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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
決戦の騎士(後)
132/421

【2】


【2】


 舞台は荒野を越え、山岳に差し当たる。

 目の前には屹立した山脈が並び立ち、地雷原を生き延びた人々を圧倒していた。

 山頂に到っては雲で薄隠れて見えず、斜面には靄霧が掛かっている。断崖絶壁と称すに相応しい岩肌からは小石一つが転がろうと、当たり所によっては命に関わるだろう。

 今回は麓を一周回って帰ってくるだけだが、あの山を登ることにならなくて一安心といったところか。


「……あの山にチェックポイントがあるんだったな」


「だねー。ここから見えるぅ?」


「霧が掛かっていてハッキリとは……。貴様の魔眼でもダメか」


「さっき魔眼いっぱい使っちゃって辛いのよーん……。あ゛~、目薬ほち~……」


「温めたタオルならあるが」


「わぁありが何であるの?」


 備えあれば何とやらの精神か、魔道駆輪の小物入れから出てくる出てくる便利道具。

 彼女だろうか、オカンだろうか。たぶんオカンだと思う。


「君が女の子なら……ッ!」


「下らんことを言ってないで地図を確認しておけ。あの山地が渓谷と言うぐらいだ、何かあるのだろう」


 フォールが一つギアを上げると、車輪はまた土色の変わった山地に車輪を乗り上げさせた。

 流石に彼の言っていた通り速度は落ちたものの、どうにか走行できてはいるようだ。こういった荒れ地は地質然り、段差然り、岩石然り、なるほど馬の方が有利なのだろう。


「差が埋められん内に距離を稼げれば良いがな」


「だねーい。……ん、地図的には確かに渓谷になってるよぅ? とんがりと割れ目があるね。……とんがりと割れ目って何かエロくない?」


「黙れ。……ふむ、どうやらこの地帯には秘密があるらしいな」


 と言っている内にも、ある一定の地点を越えた辺りからだろうか。靄霧は遂ぞ一メートル先も見えないほど濃くなり出した。

 幾ら山岳地帯とは言え異常な濃度だ。心なしか蒸気のような、何処か纏わり付く鬱陶しささえ感じる。しかしその温度は冷や水のように冷たく、魔道駆輪の部分部分に霜が這いでいる。

 雲? いや、こんな高度に雲はできない。霧? こんな濃度の霧があるものか。

 成る程ーーー……、これはただの靄霧ではないらしい。


「……厄介だな。道が見えん」


「こりゃ魔道駆輪殺しだね。動物なら鼻なんかで危険なトコを見抜くモンだけど」


「ふむ、確かに……」


 フォールは操縦桿を切り、何ら惑うことなく進んでいく。

 そっち進めないの? とルヴィリアが指差した先は見事に崖。車輪が弾いた小石ががらりと転がり落ちていく。


「……調味料を嗅ぎ分けるには嗅覚も必要なんだ」


「だからって獣並のは要らないと思うな僕……」


 本当に人間だろうか、この男。


「ま、まぁ、進んでくれるならいーけどさ……。にんげ…………、人間……?」


「勇者だ。……しかし、うむ。この霧をどうにかできればもう少し速度が出せるのだが」


 瞬間、フォールは片手を掲げ、指先で何かを摘み上げた。

 空気を舞う埃でも掴んだのだろうかというほど緩やかな動きだったが、二指の先には弾丸が一つ。

 それが凄まじい回転と共に彼の指皮と肉を削りながら、回転している。


「む、擦り傷か……」


「うんやっぱ君人間じゃないや! ……発砲!? 何処からぁ!?」


「横からだ。成る程、馬ならば多少の壁面も駆け上がれるだろうな」


 続く、連弾。

 フォールは挟んでいた弾丸を弾き返し、双方を同時に反射させる。


「……双銃だな、良い精度と良い連撃だ」


「落ち着いてる場合じゃないってばフォール君! 狙われてるんだよぉ!?」


「案ずるな。どうやら魔道駆輪の駆動音で判断しているらしい……。成る程、こういう妨害の仕方もあるな」


「じゃ、じゃあ速度を落として駆動音を抑えないと!」


「いいや、逆だ。上げる(・・・)


