【プロローグC】
【プロローグC】
「し、死ぬ……。死ぬぞ……、死、グフッ……」
金髪金眼の男は、滲み歪む視界に体を揺らしながら二つの屍を運んでいた。
いや、その様は運ぶというよりは引き摺ると言った方が正しいだろう。と言うか、両手で片足ずつを持って顔面が地面に埋まるのも構わない辺り、引き摺るというより他ない。
しかし、仕方ないのだ。こんな運び方でもしなければ自分が彼等同様、瀕死の屍になるのだから。
「捨てていってやろうかな……、もう……」
などと口で言いつつも、彼は、カネダはずり落ちるメタルとガルスの足をしっかり握り直す。
これでも一応は仲間だ。先日のエルフの一件で同僚と雇い主の関係は崩れたが、見捨てるのに躊躇する間柄なのは違いない。
腐れ縁のようなものだが、こんな平原で死体を晒すのも気が引けいややっぱり重いな自滅馬鹿だけ捨てていくかコレ。
「しかしマジでやばい……。次の目的地は、村、だったか……? 全く見えないな……」
――――先日の、エルフの集落での一件。
馬鹿のせいというか、馬鹿のお陰というか。本来なら磔極刑を免れないであろうカネダ達一行はどうにか命辛々、集落からの逃亡に成功していた。
まぁ、妙に追っ手が遅かったりしたし、ガルスが大丈夫ですよと絶対の安心を持っていたりはしたけれどーーー……、そこは置いておくとしよう。
「水……、水が欲しい……」
むしろ問題は、彼等に追い立てられたせいで正規の旅路を離れてしまったことである。
本来ならば平原を最短距離で超えるはずが、大きく周りに回って崖だの河川だの渓谷だのと冒険記譚なら一巻ぐらい使い切れる大冒険をするハメになったのだ。
当然、その最中に人の姿がある場所はなかったし、何故だか運悪く商人や商隊の一つにも出会わなかった。いつもなら少なくとも数度は出会うというのに。
不運に不運重なって、迷いに惑いって幾迷走。そういうワケで今こうして遭難寸前で、黄泉へご招待の旗が乱立する平原を歩くことになっているのである。
「し、死ぬのか……。伝説の盗賊と最強の傭兵が……、こんな平原で遭難するのか……。は、はは……、第一発見者は大金持ちに大英雄だぞ……、フ、フフ」
嗚呼、ダメだ。意識が消えてしまいそうだ。まるで指を突っ込んだ掻き回された蝋液のように濁り果てている。火花でも飛んでこようものなら、そのまま一気に燃え果ててしまいそうな程に、溶け淀んでいる。
盗賊なのだから、捕らえられて死刑台に上ることは覚悟していた。罠に掛かって死ぬことも覚悟していた。何なら、お宝に躓いて死ぬことだって覚悟していた。
だが、餓死だけは覚悟してなかった。まさか、まさかこんな事になるなんてーーー……。
「はぶっ」
そんな鬱蒼を塗り潰すように、彼の顔面へ一枚の紙が飛んで来た。
本来ならここで格好良く引き剥がして文面を見てやるところなのだが、生憎と今そんな体力はない。
彼は本気で窒息死を覚悟しながら藻掻き苦しみ、やっとこさの思いでそれを引き剥がす。その際に勢い謝ってメタルを投げてしまったが、まぁたぶん死んでないと思う。痙攣してるけどたぶん大丈夫。
「何だ、こりゃ……」
そこに描かれていたのは、それはもう言葉にできないほど醜いババアの顔写真。
ただのインクとは言え、これとキスしたのかと思うと死にたくなるので、カネダはそこで思考を打ち切った。おえっ。
「…………」
記されている文面を読み上げる必要は最早ないだろう。
黄泉の道を見ていた彼の瞳には段々と活気が戻り、力が溢れ、生気が満ちてくる。
その姿は死人どころか、秘密の洞窟を目の前にした探検家のように光輝いていた。
「おい……、おいおいおいおいおい!!」
――――ゼロ。ゼロゼロゼロゼロゼロゼロ! ゼロが7個!! イッセンマン!!!
並の宝石何個分だ!? ネックレスやイヤリングなんかを何個売ったらこんな金になる!?
少なくとも『死の荒野』から失ってきた損失分を補うには充分だ! 飯買って水飲んで買い溜めて馬車買って武器整えて弾薬も調えて薬やポーションも手に入れて衣類新調して街じゃ宿に泊まって熱々の風呂に入って汗流してふかふかのベッドで寝て、それからそれからーーー……。
「い、いひひひ! いーひっひっひっひっひ!!」
怪しげな声を上げながら、カネダは今までの疲労が嘘のように跳ね回って飛び回って狂喜乱舞する。
――――遭難が何だ、餓死が何だ! これだけの大金を目の前にしてそんな事を考えてる場合じゃない!!
今やるべき事はこの開催場所の村まで行って参加を申し込むことだ! やってやる、やってやるとも! 1千万ルグは俺のモノだ!!
「行くぞお前等ァ!! ハーハッハッハ!! 寝てる場合じゃねぇってなぁ!!」
カネダは痙攣する屍を拾い上げ、再び二人を引き摺りながら走り出す。
もっとも、直後に先程の広告が花畑に吹雪いた嵐と言わんばかりに舞い散ってきて、数千近いババアの顔が軽くトラウマになったりするハメになるのだが。
彼はただ、窒息の恐怖と迫り来るババアの笑みを前に、この大量の広告を捨てた業者だけは殺してやると心に決めつつ、村を目指して仲間を引き摺りつつ全力疾走するのであった。




