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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
帝国での日々(前)
163/421

【2】


【2】


「おい、地図をくれ」


「あ、あぁ、解った……、じゃ」


 さて、所変わって農耕区から街の南西にある商業区へ。

 ここは南部の中でも特に盛り上がりのある場所で多くの店々が並び、中には家具どころか武器屋に防具屋、魔具店まである充実振りである。

 また、聖剣祭前ということもあって賑わいは普段の五十割増し。ただ食品と僅かな雑品の購入、そして魔道駆輪を回収に来たフォール達も地図がなければ右にも左にも動けない、という状況だった。

 いや、はぐれないようにと手を繋がれている少女に到っては、動きが遅い理由は混雑というだけではないのだろうけど。


「……どうした? 早く地図を出してくれ。道が解らん」


「うっ、うむ! そそそ、そうじゃな!!」


 明らかに挙動不審な少女こと、リゼラ。もとい、シャルナ。

 言わずもがな、彼女は自身の異常に気付いていた。気付いている上で為すがままにしていた。

 と言うのも、だ。夏は開放感を感じるとか新しい場所で思い切ってデビューするとか、そういう類いのアレである。

 つまり今までの自分とは違った自分になった気がするから思い切った事ができる的なアレだ。

 まぁ実際違う自分になっている辺り洒落にならないワケだが。


「こ、これだ!」


 ――――お許し下さいリゼラ様。この不忠、帰還すれば必ずや償います。

 しかし今だけはこの奇劇に身を興じさせてください! 貴方様のお体で道化のように舞う罪を赦せとは申しません!

 ですか今だけは、何卒、何卒ーーー……!


「助かる。……ふむ、少しルートから外れているな。こうも人が集まると道が解りづらくていかん」


「そ、そうだな……じゃ。それはそうとフォール、一応は追われている身だと言うのに、こうも白昼堂々外出して良いものなのか……じゃ?」


「案ずるな、手は打ってある」


「ほ、ほう、そうか! 流石はっ……、じゃなくて、やるではないか! うむ!! どの様な作戦なのだ!?」


「あぁ、見ていろ」


 何処から取り出したやら、よく解らないキャラクターが印刷された帽子、サスペンダー、シャツIN、チェックの上着によれよれのTシャツとピチピチズボン。

 メイクアップ! ☆A☆KI☆BA☆フォール!! 人混みに紛れてお隠れよ♡


「どうだ? この様に普段と違う格好をしておけば」


「…………」


 ※修正されました。


「……まぁ、これも悪くはないが」


 さて、そんな職質待ったなしの格好から、フォールは休日インテリという言葉が見事に合致するものへと着替えさせられていた。

 髪油で纏め上げられ、さらりと落ちる前髪と後ろで尾のように揺れる結い髪。目下を隠す眼鏡は彼の表情を何処か柔らかく見せ、首襟まで真っ黒に覆う毛綿の襟服(タートルネック)という気楽な服装のこともあり、とても物腰の柔らかそうな好青年に見える。

