【エピローグB】
【エピローグB】
「その……、大丈夫か?」
「言うな。…………何も、言うな」
さしものフォールも、それ以上何かを言うことはなかった。いいや、何かを言えるはずなどなかった。
――――未だかつて、これほど残酷な事があっただろうか。
血塗れの体を引き摺り、血反吐を吐く思いで会議出を脱出して通気口を通り、ようやく倉庫まで辿り着いたというのに、嗚呼。
こんなに、残酷なことがーーー……。
「フォール、俺は置いていけ。ここでリタイヤだ」
「だが」
「だがもクソもあるかよ! こんな、こんな状態でッ……!!」
カネダの拳が石壁を穿ち、埃がぱらぱらと舞い落ちる。
それは男の悲痛な叫びだったのだろう。本来なら今すぐにでも嘆き悲しみ、慟哭を吐き出したいはずだ。
だが、そうすれば全てが水泡に帰す。故に彼は拳で叫ぶことしかできなかった。自身の無力と不幸を呪うが如く、そうすることしか、できなかったのだ。
「俺はもう、どうしようもないんだよ!!」
「だが尻穴にダメージを負ったぐらいで……」
「譲れない尊厳ってモンがあるんだよ男にはぁ!!」
尻丸出し男のセリフじゃねぇ。
「せめて着替えたい……。せめて、せめて着替えさせてくれ……。もう尻へのダメージは我慢するから、せめて……」
「悪いな、手持ちに裁縫道具があれば良かったんだが生憎と魔道駆輪の中だ。いつもは持ち歩いているんだが……」
「裁縫道具あったって縫えなきゃ意味ないだろう!」
「仲間が着ている寝間着は全て俺の手造りだ」
「お前のその無駄な技術は何なの!?」
ちなみにリゼラ達は知る由もないが、普段使っているタオルやハンカチの刺繍は全て勇者製である。
――――と、それは兎も角。彼等は現在、あの会議室から脱出して次の目的地である倉庫へと訪れていた。
倉庫と言えど幾つかはあるものの、フォールの持っていた地図をカネダが確認する事で構造や配置から彼等の装備が納められている倉庫を断定、一発で探し当てて見せたというわけである。
無論、装備も山積みになっている様々な道具の中から無事に回収完了。フォールは愛剣や魔道駆輪の鍵、ついでに調味料などを取り返すに到っていた。
「しかし困ったな。尻の怪我は兎も角、衣装は誤魔化せまい。通気口を通るにしても外や独房まで繋がっているわけでもなし、確実に騒ぎになるぞ」
「だから置いてけって言ってんじゃんもぉおおお……。やっぱり疫病神だお前は……。何で俺がこんな目に……」
「疫病神とは失礼な奴だ。だが、どうしたものか……」
と、フォール。何かを見つけたらしく、埃だらけの荷山を引っ繰り返す。
どうやら上下揃った衣類のようだ。それも、丁度二着分あるではないか。
「カネダ、服があったぞ」
「マジか! ははは、なーんだ、疫病神も偶には運があるじゃないか!」
「だから疫病神ではないと言っているだろうに」
「それもそうだな!」
「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA」」
で、結果。
「……………………フォール君、ちょっと」
「何だ」
「これ、メイド服じゃないかな……」
「そうだが? ……待て、どうして銃を抜く?」
「どうしてだと思うかなァ……?」
疫病神はやっぱり疫病神だったよ。
「だが考えてみろ。確かメイドの大行列があっただろう、アレに混じれば問題なく移動できるんじゃないか?」
「……まぁ」
「それに恐らくもうそろそろ脱獄が発覚するか、牢守達が目を覚ます頃だろう。このままの格好でいるよりかはメイド服でいた方が良い」
「ぐ、ぐぅ……」
「そういう事だ。多少の格好は仕方あるまい……。と言うことで」
フォールが取り出したのは使い古された化粧道具一式だった。