 フォールがギアを上げた瞬間、中枢部は鼓動を速めて轟音を巻き起こした。

 必然、相手が見えない霧の中だろうとそれだけの音があれば嫌でも場所が解る。

 銃弾は先程よりも確かな確信を持って放たれた、がーーー……。一発たりとも擦ることはない。

 どころか魔道駆輪の姿は、既に射程圏内にさえなかった。


「にゃはははははははぁあっ!? 正気かな正気かな正気かなフォールくぅうううーーーんっ!!?!?」


「割と正気だ。この地点にいる限り不利ならばさっさと抜けてしまうに限る」


 彼の言葉尻を掴むように、後右車輪が崖から滑って空を藻掻く。

 言いしれぬ浮遊感はルヴィリアの心臓を跳ね上げさせ、全身から一気に血の気を失せさせた。

 陽気な態度を保つ余裕さえブッ飛ばすほど、一気に。


「はひゅう」


「気絶するなら野宿の時にしろ。……おい、聞いているのか」


 無茶振りを超えた無茶振りを受ける前に、ルヴィリアは静かに息を引き取った。

 だがそんな事など知った事かと魔道駆輪は山岳を走り抜けていく。その速度たるや、正面衝突しようものならミンチよりひでぇや状態待ったなしの爆走っぷりだ。

 一歩間違えれば崖下真っ逆さまだと言うのに、一切の動揺なく操縦桿を操る様となれば、もし霧がなければ何人の顎が落ちたことだろう。


「「……やるね」」


 ただし、ここには逆に顎を引き締める者達がいた。

 彼等は息の合った、いいや、息の合いすぎた(・・・)射撃により弾かれた薬莢を弾き出しつつ、再び銃弾を装填する。

 弾を取り出す動作も込める動作も撃鉄に指を掛けて降ろす動作も、オマケに銃を構える時に片腕を引っ掛けてしまう様まで全く同じだ。

 双子故にーーー……。バーゾッフとビーゾッフは全く同じ動作を見せていた。


「奴ら……、まさか除けられるとは思わなかったよ」


「うん、だね。声が遠ざかるし、もう逃げちゃったかな……。それにしてもバーゾッフ、アレ本当にあの金庫を奪った二人組かい? 霧でよく見えないよ」


「え、ビーゾッフが確認したんじゃないのかい? 僕は奴等が金庫みたいなのを持ってたのが見えたから……」


「えっ」


「えっ」


 無言、そして、一息ついて。


「……まぁ、間違いないよ。レースにあんな大きな入れ物持ち込む奴なんていないしね」


「そうだね、間違いないね。いたらただの大馬鹿さ。死んだって文句は言えないよ」


 二人は銃を背に廻し、対象より先回りしようと手綱を握る。

 この辺りは霧が深く地形も複雑で、馬なら多少の土手道を乗り越えれば大幅なショートカットが可能な地形だ。

 このまま特等馬で斜面を駆け上がれば、馬車なんか引いてる参加者どもより遙かに早く先回りができーーー……。

 ――――チィインッッ!


