【2】
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「フォールに会っただと? あ゛!?」
それは、何処のチンピラかと思うような声だった。
いやいや、何処のチンピラだってここまでガラの悪い声は出すまい。男の声はそれほどまでに醜悪というか、ドスが効いていた。
そして当然、そんな声を向けられてはどんな人物であろうと怯えるばかりなもので。
「ふぉ、フォっちじゃなくて、彼と一緒にいたリゼラちゃんとシャルナさんを見たって言うだけであってぇ……」
「フォっちィ!?」
「ひゃああ」
「怒鳴るなメタル。傷に響く」
と、そんな風に恫喝加害者と被害者の隣で湯を煮立たせるのは、金髪頭に包帯を巻き付けたカネダだった。
先日の偶発的な爆破に巻き込まれたことで出来た傷だろう。軽傷ではあるようだが、如何せん傷が深い。肉体的って言うか、精神的に。
そう、彼は確信していたのだ。そして同時に恐怖していたのだ。
そうか、あぁそうだ。あのレースで最後の最後に争っていたのは奴等だったのだ、と。そして疫病神も間違いなく奴等だったのだ、と。
どうしようもなく否定したい現実を何度も突き付けるように、確信していたのだ。
「唯一の救いはメタルが馬鹿なことかな……。気付かないから」
「ンだとゴラァ! 聞こえてんぞ!!」
「お前ミルク入れるんだっけ」
「いや俺は要らん!!」
「あ、僕はお願いします」
「へいへい」
カネダは自家製の豆を焙煎したりと挽いたりと流石のこだわりを見せつつ、珈琲を淹れていく。
――――現在、彼等は平原にいた。さらに言うのであれば帝国の眼前、群衆が夜明けの開門を待つように彼等もまた開門を待っていた。
日が昇ると共に開き、日が沈むと共に閉まる帝国の大城門。この規則は絶対であり建国以来一度も破られたことはないという。
それは例え聖剣祭が開催間近となっている現在でも変わらない。この城門は帝国の厳格たる規律を知らしめるに始めり、知り締めるに終わる象徴的存在だ。幾ら御目出度い祭りの最中であれ、変わることはないのだろう。
もっとも、だからこそ日没寸前で門を閉められた側からすれば堪ったモノではないわけで。
「まぁメタル、苛つくのも焦るのも解るけど仕方ないだろ。明日の朝になるまで入れないものは入れないんだ」
「そりゃ解ってるけどよォ、ようやく会えるんだぜあの野郎に……! ク、クカカッ、どれほど探し求めたかよ、なァ!! それが目の前にいるってェーのにぐーたらしてられっか? あ!? してられるわけねェだろう!! クカ、クカカカカカカカカッッ!!!」
獣とも人とも取れない、おぞましい嗤いをあげるメタル。
そんな彼を除けつつ、ガルスはカネダの元に駆けよって二人に何の関係が、と耳打った。
「ほら、話しただろ。アイツが人生で唯一負けた相手だよ。負けたっつーか、まぁ、戦ってすらないんだけどね。と言うかそもそもアイツのせいかどうかさえ怪しいと言うか……」
「何だか凄くあやふやですね……」
「何せ俺も確証は持ってないからなぁ。けど見ろよ、アイツの嬉しそうな顔」
カネダが珈琲をかき混ぜる匙で指したのは周囲から怪訝の視線を向けながらも嗤い狂う男の姿。
激情の元に血肉も随骨も戦乱も喰い散らかす男が見せる、今までで一番嬉しそうな、顔。
「極地で胡座掻いて欠伸こいてた奴に訪れた新たなる道さ。そりゃ嬉々として飛びつくってモンよ。例えるならば探索し尽くしてたと思ってた迷宮に秘密の隠し部屋が見付かったようなモンかな」
「わ、解りやすいような、解りにくいような……? でもそれを言うならカネダさんもですよね。極地とか、どうとか……」
「何でだよぉ、解りやすいだろ? 俺の例え」