どうやらメイド服と一緒に荷山の中に埋もれていたらしく、多少減っているとは言え二人がおめかしするぐらいの量はまだ充分にある。
化粧水に口紅、白粉につけまつげ、と。野郎共の女装大会には贅沢すぎる品々だ。
「……いやぁ、流石のフォール君も化粧なんてできないだろう? 見よう見まねよりかはすっぴんの方が」
「できるが」
「なんでぇ?」
「仲間内の女どもは肌に気を付けない連中が過半数でな。最近は寝る前に潤い保持の為に化粧水を塗ってやることもしばしばだし、ルヴィリ……、いや、唯一化粧を知っている女に折角だから習っておいた。何事も経験だな」
特異そうに語るフォールは剣の反射を利用してぱたぱたと肌に白粉をつけていく。
この男、迷いがない。
「さてカネダ、貴様もこっちに来い。『これが……わたし…………?』を言わせてやる」
「言うワケないだろ馬鹿か!? そもそも俺に女装の趣味なんかなくてだなオイ聞いてんのか用意するな化粧品を無駄に手際が良いなチクショウ! 言わない、絶対言わないぞ!! 俺にそんな趣味なんかないんだからな!!」
で。
「これが……わたし…………?」
「うむ、中々どうして上手くいったな」
フォールの手腕により即堕ち2コマ。そこには生まれ変わったカネダの姿が!
傍目に見ればカネダは元々の金髪もあって、初々しいお嬢様が戯れでメイドの衣装を着ているようだ。
フォールもフォールで梳いた髪は流水のように美しく、目付きのせいで多少キツい印象を受けるが、それがまたクール美人という属性を見せつけるではないか。
例えるならば陽気なお嬢様とお付きメイドの優雅な昼下がり。こんなところだろう。
なお実際はーーー……、いや、精神衛生上よろしくないので省略する。
「これならばメイドに紛れて居ても違和感はあるまい。……ただ、カネダ。その内股はどうにかならないのか」
「……まだケツがヤバいでございますのよ、じゃない、ヤバいんだ。多少の内股は勘弁してくれ」
「別に良いが、言葉使いには気を付けた方が良い。戻って来れなくなるぞ」
若干手遅れな気がしないでも無いが、はてさて。
と言う訳で女装したフォールとカネダは物置から何気ない様子で出て庭園に入り、そのまま丁度、外廊下を歩んできたメイド一団の最後尾に合流した。
メイド達からは仄かにスープやソテーの香りが漂ってくる。どうやら、既に何度か料理を運んだ後らしい。往復しているところを見るに、まだ料理は各所へ運び切れてないのだろう。
ならば話は簡単だ。何気ない顔で料理を運ぶフリさえしておけば、後は自由に動けるのだから。
「上手く行きそうだわね」
「あぁ、貴様は手遅れだがな」
廊下を越えれば大広間。メイド達の一団は扉を開いて規則的な足音と共に入室していく。
既に検問時間が終わってフォール達が通ってきた頃より大分人数は少ないが、それでも未だ忙しなくバタバタと奔り回る文官や騎士の姿が多く見られた。もっとも、そんな連中もメイド達の大軍を前にしては物言わず道を譲るばかり。
フォールもそんな一団に後れを取らないよう、規則正しい足運びに気を付けていた、が。
「成る程、厨房があちら側……、む?」
ふと、彼は行列の中で足を止めてしまう。
見覚えのある魔王だの四天王だのが普段の数倍はマヌケな格好で、奇妙な衣装の女性達と話し込んでいたからだ。
――――全く、脱出もせずに何をやっているのやら。
「ちょっとフォールさん、足、踏み外してますわよ」
「む、すまんな。……貴様は道を踏み外しているが大丈夫か?」
「あらやだうふふ、何の事でしょう?」
「……本人が良いなら構わんが」
もう戻って来れないであろう男に微かな罪悪感を憶えつつ、フォールはメイドの一団について歩いていく。
一団はその後、予想通り厨房室に入った。後はこのままここで料理を受け取り、適当に誤魔化して逃げ出せば済む話だ。
