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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
裏切りの十聖騎士
150/421

【5】


【5】


「えーっと、今日はこんなトコか」


「おうお疲れ~。この時期は大変だなぁ」


 帝国城、検問所。

 帝国の中心である巨城へ続く四方の大橋の入り口に構えられた施設であり、帝国城へ入る為には決して避けては通れない場所である。

 ここでは数名の騎士が帝国城への謁見者や納品物を管理、記録する役割を担っていて、一日数千近い人々を記さなければならないという、ただの門番には務まらない激務の地だ。

 無論、昨今のように聖剣祭目前の日となれば彼等が恐れる激務が数百倍に膨れ上がり、人員もいつもの数十倍に増加するという、帝国に勤める文官ならば誰もが恐れる地獄のデスマーチの開催所でもある。

 今日もそんな午前中のデスマーチがようやく終わったところで、検問所の最終当番である二人の騎士はようやく訪れた安息の時間に大きく息をついていた。


「にしても聖剣祭延期って聞いたかオイ。もう本当勘弁してくれよ……」


「だよなぁ、今年はもう七人倒れたっていうのに……。十聖騎士(クロス・ナイト)の方々は何考えてんだ」


「何でもほら、アレだろ? 聖女様の預言が……」


「あぁ、あの……。だけど妙だよなぁ、数年前までは聖女様もよく顔を御見せになってたのに、最近はめっきり出てこない。やっぱりアレかね、病っていう噂は本当なのかね」


「おい、縁起でもないこと言うなよ。ただでさえ国王様と王妃様が床に伏していらっしゃるんだ。もしあの方まで病になられたら、この国はどうなることか……」


 仕事の疲れもあってか、騎士達の話はどうしても暗い方へ暗い方へと流れてしまう。

 無論、疲弊によるマイナス思考ばかりが原因ではないのだろう。この国に蔓延しつつある、言いしれぬ不安がそうさせているのだ。

 今は祭り騒ぎで誤魔化せているが、聖剣祭が終わればどうなる事やらーーー……。


「っと、こんな空気はいけないな。どうだ、この後一杯。良い店を見つけたんだ」


「もしかして表通りのあの店か? 新しくできた、あの」


「そうそう! 他の連中も誘ってさ、ぱーっと一杯……」


 だが、吐息を切らすように絶句する。

 騎士仲間は眼を見開いて震える同僚に首を傾げながら、恐る恐る彼の視線の先を追った。

 そこにいたのは、何と言うか、その、本当に何と言うべきか。


「ヘイカモベイビィユー!!」


 パレードダンサーに囲み担がれて凱旋する、サングラス姿の変態でした。


「HAHAHAHAHAHA! YOU達ご苦労SANSAN太陽SUN!! 吾輩が来ましたよ君達ィ!!」


「「…………」」


 ――――ガッシャアアン。

 本日の検問は終了しましたお疲れ様でした。


「待ってウェイトウェイト何で閉めるのぉ!?」


「衛兵を呼ばないだけマシと思えよ貴様等ぁ!! 何だその、何、なに、何なんだ貴様等ぁ!!」


「踊り子娼婦に担がれたサングラススーツの女とか閉め出すに決まってるだろ!! 大道芸人が真顔で猛獣放つレベルだぞ!!」


「あれ、そう? 自然な格好だと思ったのに……」


「「お前の存在その物が不自然だよ!!」」


 声を揃えて非難され、しょんぼり膝を抱えるサングラススーツことルヴィリアと、そんな彼女をよしよしと慰めるエロい格好をした魔族の女の子達。

 しかしそこは流石の変態ルヴィリア、目の前で布地一枚越しに揺れるおっぱいを眼にしたことで見る見る内に元気と勇気を取り戻し、偉そうに葉巻を咥えて立ち直る。


「おいおいおい君達ィ? 僕にそんな態度を取って良いのかねぃ?」


「な、何だ……!? 取ったら、どうだと言うんだ!!」


「君達は後悔することになる。それでも良いのかねぇ? うぅ~ん?」


 やたらと強気に出るルヴィリアに、騎士達も困惑と焦りを憶えたのだろう。

 仲間の応援を集めて平静を保とうとしているが、その表情には明らかに動揺の色が見て取れる。

 彼等に呼ばれてきた仲間もそうだ。何だこの一団はと言わんばかりに息を呑み、ルヴィリア達に圧倒されていた。


「こ、後悔だと……? さっ、させ、させてみろ!!」


「ほう、そこまで言うなら拝むが良い……。君達は必ずこう言うはずさ。『あぁ貴方様に逆らうべきではなかった! こんなに美しい者を見られるのなら何でも言うことを聞きましょう』……、とね」


