【5】
【5】
「寝たかな」
「寝たね」
月さえも、闇雲に隠れた頃。
魔道駆輪の側で焚き火を囲みながら眠るフォールとルヴィリアを見つめる瞳が四つ。
密林の林に姿を隠し、獣が如く唸る瞳が、四つ。
「よし、じゃあ今の内に魔道駆輪をいただいちゃおう。凄いね、見た目は普通の魔道駆輪だ」
なお、中身も普通の魔道駆輪である。
「でもバーゾッフ、そんな車なら尚更のこと施錠とか凄いんじゃないかな。奪えるかな?」
「大丈夫だよ、男を脅せば……。こっちには武器もある」
「そうだね。ちょっと可哀想だけど、僕達の為だしね」
バーゾッフとビーゾッフは二人して銃を取り出し、林を潰すように立ち上がった。
――――まず男を抑える。そして女も抑えて、鍵を出させる。そのままどちらかを人質にして、後は魔道駆輪で逃げながら放り出してやれば良いだけだ。
難しいことはない。ちょっぴり可哀想だけれど、ママに怒られないためだから仕方ない。
何より怖いのは、ママに怒られることなのだから。
「よし、じゃあやるよビーゾッフ」
「よし、じゃあやろうバーゾッフ」
じり、じり、じり。
意気込み強く言い出した割に、二人は慎重だった。
指先を引き金に掛け、音を立てないように歩いて征く。
魔道駆輪に手を添えて、骨の軋みさえ感じられるほど全身を強張らせて、彼等の寝顔を、覗き込んで、銃口を、その眉間へと。
「そこまでだ」
バーゾッフの銃口が、涎を垂らして胸の谷間をボリボリ掻き毟っていたルヴィリアの眉間から、ゆっくりと離れていく。
彼はその声に従うように、思わずそちらへと視線を向けた。
「ば、バーゾッフ……」
ビーゾッフは怯えた表情で両手を挙げていた。
後頭部に当てられた銃の感触が嫌に鮮明で、脳髄へ直接言葉を語りかけてくるかのようだ。
その男の言葉が一言一言、鋭利な釘で脳へ刻み付けられるかのように、響いてくる。
「まさかお前らもこっちに来てたとはな……。クク、神に祈ったこたぁなかったが、神サマってのは因果だけは見ててくれてるらしいなぁ?」
暗闇を櫂潜り現れたのは盗賊団の兄貴分だった。
彼等に財貨を奪われ、執念染みた思念で嫌がらせと追跡を行い、遂には奇異なる偶然からレースに参加することになった、男。
彼は今にも引き金を引きそうなほどの憤怒を眉根に込めながら、震える指先を必死に抑えていた。
今にも弾丸を放ち、頭を穿ってやろうとする、指先を。
「お、お前……っ」
「撃たない。撃たないさ……。まだ、な」
ビーゾッフは銃口が震える度に、擦り切れそうな悲鳴を上げる。
兄貴分の憤怒と歓喜の入り交じった、歪みの表情はその声を聞く度に狂気の色を増していった。
「まずここを離れようぜ……。寝てる奴等の上で騒ぐのは悪いだろ? なぁ……。目聡い奴等だ、コイツ等にまで目を付けるとはな」
――――まさかコイツ等が金庫を持ってると探し当てるとはな、と兄貴分。
――――まさか自分達が彼の魔道駆輪を狙っているとバレたのか、とバーゾッフ。
「ハッ……、だが手に入れるのは俺達だ。お前等じゃない」
「…………」
「おいおい、黙ってちゃ解らないだろ……。ほら動け動け」
兄貴分の指示に従い。バーゾッフと人質に取られたビーゾッフはゆっくり森の中へ下がっていく。
近付く時は数歩だった距離が、下がるときは千里の道を歩くが如く遠く感じる。くしゃりくしゃりと、踵で踏み潰す林の草木が鉄塊のようにさえ、感じる。
「……よし、ここでいいだろう」
やがて、どれぐらい離れたのだろう。
ビーゾッフの呼吸が酷く息詰まり、バーゾッフの額から熱帯のせいだけではない大粒の汗が流れ出た頃。月光から己の足下が底なし沼のように滲むほどの闇の中に入った頃。
口端を酷く歪み緩ませた兄貴分は大きく息を吸い込み、溢れ出す歓喜を吐き出すように震える声を絞り出した。
「よう……、ははは。こういうのは何て言うんだっけか。恩恵? 神託? 女神の微笑み? くひひ、何でも良いさ。だがまさか、俺の金を取り返す前にお前等に会えるなんて思わなかったよ」
