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「……ん?」
「どうかしましたか? カネ子さん」
「いえ、何か……。また胃痛の予感が……」
「……? 胃薬も出しましょうか」
「あ、いえ、お構いなく……」
一方、ミューリー第三席により私室へ連れてこられたカネ子。
彼女の私室は丁寧に豪華と言うべきか、帝国城の大広間や先程通ってきた廊下とは違って、ベッドやクローゼット、机に本棚とある程度の家具しかないものの、それら全てが高級品といった具合だ。
薄暗くも木造の一室は安心感があるし、彼女一人で眠るには大きすぎるベッドが存在感を放っていること以外はとても良い部屋だと言えるだろう。
まぁ、流石のカネ子もミューリー第三席が救急箱を取り出そうとクローゼットを開けたときにメイド服しかなかったのには驚いたようだが。
「凄い部屋ですのね。何だか憧れちゃいますわ……」
「よく……、人を招きますから。皆さんこの部屋にいらっしゃったときにはそう仰っていただけますけれど、何分それらしい趣味もない身。家具ぐらいにしか掛けるお金がありませんので」
「あら、意外ですわ。ミューリー第三席は何かご趣味を持っていると思っていたのに……」
「……あるにはあります。しかし然程大した趣味でもありませんから。ミツルギ第八席のように趣味などなく全てを商売にと徹底できなければ、ユナ第五位のように趣味が高じてお仕事に、と言う風でもありません。中途半端な女ですよ」
「そ、そんな事はありませんわ! 私、今日の運搬一つでもミューリー第三席の凄さを垣間見ましたの……。趣味なんかなんて言うつもりはありませんけれど、それでも充分ミューリー第三席様は素晴らしい御方です!」
「……えぇ、ありがとうございます」
僅かに、鉄仮面に日差しが差し込んだ気がした。
カネ子は自身の手当のために道具を用意してくれる彼女を見つめつつ、そんな様子にほっと息をつく。
――――まぁ、内心では早く帰りたいと念じ続けていたワケだけれど。
「では、お尻の手当をしましょうか。スカートを脱いでいただけますか?」
早く、帰りたい。
「え、えぇ、いえ、そんな」
「隠しても歩き方を見ていれば解ります。メイドですから」
「で、でも、あの……、道具さえ貸していただければ自分で……」
「お尻の手当を自身で行うのは難しいですよ。さぁ、女同士なんですから恥ずかしがらずに」
「で、でも」
「良いんですよ」
瞬間、気付けばカネ子の体はベッドの上に投げ出されていた。
転がされたのか転んだのかさえ定かでない内に、ミューリー第三席が上に覆い被さっていたのだ。
彼女の指はカネ子の拡がった金髪を梳くようにベッドを這い、放り出されたカネ子の腕を絡め取っていく。
あの時の恋人繋ぎよりも妖艶に、監獄の檻のように。
「恥ずかしがることはありません。傷薬を塗るだけですから……。何ならポーションを飲みますか? 傷薬の方が効果はあると思いますが……」
「ぽ、ポーションでお願いします……」
「そうですか」
意外にも檻はするりと解かれ、ミューリー第三席は机に置かれた救急箱の元へと歩いて征った。
カネ子のも安堵したのだろう。上から彼女の姿が退いた瞬間、強張っていた肩を落とした、が。
「では」
ポーションを仰ぎ飲んだ彼女に、再び体を硬直させた。
「みゅ、ミューリー第三席!?」
「…………」
無言のまま、彼女はカネ子に歩み寄っていく。
言いしれぬ恐怖の元に後退ったカネ子だが、大きなベッドの中で逃げられるわけもない。
やがてベッドの上に膝を乗せ、擦り寄るように近付いてきたミューリー第三席に、彼は壁まで追い詰められた。
ただ這い寄られ、体を密着させることで手を繋ぐよりも堅牢な檻となる。カネ子は涙目になりながらも必死に背中を壁に擦り寄らせたが、やがて近付いてくるミューリー第三席の鉄仮面の唇に顔を背けることしかできなかった。
しかし、そんな微かな抵抗も、ミューリー第三席の指が打ち壊す。
彼女はカネ子の顎をクイッと持ち上げ、口に含んだポーションをそのままカネ子へと注ぎ込む。抵抗する間もなく、唇と唇を触れ合わせて、注ぎ込む。
――――そう、口移しだ。
「ん、ぅっ……? ぐっ……!」
「…………ぷはっ」
離れた唇はポーションの雫で艶めかしく照り輝き、鉄仮面の舌はそれを味わうように舐め取った。
いつの間にか彼女の鉄仮面に潜む表情は従者のそれではなく、獲物を狩る獣の眼光となっている。
決して逃がさず、己の腹中に抱え喰らう、獣が如き眼光に。
「な、何をっ……!」
「カネ子さん、今まで私の領域に踏み込んで、立って帰った者はいません。二度と来ないと泣き叫ばなかった者もいません」
ぱちん、と。
ミューリー第三席の指が鳴らされた瞬間、素朴ながらも洗練された高級感溢れる部屋は一瞬の内に変貌し、ピンクのライトと口に出すのも憚られるような道具の数々に埋め尽くされた、卑猥一辺倒の部屋と化した。