誤魔化すように茶化した彼へ再び問い直そうとしたガルスだったが、飛沫を切るように匙を翻して自家製珈琲へと手を戻したカネダに何も言えず口を噤んでしまう。
そしてカネダもこれ幸いと言わんばかりに、話題を変えて。
「まぁでも、帝国に入ったらまずは拠点探しだな。メタルにゃ悪いが暫くは我慢して貰わないと」
「……あ、あぁ、でしたら是非とも僕の先生のところへどうぞ! 僕の部屋以外にも物置みたいになってる部屋が幾つかあるはずですので、片づければ使えるはずですよ」
「おー、そりゃ有り難い。……けど良いのか? そんな、押し掛けみたいなことして。一応はその先生とやらの家なんだろう」
「構いませんよ。あの人ってばいつも勝手に出掛けたり、かと思えば帰って来たりで家にいる方が少ないし、いても研究室か資料室しか使いませんから。それにカネダさん達には本当にお世話になったし、お返ししたいんです。……でも、フフ。何だかちょっと可笑しいですね」
「可笑しい? 何がだ?」
「カネダさんも何かと言いつつ、メタルさんのこと考えてるんだな、って。我慢ってことはいつか願いも叶えてあげるって事なんでしょう?」
「……ガルス」
「フォっちとメタルさんが喧嘩するのはちょっと悲しいですけど、二人が決着を付ける為には必要なことなんですよね……。カネダさんもそれが解ってるから、二人がしっかりと向き合える場面を調える為に我慢しろ……、って言ってあげてるのが可笑しくて」
彼は先程の不満さをすぅと抜けさせるように、微笑んで。
「だから僕、カネダさんのそういう、文句を言いながらも認めてるからこそできる気遣いっていうのに憧れるなって」
「せ、せやな……」
「カネダさん?」
凄まじい速度で目が泳いでいたそうです。
「違うんですか? 僕の純粋な憧れを弄んだんですか?」
「い、いや違わないよ? チガワナイヨ? ただちょっと意味が食い違ってたというか」
「……じゃあ、どういう事だったんですか」
「い、いやぁほら、さ? あの村でマルカチーニョ家が失脚してくれたお陰で借金はチャラになったけど、結局は生活必需品とか最低限の品物やアクティブミノルとオカネニネルヨの荷車を買い揃えただけでお金全部消えちゃったって言うか……」
「ベールーセールークゥーーー!!」
「メタルうっせぇ。……そんで、その、ね? 言いにくいけども今の俺達ってブツはあってもカネはないじゃない? だから金策しないとなぁって思うのよ」
「そうですね。……で?」
「だから、えぇっと、ギルドってあるじゃん? そこで依頼受けたりしてね、はは……。お金をね……」
「僕が聞いてるのはメタルさんどうこうというカッコイイ部分の意訳ですが?」
「そ、そのぅ、つまりぃ……。依頼受けてる間はぶっちゃけメタルの面倒見る余裕とかないし、依頼受けさせるか、暴れても知らんぷりして牢獄に入って大人しくしてて貰おうかなぁって意味で……」
「つまり我慢ってこき使うか見捨てるかて事じゃないですか! この外道!!」
「仕方ないじゃん! 仕方ないじゃーん!! だってこの馬鹿をクソ忙しい金策の中で御しきる自信なんかないもん!! って言うか完全に無理だもん!! だったらもう餌与えるか檻に入れとくしかないじゃん!!」
「何で猛獣みたいな扱いするんですか! あの人だって人間なんですよ、一応!!」
「聞こえてるつってんだろテメェ等ァ! 喧嘩なら買うぞゴラァアッ!!」
その後、伝説の盗賊と最強の傭兵による歴史に名を刻むであろう戦闘が勃発。
仲裁に入った一冒険者が吹っ飛ばされたり周囲の商人達が仲裁に入って吹っ飛ばされたりもう一回頑張った冒険者が吹っ飛ばされたりの大乱闘に発展するのだがーーー……。
――――それは、もう少し後のお話。