「ぼ、僕達もお前に会うなんて思わなかったよ……、幾ら探しても出て来なかったのに……!」
「だから出て来てやっただろう? はははは……、ツイてる、ツイてるぜまったく俺は!」
引き金を軽く絞ると、かちりと撃鉄が浮かび上がった。
ビーゾッフは全身が跳ね上がるほど震え、奥歯をかち鳴らす。
「ま、待って。待ちなよ……。解った、僕もビーゾッフも帰る、から、さ。離すんだ……、ビーゾッフを……。もう彼等も、君も追わない……」
「赦されると思うか? 盗賊から金を奪っておいて」
「あ、謝るよ。謝る……。だからもう、ビーゾッフを離して……」
「はは……、ダメだ」
「そん、な……」
「おいおい、ふざけんじゃねぇぜ。今まで散々好き勝手やっておいていざ自分の番となったら命乞いか? 笑わせるなよ! そんな事が赦されると思ってんのかテメェ等は。似たり寄ったりな顔しやがって、あのババアとは正反対の体系だが、脳味噌は家族お揃いで不良品らしいなァ!!」
狂気に満ちた声が、荒げられて。
「お前等には罰を与えるぜ。あのババアにもだ! は、はははは! 誰も俺を止められねぇ!! ツイてる、俺はツイて」
――――ゴォンッ!!
「…………は?」
「えっ…………」
その音は、何だったのか。
兄貴分はバーゾッフもビーゾッフも、思わず誰もが膝を曲げて怯えるほど大きな音が闇夜の密林に響き渡ったのだ。。
それは銅鑼に砲弾を激突させたような、とんでもない轟音だった。
「な、何……」
恐る恐る兄貴分が顔を上げた瞬間、音は繰り返される。
彼の頭蓋が直角に弾かれ、体が一回転。凄まじい速度で地面に顔面から激突した。
一瞬だ。本当に、刹那とも言える一瞬。バーゾッフもビーゾッフも何が起こったか解らない程に、一瞬。
「お、おぉう……」
ビーゾッフはワケも解らないままに、赤子のようなよたよた歩きでバーゾッフの元へと戻っていく。
兄貴分はすっかり伸びきり、指先を痙攣させながら白目を剥いていた。
頭には離れていても解るほど大きなタンコブ。無理もない、とんでもない速度で飛来した何かが頭部に直撃したのだ。
――――しかし、いったい何が? こんな場所に何かが飛んでくる罠なんて仕掛けた覚えはない。
いったい何が、彼を撃ち落としたというのだろう。
「く、暗くてよく見えないよ。バーゾッフ……」
「で、でもそこに何か転がって……」
底に転がっていたのは、銀色の塊だった。
「こ、これ、何……」
「待って、バーゾッフ……。あれ……」
ビーゾッフが震える指先で示したのは、僅かに覗く月光の中から立ち去る一人のボサボサ頭の男。相棒を引き摺る、男。
彼等にはその姿が、まるで神の使いのように神々しく見えた。いいや、事実として神の使いだったのだろう。
彼は、救ってくれたのだ。
「な、何であの人が……。助けようとしてくれたのかな……?」
「まさか……、襲おうとした僕達だよ? そんなはずないさ……」
――――もし。
「だ、だとしたら偶然かな? いったい彼は何を投げ……、てぇっ!?」
「こ、これは!?」
「あ、あぁ、間違いないよ。彼が投げたんだから、間違いない! きっと開けられないからヤキを起こしたんだ!!」
「び、ビーゾッフ!」
「バーゾッフ!」
――――もしも。
「「ツイてたのは、僕達だ!!」」
――――双子が彼という男の1%でも知っていたのなら、こんな結論は決して出さなかっただろう。
知らないから、そう思ってしまった。知らないから、そう結論付けてしまった。
ツイてないのは自分達とも、知らずに。
「あ゛ー、疲れたァ」
時を数十秒前に巻き戻そう。
男がいた。相棒を引き摺りながら、無謀にも生身で山岳渓谷を超えてきた男がいた。
しかし流石の男も常人ならば五百回は死ねる山道や罠だらけの森、そしてあの山で負った原因不明の火傷のせいで疲労していたのだろう。彼にしては珍しく、注意力散漫な状態だったのだ。
だから、気付けなかった。斜め後ろから飛んで来た大きな塊に気付くことができなかった。
「あがばっ!?」
――――ゴォンッ!!
