【1】
これは、永きに渡る歴史の中で、平穏なる日々を望み続けてきた東の四天王と魔王と冒険者。
偶発なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼女達のーーー……。
「いや確かに鍛えていますよ確かにこの褐色の肌はモーガモンキーと酷似してますよでも間違うってどうなんですか仮にも主たる者が部下と敵を間違うというのは魔王としての矜持を失うにも等しい行為ですよいえ長たる視点からしてみれば決してやってはいけない事だと思うんですよ勘違いしないでくださいねあくまで戒めてるだけであって決して私の筋肉が猿のようだとか雄より漢らしいとかそういう感想を抱かれた事に怒ってるわけじゃないんですからねそこ重要ですよ決して勘違いしないでくださいね大切なところですからえぇ別に怒ってるわけじゃないんですよでもこの筋肉はあくまで鍛錬の賜であって決して元から供えていたというわけでは聞いてますか魔王様これ大切なところですからね解ってますか」
「ま、まぁまぁ、シャルナさん。リゼラさんとて決してわざとでは」
「やかましいひねり潰すぞ貴様」
「はいごめんなさい」
「ウホ、ウホホッ、ウホぇあっ(いやでも姉さん、そこの兄さんの言う通り似てますって。俺でも間違えましもげぇあっ)」
「「「ウホホホホーーー!!(兄弟ーーー!!)」」」
「……次は、誰だ」
「「 「ウホッ……(ヒェッ……)」」」
「完全にボスゴリラじゃねぇぶっ」
「リゼラさぁあーーーーーんっ!?」
支配の物語である!!
【1】
「地図では荒野地帯に入るみたいだねぇ」
「あぁ、そのようだな」
「車輪が壊れなきゃ良いけ……ど……」
「……どうした?」
「いやいや、何でも」
ルヴィリアは隠すように地図を内側へ折りたたみ、頬薙ぐ風から守るため胸の谷間へ押し込んだ。
ともあれ、地図の紙面が示す通り、彼等の前に拡がるのは草原の草々が尽き岩肌が露出した地平線だった。
心なしか魔道駆輪の車輪が地面を弾く音も硬くなっているような気がする。風さえも、何処か、鋭く。
「荒野を越えれば渓谷、密林、平原と続いて戻ってくるのがルートだな。折り返し地点となる渓谷にはチェックポイントがあり、そこを通過することで馬車に魔術刻印が刻まれるそうだ。……まぁ、我々のは魔道駆輪だが」
フォールは眼前の荒野を眺めつつ、カチリカチリとギアを切り替えていく。
すると魔道駆輪の揺れは少なくなり、段々と穏やかな走行になっていった。
「野宿は密林で行う。車体を走らせっぱなしでは中枢部が熱を上げるのでな」
「うわぁ、これ野宿の時にラッキースケベからエロに持って行かれる同人特有の展開だぁ!」
「………………」
「だ、大丈夫? おっぱい揉む?」
「夕飯は要らんようだな……」
「はいごめんなさい! ちくしょおおおおおおシャルナちゃんなら寝込み襲ってあんあんしてやるのにぃいいいいいいいい!!」
「…………」
「え、リゼラちゃんの場合はどうかって聞きたそうな顔だね!! そんなのにゃんにゃんに決まってるじゃないか! んもう、興味ないフリしてスケベだなぁフォール君はぁ!!」
「貴様を捨てるならどの辺りが良いか……」
「不法投棄はご遠慮くださぁい!!」
目がマジだったそうです。
「兎角、まずは荒野を越えることだ。この辺りは特に問題もない、超えるのは容易かろうがーーー……」
「んー、そうもいかないかもよん。フォール君、そこ地雷」
「む」
フォールは軽く操縦桿を切り、軽く方向を右へと逸らす。
車輪は相変わらずの荒野を進み、土砂に輪跡を標していった。後方にいる馬車群からすれば岩か何かを除けたように見えただろう。
だから、ほんの数秒後。彼等の後ろで爆炎が吹き上がることになる。ついでに馬車や人や馬も花火よろしくどどんぱん、と。
「荒野には地雷が生えるものなのか。面白い生態だな」
「いやぁ、アレはそーゆーのじゃないと思うけどねぇい。被った土がかなり新しかったし、この辺りで設置魔方陣なんて金塊を埋めるような戦いがあったとは思えないしねぇ」