 静寂の中にごくり、と騎士達の息を呑む声が響き渡る。

 変態により完全な掌握が成された空間。そして、彼女はそんな絶対的立場を確固たる者とするべく、最後のトドメに取り掛かった。


「カモォンッ! エロメイドコスOFシャルナたん!!」


 ルヴィリアの合図と共に現れたのは、褐色肌を極限にまで露出させながらもフリルとの絶妙なラインにより隠すトコは隠すという最強エロメイド装備に身を纏った、シャルナだった。


「る、ルヴィリアっ……。流石にこれは、恥ずかしいんだがっ……」


 ご覧いただきたい。まずポイント1。それは何より彼女の褐色肌を目立たせる純白のフリルである。極限の露出により一見下着のようにも見えるがメイドとして大切な部分を完全に押さえ、かつ視覚的に白と褐色のコントラストを奏でるギリギリの境界を攻める一品だ。

 ポイント2、腹筋。この衣装は全て彼女の特徴でもある芸術的な筋肉美を目立たせるものである。割れた腹筋、ごつごつとした二の腕に、引き締まったふともも。無論、ぴっちりとしたヒップや堅牢なる脇腹、汗が一滴流れる首筋も忘れてはいけない。また、丸々と開け放たれた背中のラインのエロさなど最早語るに能わず! 神はこの世に舞い降りたのだ。

 ポイント3、エロい香りのする香水。ママ特性の何だかエロい気分になれる香水である。もちろん店の女の子達も愛用中。一嗅ぎで男はメロメロだともっぱらの評判だ。原材料は聞いてはいけない。

 そしてラストポイント! 本人のエロさ!! 大胆不敵に開け放たれたエロメイド姿でありながら赤面と共にもじもじと悶える姿はエェェェクセレンツッッ!! これだけで御飯三杯はいける間違いない!!!


「「「…………」」」

 

「おぉっと! 写真撮影及びアレなことはご遠慮ください事務所を通して事務所を!! ふっふーん、どうだい? この僕直々にコーディネイトした最強エロメイドは……。君達も男ならこんな子にお世話されたいと思っちゃうんじゃないかい? ま、彼女が世話する男は決まってるけどね忌々しいことに!! だから手は出しちゃダメよぅ? ……しかし見るだけならこの慈悲深き僕は赦そう。君達の今晩のお供にさぁシャルナたんを!!!」


「総員、抜剣!!」


「「「抜剣!!」」」


 後に騎士達は語る。

 これほど迷いなき殺意を抱いたことはない、と。


「なぁーにがエロメイドだ男にそんなもん着せやがって! エロじゃなくてグロだろうが!!」


「テメェ視覚テロは心に消えない傷を負わせることもあるんだぞ!! ちゃんと配慮をしろ配慮を!!」


「そもそもメイドはエロじゃなくて献身的に奉仕する姿がカワイイのであって何でもかんでも露出させれば良いと思うなよ貴様!!」


「……止めるなよルヴィリア、無血開城など存在しなかったんだ」


「落ち着いてシャルナちゃん僕はエロいと思ってるよ!! 奴等に見る目がないだけなんだよ!!」


「差し出すのは貴様の首だ」


「あるェッッッ!!?!?」


 残念でもないし当然である。


「えぇい、何をやっておるか阿呆共……」


「り、リゼラ様!!」


 と、そんな馬鹿騒ぎをしている彼女達の後ろからのそりと現れたのは親玉こと魔王リゼラだった。

 何故か彼女もサングラススーツに葉巻というチンピラ同然の格好なのはまぁ置いておいて、流石は魔王だけあって威風堂々さは超一流。

 彼女は女の子達を退けつつ、ルヴィリアと最強エロメイドも退けつつ、抜剣した騎士達の前に歩み出る。


「大人しく道を開けよ、凡兵ども……。妾達の行く手を邪魔するというのであれば、如何に貴様等が無垢な子羊であろうと容赦せぬと心え」


「お嬢ちゃん飴あげるから向こう行ってようね」


「わぁい」


「光の速さで籠絡された!!」


「流石にそれはどうかと思うよリゼラちゃん!!」


 飴はパイン味だったそうです。


「さぁーて貴様等……、いい加減にお巫山戯もここまでだ。貴様等が何者であれ、これ以上我々の職務を妨害するのであれば、或いは敵意を見せるのであれば捕縛しなければならない。暴れるようなら独房行きだ」


