【3】
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「……今、下で何か声がしなかったか」
「そう? 気のせいじゃない?」
フォールとルヴィリア。二人は魔道駆輪から降りて靄霧に滲む崖下を眺めていた。
先刻の麓よりは靄霧も晴れ、ボヤけはするが数十メートル先までは見える程度に霧も晴れていた。しかしそれでも霧は充分に濃く、彼等が眺める崖下が見えるわけではない。拡がるのは精々、真っ白な海ぐらいなものだ。
しかし彼等は眺めずには居られなかった。ついでに言えば、岩なんかを落としてみずには居られなかった。
まぁその岩が転がり転がってとある男をあの世へ誘ったなど知る由もないのだけれど。
「しかしいかんな。まさかこんな難関があったとは……」
彼等は今、靄霧の理由と山岳と渓谷の差という謎を同時に解明していた。
いやいや、解明というよりは嫌でも答えを突き付けられたと言った方が正しいだろう。
そしてまた、答えを教えてやったのだからと恩着せがましく新しい謎までプレゼントされた次第である。
「……どう渡る?」
「どうって、ねぇ」
彼等の前にあったのは、橋だった。
そしてその橋がある理由とその下に拡がる光景こそ靄霧と地図の誤差の原因である。
「まさか、山ではなく渓谷の一部だったとはな……」
――――そう。この山岳、いや渓谷が地図では山となっていたのは、隆起した地面がぱっくりと割れていたからである。
言ってしまえば元は山。しかしそれが遙か昔の地震によって二等分したかのように割れ砕け、渓谷となったのだ。
さらに言えば亀裂は地下まで及び、地脈、即ちマグマのある部分まで露出させてしまった。
この霧靄はマグマの熱による蒸気が気温差によって一部に停滞し、雲にもなれず蒸気にもなれず、かといって山の特異的な地形から風に攫われるでもなく留まった結果という訳だ。この辺りは吹き上げられたばかりでまだ熱を持っているから濃さもマシなのだろう。
いや、靄霧自体はさして問題ではない。むしろ問題と言えば、そのマグマが剥き出しになった果てしなく深い亀裂にかけられた橋の方である。
「のんびり観察してる場合じゃないよぅフォール君! もし橋が崩れたりしたらマグマに真っ逆さまだよう!」
「マグマ遊泳か……、懐かしいな」
「そうだよね、流石にマグマは……、ごめん何て?」
人間やめまし、人間やめてました。
「だが今回ばかりは魔道駆輪も一緒だ。この距離を投げることは……、できなくはないが、渓谷のような足場では投げたところで崩れる可能性もある」
「じゃあどうする? 僕でも運べないよ、この重さは」
「当然だろう。……ふむ、緩やかに通れば或いは、といったところだが」
岩陰に隠れた彼等の前を、馬車が次々に通っていく。
馬ならば橋の脆さを感じてそろりそろりと通ることができるだろう。しかし魔道駆輪の震動や車輪の堅さではそうもいかない。
疲れを知らぬ鉄塊だからこその不便さと言ったところか。
「これだけの行列ではな。そんな通り方をしていたら後ろが詰まって本当に橋が落ちかねん」
「う~……、まさかこんなトコで後れを取るとはねぇい。折角トップだったのにぃー!!」
「案ずることはない、最後にトップであればそれで良いのだ」
橋を渡りきったところでは、時折光が放たれ、樹木の焼ける臭いがする。
つまり、そこにあるのがチェックポイントということだろう。恐らく通った馬車を感知して、証となる紋章を光か何かで車体に焼き付けていると思われる。成る程、あぁいう形で証をつけるのか。
あぁいう、車体に焼き付けるような、形、で。
「…………」
「ど、どったのフォール君。そんなに不機嫌そうな顔してぇ」
「……いや、何でもない。しかし、うむ。どうにかして渡る方法を考えねばな」
投げるわけにも渡るわけにもいかず、立ち往生。
まさかトップを独走していた彼等がこんなところで最下位に落ちるとは誰が予想しただろうか。
いやーーー……、正しくは最下位の一つ上、なのだけれど。こんなところでのんびり止まっているにもかかわらず、一つ上。
それもそうだろう。何故なら彼等を追い抜いては困る者こそが、最下位なのだから。
「ぐ、ぅっ……」
盗賊団の兄貴分は悔しそうに、それはもう悔しそうに悔しそうに歯牙を食い縛っていた。
――――何と言うことだ。やっと追いついたと思ったら奴ら、こんなところで呑気に待ち惚けしてやがる。
橋を渡ってくれようものなら落としてやるぞと脅すことができたが、あんなところで待たれてはこちらに為す術がない。
いや、元々は追いついてぶん盗ってやるつもりだったのだ。そうすれば全てが終わるはずだったのだ。
だが奴等には銃弾をぶっ放せるだけの銃があるし、山にはあんな化け物もいる。迂闊に仕掛ければ失敗するのは目に見えている。
ここは待ちだ。金庫が目の前にあり、奥歯が煮え滾る思いだが、ここは待ちだ。我慢だ!