ルヴィリアの眼は緋色の輝きを放ち、何の変哲もない荒野から次々と設置型魔方陣が仕込まれた地点を見つけていく。
土の盛り上がり、色、具合、岩の並びや、僅かな足跡。常人ならば這いつくばって調べてようやく察せられる程のものを、彼女は恋人のブラやパンツの違いを見抜くが如く凄まじい精度で判別していった。
フリルが好きです。スポーティーも好きです。女の子が着けてたら全部好きです。
「にゃーるほどねぃっ。優勝者がいないってのはこういう事だ。始めっから優勝させる気なんかないんじゃないか」
「そうでもない。この程度なら遊戯だ」
「うーん、時々君が馬鹿なのか大物なのか解らなくなるけど今なら確信を持って言えるよ。馬鹿だね君?」
「馬鹿とは何だ。純粋と言え」
「純度100%の酸素って猛毒なんだよォ?」
ぎゃあぎゃあと言い合いながらも、彼等は凄まじい速度で地雷原を越えていく。
魔道駆輪が右へ左へウィリー走行なその様は、傍目にはもう生物がタップダンスを踊っているようにしか見えなかった。
正しく地雷原でタップダンスとはこの事である。
「ぐお、オォオオオオオオオオオオオッッッ!」
だが、彼等が超えるなら他にも超える者はいる。
かなりの者が突如の地雷原により馬車ごと吹っ飛ばされて周囲の雑木林に落下したが、中には遅れてきたが故に爆発に巻き込まれず、安全に走行できた者。純粋に卓越した技術で地雷原を走破した者。完全に運で切り抜けた者など様々。
特に兄貴分はフォール達が除けたルートを完全に模倣するという、執念による走行を見せていた。
あの金庫、金庫さえ取り返せればーーー……、と。その並々ならぬ意志が産んだ超人的行為である。
「はい右-、はいそっちー、はい左ー。はいはい前前」
一方、カネダとメタルチームも同様に地雷原を抜けていた。
ただし彼等のは執念から来る超人的技術ではなく、ただ当たり前のように、日常から来る逸脱的技術である。
常に罠を警戒し、殺し殺されの世界に身を置いてきた彼等だからこそ、こんな雑な地雷に引っ掛かるわけがない。
カネダが指示してメタルがあくびをしながら小石などを打ち込んで爆破させる。そんな単純作業の繰り返しだった。
「す、すげぇぞ、アイツ等……」
「続け続け! アイツ等に付いて行くんだ!!」
「は、はは! 今年は凄いぞ! こんなに残るなんて!!」
後続の馬車達も彼等に続く続く。
例年であれば半数以上がここで脱落するのだが、今年に限っては運の悪かった二割ほどしか脱落しなかった。
普通の参加者は兎も角、もう誰でも良いからゴールしてくれ状態な村からの参加者は大喜び。今年は何かあるぞ、と息巻くほどだ。
「や、やばいよバーゾッフ……、大変だ……」
だがここに、そんな高揚とは正反対の感情を抱く双子がいた。
バーゾッフとビーゾッフだ。一足先に村の会場を出てレースの妨害準備を確認していた二人。例年通り、ここで過半数が脱落したのを見届けたら一度村に戻るはず、だったのに。
今年のこれはどういうことだ。脱落どころか、次々に抜けられているではないか。
「やっぱり魔方陣をもっと敷き詰めれば良かったんだ! これじゃあまたママに怒られるよぅ!!」
「だ、ダメだよビーゾッフ。だって全部脱落させたら来年から誰も参加しなくなるじゃないか。こ、今年はほら、たまたまさ。たまたま抜けるのが多かっただけ……。でも渓谷は決して簡単に超えられるものじゃないし、密林には罠が仕掛けてある。オマケに帰りの平原は特大のアレがあるんだ。慌てることはないよ」
「そ、そうかなバーゾッフ」
「そうだよビーゾッフ」
二人は落ち付いて息を整え合う。
――――そうだ、何を焦ることがある。レースはまだ始まったばかりで、一つ目の罠を超えられただけのこと。
レース終わりまでに全て仕留めれば良いのだ。平原には最終手段があることだし、決して何人たりともゴールさせるものか。
もしゴールさせたらママにどれだけ怒られるか。あぁ嫌だ、そんな事は考えたくない。
