【3】
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さて、時間は少し進んで真っ昼間。
魔道列車から降りて南部中央区に降り立ったフォール達は、魔道駆輪を取り返すべく証拠品などが押収される兵舎を訪れていた。
ちなみに南部中央区とは帝国内でも高級品や武器防具などが多く売り買いされる場所で、他にも旅人や冒険者が集う数多くのギルドがあることにより、商売や人の流れがこの南部で最も多い、謂わば南の心臓部に当たる場所だ。
余談だがこの南部中央区、南部を活動拠点とする人々が集まり行き交う割には店や施設が大半を占めて住宅地が他区に散っているため、帝国内での居住率は最低値だったりする。
「……ふむ、見当たらんな」
話を戻すが、フォールとシャルナ。二人は何気ない風に道行く人々に紛れながらも、その兵舎受付の様子を見て歯噛みしていた。
魔道駆輪が見当たらない。あれほど大きなものが兵舎の中に隠せるはずもなし、その姿が見えないのは奇妙な話だ。
いや、それだけではなく、どうやらあの兵舎、証拠品や押収品の管理ばかりではなく、この地区の落とし物管理まで担っているらしい。先程から老婆だの子供だのがひっきりなしに受け付けへ並んでいるではないか。
これではもし見えていたとしても取り返すのはかなり難しいだろう。
「魔道駆輪は何処だ……? 鍵は俺が持っているのだから、そう何度も移動させられるとは思えない」
「奥にあるのではないか? 兵舎の裏手とか」
「で、あれば壁面を爆破してその隙に……、と言いたかったが流石にこの状況ではな」
「流石にきで、んンッ。御主がそんな事をやり始めたら幾らわ、妾でも止めるぞ、うむ。ある意味では魔道駆輪がなくて正解だったか……。ところで魔道列車に乗った辺りから記憶がないのだが、妾は何をしていたのだったか?」
「気絶」
彼は兵舎の様子をさらに数秒ほど眺め、ため息混じりに歩幅を上げた。
シャルナも大股な彼に手を引かれて小走りに付いて行く。
「い、良いのか?」
「あの状態ではどうやったって取り戻せまい。スライム人形と別れるのは苦悶の極みだが、あぁとても苦悶の極みだが、この上なく果てなくどうしようもなく苦悶の極みだが仕方……、仕方…………、やっぱりちょっと行ってくる」
「流石に諦め悪すぎないか!?」
勇者しょんぼり。
「……解った、今回は諦めよう。このまま必要品を買って帰るとするか。いや、その前に昼飯だな。何が喰いたい?」
「な、何って、そう、じゃな……」
――――個人的にはさっぱりと野菜が食べたい、が、こんな時リゼラなら何て言うだろう。
今でこそ幼児化して食欲の化け物になっているが、前は気品溢れる魔性の御方だった。
その辺りを考えて、あの人の尊厳を落とさないようにして、えっと、えぇっと、えぇーっと。
「……か、カレーを、バケツで?」
「じゃがいもでも喰ってろ」
魔王株、大暴落。
ただし数値は既に最低値だそうです。
「だがまぁ……、カレーだけなら構わん。丁度、ある場所を見に行きたかったのでな、そこならカレーぐらいあるだろう」
「ある場所?」
「あぁ。この近くにあるーーー……」
そうしてフォール達が向かったのは。
「ギルドだ」
怒号が飛び交い、歓声が交差し、雑踏が全てを塗り潰す。
黒色の木造で一見すれば全体的に薄暗い印象を受けるものの、鎧騎士や骨太な大男、装飾に身を包んだ術士など、見るだけでうるさい連中の賑やかさが暗沌という言葉を根元から吹っ飛ばしていた。
――――そう、ここは帝国最大のギルド。帝国中の依頼が集い、世界中の冒険者が夢見る聖地!
