【3】
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「はぁーはっはっはっはっは!!」
小柄肥満の、脂肪で塗り固めた豆粒のような兄貴分は高らかに笑い声をあげていた。
脂ぎった唇からは涎が飛び散り、その飛沫が目の前の焚き火に落ちて消えていく。
それはもうご機嫌な、今すぐ踊り出しそうなほど陽気な笑い声だった。
「あ、兄貴ィ。薪取ってきたよぉ」
「馬ッ鹿いらねぇよお前! ホラ見ろ、燃料なら幾らでもある!!」
男が花吹雪のように巻き上げたのは、レース大会の広告だった。
いや、そればかりではない。参加用紙や記念貧のバッジなどのグッズまで、レースに関する品物が様々と。
焚き火の中ではありとあらゆるレースに関する道具が焔に灼き尽くされ、ぢりぢりと灰燼へ化していた。
燃え盛り燃え盛り、薪よりも乱雑に、放り込まれていく。
「さっき草原に広告も捨ててきてやった。はは、これで今年のレースは大失敗確定だ! あの豚共もレースの損失を少しでも補おうとレースに付きっ切りになるぜ!」
「…………」
「はーはっははぁ、どうしたどうした。奴等がレースに専念してくれりゃ俺達は随分とやりやすくなるんだぜ!」
「おで、たき、薪、せっかく拾ってきたのに……」
彼は弟分の言葉にきょとんと目を丸くしたが、直ぐさま大きな背中を叩きながら薪を焚き火へと放り込んだ。
そしてこれで良いだろと慰めながら、話を続けていく。
「いいか、明日が本番だぜ。明日の正午、レースが始まる時が本番だ。計画は憶えてるか、うん?」
「ま、マルカチーニョ家を爆破する」
「そーだ! 爆薬は業者に扮して侵入した時にもう仕掛けてある。後はレースの開始を祝う花火を打ち上げてやれば良い。それだけで参加者も観客も、豚共もパニックだ! そのパニックに乗じて」
「しょ、賞金を奪うんだな!」
「そーだそーだ、ははは! そーだとも!!」
バンバンバン!
強く、繰り返し大男の背中を叩きながら、兄貴分は甲高い笑い声をあげる。
「元はと言えば俺達が苦労して商人共から奪ってやった金よォ。それを留守中に横取りしたのはアイツ等だ。こりゃ戦争なんだ、聖戦ってやつだぜ、聖戦! 誇りを取り戻すための戦いさぁ!」
「せ、聖戦か! カッコイイなぁ!!」
「そうだぜ。やってやろう、アレは俺達のモンだ。欲に吠え面かいた豚共に思い知らせてやろうじゃねぇの!!」
兄貴分はグッズだの何だのを一挙に焚き火の中へ放り込んだ。
途端に焔は轟々と燃え上がって火花と灰燼を吹き上げ、洞穴の天井を焚き付けた。
猛り立つ焔は夕暮れになりつつある空と同じ色。やがて来たるであろう明日に向けて送られる太陽と、同じ色。
迫るときは、明日。彼ら盗賊団とマルカチーニョ家の因縁が遂に決着するのは、彼らが待ち侘びるのは、明日ーーー……。
「うぅ……、お腹減ったよぅ」
「酷いよママぁ、本当に夕飯抜きにするなんて……」
――――いや、ここにも二人、明日を待ち侘びる男達がいる。
今日も目的の盗賊団を見つけることができず、遂ぞ夕飯抜きにされてしまった哀れな双子だ。
バーゾッフとビーゾッフーーー……、二人はしょんぼりと項垂れて腹を鳴らしながら、真っ暗な地下室の隅っこに蹲っていた。
「バーゾッフ、もうやだよぅ。明日はレースの妨害準備だってしなくちゃいけないのに、盗賊団まで捕まえるなんて無理だよぅ」
「そうだよビーゾッフ。無理だよ、無理に決まってるよぅ」
双子はぐちぐちと弱音を吐き続けた。真っ暗で灯り一つない部屋がさらに暗くなってしまうほど、暗沌と。
しかしそれも空腹の音で止み終える。二人は誤魔化すように大きくため息をついたが、ただただ虚しいだけだった。
「仕方ないよビーゾッフ、やるしかないんだ。明日の晩飯も抜きにされちまうよ」
「解ったよぉバーゾッフ、やろうやろう。明日も夕飯抜きは嫌だなぁ、お手伝いさんのお料理は美味しいからねぇ。頑張らないと」
バーゾッフとビーゾッフは立ち上がり、暗闇の中を歩んでいった。
地下室らしい、地中を刳り抜いたような石畳。それを弾く彼等の足音ばかりが響き渡る一室。
だが同時に、彼等の足音が奥へ奥へと進むにつれて、何か、地鳴りのような音が聞こえ始める。そう、まるで巨大な空洞に吹き抜ける風音のような。
或いは、獣の嘶きのような、音ーーー……。
「やろう、バーゾッフ。僕達ならできるさ」
「やろう、ビーゾッフ。僕達ならきっとね」
二人が手を添えたのは巨大な鋼鉄の柱だった。
いいや、違う。それが幾本も均等に並び、檻なるものと化していた。
彼等を一口で飲み込めるほど巨大な獣を封じる、幾匹も幾匹も封じる、檻に。
「「明日が、楽しみだな」」
そして、朝焼けは来たる。
誰も彼もが遠足前の子供がそうであるように、心躍らせて待ち侘びた朝焼けが。
奪還、金儲け、賞金、スライム。様々な欲望が渦めきぶつかる、その時がーーー……!