いや、もしかしたら怒られる程度じゃ済まないかも。もっと、想像もできないようなバツが待ち構えていたりしてーーー……。
「が、頑張ろうね、バーゾッフ」
「あぁ、頑張ろう。ビーゾッフ」
恐怖に背筋を凍らせながら、二人は馬へと乗り上がった。
この馬は今、荒野を走っている馬車なんかよりもずっと速い、先頭の魔道駆輪にだって負けない、金にモノ言わせて買った特等馬だ。先回りして罠を仕掛けるのも、いち早く村に戻るのも、この馬あってこそのこと。
だから彼等は安堵していた。この馬と用意した罠さえあれば大体の事はどうにかなるから。いいや、どうにかできるから。
安堵しきっていたのだ。バーゾッフが馬の手綱を引き、ビーゾッフが鐙に脚を掛ける。そうして二人は次の罠へと向かう、はずだった。
ビーゾッフの脚が止まり、眼が見開かれる。その光景を見てしまったが故に、絶句し、脳の随まで真っ白にして、息を詰まらせるほどに。
「おい馬鹿! それは投げるな!! 見た感じ金庫だし、何か入ってるかも知れないだろ!!」
「はは、馬鹿はテメーだろ。金庫が食えるわけねーじゃん!」
「お前こそが馬鹿だよ!! 何か入ってるイコール食い物ってどういう思考回路!? 世の学者がペン持って立ち上がるぞお前!!」
「ほほぉ。遂にペンは剣よりも強しとかいうフザケた定説を崩す日が来ちまったか……」
「やっぱり馬鹿だよお前!?」
あの二人。喚き散らす、あの二人組。
奴等が持っているのは、まさか、そんな。有り得ない。有り得るはずがない。
だけど現実に奴等は持っている。我が家の奥深くに置いてあるはずの、あの、金庫を。
「ば、バーゾッフ……」
「取り敢えず次の罠を強化しよう。全員が引っ掛からない程度に調節して……」
「バーゾッフ!!」
兄弟の必死の叫びに、バーゾッフはそちらへと視線を流した。
途端、彼の瞼が弾かれるように開き切る。その様は瓜二つと言えど、焦燥の差は比べようもないほど果てしないものだった。
彼はビーゾッフと全く同じ機議を辿って全く同じ嫌答へ決着させた。最早確認し合うも、言葉に出し合うもない。
――――あの金庫は間違いなく、我がマルカチーニョ家の、レース大会の賞金が入った金庫だ!
「お、追おうバーゾッフ! 今ならまだ間に合うよ!」
「も、勿論だよビーゾッフ! 今ならまだ間に合うよ!」
バーゾッフとビーゾッフ。二人は二人して特等馬を駆り、雑木林の中から駆け出した。
今はレース妨害よりも奴等が持つ金庫だ。何がどうして奴等が持っている事になったのかは解らないけれど、それよりもまず取り返さなければ。
もし奪われていることがママにバレたりしたら、それこそ本当に説教や御飯抜きじゃ済まない。もっともっともっと酷い目に遭うに決まっている!
「ゆ、赦さないぞ。赦さないぞアイツ等!」
「あ、あぁ。赦せない。赦せないぞアイツ等!」
馬は駆け、小枝を弾き小石を潰し小葉を躙って風を裂く。
進む先は当然の如く次なる渓谷ではなく、二人組の後。
金庫を奪った憎き憎き、男達の後。
「つまりな? ペンの鋭利さとインクを染み込ませる溝に毒を仕込める便利さは武器に応用できると思うんだよ俺ァよォ。けどあの細さと小ささはいただけねぇ。もっとデカくして両手で振り回せるぐらい豪快なのにした方がカッコイイぜ絶対。そしたらペンは剣よりも強しって言ってやっても良いぜ、うん。まぁそれより遙かに強いモンもあるけどなァ」
「……言いたいことを10文字以内で纏めてくれる?」
「ペンより剣より俺強し!!」
「うん、それ15文字」
まぁ、首を捻りながら指で数える馬鹿とそんな彼に深くため息をつく苦労人は知る由もないのだが。
まさか彼等も目的の品が手元にあるとは知らず、馬車を引いて地雷原を駆け抜けていく。
さてはて、栄光と財貨を掴むのは伝説を知らぬ双子か、はたまた真実を知らぬ馬鹿と苦労人か。
それを知るのは、或いは知ることになるのは、先行く勇者なのか、それとも先追う男なのか。
――――未来を知る者はまだ、いない。




