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「おはよぉー……」
さて、そんな喧騒睦まじい夜も過ぎて、帝国の城門が開き切り旅人達が世界の中心へ足を踏み入れている頃。
畑の草々が風に揺られる音で目を覚ました一人の女が、家の二階から眠気眼を擦りながら降りてきた。
もっとも、起きてきたとは言え起床にしてはかなり遅い。しかし無理もあるまい、昨日は掃除や帝国城での一件など様々な出来事があったり、そもそも所用のために眠る時間自体が遅かったせいで仮寝床の毛布に飛び込むなり泥のように眠ったのだから。
――――まぁ、フォールが掃除の合間に作ったという寝間着のお陰もあるかもしれないけれど。ものっそい寝心地良かったです。
「お-、起きたか。随分遅起きじゃのう」
「女の子達が無事に逃げたかどうか、使い魔で確認してたら夜遅くになっちゃってねぇ。僕、滅多に使い魔なんて使わないのにサ……」
「へいへいご苦労さんじゃ。飯は机の上にあるぞ」
と、そんな彼女を向かえたのは同じくフォール特性寝間着に身を包んだシャルナ。
彼女は居間で、昨日の掃除で見つけたのであろう魔道書を片手におやつを摘んでいた。
みっともなく尻を掻く姿など威厳の欠片もない。
「ありがとねぇ。あ、卵の目玉焼きとサラダだぁ~美味しそぉ~……。ねぇ、何かお皿に妙な空間があるんだけど?」
「気のせいじゃろ」
「もぉおおおリゼラちゃん勝手に食べたなぁあ……。仕方ない、後でリゼラちゃんを食べよう」
「や、め、ん、かぁ! だぁもう悪かったわ! 後で膝枕されてやるから勘弁せい!!」
「わぁいやったー! ここでしてやるじゃなくてされてやるなのが最高にリゼラちゃんだよーん!」
へいへいと面倒臭そうに寝転がりながら、シャルナ。
「あぁ、そうじゃ……。フォールが何か、夕頃に人が尋ねて来るとか何とか言うとったぞ」
「あー、あのイトウとかいうオッサンかな。……そう言えばそのフォール君は?」
「シャルナと二人で街に魔道駆輪の回収と買い物に行った。昨日の夕飯は缶詰だったが、今日の夕飯は期待できそうじゃぞ」
「あ、そう言えばこの家ってまともな御飯がないんだっけ。……待って、じゃあ何で朝食あるの?」
「近所から引越祝いじゃと。農耕区はワケが違うのぅ」
「それを早速朝食にする辺り流石フォール君だねぇ。いやぁこのサラダなんかシャキシャキで、うん……」
何気ない、平和な休日の朝。
鳥たちが庭で羽を突き合って遊んでいる。蝶々がポストに停まり、庭の伸びきった花々に集う蜜蜂達とお話しているようだ。
長閑な日差しの元、ここ数日の激動など忘れてうたた寝してしまいそうなほどのーーー……。
「……ところで、聞いて良い?」
「何じゃ」
「シャルナちゃんさ。喋り方、変じゃない?」
「え?」
シャルナは魔道書を持ったまま、ソファから上半身を起こした。
――――いつもより視線が高い。何か指もごつごつしてるし肌が硬いし頭が軽いし動きたくて堪らない。
つまり、これは、なんというか、その。
「何じゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「今まで気付いてなかった方が何じゃこりゃだよ!?」
入れ替わってるようです。
「何、何なの? リゼラちゃんリスペクト? 君は君のままで綺麗だよ!?」
「ちげぇわマヌケ! 入れ替わっとる、何か入れ替わっとる!! あいむリゼラ、わっつシャルナ!?」
「うっそだー。そんなエロ漫画みたいな展開あるわけないよぉ。じゃあ問題、僕が最近盗んだリゼラちゃんのパンツの色は?」
「テメェ妾のパンツ無くなったと思ってたら……」
「やっべぇ速攻で墓穴掘っちゃっげぼぁっ!?」
シャルナ、もといリゼラの拳撃によりルヴィリアは窓硝子を突き破って畑へと二転、三転しながら吹っ飛んでいった。
並の男を遙かに超える筋肉量を持つゴリ、シャルナだ。いつもの何気ないツッコミもリゼラなりの力加減では漏れなく致命傷である。
ちなみにその当人リゼラは自身の拳を見つめながら、一言。
「……これが、力!?」
「待ってその力(物理的)過ぎる」
ゴリラパワー、キンジラレタチカラ。
「しかし何でこんな事に……、っとと。くそっ、視線が高すぎてバランスが取れん!!」
「えー、でも小さくなったのが大きくなったよーなモンじゃないの? ロリ化が戻ったと思えば……」
「胸がないからバランスが取れん!!」
「………………悲しいこと、言わないでよ」
ルヴィリアの頬には一筋の涙が伝っていたそうです。
「えぇい、それよか原因の解明だ! どうして妾の体がシャルナの体になっておるのだ!? 見ろ、茶菓子が一口で食えてしまうぞ!! あぁ美味い!!」