部屋の主もまた、本性を現すが如く首元のリボンを解いてエプロン服を脱ぎ置き、双眸の底に妖しげな光を灯す。
「ですが同時に……、またこっそりと私の元を訪れなかった人もいないのですよ」
カネ子は確信する。いいや、確信していた上で、さらに確信する。
――――あの噂は本当だったのだ。ミューリー第三席は女好きという噂も、毎夜毎夜、或いは昼にさえ娼婦を部屋に連れ込み壊してしまうという噂も、その全てが物憂げに彼女の虜になってしまうという噂も。
この鉄仮面メイド、噂以上にとんでもない女だ。この女に捕らえられたら、どんな女だって快楽の沼に堕とされてしまう。
じゃあ、もし男だったらーーー……? 言うまでもない。
きっと、殺される。
「みゅ、ミューリー第三席!? こういうのは好いた者同士でやるべきことであってですね!?」
「問題ありません。私は貴方を愛していて、貴方も私を愛します、これから、嫌でも」
「む、無理やりはよくないと思いますわよ!?」
「……それもそうですね。無理やりはよくありません。貴方の自主性に任せましょう」
「お、おぉ! では!!」
「ただし今から三十分後に答えを出していただきます。その間、私は全力で焦らし続けますのでどうぞ耐えて下さい。……あぁちなみにこの前、同じことを口にした女の子がいましたが、三分で泣き叫びながら涎を垂らして私に腰を擦り付けてきましたよ」
「ヒェッ」
逃げ場はない。カネ子は瞬間的にそう直感した。
このままではあの戸棚の見たこと有るような無いような道具で見たくない事をされるに違いない。何だあの紫色の機械、片腕ぐらいあるぞ。
いや、そう、それ以前にスカートを引っぺがされたら終わりだ。男だとバレたら、終わりだ。
「大丈夫、心配ありません。私は女の子を心の底から愛しています。貴方はただ今この時から、新たな扉を開くだけで良いのです」
「お、男は……?」
「殺します」
「ハイ」
――――どうする? 逃げる? 無理、この状況とこの圧迫感で逃げられるわけがない!
最悪暴れて逃げることもできなくはないが、相手は十聖騎士の第三席に君臨する超メイド! 純粋な身体能力で勝負した場合、勝ち目は充分にあるが、負け目も同じぐらい充分にある!!
と、なれば逃げる手は一つ。あの疫病神に頼らなければいけないのはどうしようもなくイラつくが、だからこそ信頼できる! あの馬鹿ならきっと何かとんでもない騒ぎを起こすはずだ! 聖女誘拐とか、聖女暗殺とかその辺の!
そうなれば、そう。きっとこの状況からもーーー……。
「…………」
と、そんなカネ子の希望に応えるが如く、ピンク色のライトに照らされ、そういう部屋と化した一室を覗く瞳があった。
彼はベッドの端際に追い詰められながらもその目に気付く。間違いない、フォールだ。
「……!」
信じていた、あぁ信じていたとも! お前なら来てくれると!!
騒ぎを起こさなかったのは意外だったがむしろ良い! 普通に助けに来てくれるとか予想の斜め上過ぎて予想してなかったけど万々歳!
ありがとうフォール、感謝するぞフォール! ありがとう、あぁありがとう!!
お前こそ心から信頼できる最高の友だ! ありがとう、センキューフォール!!
「……うむ」
――――パタン。
「………………」
「あら、何処を見ているんですかカネ子さん? ……大丈夫、扉もちゃんと閉めてありますよ。恥ずかしがり屋でカワイイですね」
ファッキューフォール。
「さぁ、それでは目眩く夢の世界へご案内……」
この瞬間、カネ子、と言うかカネダの死亡が確定した。
盗賊は二度刺す。もとい、盗賊は二度挿される。
これ、常識。
「さて、と……」
で、非業の死を遂げた盗賊を見捨てたド外道ことフォール。
彼は聖女の部屋の前に台車をそのまま置き去りにして、平然と一人、廊下を歩み進んでいた。
しかしそんな清純で何処か冷たさのあるメイドが廊下を歩いている風景とは裏腹に、彼の脳裏では様々な情報が錯綜、整理、結合されている。一つの答えを導き出す為に組み替えられて行っている。
しかしもう殆ど答えは出ているようなものだ。全ての要員が自然と一つの答えに彼を向かわせる。
迷路を歩んでいると言うより、看板に沿って歩んでいるかのようなーーー……。
「……やはり、か」
そして彼はある確信を持つ。
七割の確信を九割にしたようなものだ。対して感慨深くもなければ当然の帰結だろうという感傷しか浮かんでこない。
だが、ほんの僅かに、何処か感心するような感情もフォールの中には存在していた。
「兎も角……」
と、彼は一端その思案を退けて、とある女(?)盗賊との約束を思い出す。
いやしかしあの様子は邪魔しては悪いだろうと首を振り、また先程の思案に意識を戻していった。
――――まぁ、そんな気遣いがとある女(?)盗賊に消えることなき憎悪を与えることになるのだがーーー……、そこはそれ、また別のお話というヤツである。
「あの男に、会いに行くとしようか」




