【エピローグA】
【エピローグA】
――――1つ。
今回の物語の幕を降ろすには、まだ1つ終わらせていない因果がある。
「この……、大馬鹿どもがッッ!!」
唾を散らしながら、鼓膜が破れるような叫びを上げたのはマルカチーニョ夫人だった。
彼女は大会運営の控え室として立てられたテントの中で二人の息子を正座させたまま、今にも絞め殺しそうな勢いで説教をかましている。
いいや、それは説教などという高尚なものではない。最早ただの当たり散らし、喚き散らし。八つ当たりだ。
「お陰でレースは大成功さ! あぁ忌々しい!! 賞金が出たことでウチは破産だ、破綻だ! それだけじゃない、モーガモンキーが脱走しちまったから賠償だってしなきゃならない!! もうウチはオシマイだよ!!」
母親のがなり声に息子二人、バーゾッフとビーゾッフは反射的に肩をすくめ落とす。
しかし今回ばかりは彼等の表情は暗く落ち込んではいなかった。そう、母親の怒りを静められるだけの成果があるからだ。
「だ、大丈夫さママ! 怒る気持ちも解るし、モーガモンキーをてっきり忘れてた僕達が悪いのも解るよ! けど大丈夫なんだ、ねぇビーゾッフ」
「そ、そうさママ! 僕達、盗賊団のリーダーを追い払ったし、賞金の入った金庫を手に入れたんだ! 表に金庫を乗せた馬車を止めてある!! レース優勝は阻止できたけど、難癖つけてナシにすれば良い! ね!?」
「そうだよ! モーガモンキーが脱走したって言うなら、その罪をなすりつけるのはどうかな?」
「名案だよバーゾッフ! これならきっと大丈夫さ! レースそのものを無効にする手だってあるんだ! ねぇ!?」
「馬鹿言うんじゃないよ! 今まで開催とルールと契約だけはしっかり守ったから馬鹿な金づるどもが舌出して餌に寄ってきたんだ!!」
うぅ、と首を竦めるバーゾッフとビーゾッフ。
しかし、夫人は少し思案すると肉の乗った頬をにぃと崩してみせた。
「……だけどそれは確かに名案だね。誤魔化すだけの時間は取れる」
「「ど、どうするの? ママぁ」」
「決まってるだろ、逃げるんだよ!!」
夫人はそう言い放つなり、辺りの資料を掻き集めて山を作り、そこへランプを叩き込んだ。
見る見る内に燃えていく資料の山を背に、彼女は醜く汗ばんで化粧が剥がれた額を拭い、唾液で溶けた口紅が垂れる唇を歪ませる。
「ただでさえボーゾッフの馬鹿が『死の荒野』でやらかした負債があるんだ。これ以上負えるもんかい! ほらさっさと仕度しな。あたしが人を近付けないよう言ってあるから、まだ人気がないウチにだよ! まず家に戻って宝石を掻き集めるだけ掻き集めるんだよ! 絵画も、骨董品もだ!! 馬車があるならそれを使うんだ!!」
「「わ、解ったよママ!」」
「さぁここから忙しくなるよ……! 馬鹿な村人どもが気付く前に、さっさと」
テントの幕を払い、晴天の日差し刺す外に踏み出したマルカチーニョ夫人。
しかしその前に立ちはだかったのは、全身ぼろぼろになった二人の男だった。
小柄肥満な男と、大柄木偶の坊な男。盗賊団である、男達。
「っ……、あ、あんた達は……!」
「よう、会いたかったぜマルカチーニョ夫人……。俺達から奪った金で私腹を肥やした日々はどうだった?」
「ゆ、赦さないぞ、おま、お前達……! 兄貴をこんな目に遭わせて、おでだってあ、あのゴリラに殺されかけたんだからな……!!」
「どうどう、落ち着けよ兄弟……。な? 俺達はアイツ等に聞かなきゃならねぇ事がある。だろう?」
「そ、そうだったな。うん。兄貴の言う通りだ」
「そーだそーだ。……じゃあ聞くぞテメェ等。答えなきゃ今すぐここでブッ殺すからな、覚悟しとけ」
弟分の大きな背中には、これでもかという程の武器があった。
元はこの街で混乱に乗じ、マルカチーニョ家を遅う手筈だったわけだ。ならばそれを行い、尚且つ逃げ切るだけの準備ーーー……、即ち武力があっても不思議ではない。
いや、彼等はその武力を溜め続けてきたのだ。マルカチーニョ家に復讐するため、執念の元に。
「金は、何処だ?」
兄貴分は深く睨め付けるように言葉を突き付けた。
だが、その問いは逆に夫人と双子に自信を与えることになる。
――――コイツ等は金の、金庫の在処を知らないのだ、と。
「は、はんっ。誰があんたなんかに教えるもんかい!」
「と言うと思ってさ。顔の化粧まで欲で塗り固めたようなお前ならな」
「撃つってのかい? そりゃ良い! だけどね、あたしを撃ったりしたら金庫の場所は一生解らないからね!!」
「「そーだそーだ!」」
「違うな。……お前等は言わざるを得ないんだ」
兄貴分が弟分の手から奪い取ったのは重火器、ではなく。
一つの装置だった。
「お前の豪邸に爆弾を仕掛けてある」
その一言に、バーゾッフとビーゾッフはどよめいた。
しかし夫人の余裕はまだ崩れない。どころか、嘲笑うが如くさらに唇を醜くひん曲げてみせた。
「……そ、それは大変だねぇ。えぇ? いったいどうするってんだい」
「聞いて解らねぇのか? 爆破するつってんだよ。あの豪邸の中身だけで1千万ルグ相当はあんだろ。がめついテメェなら失うのは避けたいはずだ……」
兄貴分は額伝う汗を隠そうともせず、迫るように一歩を踏み出した。
だがやはり、夫人の表情は変わらない。さらに醜く、醜く、確信を持って。
侮蔑し、笑う。
「そうだね、避けたいねぇ……」
――――馬鹿だ! この男は大馬鹿だ!!