腕に自身のある者、依頼を抱えた者、強さを求める者等々、商業区でないにも関わらず日に万を超える人員と億を超える金が動くとされる場所である。
無論、大きさもそれに際したもので、帝国城ほどでないにしろ、分館含め並の城の数倍はあろうかという規模だ。
「これがギルドか……、初めて見たな……」
「ギルドと言っても職業や仕事など様々な種類があるようだがな。ここはモンスター討伐や資源採取などの戦闘、及び何らかの技術を要する代表的な委託所だそうだ。見ろ、殆どが何らかの装備を身につけた戦士や魔法使いだろう?」
「あ、あぁ……。詳しいな?」
「この街に関する案内と地図は昨日のうちに読み込んである。とは言え、所詮は文字に目を通しただけだがな」
と、彼は何気ない風に奥へと進んでいく。広さもあって魔道列車ほどすし詰め状態ではないにしろ、立ち止まっていられるほど人の流れが緩やかなわけでもない。
そうして彼が歩んでいったのは、幾つかあるギルドカウンターの一つだった。
受付には小綺麗な化粧と格好をした女性が一人。彼女はフォールを見るなり一瞬顔を引き攣らせるも、そこは流石に大手ギルドの受付、またにこりと営業スマイルを浮かべて取り直す。
まぁ、もし自分の隣にある手配書の顔をもっとよく見ていたのなら、そんなスマイルは消し飛んだ事だろうけれど。
「本日はどのようなご用件で?」
「食事を摂りたくてな。このギルドの食堂は何処だ?」
「食堂でしたらあちらに。ギルド登録をなされていると割引がありますが、如何でしょう?」
「その登録は依頼を受けるのにも必要か?」
「……えぇ、まぁ、当然ですね」
「ふむ」
一息、彼は思案する。
「では伺いたい。こちらは少し金に困っていてな、大きな依頼があれば受けたいところだ。何か……、モンスター討伐だとか、その辺りでも構わない。帝国の周りだと尚更ありがたいな。あぁ、心配せずとも腕に自信はある。登録はせずとも、そのような依頼があるかないかだけ覗えないか?」
「えぇ、でしたら……。あっ、ちょうど昨日、その様な依頼が来ていますね。帝国から正式な依頼です。何でも超大型モンスターが接近しているので、腕に覚えのある冒険者は討伐に協力して欲しい、とのことで」
「ほう、それは興味深い。その依頼書を貰えないか」
「えぇどうぞ。正式に依頼を受けるには登録が必要ですが、如何いたしますか」
「……そうだな、じっくり考えたい。割引は残念だが飯を食った後に答えを出そう。それでは助かった、感謝する」
「はい、お待ちしております」
受付嬢の礼儀溢れる笑顔に見送られ、フォールはシャルナの手を引いて食堂へと向かっていく。
しかし、手を引かれる彼女の表情は何処か不思議そうなもので。
「……フォール? 先程の質問はいったい何だった、のじゃ?」
「別に、大したことではない。ただ俺達が捕縛された時のイトウの捨て台詞からして、アストラ・タートルを何らかの手段で始末することだけは解っていた。あの大きさともなれば人数が要るだろう? 帝国が無闇に騎士を動かして犠牲を出すわけもなし、こういった時こそギルドの使い時だ。ならば必ずこの場所に関連した依頼書が来ると思っていたが……、それ」
フォールがシャルナに手渡した依頼書には、未確認モンスター討伐の文字。
報酬は辺りの依頼書が紙くずに見えるほどのもので、思わず彼女も息を呑んだほどである。
「二日後、アストラ・タートルの討伐が行われる。……聖堂教会では神獣と崇められる存在が聖堂教会自身によって、だ。どうしてだと思う?」
「い、いや……」
「俺も確信は持っていない。だがその必要があるからそうする事に間違いはない。……裏付けが欲しかったが、これで充分だろう」