「この人数相手に逃げ切れる自信があるなら立ち向かってこい。そうでないのなら大人しく、目立たないようにして帰ることだ。祭りがあると必ず馬鹿が出る。お前達もその馬鹿の一部ということにしておいてやろう」


 じり。騎士達が真剣を構えながら一歩躙り寄った。

 女の子達は恐れに短く悲鳴を上げ、シャルナは荷物に隠した覇龍剣に手を掛ける。リゼラは飴を舐めている。

 しかし智将、ルヴィリアの余裕は揺るがない。彼女の策に抜け目無し。


「君達ぃ、本当にそんな口聞いて良いのかぁ~い?」


「……メイドの次はウェイトレスか?」


「でも私は一向に構わないんだけどねぇ、そうじゃないんだよん。……ほら、私達を見れば解るでしょ? 何で呼ばれたか、ねぇ?」


「何……?」


「そこを口に出させるってぇのは野暮だよ君ぃ。そりゃねぇ、十聖騎士(クロス・ナイト)様もねぇ? やっぱり幹部で神職と言えど溜まるモンは溜まるってねぇ?」


 彼女の口振りに、騎士達は狼狽えながらも眉根を顰め込む。

 ――――つまりは、この巫山戯た格好も色情を煽る香水も最初からの揺さぶりも、全て揺動のためだったのだ。

 戯けた態度で近付き、相手に自身の優位を確信させたところで気まずい話題をブチ込む! 誰だって上官のエロ事情なんて聞きたくないものである。

 こちらの驚異がないことは先程の巫山戯た態度で示した! さぁ何処からでも何とでも言うが良い!! 上官に取り次げば気まずい思いをし、追求すればするほど互いに傷を負うこの諸刃の策戦!!

 破れる者やーーー……、無し!!

 あとエロメイドだけは完全にルヴィリアの趣味である!!


「まぁ気まずいのも解るけど、ここは穏便に一つ話し合いでだね」


「あー……、解った解った。行け、どうぞどうぞ」


「ありゃっ」


 思ったより、いや。

 かなり、あっさり。


「……通して貰う方が言うのは何だけどさ、良いのかい?」


「あぁ、アンタ等初めてか? だろうな、あの人に頼まれて二回目くる連中なんて居ないもんな……」


 ふと、ルヴィリアは気付く。

 検問所の騎士達の表情が困惑や狼狽のそれではなく、ことごとく疲弊のそれであることに。


「ミューリー第三席が何処にいるかなら帝国城のメイドに聞けば解るよ。最悪、広間で名前を呼んでやりゃあ良い。あの人ならすっ飛んでくるだろ……」


「色狂いだからな……」


「しっ! ……まぁ、そういう事だ。その、何だ。今から行くあんた達に言うようなことじゃないんだが、その、何と言うか。……今日は帰れないと思った方がいいぞ」


 騎士はそうとだけ言い残すと、検問所の門を開けてくれた。

 女の子達含め、皆々は何処か申し訳なさそうに門を通っていくが、騎士達は視線を合わせもしない。

 いや、合わせないのではなく逸らしている。まるで今から死地へ無駄死にの為に向かう戦士を見送るかのように、だ。


「……魔眼使うまでもなかったねぇ。最悪、力押しも考えてたんだけど」


「でもぉ、そのミューリー第三席とかがエロ野郎なせいで入れたんだしぃ、結果オーライじゃなーい?」


 と、店の女の子。


「そうだねぇ、ちょっと気に掛かるけどどっちみち侵入しないといけなかったんだし、検問所も正式に通過できたし、運が良かったことにしておこうかな。……それより、さぁ問題はここからだよん」