「うわっ、何だ!?」


「銃撃だよバーゾッフ! さっき撃ったから場所がバレたんだ!!」


「違うよビーゾッフ! 何でそれが後ろから飛んでくるのかって話だよ!!」


「ま、まさか参加者が撃たれたと勘違いしたとか……?」


「あぁもう、何てことだ! 金づるのくせに僕達の邪魔ばっかして!!」


 双子は背中から銃を引き回し、後方へとありったけ乱射する。

 威嚇とも牽制とも、はたまた滅多撃ちとも取れる射撃だ。そこに明確な殺意はなく、ただそれは蟲を払う手に過ぎない。

 もっとも、その手が蟲を叩き潰せたのなら、それはそれでこの上ない幸運ではあるのだけれど。


「はは、これだけ撃ち込んでおけば大丈夫でしょ」


「そうだね、きっと……」


 だが、弾丸は返って来る。

 乱射は相手を怯えさせるどころか、どうやら逆鱗に蹴りを入れてしまったらしい。

 いつもならこれだけ撃てば後ろから悲鳴が聞こえるものなのに、今回はどうやらかなり過激な参加者がいるようだ。

 過激で、面倒で、邪魔な参加者が。


「ちぃっ、まさか気付かれるとはな……」


 ここに、いた。

 彼、盗賊団の兄貴分は撃鉄を降ろして弾倉を廻しながら、頬から流れる鮮血を拭い取る。

 ――――やられた。まさか魔道駆輪の(・・・・・)奴等がこんなにもやり手だとは思わなかった。

 成る程、一回目の銃声は囮だ。どうしてだか俺が銃で狙っているのを読んで、わざと当てずっぽうな方向に撃って場所を知らせたのだ。

 そして俺が撃ち返しちまったもんだから、二発目はあんなに的確に撃ってきやがった。あと少し逸れてたら眉間に穴が空いてたところだ。


「こりゃ二番手に着いてるのはヤベェかも知れねぇな……。先頭にはあの魔道駆輪の奴ら自身しかいねぇんだから、狙うのは後方だけ……。もし奴らが下がってきたりしたら、真っ先に見付かって疑われるのは俺だ。そうなったらオシマイ……、くそ、くそっ! こんなやり手の奴等に金庫を盗られるなんて冗談じゃねぇぞ!!」


 頬を針で刺すような痛みは、まだ消えない。

 どうやら苛つきで血管が浮き出てさらに出血を増やしているようだが、彼はそれに気付けるほど冷静ではなかった。

 焦燥は一刻一刻と色濃くなり、焦りはやがて鈍重な陰りの黒となる。

 どんな手を使ってでも、と。そんな思想を浮かび上がらせるほど、黒く、黒く。


「仕方ねぇ、一端下がるか……。くっ、レースが終わるまでには何としても金庫を取り返してやるぞ……!!」


 かくんと馬の首が揺れ、馬体は大きく進路を逸らした。

 悔しいが、ここは下がるしかない。例え今すぐ追いついて金庫をぶん捕ってやろうと意気込んでも、警戒し、武器まで持っている相手にそれを成すのは用意ではない。

 ならばここはこの煮えたぎる焦りを飲み込んで、後の機会に託す、しか。


「テメェだな」


 それは連鎖だった。


「はえ?」


 兄貴分の眼前が、消え失せた。

 馬車馬の瞳が、真っ白に染まった。

 カッカッカッカッ、カカンッ。耳にとどいていた嫌になるほど規則正しかった蹄の音が一瞬飛んで、またいつものリズムを刻む。

 走行に問題はない。馬もまたいつもの走りに戻っている。靄霧は相変わらず視界を濁しているし、頬を撫でる風だって変わらない。

 けれど、手綱を握る手は汗で酷くびっしょりと濡れていた。靄霧の雫ではなく、自身の肌が噴き出した恐怖の汗でだ。

 ――――何が、起こった。今一瞬、視界の端に影が見えた気がした。人のような、いや、馬車の速度に追いつける人間がいるはずもないが、アレは確かに人のような影だった。

 それが、そう。何かを振り下ろした。自分と馬車馬の視界を銀色で埋め尽くす何かを。


「…………」


 焦りによって見えた幻覚か、それとも自分が知らない世界の出来事か。

 兄貴分はそんな儚い願いと共に振り返り、馬車によって掻き分けられた靄霧の跡を見る。


「あ、あぁ……」


 直後、彼が見なければ良かったと後悔したのは言うまでもない。

 決してハッキリ見えたわけではないし、感じたわけでもない。だがそれは確かにそこにあった。

 ケーキにナイフを落とすようにパックリと、何処までも割れた地面が、そこに。


「やばい、やばい……! やばいやばいやばい!!」


 兄貴分は手綱を弾いて馬を叫ばせ、再び速度を上げる。

 後ろでは否定したい現実をなお突き付けるように、幾台もの馬車が横転する音が聞こえた。何だこの亀裂はという叫びも聞こえた。

 夢じゃない。嗚呼、幻でも見間違いでもない。アレは、本当にーーー……、地面が裂き砕かれたのだ。


「い、急ごう! さっさと取り返してこんな山とはオサラバだ!!」


 彼はさらに二度、三度と手綱を打ち付けて馬を急かし立てる。

 馬は嘶きではなく悲鳴のような甲高い声をあげて蹄で地面をたたき上げた。

 その声は靄霧を抜けて山岳に突き抜けていく。己の指先さえ見えないような白い闇の中を、何処までも。


「あー、あの馬が可哀想だぜ……」


 と、そんな悲鳴を聞きながら煙草を吹かす男が一人。

 金髪の男、カネダはレース中だというのに、斜面近くで馬をのんびり歩かせながら煙草をぷかぷか。白煙が霧に溶ける様子が面白いのか、この山岳に入ってからはずっとそんな調子だ。