 いや、リゼラ、もといシャルナという子供を連れている今ではむしろ若旦那とでも例えるべきだろうか。

 ――――なお、この服装はシャルナの趣味全開であることは言うまでもない。


「ヤクザだ……」


「マフィアだ……」


「ギャングだ……」


 まぁ、この男の目付きでは明らかにヤバ目の人にしか見えないワケだが。


「む? 何故だか人混みが晴れたな。……だが通りやすくて都合は良い、このまま行くとしよう」


「あ、あぁ……。えっと、確か目的地へは魔道列車に乗らないといけなかったな。ホームはあちらか?」


 ――――魔道列車。

 名前からして解るように、魔道駆輪と同じく魔力を動力源として動く機械仕掛けの列車だ。

 ただし魔道駆輪のように個人所有できるような代物ではない。それは値段や大きさもそうだが、何より設備にある。

 魔道列車は路面嬢に強いた線路という一定のルートしか走れない。無論、その分だけ規模や速度は魔道駆輪を上回るのだが、個人で所有するにはあまりに不便なものだ。

 話は戻すが魔道列車は帝国が所有するもので、一定時間ごとに広大過ぎる帝国領地内を駆け巡っていく。

 大体、各方角に数量ほど配備されており、それが一定時間で各所を巡るため地域住民に欠かせない移動手段となっているようだ。

 ちなみに運賃は1年定期が4500ルグ、1回乗車で100ルグ。安い。


「まずは切符を買うらしい。それを駅員という係に見せれば乗れるそうだ。あっ、……じゃ」


「ふむ……、成る程」


 フォールは頷くと、人混みの中を掻き分けて、と言うか人混み()掻き分けられて進んでいく。

 駅はそう遠くない位置にあり、少し歩くと線路とホームが見えてきた。彼はそこで人の流れを見て手順を確認し、坦々と事を進めていく。

 まぁ、そんな彼もシャルナと共に切符を切って進み、列車を前にした時には流石に少しだけ驚きを見せていたのだけれど。


「……………………」


 その時は丁度、彼等との入れ違いで二車線の内、一車線から列車が出て行くところだった。

 ――――漆黒に純銀の装飾。真正面には堂々と帝国紋を掲げ、魔道駆輪十台分はあろうかという車体が蒸気を吹き上げながら速度を上げていく。

 それは、魔道駆輪とは規模が違っていた。排気だけでなく戦馬車のように幾つも連なる車輪や大口を開くかのような窓なども、目の前を過ぎ去った瞬間に全身が薙がれそうになる暴風さも。

 ただただ、豪快。フォールもシャルナも、それを前にして数秒ほど動くことを忘れてしまったようでさえあった。


「魔道列車か……。なかなかのパワーとスピードだ。このフォールが生まれた時代は馬車しか走っていなかった」


「いや普通に魔道駆輪を運転してるだろう、貴殿」


「……貴殿?」


「お、御主!!」


 なんてやり取りもありつつ、と。

 彼等は切符を握り締めつつ、魔道列車の中へと乗り込んだ。中は窓際に椅子の並んだ、とても簡素な作りになっている。

 しかしだからこそ乗車人数は多くぎゅうぎゅう詰め。昼時ということもあってか、田舎者のように辺りをきょろきょろと見回すフォールが目立たないほど、そして座席はもちろん、立っているだけでも片足を入れる隙間もないほど列車の中は混雑していた。

 無論、そんな状態なのだからリゼラの体であるシャルナは堪った物ではない。


「あわ、あわわわ…………!?」


 人混みが濁流のように襲ってくる。気を抜けばそのまま流され、脚という大木に押し潰されそうだ。

 何と言うことはないただの人間共が、これほど恐ろしく思えるのか。リゼラ様のお体を傷付けてはならないという想いもあるが、それ以上に今まで知らなかった恐怖を感じるのだ。