 彼女達が進むのは、朝方リゼラ達が通ってきた大橋だ。

 流石に検問閉鎖後の時間というだけあって人通りは少ないが、それでもちらほら騎士や王城勤務の者達の姿が見える。

 無論、これから侵入する城の中となれば尚更だろう。

 下手をすれば、それ以上の存在にさえ遭遇しかねないのだから。


「確認するよ。帝国城の中に入ったら皆はメイドの格好に着替えてもらうからねん。その後、皆は事前に知らせてた通りの行動よろぴこにゃん♪」


「「「「「はーい☆」」」」」


「リゼラちゃんとシャルナちゃんもメイドの格好になって貰うけど、僕達は中枢部に侵入するからね。ちょっぴり覚悟してもらうよん」


「もうこの格好じゃないなら、何でもいい……」


「飴うめぇ」


「うーん、不安しかねぇや!」


 若干今更である。

 ――――なんて言っている間にも、彼女達の前に巨大な門が立ちはだかった。

 帝国の紋章が刻まれ、二本の大柱と、金紅の交わりにより形作られて君臨する門だ。とても一人二人の力で動くようなものではない。

 帝国外の城壁や検問、大橋の架かった湖ときて、この門。この帝国城、象徴としてばかりではなく城としても堅牢な造りと言うことか。


「えーっと、これどう開いてたっけ。あっちの門番に聞いたら解るかな」


「何か中からの機関で開くんじゃないか。それか、魔法で仕掛けがーーー……」


 感覚を確かめる為、シャルナが扉に手を触れた途端に門は動き出す。

 地鳴りの轟音と脚を揺るがす震動だ。開き導かれていく重門を前に、シャルナは思わず後退った。

 いや、後退ったのはその門の衝撃故にではない。厚さ数十センチ近い門の向こうからでも感じられる、否、開いた瞬間から感じられた、背筋を引き抜かれるかのような驚異故に、後退ったのだ。

 ――――強い。何者かは解らないが、強い。自身と戦えば必ずどちらかが死ぬであろうほど、強い!