「せ、せめて橋を渡れ……、渡れぇ~~~……っ!」
鬼気迫る表情で念を送る、兄貴分。
最下位だから有り得ないが、もし彼を参加者の誰かが見ていたら、きっと彼が恐れる男以上にこの山で恐れられる伝説となっていただろう。それ程に鬼気迫る表情だった。
もっとも、あくまで彼を見るのが参加者であるならば、の話だ。
参加者以外なら絶賛なうで見られ中である。
「ば、バーゾッフ、信じられないよ。あいつ、僕達が追ってた盗賊団の男じゃないか」
「そ、そうだねビーゾッフ。信じられないよ。あいつ、僕達が追ってた盗賊団の男だ」
バーゾッフとビーゾッフ。二人もまた、岩陰に隠れながら兄貴分の姿を伺っていた。
「どうする? 金庫も大事だけど、あの男の方も大事だよ。捕まえなきゃ僕達……」
「い、言わないでよビーゾッフ。けれどそうだね、どうせ参加者のアイツ等はゴールまで来るだろうし、金庫なんか空けられるわけない。まずアイツを優先しようか」
「だね。首の一つでも持って帰れば、もしかしたらママも赦してくれるかも知れないよ」
「そうしよう」
「そうしよう」
「「そうしよう」」
二人はそれぞれ全く同じ動作と息遣いで腰から銃を取り出し、照準を定める。
例え靄霧で滲むほどしか見えずともこの距離なら外すまい。
今こそ、自分達を苦しめたあの男に天罰を下してやる時だと意気込みながら撃鉄を落とした、が。
「フォール君、それは無茶だと思うんだ」
「案ずるな。……カウボーイに憧れたこともあったのだ」
「わぁ安心できない要素をありがとう!!」
ぶん、ぶん、ぶん。
きっとバーゾッフとビーゾッフは、何処かのバカ騒がしい参加者が喚いていると思ったのだろう。
それも決して間違いではないが、彼等は間もなく自分達の間違いに気付くことになる。
兄貴分の恐怖に引き攣った声を聞き、ぶんぶんぶんと耳元で蜂蟲が飛び回るかのような音を聞き、靄霧が乱気流のように渦巻く様を見て、気付くことになるのだ。
――――これは喚きなんていう次元の事態じゃない、と。
「それでは、いこうか」
ぶぅん、ぶぅん、ぶぅうおおん。
双子の耳はその音を捕らえるにつれ、額に何故か汗が浮かびだした。
嫌な予感、虫の知らせ、恐怖。言い方は色々あるのだろうが、だからこそ言い知れぬもやもやが心の中で疼めに渦めいている。
この感覚はいったい何なのだろう。二人がそんな事を想いつつ何げなく空を見上げた時。
彼等は自身の間違いとその感覚に確信を抱くことになった。
「「……ふぇっ」」
空を、魔道駆輪が走っていたのだから。
「……う~ん」
「し、しっかり! しっかりバーゾッフ!!」
魔道駆輪は靄霧の中を轟音と共に駆け巡り、山頂までとどく程の竜巻を巻き起こす。
何故こんな事になっているのか。それは言わずもがな、何処ぞの馬鹿勇者のせいだった。
「今なら輪投げ選手権なる大会があれば優勝できる気がするぞ……」
「心配しなくても人外選手権なら魔族も亜人もブッチギリで一位だと思うなぁ僕ぅ!!」
馬鹿勇者ことフォール。彼は参加者が全て橋を通ったのを確認すると、何と樹木からツルでも巻き取るように橋を毟り取ってしまったのである。
そしてそれをしっかり捻り纏めてから魔道駆輪に結びつけて、あぁ、後は言うまでもないだろう。
フォールが言うように、カウボーイがそうするように。縄を結びつけて振り回すだけのことだ。
魔道駆輪というとんでもない大物を重しに、振り回すだけなのだ。
「よし、このままーーー……」
ぶぁあおんっ!