裏付けという言葉に首を捻る彼女は兎も角、と。フォールとシャルナは食堂へと辿り着く。
昼時ということもあって各窓口への行列は長いものの捌けるのも早く、数分ほど並べば食事にありつけることだろう。
辺りから漂ってくる香ばしかったり爽やかだったり甘かったりと様々な魅惑の香りはリゼラでなくとも腹から唸り声を上げさせるほどだった。
「ほう、モンスター料理というのもあるのか……。どうだ、喰ってみないか」
「遠慮する」
「大丈夫だ、俺のカレーも少しは分けてやる」
「遠慮す……、待て注文するのはわた、妾か!?」
勇者この野郎。ちなみにモンスター料理はアグラン鳥のバターソテーだそうで。
そんなわけで列へ並んだフォールとシャルナ。二人は数分ほどして熱々たっぷりなカレーを注文して受け取り、そのまま入り口近くのテーブルへと着席した。
流石は冒険者ギルドの食事というだけあって、かなり量が多い。肉や野菜もごろごろと入っているし、備え付けの薄く引き延ばされたパンはシャルナ、もといリゼラの顔ほどの大きさがある。
「おぉ、大きいな……」
「その腹で食えないと言うワケでもあるまい。……しかし中々、うむ、良い腕だ。帝国城もこれぐらい人数を配備すれば余裕が出るだろうに。イトウに進言するか」
「流石に対処しかねると思うぞ、たぶん……」
呆れつつも、シャルナはパンを千切ってカレーに浸し、口へと運ぶ。
――――成る程、確かにフォールの言う通りとても美味しいものだ。見た目からかなり辛いのかとも思ったが野菜の甘みが溶け出していて、辛いというよりも甘い感じがする。
無論、カレーというだけあって辛みもあるが、舌先にぴりと来るのが食欲を増進させ、額に浮き出る汗の分を取り返すようにパンを次々口へと運ばせるではないか。
しっかりと煮込まれてほろりと蕩ける野菜も、噛む度に肉汁が溢れルーと混ざり合う肉も、何とも言えない美味しさがあるものだ。
「さて、この後だが……」
フォールはカレーにパンに浸しながら、今後の予定を話し始める。
「取り敢えず魔道駆輪が回収できなかった以上、仕方あるまい。後は食品と雑貨品を購入する」
「あぁ、そうだったな。……そう言えば食品は兎も角、雑貨品は何を買うんだ? 洗剤とか?」
「も、あるが。その前にまず下着だな」
「下着? 誰の?」
ふと手を止めたフォールの視線。
その視線は不思議そうに、真っ直ぐとシャルナへと向けられていた。
「…………わ、らわ、の?」
「ルヴィリアに盗まれたから新しいのが欲しいと喚いたのを憶えていないのか? 布地があれば俺が作ったんだがな、生憎とそれ等は全て魔道駆輪の中だ」
「………………へっ?」
「魔道駆輪を回収できればそうしたんだが、まぁ無ければ無いで仕方あるまい。布地を買うにも金が掛かるし、下着数枚ならば直接勝った方が安くつく」
「待て、待ってくれ……。問題はそこじゃない」
「……材質か? かぼちゃパンツは嫌だと言っていたからフリル付きのにするつもりだが。アップリケでも構わんぞ」
「そこでもない! さ、サイズは解っているのか!? サイズは!!」
「無論だ。今まで誰が寝間着や日用衣を作ったと思っている」
「そ、そうか。いや良かった……。下らない不安など、所詮は杞憂だったという」
「まぁ、正式な数値を知っているわけではないから店で試着してもらうが」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
杞憂ダイレクト。
「こういうところで自給自足の弊害がだな」
「貴殿こそ弊害だバカぁああっ!!」
「何故罵られる……?」
周囲の冒険者達は聞き耳を立てながら確信する。