「……おや」


 開かれた門から覗いたのは、一人の男だった。

 帝国紋章が縫われた衣を背負い、腰に王剣を携えし銀髪の男。

 純銀の甲冑を身に纏いて覇道を歩むが如く、毅然なる足取りで中央を進みし男。

 その者は王だった。地位としてではなく、人としてでもなく、騎士としての王だった。

 その者は剣士だった。職業としてではなく、身形としてでもなく、在り方としての剣士だった。

 その者は君臨者だった。生命としてではなく、生物としてでもなく、この世の頂点としての君臨者だった。


「これはこれは。麗しいレディ達だ」


 男の名はーーー……、カイン・アグロリア・ロードウェイ。

 十聖騎士(クロス・ナイト)第一席、帝国最強の剣士にして、『光の騎士』である。


「ッ……!!」


 シャルナは反射的に、さらに半歩後退って荷物の中にある覇龍剣に手を掛けた。

 女の子達やルヴィリアは何事かと首を捻り、カインの後から続いてきたお付き人らしき数人の騎士も気付くことなく主人にどうしたのですかと問い掛ける。

 だが、カインは違った。彼だけはその様子に甘い微笑みを向けながらも、片手を懐へと差し込んでいる。

 ナイフかーーー……、それとも銃か。いや、どちらにせよ何にせよ、例え何の変哲もない棒きれだろうと、彼が持てば名刀に勝る凶器となろう。

 この男にはそれだけの実力が、ある。


「……あ、この人あれじゃなぁい? カインさま~」


「きゃー! ホントだぁー!! かっこいいー!」


「あ、あの、サイン貰えますか? サイン……」


 睨み合い、双眸で警戒と焦燥を交わらせるシャルナとカイン。

 そんな二人の緊迫など知る由もなく店の女の子達ははしゃぎ周り、それをお付きの騎士達が制していく。

 しかし彼等は揺らがない。周囲の雑音を打ち払うが如く、凍てつく静寂の中にいる。

 深海の泥を掬い取ったかのような、静寂の中に。


「……おっと」


 だが、そんな静寂を打ち払ったのは意外にもカインの方だった。

 彼は今までの沈黙が嘘だったかのように陽気な表情に戻ると、懐を漁る仕草と共に申し訳なさそうに苦笑する。


「ごめんね君達、サインをあげたいんだけどペンを無くしてしまったんだ」


「「「「「えーーーっ!!」」」」」


「はは、お詫びに今度お店へお邪魔するよ。またその時にね」


 蕩けるような微笑みに女の子達は黄色い歓声を上げ、それに見送られてカインはお付きと共に橋を渡って行った。

 彼が過ぎ去ったことで緊迫が溶けたのか、シャルナも覇龍剣の柄から手を離してほっと胸を撫で下ろす。

 ――――もし、もしも、あの男が剣を抜いていたら。いや、そうでなくともペンを持っていたのなら、どうなっていた事か。

 この場で戦えないのは奴が騎士故だろうが、戦えないのはこちらも同じ。いや、もし戦っていたとしても無傷で済まないのは承知の上だっただろう。

 ともすれば、運が良かったのはあちらかーーー……、それともこちらか。


「初めて面と向かったけど気に入らないなぁ、アイツ。イケメン死ねば良いのに」


 と、愚痴るようにルヴィリア。


「凄まじい私怨だな、貴殿は。……だがそれにしてもあの男、途轍もない殺気だった。こちらが魔族だと見抜かれはしなかったが、もう暫く観察されていたら解らなかっただろうな。……十聖騎士(クロス・ナイト)とやらも油断ならない相手、ということか」


「だけじゃないよん。アイツ、女の子達が店の子って知ってたじゃないか」


「……成る程、騎士というのはどうやら実力だけではないらし」


「アイツもむっつりスケベだったって事だね、ちょっと見直したぞ!」


「…………リゼラ様、何か一言」


「飴もう一個貰えば良かった……」


「リゼラ様……」


 空になったパイン飴の袋を食む魔王と、エロは世界を救うとか何とか叫んでる変態と女の子達。そしてそんな皆を前に心の底からため息を吐き出すシャルナ。

 まだ城にも入っていないというのに、既にストレスゲージはマッハの加速だ。

 こんな事で無事、フォールを救い出せるのだろうか、と。


「…………」


 思案する彼女を刺すように、一人。


「……カイン様? 何か?」


「いや……」


 カイン。十聖騎士(クロス・ナイト)第一席の男は橋の半ばで振り返り、未だ門前で騒ぐ彼女達を見ていた。

 然れどその視線に優しさや朗らかさと言ったものは一切ない。ただ冷徹に、純粋過ぎる焔のような冷たさだけがある。

 冷たさという、敵意が。


「君達……、彼女達を捕縛してきなさい。あれは侵入者だ」


「はっ……、しかし検問と通ったところを見るに、祭りの演芸者では? 若しくはミューリー様のご注文かと……」


「はは、如何にミューリー君と言えど会議の直後に娼婦を呼んだりはしないよ。それにただの演芸者があれだけの反応を示せるのなら聖堂騎士にスカウトしたいぐらいさ」


「……成る程、そういう事でしたか。では直ぐさま警備の者を手配します」


「あぁ、よろしくお願いするよ」


 カインの合図により、付き人の騎士が橋を戻る、かに思えた。

 その肩を力強く、骨さえも砕かんばかりに掴む手がある。指は震え掌は汗ばみ、掴まれている騎士にさえ動揺が伝わるほど震えている、手がある。

 騎士は何者かと叫びながら剣に手を掛けて振り返った、が。

 そこにいたのは、他ならぬカインその者だった。


「……待つんだ」


 つい数秒前に下した命令に待ったを掛けたカイン。

 彼の額には大粒の汗が浮き出、目元は細かく痙攣し、閉じることを忘れた口端からは汗とも涎ともつかぬ雫が流れている。

 それは恐怖とも畏れともつかない、動揺としか現しようのない震えだった。


「か、カイン様……!?」


「い、いい……。いいんだ……。私の見間違いだった、見間違いだったよ。間違いだ」


 カインは何度も何度も自身の言葉を訂正しつつ、必死に騎士を制止する。

 その様子はお付きの騎士でさえ見たことがないものだった。いや、聖堂騎士の誰だって、この国の誰だって見たことがないだろう。

 あの騎士が、最強にして最優の騎士が、『光の騎士』が、怯え震えている姿など。


「い、行こう。早く行こう」


 だが、そんな猜疑に思考を巡らす暇もなく、騎士はカインに急かされて共々に橋を渡って行った。

 その様子をリゼラ達が知る由はない。誰が彼に動揺をもたらせたのかも知る由はない。

 だが、ただ一人ーーー……、彼女だけは、リゼラだけは、何気なく擦れ違っただけの男を見て、首を捻っていた。


「……うーん?」


 何かを忘れているようなささくれに、吐息を零しながら。



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