しかし、厨房ではそんな些細な計画など吹っ飛ばすような、とんでもない喧騒が繰り広げられていた。
「一番! 早く検問所に昼飯を廻せ!!」「今日のメニューはソテーよ!? 誰がフライを作れと言ったの!!」「野菜はまだか、えぇい俺がやる!!」「メイド達が戻って来たぞ! 皿はまだか!?」「洗剤がなくなりました!!」「なにぃ、昨日のうちに入れ替えておけと言っただろう!!」「六番と七番は魚の下処理に移れ、メイン以外は八番から十二番に任せろ!!」「カッツェレタスは何処だ? 微塵切りにするだけなのにまだ終わらんのか!!」
修羅場も修羅場、帝国城全域の昼食を一カ所の厨房で作るだけあって正に大修羅場。
怒号が飛び交い罵声が降り注ぐ地獄絵図とはこのことか、キャベツの筋一本落ちただけで包丁が飛んでくるような大騒ぎだ。
しかしメイド達は誰一人動じることなく出された食事を的確に運んでいく。当然だろう、フォールやカネダからすれば地獄絵図でも、厨房のシェフやメイド達にとってはこれが日常なのだから。
「大騒ぎですわね……。けれど都合がよろしいわ、この騒ぎならきっと紛れ込むのに最適ですわよ」
「……あのサラダ、切り口が甘いな」
「手伝うとか言い出したら流石に怒りますですことよ」
勇者しょんぼり。
「それより早く料理を受け取ってこの場から出るとしましょう。これだけ忙しければ誤魔化せるでしょうけれど、何処でボロが出るかも解りませんですのことよ」
「……むぅ、せめて厨房を手伝ってから行きたいが仕方あるまい。まずは脱出優先で」
と、フォールの言葉を遮って絶叫に近い悲鳴が喧騒の厨房をつんざいた。
誰も彼もがその声に手を止め、息を止める。騒がしかった厨房は一瞬にして静まり返り、ソテーの焼かれる音だけが響き渡る。
――――何が、起こったのか。先程まで怒号を撒き散らしていた若手のシェフでさえ、メイド一団を率いていた熟練の老女さえ、無論、フォールやカネダまでもが声のした扉の向こうへと視線を向けて固まっていた。
数秒、数十秒、そして数分。ソテーの油がぱちんと跳ねたとき、不意に扉は開かれる。
「…………」
現れたのは無表情な機械人形、いや、メイド達を代表する超メイドこと、ミューリー第三席。
彼女は厨房へ踏み込むなり、辺りを一瞥するまでもなく両手を撃ち合わせる。すると人々は天敵に襲われた小動物のように跳ね上がってまた喧騒を取り戻した。
拍手一つで人々を動かすとは流石と言うべきか、その鉄仮面の置くに隠れているものを畏れるべきか。
「……マズいですわね。まさかミューリー第三席が来るとは」
「案ずるな、何の為の変装だ。……それより内股を直せ、目立つ」
「あらよろしいこと? 男の尊厳だけじゃなく人の尊厳までなくしますことよ?」
「……疫病神は貴様の方ではなかろうな」
などと言っている間にも、ミューリー第三席が現れたせいか、厨房の稼働率はさらに激しさを増していく。
フォール達の周りでメイド達は次々に奔り回り運び回り、何もしていないフォールとカネダが流砂の中に留まる鈍岩に見えるほどだ。
二人もこれではマズいと察したのか、いざ仕事はないかと一歩踏み出した、その時。
「……貴方達」
その肩をがっしりと掴む、手が。
「二人とも……、見ない顔ですが名前と所属を仰っていただけますか」
振り返るまでもない。ミューリー第三席だ。
声の調子からして明らかに疑われている。まさかあの数十人近い一団の顔を全て把握していて、この喧騒の中で侵入者たる自分達を発見したとでも言うのか。
いやーーー……、有り得る。何せ相手は十聖騎士第三席の超メイド。その程度のこと、脳ミソに入っていたとしても不思議ではない。
「…………」