一等大きな轟音と共に、竜巻の乱気流は吹っ飛んだ。真ん中から一直線に線を引いたかのように、吹っ飛んだ。
そう、フォールが投げた縄の先には重しの魔道駆輪があり、それが橋の向こう側に突っ込んだのである。
さらに正確に言えば橋の向こうにあるチェックポイントまで、一直線に。
「引く、と」
いやいや、正確ではなかった。謝罪しよう。
魔道駆輪に結びつけられた橋紐はチェックポイントである巨大な魔法装置を僅かに逸れて、後ろにある大岩へと向かっていたのだ。
フォールが狙いを違えたのか? そうではない。
彼は始めから、それを狙っていたのだから。
「こうなる」
ぐん。フォールが橋紐を引っ張ると途端に魔道駆輪はチェックポイントとなる魔法装置を基点として大きく回転した。
そして凄まじい速度で橋紐を装置に巻き付かせていく。がっちりと、どうしたって離れないように。
フォールは感触でそれを確認すると、問答無用で一気に引っ張った。それこそカウボーイが遠くにあるものをロープでキャッチするように、獲物の首に縄を引っ掛けるように。
「……うそーん」
フォールの怪力を通り超した異常な力によって再び橋紐は引っ張られる。
すると、唖然としているルヴィリアの前に魔道駆輪とチェックポイントとなる魔法装置が振ってきた。文字通り空から紐に結びつけられて、振ってきた。
何ということかフォール、渡れないのなら貴様が来いと言わんばかりに、縄で装置を引っこ抜いて引き寄せたのだ。
その結果たるや魔法装置が火花を上げるわ魔道駆輪が横転するわで凄惨なことになったが、フォールは何げない顔で魔道駆輪を起こしてハイ元通りと言わんばかりの満足無表情。
カウボーイも飼い馬の馬刺しを食べ出すような大珍事である。
「さて、問題はこのチェックポイントとしての光を刻んでくれる装置が動くかどうかだが……。まぁ大丈夫だろう。さっさと紋章を刻むとするか」
「待って待ってまぁってまぁってぇ!? フォール君これいったいどーゆーことぉっ!?」
「どうも何も、渡れないのだから仕方あるまい。我々の後列にもう参加者はいないようだし、ここまでボロボロの橋を置いておく方が問題だ。……あぁ、投擲の話か? それなら光で大凡の目測からだな」
「そーゆーことじゃないよぉおおおぅうーーーっ!!」
「やっめっろっゆっらっすっなっ」
がくがくと震えるフォールとがくがくと揺らすルヴィリア。がくがくなのは彼等の常識である。
しかし事実、こうしてチェックポイントまで辿り着いた、いや、チェックポイントが辿り着いたのだから責めるに責められないジレンマ。
ルヴィリアは子供のようにう~と唸りながらその場で地団駄を踏む。その度にまぁ胸が揺れる揺れる。
なお勇者は胸よりも魔道駆輪の中にあるスライム人形が気に掛かるご様子。
「もぉ、解ったよぅ。文句は言わないけどこれ以上の無茶は勘弁だよぅ? これ以上やったら爆発するからね、僕の胃が! ……ねぇ聞いて!?」
「すまない、スライム人形を直していた。あぁ、善処しよう」
「優先順位そっち!? って言うかそれ言って善処した奴見たことないんだけど!?」
「胃薬の生成は……、初挑戦だ」
「あぁ善処してくれるんだねありがとう。でも善処ってそういう意味じゃないんだ……」
メシリア草にパクソ泡貝の粉末、ホーホキノコの絞り汁二滴。
胃痛なんてサッパリの劇薬の完成である。なお服用者は死ぬ。
「ともあれ、こうしてチェックポイントの確保は完了した。後は問題が一つあってな」
「問題? まさか私がえっち過ぎて下半身のチェックポイントにチェックしちゃったぜ☆ 的な……!?」
「…………ルヴィリア、こっちに来てみろ」
「え、ホントに!? ごめん僕って女の子しか受け付けないんだ!! 取り敢えず女体かしてからお願いします!!」
「良いから来い」
フォールに引っ張られ、あーれーとルヴィリア。
しかし彼女が移動させられたのはフォールの腕の中、ではなく。何故か魔法装置の目の前で。
「……どゆこと?」
「見ていれば解……、いや目を瞑った方が良いと思うぞ」
「えっ?」
瞬間、彼女の眼前で魔法装置が凄まじい光線を集束させ始めた。
――――ヤバい。明らかにヤバい。これビーム撃つ瞬間のアレだ。跡形もなく灼き尽くす時とかのアレだ。
このままでは、漏れなく自分も灼き殺される!