ありゃ女に苦労するタイプだぜ、いやいや女が苦労するタイプだ、とか。
「まぁ良い。取り敢えず飯を食うことだ。後の予定は後で終わらせれば良い」
「…………うぅ、本当にバケツほど食べたくなってきた」
呑気な昼下がり。二人はちょっぴり辛いカレーをパンと一緒に口へ運んでいく。
そんな彼等の周りでは、様々な冒険者が日金稼ぎや成り上がり目指して依頼書を片手に飯を食む。
ある者は獣卵の採取を、ある者は野盗の討伐を、ある者は子供の子守りを。いつも通り、一年中繰り返される光景だ。
数多の冒険者が何気なく過ごす一日の姿、だが。
「ったく、起こせよ……」
そんな日々にない者が、一人。
「飲み過ぎた……。あ゛ァ、頭いてぇ…………」
その男は安酒の瓶を抱えて昼頃に起き上がってきた飲んだくれのように、いや、事実そうなのだが、正しくは一本数十万ルグはする超高級ワインの瓶を片手に抱えて昼頃に起き上がってきた飲んだくれ、だ。
どうしてそんな男が超高級ワインを抱えているのか、そもそもギルドでもSSランク以上しか入れないV.I.P.ルームにいたのか。
それは昨日の昼前、彼がとある人物から依頼を受けたからだ。
「……ふん」
巨大な鉄球が脳内の鉄皿を叩き割らんばかりに回る中、男は一枚の紙を掲げる。
先日に限れば金銀大貨に勝った情報だが、今となってはそろそろこのギルドにも出回っていることだろう。だが、そんな事はどうでも良い。
――――思い出すのはあのニヤケ面。仮面を張り付けたんじゃなく、笑顔という言葉を縫い付けたような顔。
アストラ・タートルの討伐。その詳細を語る、あの野郎の。
「クカカッ、三日後が楽しみだなァおい……。んぁ? 明後日か? 何だもう日が明けてんじゃねぇか」
ともあれ、あの苛つきはしばし後の戦いに取っておくことにしよう。その時晴らせば良いだけだ。
まぁ店の酒樽を半分からにして嫌というほど飯を食いまくってやった時のアイツの顔を思い出せば、少しだけ溜飲は下がるけれど。
いやでもまってきもちわるい溜飲あがってるこれ。洗面器洗面器!
「あっ」
と、そんな絶賛オーチマチックリバース寸前な彼の鳩尾へトドメの一撃。
どうやら彼と同じく辺りをふらついていた子供の肘が人並みに流されてクリティカルヒットしたらしい。
これにより最強の傭兵、敢えなく撃沈。しかし人間としての尊厳は守りきるという戦士に相応しい最期だったという。
「ご、ごめんなさっ……! じゃなくて、す、すまぬ! 大丈夫か!?」
「ごぶっ……、ご、ほっ……ま、……、えっ……ぶふっ……!!」
「え、えっと、こういう時どうすれば……! えっと、えっと……!!」
慌てふためく子供を前に、男は震える手でその肩に手を掛けた。
子供は彼が無事だったことに安堵しかけたが、途端、その腕から先にある凄まじい殺気に背筋を凍らせる。
その双眸は大人げないの一言の元、柔な獣ならば息を止めるほどのものだった、が。
「ぃやあああーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
もっとも、今回ばかりはひ弱はひ弱でも猫を噛めるひ弱だったようで。
子供のビンタは彼の頬を吹っ飛ばし、限界突破ギリギリなダムを無事に決壊させた。
その後の惨状は、嗚呼、語るべくもない。
「すまぬすまぬすまぬーーーーーーーーっっ!!」
で、犯人は逃亡。被害者は死亡。悲しき事件はここに終結した。
まぁ、血気盛んな者達が集まるギルドではこんな事件、珍しくもないのでさっさと処理されて終わったわけだけども。
フォールとシャルナ、二人はそんな事など露知らず、美味しいカレーを食すことに夢中なのであった。