「……あら、嫌ですわ」
フォールがどうするのかと目配せするが早いか、カネダが口を開くのが早いか。
流石は盗賊。窮地の脱出の為ならば人三倍判断が速い。
「普段は庭師として働いているフォー子とカネ子です。聖剣祭の間はこちらに人手を廻すよう通達があって来たのですが、ご連絡は受けていらっしゃいませんか?」
「……来て、いませんね」
「あぁ、そうですか……。この忙しさですから無理もないのかも知れません。では後ほど何方かを通じて、改めてミューリー様の方へ連絡を。今は、ごめんなさい。我々も給仕を行わなければいけませんので……」
「そうでしたか……。引き留めてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。 ……行きましょう、フォー子」
カネダ、もといカネ子は屈託のない愛想笑いで一礼すると、フォールの手を引いて棚に上げられた料理の方へと向かって行く。
足取りも表情も、慣れない職場に放り込まれた女性らしき緊張感はあるが、冷や汗一つ流してはいない。
ミューリーはそんな彼等の肩から滑り落ちた手を握り締め、静かに踵を返していった。
「……やるではないか」
「フフフ……。冷や汗一滴、命の雫ですわ。かなりギリギリでしたけれど、自然な演技ができて良かったですのことよ」
「そうか、自然なのはマズいと早く気付くべきじゃないか」
「ちょっと貴方、先程からちょくちょく毒が……。やだ、髪がほつれちゃったわ。後でお色直ししないと!」
「……赦せカネダ、貴様は良い奴だった。よろしく、カネ子。ハッピーバースデー」
フォールとカネ子は小声で言葉を交わしつつも、棚の料理に指を掛けた。
――――後は運ぶフリをして独房を目指すだけだが、気に掛かるのは先程の悲鳴だ。
平然と入ってきたミューリー第三席を見るに、恐らく帝国側の人間が被害に遭ったわけではない。
となれば必然、答えは導き出されよう。あの場所で絶叫のような悲鳴を上げ、なおかつこの城内にいて、帝国側の人間でない者など、彼女達しかいないのだから。
「……あの馬鹿共、いったい何を」
「少しよろしいですか」
皿に掛かったフォールの指先が止まり、カネ子の肩が跳ね上がった。
先程のように肩を掴まれたわけではない。だが、あの時よりも数段上の重圧が彼等の全身を押し込める。
彼等を呼び止めたのが誰かなど、最早言うまでもない。言うべきは彼女が纏う、異様なる気配のみ。
「カネ子さん……、でしたか。随分と歩き方がぎこちないですけれど、何処か具合でも?」
「…………す、少し。い、いえ、大したことでは、ありませんので」
「いえ、いけませんよ。油断と違和感は大病の元ですから。……そうですね、ではカネ子さんとフォー子さん、今から私の給仕を手伝っていただけませんか。帰り際に私の私室で簡単な介抱を行いますので」
「い、いえ、そんな……」
「遠慮なさることはありません。例え一時であれどメイドは皆、私の部下ですから」
――――逃げられない。
フォールとカネダの直感は奇しくも重なり、そこから『飯をとどけた隙に逃げる』という共通の答えに辿り着く。
例え同伴者が十聖騎士であろうと、とどける相手はそうでもないはず。ならば必ず、隙ができる! その隙さえあれば脱出できるはずなのだから!!
「では聖女様の元へ行きましょうか。サラダとスープは私が運びますので、御二人は台車を引いて来ていただければ結構ですので……」
「え、えぇ、承知…………。失礼、今、誰の元へと?」
「聖女様です」
「はい?」
「聖女様です」
――――フォールと、カネ子。
二人は敵陣真っ直中、うだるような喧騒の中で。
「「……はい?」」
もう一度その名を、聞き返した。
読んでいただきありがとうございました