「ふぉ、フォール君!」
▼ゆうしゃふぉーるのほーるどこうげき!
▽るう゛ぃりあはつかまってしまった!
「ちょ、おま」
「墓は建ててやる」
そして問答無用の光線シュート。
▽ざんねん! るう゛ぃりあのぼうけんはここでおわってしまった!
「みぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああああああああああああああっっっ!!!」
「仲間に捕らえられ光線に撃たれて死亡、か。特徴的な死に様だな……」
「じじじじじじじじん゛でにゃ゛にゃ゛にゃ゛にゃ゛にゃ゛い゛い゛ががががががら゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
どうやらルヴィリア、流石のしぶとさで耐えているらしく、光線を受けても痺れる程度で済んでいるようだ。
まぁ人様に見せられない、具体的にはR表記が変わっちゃいそうな感じにはなっているけれど。痺れに痺れてちょっと女性がやっちゃいけない感じの顔になってはいるけれど。んほぉとからめぇとか言っちゃってる感じ、いや、イッちゃってる感じはあるけれど。
だが描写しなければノクターンではないのである。
「どれ、そろそろ良いだろう……。ふむ、良い感じに紋章が焼き付いたな」
「はへぇ……、ひぎぃ……♡」
「まぁこの程度の日焼けなら二、三日もすれば剥がれるだろう。心配するな」
「シャルナちゃんとキャラが被っちゃうのほぉ……♡ でもダブル褐色にリゼラちゃんをはしゃみちゃいかりゃお~へ~……♡」
「まだ微妙に呂律が回っていないな。……まぁこうしてチェックポイントは通貨できたことだし、少し遠回りになるが麓を通って密林に向かうとしよう。魔道駆輪の速度なら馬車群に追いつけるはずだ」
「しゃっしゅがふぉーるきゅんさえてりゅぅ~♡」
「……仕方無いとは言え、その気色悪い喋り方はどうにかならんのか」
「んひひひひひ♡ 頭がぽわぽわすりゅにょぉ~♡」
何かヤバめの薬でもやってるんじゃないかと思うほどトリップしたルヴィリアを魔道駆輪に放り込んで、フォールは機動中枢に熱を掛け直す。
振り回した割には何処も不調はないらしい。これならば問題なく麓を通って密林まで行けるだろう。
「……では次の目的地に向かうとしようか」
フォールはギアを入れながら操縦桿を握り、深く駆動ペダルを踏み込んでいく。
魔道駆輪は凄まじい速度で旋回し、崖元から麓への道程を走行していく。
兄貴分の隠れた岩陰も、双子のいる側も超えて、一切気付くことなく何げない顔で走り抜けていったのだ。
だから残された彼等は、さらなる勘違いを加速させていく。
「ま、間違いねぇ……。魔道駆輪を振り回すなんて、とんでもない化け物じゃねぇか……」
兄貴分は手綱を持ったまま酷く震えながら、噴き出た汗が落ちるのも構わず散漫する思考を留めるが如く、言葉を垂れ流す。
「や、やっぱりそうだ。奴だ、奴が霧の中で俺のところへ攻撃を仕掛けてきたんだ……! あんな何気ない顔しやがって実は気付いてたのか……。俺が後をつけてるのを、気付いてたのか……!! なんて、なんて野郎だ……!」
汗と言葉が共に、混じり、流れ落ちて。
「奪えるのか……、あんな奴から……」
――――弱気を消すように、思い出す。
商人達を襲って奪った宝石の数々。金銀財宝の数々。
弟分と一緒に酒を仰ぎ飲み、金色の山々ではしゃぎ回った日々を。
