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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
決戦の騎士(前)
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【プロローグB】


【プロローグB】


「……何、だと」


「何だとと言われてもねぇ」


 人々行き交う往来の中、フォールは絶望に眼を見開いていた。

 露店の店主は彼の落ち込みように狼狽しながらも売れないものは売れないと首を振る。

 遂ぞフォールは膝を屈し、その場に崩れ落ちた。額から流れ落ちた汗が最後の希望さえ失せさせるかのように地面へ零れ、彼は否応なしに現実を認めることになる。認めざるを得ない事になる。

 これが、現実。これが、こんなものが現実だとでも言うのかーーー……。


「オルァアアッッ!!!」


 と、そんな彼の後頭部を殴り抜ける小さな拳。

 しかしフォールの頭部自体は全く揺れず、逆に殴った魔王自身の拳がダメージを負うという凄惨な結果に。たぶん隕石でも揺れねぇわコレ。


「……何をする」


「何をする、じゃないわ阿呆!! 御主、魔道駆輪を置きに行ったと思ったら速攻でいなくなるとは何事だ!? お陰で宿にも入れずシャルナとルヴィリアともども立ち往生だわ!!」


「あぁ……、リゼラか……」


「……お、おう、何じゃ。何でそんなに元気ないんだ御主」


 フォールにいつもの覇気がない。どころか、今にも死んでしまいそうなほど弱々しい。

 前回の時といい今回といい、いったいこの男が何をこんな事にしてしまったのだろう。


「リゼラ……、スライム人形が……、買えない……」


「うん、知ってた。帝国の前に寄り道するとか言い出した次点で知ってた」


「金が、金がないのだ。金が……」


「そーかそーか。……か、金ぇ!? はぁ!?」


 フォール曰く、先日のピザ祭りと滞在費によって所持金が全て吹っ飛んだのだという。

 よってスライム欠乏を埋める為のスライム人形を買うこともできないのだ、と。

 この村! 特産の!! 平原でシャボン玉を吹くスライムくんが!! 買えないッッッ!!!


「……金が、金が欲しい」


 リゼラの方をちらりと、フォール。


「ま、まさか体を売れとでも言うのか!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」


「貴様の食費さえ抑えられれば……」


「あ、はい……」


 割と死活問題です。


「スライム人形が買えないなど……! こんな、馬鹿なことがッ……!!」


「御主今までで一番動揺してんじゃねーか!!」


「……スライムを手に入れられない世界など滅んでしまえば」


「だから御主の落差ひどくない!? 段階を踏め段階を!!」


「……魔族?」


「御主それでも勇しゃ……、うん勇者だったな!!」


 一周回って結果オーライ。

 と、そんな風に醜く言い争う二人を前に、店主は困惑混じりにも一枚の広告を差し出してきた。

 金がないのならこんなのはどうだい、と。


「む、これは……」


 その広告には彼等の争いより遙かに醜い笑みを浮かべた、肥満脂肪を擬人化したかのような厚化粧夫人の顔写真と『マルカチーニョ家主催! 大レース開幕!! 優勝賞金1千万ルグ!!!』の文字。

 参加資格は2名以上で参加費さえ払えば誰でも何でもOK、ルールはゴールさえできれば何をしても良いという、今のフォール達の為にあるような大会だった。


「まぁ、今までその大会をクリアできた人はいないんだけどね。かなり極悪なコースで野生のモンスターなんかもいてさ……。だけどクリアできないこともないかなぁっていうギリギリのラインだから、ついつい毎年参加しちゃうんだよね。もうこの村じゃ優勝してくれるなら誰でもいいさって空気にさえなってるよ」


「……驚いたな」


「うん。その多額の優勝賞金は誰でも」


「トロール族が大会を開くのか……」


「解らなくもないけど失礼だね君!?」


 トロール族も風評被害です。


「……ただまぁ、実は間違ってもないんだ。レースは兎も角、主催者のマルカチーニョ夫人はそれはもう金にがめつい人でね。この辺り一帯の商売を金にモノ言わせて仕切っているけれど、評判は最悪さ。ウチだって彼女の家に場所ショバ代を幾ら払わされてるか。トロールよりよっぽど強欲だ」


「ふむ……」


「だけどほら、帝国で聖剣祭があるだろう? その時期を狙ってレースを開くから、この村にも凄い数の人がくるんだ。店もその恩恵に授かってこの時期こそが売り時だからね。場所代に文句を言おうものならそれが許可されなくなるから、高く払って高く売るっていうのが通例になってるんだよ」


「はんっ、まま高利貸しのやり方ではないか! 金の感覚を狂わせていつでも自分に高額が舞い込んでくるようにし、手切れば必ず手元に金が残る方法よ。かと言って逃げようものなら既に高利益になれた欲がそうさせてはくれない。体の良い飼い慣らしだ!」


「解ってはいるけど、こちらも生活費があるからね。契約だ何だと雁字搦めでどうにもできない状態なんだ。逃げても息子のバーゾッフとビーゾッフが追ってくるし……」


 屋台の主人ははぁ、とため息をついて。


「何でも、旦那が別荘で重傷を負ったのに見舞いもせず弁償金を全て断って旦那に押しつけたってほどの悪人だからね。逃げるなんて、とてもとても」


 余りのあくどさにリゼラが言葉を失う隣で、フォールはその紙面をじっと見つめていた。

 その視線がなぞるのは大会名、ではなく、ルール、でもなく、開催日時でもない。当然、見れば数日は食欲が失せそうな夫人の笑顔でもない。

 ――――賞金だ。一千万ルグという大金。人によれば一生遊んで暮らせるであろうほどの、大金。

 しかし彼はそんな大金に興味はない。その下に書かれている副賞だとか得られるであろう名誉だとかにも、興味はない。

 一つ。ただ一つ。この金を得ることで買えるーーー……、スライム人形のみ。


「手を伸ばせばそこにある……。だが、俺の手はまだそこにはとどかない」


 フォールはその紙面を丁寧に折りたたんで、懐へ押し込んだ。

 双眸に意志を宿し、確固たる覚悟を確かめるように、力強く。


「俺はとどかせたい。未来という、その場所へ……」


 歩き出した彼の背中は光に照らされ、決意の足取りは何よりも気高きものだった。

 その姿は聖なる加護を受けし勇者の背であり、誇りを賭けた戦いに赴く、男の背でもあった。

 全てを賭けた、ただ一度の戦いに挑む、男のーーー……。


「だから絶対無駄じゃってこの演出ゥ!!」


 何処かで見た二番煎じの光景に叫んでも、やっぱり内容は変わらない。

 嗚呼、そう言えばあの時もスライムだったっけウフフフフフフ。何も進歩してねぇっていうかむしろ退化してねぇコレ?


「フ……、私も応えなければね……。彼の覚悟に……」


「うるせーバーカバーカッ!! もっ、バーカバーカ!! お前ら全員バァーカバァーカァー!!」


 その光景に微笑む店主に捨て台詞を吐きながら、リゼラもまた走り出す。

 彼女がスライムの呪縛から解放されるのはいつだろう。あの馬鹿がスライムを諦めるのはいつだろう。

 その時はきっとーーー……、彼女の涙だけが、知っている。



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