「悲しむトコおかしくないかな!? 考えられる原因としては精神系の魔法だけど、互いを入れ替えるなんて種類はないはず……! となれば十聖騎士の目論見に違いない!!」
「なにぃおのれ十聖騎士! 早くも襲撃を掛けて来おったか!! よっしゃ滅ぼすしかねぇ!!」
「やったるDeath!!」
「「おーーーー!!」」
「通報するぞテロリスト共」
突如、ドスの効いた、と言うかドスのような声で背中を刺され、リゼラとルヴィリアはその場に飛び上がった。
彼女達の背後に立っていたのは白衣を靡かせ、眼鏡の奥底で深緑の眼を光らせる男。
そう、イトウ・エヴィル・ノーレッジ。この家の持ち主その人である。
「朝っぱらから何を騒いでいる、貴様等……」
「い、いや、妾とシャルナの体が入れ替わってしまったのじゃ! 御主も確か学者であろ? 原因は解らぬのか!?」
「原因……、か。精神魔法にそんな類いは」
「それもう聞いた!!」
「で、あるならば、ふむ、私が何年か前に新魔法を開発するため作成した『入れ替わるくん』ぐらいしか原因は思いつかぬが……」
「どう考えてもそれじゃないかな!?」
「と言うかネーミングひっでぇなオイ!!」
「黙れ。……ふむ、大方見るに家の中を掃除したな? まぁ確かにアレは小型化に失敗して実用化には到らず、結局はガルスを実験用のモルモットと入れ替えて危うく解剖し掛けた程度に留まったからな。邪魔と言えば確かに邪魔だった」
「さらりととんでもねぇこと言いおったぞ」
「ともあれ、恐らくその姿を見るに持ち主とは掃除の時に触れ合って入れ替わってしまったのだろう。……しかしまぁ、そう慌てることはない。所詮は試作段階で終えたものだから互いに『入れ替わるくん』で再び入れ替われば問題なく元に戻るし、放っておいても制限時間がくれば勝手に各々の体へ戻るはずだ」
「な、なーんだ。じゃあそんなに慌てることもないんだ……」
「全くじゃの。ははは、慌て損じゃないか」
あはははは、うふふふふ。
何と言うことはない。長閑な一日の、ちょっとしたハプニングである。
「まぁ、制限時間で戻った場合は七割ほどの確立で爆散するがな」
「ルヴィリアアアアアアアアアアアアアアア!! シャルナを探せェエエエエエエエエエエエッッ!!!」
「シャルナちゃん早く帰ってきてェエエエエエエエエエーーーッッ!!!」
ハプニング致死率、まさかの70%。
「やかましい連中だ、そう喚くこともあるまい」
「うるせぇこちとら命かかっとんじゃぞ!? あわや爆発四散じゃぞ!?」
「ショッギョムッジョ! ショッギョムッジョ!!」
「何語だ。……だから言っているだろう、試作段階だと。実験の為に制限時間は丸一日近く設定してある。しかも別に旅に出ただとか観光しているだとか、そういうワケでもないのだろう? ならば今から探しに行けば散歩ついででも見つけられるはずだ」
「お、おぉ、何だい……。焦ったじゃないか……」
「そんな事も考えつかんのか、猿め」
「いや妾の危機そのままなんじゃけど!?」
「別に弾けてもまた縫い合わせれば大差ないだろう。その脳なら」
「こ、この……ッ!!」
やはり性格の悪い男である。
と、そんな彼に気付かれないよう魔眼を発動させてリゼラ、もといシャルナの位置を探っていたルヴィリアだが、ふと何かを思いついたように居を直して彼へとある事を問い掛けた。
「あれ? そう言えばイトウ、だっけ。貴方が尋ねて来るのは夕頃じゃなかったかな。と言うかそもそも何の用なの?」
「当然だが、貴様等の脱獄がバレたという報告とついでにフォールに頼まれたモノをとどけに、な。……しかし頼まれはしたが、いつ尋ねるとは言ってないし況して夕頃など限定した憶えもないが? 現に仕事の合間を縫って来たから、この後は直ぐに戻らねばならん」
「あぁ、そりゃどうも……。まー脱獄はバレるよね。にしてもおかしいなぁ……。まさかフォール君に帝国内の知り合いがいるとも思えないし……」
「……その辺りは後で本人を探し出して確認すれば良い。それより私からも一つ聞きたいことがある」
「ん? なぁに?」
「家を貸した翌日に窓硝子を割ったバカは誰だ?」
リゼラとルヴィリアが振り返れば、そこには先程の喧騒で砕け散った無残な窓硝子が。
――――その瞬間、二人は互いに視線を交わらせた。
ここで時間を取られるわけにはいかない。幾ら丸一日の猶予があるとは言え、体の中に爆弾を抱えたまま過ごせるものか。
ならば今やるべき事は一刻も早くこの場所とこの男から脱出し、シャルナを見つけ出すことだ!
その為にも、今は互いに手を取り合って協力ーーー……!!
「「コイツがやりました!!」」
「そうか、貴様らそこに直れ」
するわけなかったよ。
なおその後、二人が数時間に渡ってねちねちと嫌味を言われ続けたのは言うまでもない。