貯めに貯めた金々で死ぬまで豪遊する日々を夢見ながら、泣き喚く奴等を足蹴にした日々を。
「いいや、違う……。奪うんだ」
勘違いから産まれた決意は、兄貴分の脚を奮い立たせる。
――――そして彼がそうであるように、双子もまた。
「あ、あの魔道駆輪、飛行機能があるんだね……」
「き、聞いたことないよ? そんな魔道駆輪……」
「で、でも本当にそうだとしたら、1千万ルグじゃ足りない価値だよ……。空を飛ぶなんて気球や有翼モンスターしかできないのに……」
二人は一瞬、沈黙して。
「……ね、ねぇビーゾッフ。僕考えたんだ」
「僕も考えたんだ、バーゾッフ」
嬉々と頬を緩ませ、手綱を握る。
彼等の歓喜を感じ取るかのように馬は鼻息荒く首を振るわせ、けたたましく蹄を打ち鳴らす。
「奴等から魔道駆輪を奪って1千万ルグも取り返せれば万々歳じゃないか、ってね」
「そうだね、ママもご機嫌だよね」
「うん、必ずね」
霧靄を靡かせながら、特等馬は地を蹴って駆け出した。
そして後を追うように、兄貴分の操る馬車もまた、駆け出していく。
「手に入れてやるぞ……!」
「「手に入れよう」」
知ることなく暗沌が舞い巡り、レースという舞台に影が落ちる。
靄霧の中に消えていくその影を誰が知る。馬駆る影達を誰が知る。既に半数以下となった参加者達の、いったい誰がそれを知る。否、誰も知ることはない。
ただ彼等は暗躍する。己の欲望のため、知る者などいない白き闇の中で、蠢くのだ。
そしてやはり、それを知る者は誰もいない。
例えその途中で擦れ違った男達であろうと、知る由など、なく。
「ンだぁ……、良い馬使ってんなァありゃ」
男は相棒を随分と雑に運んでいた。
片足を引っ張って引き摺りながら、意図せず、いつぞやの遭難しかけた平原でのやり返しような形で運んでいた。
いや、別に悪意があるワケではない。善意があるワケでもないが、まぁ、単純に不器用なだけなのだ。
馬車の馬から荷車の外し方が解らず、放り出してきた程度には、不器用なだけなのだ。
「あーゆー何にも繋がれてない馬ならなぁ……。ちっ、普段から走ってりゃ馬より速いし困らないからなぁ」
ぶつくさ文句を垂れつつも、彼は一応のコースを進むべく相棒を引き摺りながら歩いていく。
既に馬車がなく相棒も気絶して動かない辺り、どう足掻いても優勝の見込みはないのだが、それでも諦めるのは癪だと進んでいる次第。
とは言え、手元にはあるものが捨てたら相棒が怒りそうという理由で持って来た金庫らしきものと、その相棒程度では、優勝どころか一晩を超える長距離レースで完走できるかどうかさえ怪しいところなのだが。
「つってもどーすっかな……。こっから何すりゃ良いんだか。この馬鹿運ぶのも面倒だしよぉ、どっかで休むかぁ?」
ずるずるずる。
呆然と相棒を引き摺る男の行く末に待ち構えるのは、やはり靄霧。そんな変わらぬ光景がなおのこと彼の疲労を加速させる。
しかし何故かーーー……。幸か不幸か偶然か必然か。靄霧の中に、一つの装置が転がっていて。
「おっ、何だ良い感じの腰掛けがあるじゃねぇか」
男は何気ない風にその装置に腰掛けた。
これからどうするかを考えるため、取り敢えずこの馬鹿をどうすればいいかを考えるため。
背後で収束する光線に気付くこともなく、マヌケ面で。
「あーぁ、どうにかなんないかねぇ」
――――――――カネダ&メタル組、再起可、能(リタイ、ア)?