 彼はレースを諦めた風でなければどうしようもなくしょぼくれている風でもない。どころか朝の珈琲を待つ父親のような長閑さえ感じさせている。

 とは言え、彼がそんな様子では暴れ喚き大好きな同行人が楽しいワケもなく。


「あー、クソッ。逃した」


「ん、お帰り」


 霧の中から疾駆と共に舞い出たのは刀剣構える一人の剣士だった。

 彼はボサボサの頭を掻きむしりながら面倒臭そうにカネダの手元から煙草を一本奪い取り、緩やかに進む馬車から刀剣を差し出して岩場に打ち付ける。

 その際に発生した火花で煙草に火を灯し、口へと運んで、一服。


「ったく、乱射してくるぐらいだから骨のある奴かと思ったら、さっさと逃げやがった。あと一歩ズレなきゃよォ、運の良い奴だぜ……」


「お前ね、こりゃレースなのに嬉々とした目付きで戦闘に行くんじゃないよ……。相変わらず悪役顔負けだな。目付きだけに」


「上手くねぇぞ。……てかよぉ、レースだってんなら何でこんなトコで呑気にしてなきゃなんねェんだ。あァ~?」


「成る程、悪役顔負けは目付きだけじゃなかったな……。けど動くのはまだだ。全員に追い抜かれてからだぞ」


「だから何でだって聞いてんだろォが」


 ぷかり、と煙の輪っかを靄霧に融け込ませながら、カネダは片手に手綱を、片手に地図を拡げ持つ。


「山岳地帯が渓谷の形になっていて、これ程の濃度を持つ靄霧……。明らかに普通の地形じゃないのは解るだろ。それにさっきの地雷原と言い、元々このレースは優勝させる気どころか完走させる気すらないんだよ」


「……あー、つまり何も知らない奴を先に行かせて様子を見るのか?」


「も、あるが……。銃ぶっ放してお前から逃げた奴と言い、やっぱり1千万ルグもあると目が眩む奴が出て来る。そういうがめつい奴等を裂きに行かせて実験台にするのが目的さ」


 ――――ちなみに、彼の言う目が眩む奴は参加者ではない。

 まさかその者達による乱射が対象を抜けて彼等を襲ったなど、予想すべくもないのだろう。


「どっちが悪役だか……」


「んん~? 何か言ったかねぇ~?」


「何も言ってねーよっ! と言うか、がめついのはお前もだろーが!!」


「なはは、奴等はがめついが俺はかしこい(・・・・)! ここが違うのよここがぁ!!」


 カネダが爆笑しながら指差したのは頭。

 こりゃ俺なんかよりよっぽど悪役向きだな、とメタルは呆れ呆れに頭を掻きむしる。


「ま、そーゆー事ならテンサイのカネダ様にお任せしようか……。こっからどうすんだよ」


「そりゃお前、上で悲鳴が聞こえたら様子を見に行くだけさ。尊い犠牲を何人も出しちゃダメだろぉ?」


 ゲラゲラと笑うその様は間違いなく悪役だった。三流も良いとこの小悪党だった。

 メタルは相方の無様さに大きく白煙を噴き出し、周囲の靄霧に渦を作り出す。無駄に良い煙草吸いやがって。


「……んぁ?」


 ごずん、ごろごろ。

 靄霧でよく見えないが、遙か頭上で何かが転げ落ちた音がする。


「おい、カネダ。上で何かーーー……」


「だぁーはっはっは! 優勝はもう俺がゲットしたようなものだなぁオイ!!」


「聞けって。カネダってば」


「だいじょーぶだいじょーぶ聞いてる聞いてる優勝賞金の使い方だろぉ!? 心配すんな、欲しいモン何でも手に入るぅぶっ!!」


 彼のド頭に落下してきたのは、上半身ほどある大岩だった。

 何処からか転がりに転がって、余裕を扱いていた彼の頭蓋に直撃したのである。


「あっ、あー……、あぁ~…………」


 彼は脆く、崩れ去る。

 札束の海で泳ぐ幸せな夢を見ながら、満面の笑みで、ゆっくりと。


「……ぁー」


 手綱を握ったまま白目を剥いて泡を吹くカネダに手を合わせ、メタルは一礼二拍。


「ご臨終?」


 お参りの際に拍手はやめましょう。 

 ――――カネダ&メタル組、再起不能リタイア



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