 幼少期は先代と共に山奥で修行、少女期は『爆炎の火山』で剣術を積み、フォールと出会うまではなおのこと鍛錬の為だけに生きてきた。

 そんな自分が、非力な人間を前にここまで恐怖するとは。高が身長差というだけで、これ程にもーーー……。


「何をしている」


 と、半分涙目になりかけていたシャルナの体がふわりと浮き上がり、気付けば人混みの中から抜けていた。

 どうやらフォールが席を確保したらしい。あれほど揺れ動いていた光景はいつの間にやら向こう側になり、為すがままだった流れもとても安定している。


「ふぉ、フォール……」


「うむ、何故か席を譲って貰えてな。命乞いされた理由はよく解らんが……、まぁ幸運だった」


 ※見た目。


「そ、そうじゃなく、て……」


「何だ、何か問題があるのか」


「膝……」


 そう、問題はその場所だ。

 当然と言えば当然なのだが、これほど混雑した列車内。幾ら席を譲って貰ったとは言え、未だぎゅうぎゅう詰めの状態は変わらない。

 男一人分は兎も角、プラス子供一人分の席などあるわけがない。かと言って再び座り直す余裕も立ち直す余裕もない。

 ――――となれば何処に座るか。当然、膝の上だ。


「膝がどうした。座りにくいか」


「そ、そうじゃなくてぇ……」


「何、どうせ一駅分だ。外の景色でも見ていれば直ぐに終わる」


 窓へ首を傾けてみれば、時良く列車も動き出したらしく、がたんごとんという音が耳に響いてくる。

 窓から見える景色が流れていく様は、この方舟が流れ行く世界に抗っているかのような錯覚さえ憶えさせた。

 フォールはそんな光景をいつもの無表情ながら興味深そうに、そして楽しそうに眺めている。


「…………」


 ――――ふと、シャルナは思い出す。かつてリゼラが『アイツは子供っぽい』と言っていたことを。

 あの時は子供の貴方様が何をと微笑んで終わらせたが、きっと彼女が言っていたのはこういう事なのだろう。

 まるで世界を初めて見るかのように、この男は純粋なのだ。確かに不器用なところはあるけれど、それ以上に純粋で、真っ直ぐなのだと自分は思う。

 あの瞳を見れば解る。ガラス玉のように綺麗な輝きを持つ、あの瞳を見ればーーー……。


「……ふむ」


 と、フォールの透き通るような真紅に惚れていたシャルナだが、その瞳が急に彼女へと近付いた。

 いいや違う、彼女が近付いたのだ。フォールがその華奢で小さな体を抱き寄せたのである。


「……? !? へ!? ぁ!?」


 シャルナは訳も解らず体を硬直させ、人形のようにフォールへ抱かれるままにされていた。

 何故? 急に? どうして? 何で? こんな人前で、彼は、いったい、何故?


「顔を上げるな。見られるぞ」


「あ、あたりまえ、だ……。こ、こんなのっ……」


「聖堂騎士だ」


 彼の言う通り、満員で動くことさえままならない車両に一人の聖堂騎士が乗り込んできた。

 しかしその姿は甲冑姿や帝国の軍服姿ではなく、メイド姿。かろうじてそれと解るのはフォールが帝国城内でその者の姿を目撃していたからだ。

 メイド服姿の聖堂騎士は荘厳な目付きで辺りを見回すと、何かを目で数える素振りを見せてさっさと前の車両へと戻っていった。

 あのメイドは何の為にこの部屋へ来たというのだろうか。


「……今のは、確かミューリー第三席の部下だな。あの様子だと偵察のようだが、何を偵察しにきた? いや、そもメイドがいるということは彼女もいると考えた方が良いな。流石に正体が見抜かれることはないと思うが用心に超した事はない」


「…………」


「どうした? もう離れていいぞ」


「…………きゅう」


「……何故、気絶してるんだ」


 シャルナは茹でタコのように真っ赤になって、目をぐるぐる回しながら気絶していた。

 逆境にも困難にも強い彼女だが、予期せぬ危機にはどうにも弱い。特にフォールを相手には。

 そんな渦中の彼もどうして気絶したやら露知らず、早起きだったから眠ったのかというアホの答えを得て再び景色に意識を戻す。

 儚き熱情に身を焦がす彼女に安息が訪れるのはいつになる事やらーーー……。


「7人いました」


 さて、そんな唐変木と純情娘から視点は変わって別車両。

 帝国の役員官僚や聖堂騎士幹部、王族ばかりが乗ることを赦される特等車両にはフォールの予想通りミューリー第三席の姿があった。

 その清廉な座り姿や一糸乱れぬ表情などは芸術の領域。彼女直属の部下であるメイドでさえその様に劣情の生唾を飲まずには居られないほどだった。

 だがーーー……。、そうではない。そのメイドが抱くのはそんなものばかりではない。

 彼女の美しさへの嫉妬もあろう、恐れ多き美しさへの畏怖もあろう。

 だがそれ以上に、恐怖があった。静かな彼女から放たれる業火が如き殺気への、恐怖があった。


「そうですか……。人間で金髪の男は、7人」


「はい。その内、父親と息子二人の家族連れが三人、老人が一人、小太りな中年が一人、他二人は若人でしたが、孰れもミューリー第三席の仰っていた特徴には当て嵌まりませんでした」


