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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
祝福の聖女
159/421

【4】


【4】


 ――――時は大きく、それはそれは大きく巻き戻る。

 フォールとカネダが牢獄にて合流するよりも、前。リゼラ達が帝国城から解放されるよりも、さらに前。

 いや、どころかーーー……、日付が変わる寸前。まだ月が昇り太陽がその輝きを隠していた頃まで巻き戻る。

 場所は以前変わらず帝国城中央塔から独房塔へ続く湖面を跨ぐ橋だが、そこに日中のような明るさはない。

 何処までも澄み切った黒ばかりが果てなく広がり、僅かな灯台ばかりが照らす獄門への道だった。


「ったく、酔っ払いが騎士たち薙ぎ倒したってマジかよ……」


 そして、そんな橋を渡る人影が二つ。

 内一つである夜勤の騎士は、もう日も変わろうかという夜間だと言うのに呼び出された事で酷く不機嫌であり、ぶつくさと文句を言いながら業務に励んでいた。

 業務とは酔っ払いの喧嘩で騎士に手を出した男の独房への移送だ。本来ならこの程度の事件であれば城門辺りで適当に収監するか、そうでなくとも普通の牢獄を使うのだが、この男に到っては騎士達を何人も殴り倒して手に負えず、挙げ句にカイン第一席にまで食って掛かった為に、こうして独房へ送られているのだ。

 高が酔っ払いの喧嘩でまさか帝国城の独房に放り込まれるとは、全く信じられない話である。


「あーぁ、お前みたいな馬鹿がいなきゃ今日の夜勤だって平和に終わったっつーのによ……。独房の連中うるさいのばっかなんだよなァ。ったく、何で俺がこんなこと……」


 移送騎士の文句は止まることなく、背後の男が返答をしないにも関わらず栓の壊れた蛇口が如く垂れ流される。

 男も黙れだとかうるさいだとか、少しは反抗すれば良いものを、ただひたすらに沈黙を貫き通しているものだからさらに騎士の饒舌に脂が乗る始末だ。

 いやーーー……、違う。男は沈黙しているのではない。湖面に揺れる星光の底で蠢く魚のように、俯きながらも何かを見ている。ただそれにのみ、意識を集中させている。

 灯台に揺れる蝋燭か、柱を這う虫か、頬を撫でる涼風か。


「…………クカッ」


 否。


「あ? お前、何がおかしーーー……」


 振り返った騎士の眼に揺らめいたのは虚空だった。

 手錠を掛けていたはずの男の姿はなく、ただ蝋燭に照らされた廊下ばかりが拡がっている。

 彼はただ唖然とその様を見ていたが、やがて呆気も湖面を薙ぐ風に連れ去られ、驚愕の声が響き渡った。


「いやぁ、お見事です」


 と、そんな光景を、種が解りきった手品師の手品に送るような称賛の拍手と共に出迎える声があった。

 しかしその声は独房塔への廊下などではない、中央塔の六階層にある。叫ぶわけでも張るわけでもなく、囁くように。


「うるせェ、俺だって囚われのお姫様じゃねェんだ……。いつもいつも捕まってて堪るかよ」


「はは、それもそうですね。貴方がお姫様というのはどうにも似合わないでしょうし……」


 その者は微笑む。冷たく、微笑む。

 六階層の窓辺に片足を突き刺してぶら下がる、手品師メタルに対して。


「で、何の用だテメェ」


 メタルの眼光が、月光と共にその者へ降り注いだ。

 帝国紋の刻まれた銀の甲冑は月光こそ弾いたが、男の眼光という殺気は弾けない。

 それを弾くのは仮面のように張り付いた、微笑みだ。


「いえ、貴方には素質があると思いまして……。流石は最強の傭兵と畏れられるだけはあります」


「前置きは良いんだよキザ野郎。俺は何の用かって聞いてんだ」


「ははは、キザ野郎とは失礼な……。まぁ、用と言っても取引なんです」


 微笑みは、以前変わらず。


「神獣を狩ってみたいと思いませんか?」


 一転、眼の光は月光を超える。

 それは歓喜。そして、猜疑。


「解らねェ事は二つだ。一つ、神獣とやらは確か聖堂教会テメェらの崇拝対象だろう? それを何故殺させる。二つ、報酬が解らん」


「その問いに答えるには帝国の機密を証さねばならないのですがーーー……、まぁ良いでしょう。頼む側としては貴方に相応の態度を取らなければ」


 その者は一本、指を立てて見せた。

 上を示しているのではない。かと言って、数字を示しているわけでもない。

 それは、剣。


「聖剣……、をご存じですか?」


「………………名前だけは」


「では結構、それが答えです」


 微笑みは崩れない。

 だが、そこにはそれ以上踏み要らせないという無言の圧があった。

 そしてその者自身もまた、次の話題へ移っていく。


「それと報酬についてですが……、こちらはお金や宝石など色々考えたんですけれどやはり貴方には私との再戦が相応しいという結論に到りました。どうですか? 貴方のような人間からすれば大金にも数百カラットのダイヤにも勝る報酬でしょう?」


「あぁ、それは否定しねェが……」


「良かった。ここでお金の方がなんて言われたらどうしようかと」


「別にここで初めても良いんだがな、俺は」


 瞬間、メタルとその者の間にある階層一帯の窓硝子が破裂した。

 銀雨は燦々と泉へ降り注ぎ、晴天の夜に喧騒の白雲を揺らめかせる。

 然れど二人の間にあるものが砕けようと、騒ぎに曇天が濁ろうとも、未だ彼等の静寂は変わらない。

 痛々しい、散りばめられた銀のように冷たい静寂は。


「……獲物無しに私と渡り合う気ですか?」


「…………それもそうだな」


 が、そんな静寂も何気ない提案で解ける事となった。

 メタルはその場から脚を引き抜き、窓枠に捕まってぶら下がる。

 最早、彼にとってこの場はどうでも良いのだろう。この場、だけは。


「明日の昼頃、私の行きつけ酒場でお会いしましょう。場所はここに」


「金ねーぞ」


「……奢りますよ、それぐらいは」


 その者の呆れ果てたため息を受け、メタルは彼の手からメモ用紙をブン取った。

 そしてもうここに居る理由もないと言わんばかりに窓枠へ脚を踏み込んだ、が。

 最後にーーー……、一つ。


「テメェは何の為に動く」


「……質問ですか、それは。でしたら、そうですね」


 段々と階層を跨いで上がってくる喧騒の中、彼の微笑みは彩りを帯びた。

 偽りでも冷徹なそれでもない、本心からの彩りを。


「仕えるべき主のために……、でしょうか」


「……ケッ、そうかよ」


 その一言を最後に、窓枠の一カ所が爆ぜ折れた。

 その音が鳴り止んだ頃には既にメタルの姿はなく、残されたのは遮られるものなく降り注ぐ月光と、それに照らされる銀甲冑。

 そして、甲冑と同じく銀の輝きを放つ瞳を持つ、一人の男。

 カイン・アグロリア・ロードウェイ。その者、のみ。


「さてはて……、無事に事が進めば良いのですが、ね」



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