対していたのであろうルヴィリアもその人物に見覚えはない。
ルヴィリアはフォール達を見つけるなり、おーいと手を振って彼等を呼びつけた。
「んもー、酷いじゃないかリゼラちゃん! 僕を見捨てて行くなんてっ!! お陰で誤魔化すのにどれだけ苦労したことかっ!!」
「自業自得じゃろ。……で、アレは誰じゃ?」
「あぁ冷たい反応が気持ち良いッ! ……まぁ、誰って言われてもねぇ」
随分、フォールと親しげに話しているようだが、やはりリゼラ達はその人物に見覚えがない。
いや、違う。何処か既視感はあるのだ。何となく覚えはあるのだ。
けれど実際あったことがないような、憶えてはいるんだけれど知らないような、新しいような懐かしいような、奇妙な感覚を覚える。
何処かで会った? 何処かで見た? 何処で、いったい何処でーーー……?
「聞いて下さい師匠っ! わ、私、色んなお店を見て来ました!! 屋台でスライム飴だって買えたんですよ!!」
「そうか、頑張ったな。城からの脱出は大丈夫だったか?」
「はい! 師匠が用意してくれた道具とルートのお陰で気付かれることなく脱出できました!! 途中、暴漢に襲われたりもしましたけど、何とかここまで逃げることができて!!」
「そうかそうか、何よりだ。どれ、中に入ると良い。折角だから夕飯も食べていけ」
「はいっ! ありがとうございます!!」
城? 脱出? 師匠? いったい何を言っているのだ。
自分達と出会う前の知り合いだろうか? いやいや、それにしてはフォールが帝国に来ていたなどと聞いたことはない。
そもそもあんな可愛らしい、女の子のような少年と知り合いだったなんて、聞いたこともない。
聞いた、こと、もーーー……。
「………………」
「む? どうした、ルヴィリア」
「……待って、ヤバいかも」
「何がじゃ?」
「アレ、ヤバイ。流石に洒落になんない……」
ルヴィリアの表情は見る見る内に引き攣り、汗ばみ、青ざめていく。
子供一人に何を大袈裟なと言わんばかりにリゼラとシャルナは首を傾げるが、次の一言で同じく絶望に実を染めることになった。
嫌でも、勇者の巻き起こした自体を、把握することになった。
「……聖女だ、あれ」
――――彼女達は改めて気付く。平穏な一日など存在しなかったことを。
元から、この国に着た次点で、と言うかあの男に関わっている次点で逃れられるはずなどなかったのだ、と。
喧騒は渦巻いていく。勇者、魔族、帝国、冒険者。様々な者達を巻き込んで。
誰にも予測の付かない混沌へと、突き進んでいくーーー……。
読んでいただきありがとうございました