男はその場に一回転して、地面に倒れ込んだ。しかし男の意識は明確だった。
危うく意識が吹っ飛んで情けないツラを晒しながら気絶しそうだったが、そこはそれ、歴戦の戦士である男だ。
男は気絶どころか憤怒に身を任せ、疲労を跳ね飛ばすように牙を剥いた。先程までの気怠さは何処へやら、飛び起きる様子は正しく猛獣が如く。
そしてその意識もまた、獣のそれだ。思考など存在せず、純粋なまでの怒りがあった。口に出すまでもなく、唸りが全てを物語る。
「ザッ…………けンなァッッ!!」
そうして男は放り投げた。手元にあった何かを、放り投げた。
転んで、疲労塗れで、怒りに任せた状態で、放り投げたのだ。問答無用で、放り投げたのだ。
――――それが真逆に向かって、全く関係のない男のド頭をブチ抜くとも知らずに、放り投げたのだ。
「ったくよォー……」
そして男は、頭のタンコブを撫でながら、再び歩き出す。
今日は散々だ、と。きっと誰もが心に思った感想を抱いて、歩き出す。
後ろで神の使いだ何だと感謝されているのも知らず、歩き出す。
「馬はねぇし、寝床もねぇ。飯もねぇ。オマケに背中は痛ぇ。もしかして詰んだんじゃねーのかコレ……」
――――そしてここからは、先の話。
もしかしなくても詰んだ男は、先ほど受けた傷のせいか、それとも疲労のせいか、覚束ない足取りで歩き出した。
最早、彼を歩かせているのは蒙昧とした意識のみ。取り敢えず帰らねばという疲れ切った意志がその脚を動かしている。
馬があれば、と。せめて馬があればレースに戻れるものを。この蒙昧とした足取りを支えてくれるものを。
「つってもなぁ……、まさかそこら辺に馬が転がってるわけでもねーしよ。あーぁ、この馬鹿が起きてりゃ『大丈夫だ、俺達はツイてる!』とか抜かすんだろうけどなァ……」
ケラケラケラ、なーんて笑って見せても虚しいばかり。
嗚呼、どうしようもない。ルームサービス代は払えないし、レースも惨敗。金だって返せない。
別にそれはどーでも良いが、無駄なしがらみを受けるのは気に食わないモノだ。奴をブッ殺す前に無駄な、しがらみなんてーーー……。
「ブルルッ……」
「あ?」
そこにいたのは、馬だった。
「ブルッ……」
見るからに普通の馬ではない、毛並みや瞳の力強さ、体付きや蹄の立派さまで明らかに普通の馬ではない、馬だった。
それが男の目の前を歩いている。鼻先を鳴らしながら、歩いている。
特等の馬が、歩いている。
「こりゃあ……」
――――参加者の馬か? いや、馬車を引いてない辺り、何処かの罠に掛かって逃げ出した馬か!?
いやいや、そんな事はどうでも良い! 目の前にいる。今、目の前に移動手段がある!
再びレースに戻るための、手段がある! それも二頭も!!
