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最強勇者は強すぎた  作者: MTL2
決戦の騎士(前)
123/421

【プロローグA】

 ――――勇者、勇ましき者よ。聖なる女神より加護を与えられ賜うし者よ。

 貴方はその戦いに、何を賭けますか。貴方はその戦いに、何を信じますか。

 失われた魂に願いを賭けますか。傷付いたその体に誇りを賭けますか。それともその激情に執念を賭けますか。

 どうか、道を違えないでください。それは貴方が乗り越えるべき試練の一つです。

 だからどうか、見失わないで。例え何を求めようとも、それはーーー……。

 これは、永きに渡る歴史の中で、戦火を刻み続けてきた傭兵と盗賊と冒険者。

 奇焉なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。


「へ、へへェァッ! 見ろよ、雑草だずェァ!!」


「ぐへへへへ喰うのは俺だよこせェ!!」


「ンだとテメェやるかゴルァ!!」


「上等だこのクソ野郎が! このカネダ様から奪えると思うなよテメェ!!」


「クハハハハハハハッッ!! 最強の傭兵たる俺に挑むたァ良い度胸だぜカネダァアアアアッッ!!!」


「雑草で争わないで下さいよ……、草で……、草……、臭い草……、くっさくっさ……、ふひひはははははは」


「待って一時休戦ガルスがヤバい」


「草うめぇえへひひひひひひひはははあっ毒草だこれガボァハッ!!」


「俺達もうダメかも知れない」


 超越の物語である!!



【プロローグA】


「ようやくだ」


 薄暗く、灯火の明かりばかりが照らす洞穴の中。

 豆粒に牛脂を混ぜたような男は壁一面に張り付けた写真や新聞、果ては直接彫り込んだ文字までもを指でなぞりながら、静かに微笑んだ。


「ようやく、ようやく……!」


 焔の熱が頬に伝わる。じりじりと肌を染めていくように熱く、熱く。

 だが、その熱が体の中に伝わることはない。既にそれを上回る憤怒の熱意が自身から発せられているからだ。


「何年待ったことか……、一年二年じゃねぇぜ。遂に、遂にこの時がきた。あの豚野郎共の尻を蹴り上げてやる時がだ」


「兄貴ィ。長かったですね!」


 振り返った肥満小柄な男の後ろには、唐変木という言葉をそのまま人型にしたような大柄の男がいた。

 彼はおどおどと兄貴と呼んだ男に頭を下げ、初心な女のように指先を廻したり引っ掛けたりと忙しない様子を見せている。

 男は弟分のそんな様子を見て呆れのため息をつき、大袈裟に手を振りながら安心しろと呼びかけた。


「焦るなよ、焦るな……。ゆっくり、確実にやるんだ。はは、解る、解るぜお前の焦りもよ。けど俺だって同じ気持ちなんだ。焦るな、焦るんじゃねぇぜ……。何事もクレバーにやってくもんだ。だろう?」


「あ、あぁ。モチロンだぜ兄貴! おでと兄貴なら、あの忌々しいマルカチーニョ家にいっぱい食わせてやれる。とっ、取り戻せるんだ! やっと!!」


「そーだ、その通りだ……。あの忌々しいクソ豚共が小便垂れて泣き喚くまで搾り取ってやろうぜ」


 肥満小柄の、兄貴と呼ばれた男は壁から一枚の紙面を剥ぎとった。

 そこに記されていたのは『マルカチーニョ家主催! 大レース開幕!! 優勝賞金1千万ルグ!!!』の文字。

 兄貴分はそんな文字の後ろで下卑た笑みを浮かべる、それこそ豚のような婦人の顔に一瞥をくれると、紙面を思いっ切り握り潰した。

 今からテメェもこうしてやるぜ、と。そんな憤怒を込めるように。


「さぁ、俺達の復讐を始めよう」


 彼の爪先が、黒塊を弾いた。

 鉄と鉛で塗り固められた、砂利山のような塊をーーー……。

 人という個人が持つには過ぎた武器の数々を。何処までも際限なく転がされた、武器の数々を。


「俺達の金を、取り返すんだ!!」


 ――――彼等が決意を表明し、憎き雌豚の写真を千切り破った頃。

 その下卑た笑みを映された女はとある別荘地で高級ソファに踏ん反り返っていた。

 件の紙面にある笑みとは正反対の、今から一人か二人は殺すのかと思えるほど不機嫌な表情で、指先にじゃらじゃらと付けた宝石を弄りながら。

 そんな彼女の憤怒に気圧されるが如く正座させられた、顔が全く同じ二人の男はひぃと悲鳴を上げる。


「ま、ママぁ。赦しておくれよ。僕もバーゾッフも頑張ったんだ。けどあの盗賊団のアジトはどうしても見つけられなくてぇ」


「そうだよママぁ。僕もビーゾッフもとても頑張ったんだ。けどアイツ等がすばしっこくてぇ」


「お黙りッッ!!」


「「ひぃっ!」」


 バーゾッフとビーゾッフという双子は互いに痩せ細った体を抱き締め合って悲鳴を上げた。

 夫人はそんな様を見てさらに腹を立てたのだろう。足下に転がる宝石をビー玉のように蹴り上げると、金属を打ち付けたかのような甲高い声で癇癪を起こし出す。


「あぁどうして男共ってのはこんなに情けないんだい!! ボーゾッフは『死の荒野』の別荘で死にかけるし、広告配りで雇った男共は給料が安すぎると言ったきり連絡が付かなくなるし、アンタ達は私の言ったこと一つできやしないときたもんだ!! この家を支えてきたのは誰だと思ってる? この私さ!! 私が金を稼いでアンタ達を産んで今まで飯を食わせてきてやった!! レース大会を開いてね!!」


「で、でもママがそのレースの賞金を出し渋って、盗賊から盗んだお宝を換金して賞金にしちゃったからこんな事になってるんじゃないかぁ」


「黙れと言っているだろう、バーゾッフ! あの時は欲しい宝石があったから仕方ないんだよ!! それに、どうせ奴等のお宝だって他人ヒトから盗んだものなんだ、何を後ろめたく思うことがあるんだい!!」


「け、けどママぁ。今回のレースは中止にした方が……。絶対に無事には終わらないよぅ」


「情けない声を出すな、ビーゾッフ! レースを中止にしたら参加料で儲けられないだろう! 今じゃもうアレなくしては喰ってけないんだよ、マルカチーニョ家は!! はんっ、どうせ誰もゴールできないんだ。盗賊の邪魔で失敗しようが結果は変わらないさね」


 マルカチーニョ夫人は自身の絶叫で汗まみれになった顔を、無駄に装飾のついた服裾で拭い上げる。

 するとそこには、塗りたくった化粧が汗で溶けてべったりと付着し、紫色の衣服に染みついていた。

 夫人はその様にまた腹を立てて癇癪を起こし、双子の息子に宝石を投げて怒鳴りつける。


「いいかい、レースが終わるまでには必ず奴等を取っ捕まえるんだ!! それができなきゃ晩飯抜きどころか、アンタ達の居場所はこの家にはないからね!! 解ったかい!?」


「「そんな、ママぁ!!」」


「返事はァッ!!」


「「ひっ、はぁい!!」」


 憤怒を吐き出すように鼻息を荒げながら、夫人は化粧直しのため奥の部屋へと引っ込んでいった。

 残されたのは涙目でへたり込む哀れな双子の息子、バーゾッフとビーゾッフ。

 二人は互いに顔を合わせることさえできず、ただ、母親から投げられた宝石が額から剥がれ落ちる感触だけを噛み締めるように呆然とするばかりであったーーー……。



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