知らないのか? 既に爆弾は爆発している! 何処に仕掛けていたか知らないが、観客席の倒壊で地下に落ちて、爆発でモーガモンキーの檻を破った! それだけ、たったそれだけ!!
この男がレースに参加していたのなら再度爆弾を仕掛ける時間はなかったはず! いいや、それに何より隣の木偶の坊がアタフタしているのが良い証拠だ!! この男自身が冷や汗かいてるのが良い証拠だ!!
ハッタリさ! これはただの、ハッタリだ!!
「じゃあ、どうするってんだい! 間抜けな盗賊が!!」
「良い度胸だ、ババア……!!」
一人。
「何やってんだ、アレ……」
穴蔵に頭を突っ込んだままの仲間を見捨てて別の仲間に回収を任せ、自分は借金帳消しに奔走した後、呑気に屋台周りをしていた男が、一人。
彼は祭り屋台で買ってきた肉串を落ち着いて喰うため、わざわざ人気のない所までやってきた。しかしいざ来てみれば何やらババアとオッサンの集団が、まぁ何か、祭りによくある喧嘩をしているらしい。
――――よくやるね。
彼はそんな風に鼻で嘲笑って目を逸らそうとした、が。
「…………あ、アレは」
運悪くそこに見つけてしまった。
トラウマの権化。幾千幾枚と迫り来る満面の笑み。
昨日の夜、金庫を探している間にも意識を失いそうになる度、瞼の裏に浮かんできた、あの、ド気色悪い厚化粧の顔。
「うぇっぷ」
そして、リバース。無理もない、実物と印刷では天地の差ほどある気持ち悪さだ。
しかも今は醜い争いに汗だくで崩れた化粧。威力倍増どころの話ではない。
悲しきかな、男は囓っていた串を放り出して口元に虹を召喚する。もしくはモザイク。
そこには一人、やっぱりツイてない男の姿があった。
――――ただ、そんな彼から離れるように、ころころと転がるものも、あった。
「へっ……、そこまで言うならやってやろうじゃねぇか!!」
「あぁ、やってみるがいいさ! どーせできないんだろうしねぇ!!」
兄貴分は息を呑み、指先に力を込める。
だが、それが装置を押すことはない。押しても無駄だと彼自身が知っているからだ。
「はぁーはっはっはっは! どうだいどうだい、見たかバーゾッフ、ビーゾッフ!! ハッタリかました男の末路って奴さ! 無様無様、あぁ何て無様なんろうねぇ!!」
「「は、ははは……」」
「あ、兄貴ぃ……」
「うるせぇ黙ってろ! や、やってやるさ!! あ!? 爆発しねぇなんて誰が言ったよ!?」
自身を鼓舞するように、また一歩踏み出して兄貴分は腹の底から叫びを上げた。
嘲笑と焦燥。言いしれぬ緊迫した空気が、そこにはあった、が。
「ウホッ、ウホホホ!」
「おい脱走したモーガモンキーがあっちに逃げたぞ! 追え、追え!!」
そんな彼等の背後には、逃げ出した一匹のモーガモンキーによる逃走劇が繰り広げられていた。
いや別にそれだけならば何ら関係のない事だったのだ。ただ、そのモーガモンキーの進む先に、一本の串が転がって来たわけで。
そして足下を見ていなかった猿は見事にそれで転び、醜い笑いをあげる夫人へと突っ込んだわけで。
兄貴分はそれに驚き、思わずーーー……、カチリといったわけで。
「「「「「あっ」」」」」
――――1つ。
今回の物語の幕を降ろすには、まだ1つ終わらせていない因果がある。
始めにカネダとメタル組が持っていたのが金庫なら、フォールとルヴィリア組の元へ落ち、兄貴分が勘違いたものは何だったのか。
フォールとルヴィリアが密林まで持ち続けていたものは何だったのか。
そしてそもそも、モーガモンキーの檻はどうして壊れたのか? 爆発で、壊れるだけで済んだのか?
いや端的に述べよう。
フォールとルヴィリアが持っていたモノ。メタルが兄貴分に投げつけたモノ。巡り巡って今、彼等の後ろにある馬車に積まれているモノ。
それは、つまりーーー……。
――――ドォオ……ンッ。
「おっと、気の早い連中がもう始めやがったな! ったく、祭りは夕方からだつってんのになぁ!!」
「まぁ何処にでも気の早い人はいるものだよねぃ」
こういう事である。
ツイてるだとかツイてないだとかは、まぁ、時の何とやらもあるだろう。
しかし、今回の騒動に関わった者、皆が言えることがある。密かに心に抱いたことがある。
――――因果って、あるんだね。
Ps.調子に乗るのも程々にしておきましょう。
これにて今回の一件、落着である!
読んでいただきありがとうございました