「ツイてるじゃねぇか……!!」
彼は、いいや、メタルは歓喜に歯牙を剥き出しにした。
だが、彼は知る由もない。それが、とある双子が置いていた馬である事など。
だが、彼は知る由もない。その双子は姿の見えなくなった今現在もなお彼自身を拝んでいる事など。
だが、彼は知る由もない。本来ならば満たしていないはずの条件を、奇異なる運命からその背中で満たしている事など。
「クハハハハハハッ! やった、やったぜオイ!!」
メタルは相棒、カネダを馬の背中へ放り投げ、自分ももう一頭の馬へと飛び乗った。
馬は一瞬驚くように上半身を跳ね上げようとしたが、メタルの剥き出しになった野生児が如き獣の恐ろしさに気圧されたのか、毛並みを寝かせながら大人しく頭を垂れる。
これでレースに復帰できる! メタルはその思いを一身に、馬の手綱を弾いてカネダを乗せた馬共々、森の中へと消えていった。暗闇の中へと消えていった。
巡り巡って、幸運は回ってくる。そう、彼等はこうしてレースへ復帰することができたのだ。
――――カネダ&メタル組、再起可能!
「…………」
と、ここで終われば運の良い男達のお話であった。
しかし現実はそうもいかない。運が良ければ悪いこともある。奇異な運命は決して幸運だけを運んではこない。
――――そう、彼は知る由もない。人は調子に乗っているときが一番危険だという事など。
「……何だ、これは」
そこにいたのは、フォールだった。
どうして彼がそこにいるのか? その為にはクドいようだが、再び時間を数分ほど巻き戻さねばなるまい。
バーゾッフとビーゾッフ。その双子によって危うく脅されそうになっていた、あの時まで。
「…………」
あの時、フォールは既に目覚め、寝袋の中で抜剣していた。
もし銃口を突き付けようモノならその首を跳ねてやろうと、彼等に見えない角度で眼を開いていたのである。
ちなみに捕捉しておくが、銃口をつきつけたらというのはルヴィリアにでも自分にでもなく、魔道駆輪のスライム人形にの話である。
「よ……ビ…………」
「……し……バ……」
さてさて、それはそうと殺意に満ちた刃を潜めていると、何故か双子が下がっていくではないか。
彼は奇妙に思って起き上がったが、その場には既に双子の姿はなかった。代わりに向こうでがさがさと聞こえる奇妙な音。
「…………」
で、フォールはどうしたか。
簡単な話である。近くにあった手頃な物体を声のする方に投擲したのだ。
そしてその結果は、まぁ、言うまでもないだろう。関係のない男に激突し、その男も関係のない男へ激突させることになったワケだ。
ともあれフォール、投げたなり声が聞こえなくなったので、まぁこれで良いかと床に戻ろうとしたのだが、先程までだらしない寝顔を晒していた女が起き上がり、一言。
「ポイ捨てはらめらよぉ~……」
なんて言ったっきり、また涎を垂らしながら寝袋でグースカピースカ。
しかし彼女の言うことももっともだ。せめて投げたものぐらいは回収しておかねばなるまい。
それにしても、さて、いったい何を投げたのだったか。枕元にあったものを適当に投げたのでどうにもその辺りが怪しいところである。
「…………」
――――そしてまた、先の話。
メタルが過ぎ去ったところに、ちょうど入れ違いでやってきたフォール。
彼は投げたゴミはと辺りを探したが、どうにもそれらしきものは見付からない。
思ったより遠くに投げてしまったのだろうか? 暗かったせいもあって、どうにも確かな距離が掴めなかったのだ。
「む」
と、思っていたのだが、運良く目的のブツは見付かった。
何処の何の誰に当たったのやら、木陰まで転がっていたようだ。
「……ん?」
フォールはそれを拾い上げるも、違和感に首を傾げてみせた。
投げたモノより、重いような。いやしかし投げたモノはこれぐらいの大きさだったし、色合いも同じだ。だとすれば気のせいだろうか?