「……解りました、ご苦労様です」


「はっ……。しかしよろしいのですか、ミューリー第三席。あの男ではなく、その、金髪の男など探していて……」


「……耳を」


「え? は、はぁ」


「早く」


 言葉に急かされ、メイドは座した彼女の前へと屈み込んだ。

 ――――透き通るような瞳に見つめられ、鼓動が跳ね上がっていく。恐ろしいほど美しい口紅が艶やかに吐息を紡いでいる。

 何を、言われるのだろう。何を、されるのだろう。恐ろしくもあり待ち遠しくもあるような感情が、自身の心の中で渦巻いていた。


「……口答えをする必要はありません」


「ひゃうっ!!」


 いつの間にか伸びていた腕が、メイドの柔らかな臀部を鷲掴みにする。

 然れどそれは力任せな掌握ではなく、獣の甘噛みのような、蕩ける捕食。


「私にも目的あってのこと。貴方は黙って探していれば宜しい。不要な詮索は身を滅ぼすと解りませんか?」


「ぁっ、は、ぁ、い……っ。お、赦し、をっ……!」


 甘噛みは五つの舌で衣越しにメイドの肌を吟味する。

 その手付きは愛撫に近い。メイドは己でも気付かぬ内に腰を砕かせ、生まれ立ての子鹿のように両膝を震わせていた。全身から雫がしたたり落ち、緊張に引き締められていたはずの口端が情けなく開き切って涎を垂れ流しにしている。

 自分でも聞いたことのないような情けなくも、甘えるような声色が耳にとどく。

 それれがまた、現実離れした夢心地を加速させた。


「……ですが、この人混みから7人を確認し、事細かに報告したことは素晴らしい」


 するりと指が柔肌から離れていく。

 その時、メイドの心を支配していたのは安堵よりも喪失感だった。

 体から快楽の濁流が抜け落ち、劣情の欲求が湧き上がるのが感じ取れる。


「それに関しては褒美を与えなければいけませんね」


 だが、そんな抜け落ちていく濁流は直ぐさま食い止められた。

 湧き上がる劣情の欲求をそのままに、間欠泉の穴を塞ぎきったのだ。

 その細長く真っ白な指で、甘噛みではなく、牙を差し込んだのだ。


「だ、い、さんせきっ……、そこ、ぁっ……」


「目上の者と喋る時はハッキリと喋りなさいと前にも教えたはずですが?」


 牙はさらに深く、間欠泉へと。


「ぁっ、は、ぃ、ぁっ……、ぁっ……♡」


「どうしました? ハッキリと喋りなさい」


 鉄仮面は揺らぐことなく、もう自分の力では立てなくなったメイドの間欠泉に牙を差し込んでいく。

 震える脚は膝を折るごとに牙を深く喰い込ませ、その度にまた快楽の波がメイドの脳髄を焼き焦がす。

 連鎖は留まることを知らず、牙さえも押し返す肉の厚みを味わうように、くすぐり掻くような動きで弄んだ。


「みゅ、ぁ、だ、めっ……、ぁっ……、ぁ……っ」


 メイドの顔は耳の果てまで赤く紅潮しきり、涙や鼻水、涎などを垂れ流しながら快楽に潰れた言葉を紡ぐ。

 夢心地の世界は彼女の本性をさらけ出し、決して戻ることができない世界へとーーー……。


「……フフ、可愛い子」


 迫り上がる肉を牙で弄びながら、ミューリー第三席は彼女を抱き寄せた。

 ――――然れどその表情は相変わらず緩むことはない。鉄仮面は鉄のまま、氷下の刃となって空を睨む。

 そこにいるはずもない、忌々しきあの男の姿を、睨む。


「……あの男」


 帝国城で奇しくも逃がしてしまった、あの男。金髪の、男。

 数年前の亡霊(・・・・・・)。一度は死したはずの、あの男。


「あの男だけは、必ず……」


 忌々しき、男。


「……殺す」


 列車は進む。線路に沿って進んでいく。

 例えその方舟の中で決まった道筋を守るはずもない者達の感情が入り乱れようと、違いなく進んでいく。

 到着駅は商店街前、商店街前ーーー……。



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