いや、森の中にこんなモノが転がっているわけもない。きっとこれを投げてしまったのだろう。
「これで良し」
フォールはそれを拾って、魔道駆輪へと戻っていく。
これにて奇異な連鎖は一件落着、というワケにはいかなかった。まだ話は続くのである。
そう、バーゾッフとビーゾッフ。偶然な、まったく偶然なメタルの助太刀によって兄貴分を倒したばかりか、金庫らしき物体まで得た彼等に視点は移り変わる。
いやまぁ、視点の場所は変わらないのだけれど。
「何てことだ……」
「どういう事だ……」
メタルが去って、フォールがやってきて、フォールが去って、双子がやってきて。
そんな風に入れ替わり立ち替わりで何人もが踏み締める、月光が差し込む場所。双子はそこで呆然と立ち尽くしていた。
ここに置いていたはずの馬が、いない。姿一つ見えやしない。影一つ、毛先一つない。
「に、逃げたのかな、バーゾッフ」
「有り得ないよビーゾッフ! あんなに躾けてやったのに!!」
「でも勝手にいなくなるなんて事があるかな……」
「そ、それは……」
まさか彼等も、偶然とは言え自分達を助けてくれた男が、偶然とは言え自分達を窮地に追い込んでいるとは思いもしないだろう。
しかし困った。特等馬がなければ先回りして罠を確認することもできない。
草原には最後の特大トラップが仕掛けてあるが、アレは最終調整をしないと威力の調整が難しい代物なのだ。
「う、うぅ~……、どうしようもないのかなぁ……」
「そうだよねぇ。急いでるからって馬繋がなかった僕達が悪いのかなぁ……」
「ほ、他にそういう人いないかな? 野宿の準備が忙しくて、馬を繋がなかったよーな……」
「いるワケないよバーゾッフ。そんな人」
「いないかぁ……。あ、じゃあ魔道駆輪を奪えば!? それなら移動手段も手に入る!」
「ダメだよバーゾッフ、もし金庫を持ってることがバレて奪われたりしたら……。それにいつあの盗賊団の男が起きるかも解らないんだ。一刻も早くこの場を離れないと」
「けどその馬がないんだよ?」
「そ、それはそうだけどぉ……」
「やっぱりツイてないのかな、僕達……」
「やっぱりツイてないのかも、僕達……」
と、その時である。
息詰まる二人の耳に、天啓が如く馬の鼻息がとどいたのだ。
バーゾッフとビーゾッフは飛び上がって、藻掻くように声のするところまで走り抜けた。途中まったく同じ場所でまったく同じ動作でまったく同じ場所を怪我するように転んだのだが、走り抜けた。
するとそこには神の恵みと言わんばかりの馬が一頭。しかも馬車付きときたものだ。
「つ、ツイてる! やっぱりツイてるんだ僕達!!」
「やっぱりツイてたんだ僕達!!」
抱き締めあいながら喜びの余りぴょんぴょんと跳ね回るバーゾッフとビーゾッフ。
彼等は今日という幸運の日に感謝しながら馬車の荷車に金庫を仕舞おうと二人で持ち上げた。
その際に何故か違和感を抱いたが、二人とも喜びの余りそれを口に出すでもなく、縄という封で金庫ごと荷車へと押し込んだ。これで大丈夫だろう、というお墨まで付けながら。
「……あ、バーゾッフ」
「そうだね、ビーゾッフ」
二人は一端作業の手を止めて、輝く空を見上げながら細く目を細めた。
誰にとっても忙しく、奇異な運命が巡り巡った夜が明ける。決戦の朝がやってくる。
「行こうバーゾッフ。最後の大仕事だ!」
「行こうビーゾッフ。最後の大仕事だね!」
二人に手綱を引かれ、馬は密林の奥へと消えていった。
――――こうして役者は揃い、最後の舞台へと上がっていく。
フォールとルヴィリア、カネダとメタル、バーゾッフとビーゾッフ。交わることなく交わってきた彼等の珍道中も明日、遂に終わりを迎えるのだ。
「…………」
ちなみに。
「お、俺の馬車は……?」
気絶から目覚めた兄貴分が呆然とすることになったのは、言うまでもない。
――――兄貴分、再起不能!




