【エピローグ】
【エピローグ】
「……全く、はしゃぎすぎです」
鼻先に絆創膏を貼られながら、リゼラはいててと顔を逸らす。
そんな様子に三度ため息をつかれて、魔王は尚更しょぼくれていた。
かすり傷にスリ傷に青痣。まるでやんちゃ帰りの子供のようだ。いや、実際はやんちゃどころか大乱闘だったわけだけれども。
それはもう、シャルナの突貫とルヴィリアの魔眼なくしては逃げられないほどの大乱闘だったわけだけれども。
「だってぇ……」
「まーまー、シャルナちゃん。元はと言えば置いて来ちゃった僕が悪いんだし、勘弁してちょ! ねっ?」
「また貴殿はリゼラ様の肩を持つ……」
「ほらほら、大乱闘の中でも僕の魔眼が大いに役立ったじゃないか! 全員とは行かなかったけど、大半の視界情報を混濁させてリゼラちゃんとフォール君の顔も変えておいたんだし、ここは有能なデキる女の僕に免じて!」
「……はぁ、仕方ない。貴殿の異能に助けられたのは事実だ。ここは顔を立てよう」
「ありがと、シャルナちゃん! 大好き愛してるぅ~♡ あっ、デキると言えば僕は女性に限ってヤればデキ」
「顔の前に首を立てようか」
「殺意高くない!?」
などと二人が騒いでいる内に、説教は有耶無耶になっていく。
――――まぁ、結果的に言えば全て綺麗に片付いたのだ。
あの検問は破壊されて商人や旅人達を止める機能を失い、自由に通れるようになったし、聖堂教会とのいざこざもルヴィリアのお陰で多少は誤魔化せるだろう。
唯一気に掛かることと言えば、そちらで何やら変な物を造っている馬鹿が立ち上げたというスライム教とかいう終末教のことだが、元が洗脳宗教だ。どうせ間もなく忘れ去られるはず、と信じたい。
「……ところで御主、それは何を造っているのだ?」
「西方に伝わる遊び道具だ。信徒から聞いたところによると、これを投げて遊ぶらしい」
「何でそんなモンを……」
と、それよりも。
そうだ、この男に話しておかなければならない事があるではないか。初老の騎士が言っていた、聖堂教会の巫女とやらが神託により得たという、預言のことを。
――――聖堂教会の巫女が神託を受けた、と。
世界に勇者生まれ落ち、人界を混沌の渦に落とすであろう。万物を脅かす災禍となりて、その者は世界を喰らい貪るであろう。
彼の者、勇者でありながら勇者にあらず。魔なる者となり、魔なる者を従え、魔なる力を有すであろう。
故にその者、勇者でありながら勇者にあらず。その者、災禍なり。
故にその者、勇者でありながら勇者にあらず。その者、人ならざらぬ者なり。
という、預言のことを。
だが、伝えても良いのだろうか。教えても良いのだろうか。
あの預言は明らかにこの男を希望視するものではなかった。むしろ災禍として嫌悪するものだった。
それを口にするというのは、その、何と言うか。
阻まれる、というかーーー……。
「……言いたいことがあるなら言って構わんぞ」
だが、彼女の悩みを打ち破るように、フォールはそう呟いた。
別に貴様が何を隠そうか知ったことではないが、それで鬱憤を溜めるぐらいなら吐き出しておけ、と。
そこまで言われて、うじうじと悩めるほど、リゼラも繊細ではない。
「……だー、もう!」
リゼラは全てを打ち明けた。
フォールに対する預言を。彼がこの世の災禍になるであろうという神託を。
言い争っていたシャルナとルヴィリア、そして円盤状の玩具を造っていたフォールは手を止めて、その話に耳を傾ける。
彼女の真剣な表情さえなければ有り得ないと一蹴するような、その話に。
やがてーーー……、リゼラが全てを話し終えた時、誰も彼もが言葉を失った。シャルナもルヴィリアも、リゼラ自身でさえも。フォールは、興味無さそうにまた玩具作りに戻っただけだったが。
そして、そんな痛々しい沈黙を破るように、シャルナとルヴィリアは同時に一言、呟きを零す。
「「今更……!?」」
「うん、だよね」
残念ながら当然です。
「リゼラ様、何処をどう聞いてもむしろそっちの方がマシとしか思えません!! 人ならざらぬ者なりって見れば解ります!!」
「言いたい事は解るが一応原型は留めとるし赦してやれ」
「世界ってスライムって読まない? そう読めば喰らい貪るにも説明が付くんだけど……」
「否定できないボケはやめろ」
「「それで、勇者とは……?」」
「やめてやれって妾もコイツ勇者とは思えんけども」
勇者っていうか暗殺者だよねとリゼラ。
「だー、こんな事で一瞬でも悩んだ妾が馬鹿だったわ!! 預言が何だ、神託が何だ! ンなもんよりこっぴどい眼に遭っとるのに気にする方がアホらしいわ!!」
リゼラが両脚を投げ出して反り返ると、二人はくすくすと笑みを零す。
全くだ、と。そう頷き合うように。
「今更もー何されたって驚く方が難しいよねぇ。だって宗教団体まで創り上げちゃうんだもん」
「全くだ。いい加減こちらも慣れてきたというもの。そうそう驚きはせん」
「その通りじゃ。ふんっ、その巫女とやらに会って直接言ってやりたいわ! あぁ、どうせなら聖堂教会の、その、ラドとかいう奴をツテに会ってみるのも良かったかも」
「何だ、会うか?」
フォールがひょいと首根を掴んで持ち上げたのは、ラドだった。
白目を剥いて泡を吹きながら気絶した、何か見えちゃいけない川が見えちゃってる、ラドだった。
「……御主、これ、何?」
「そろそろ大所帯になってきたのでな、癒やしのペットが欲しいと思ってあのどさくさに紛れて拾ってきた。……見ろ、ペットは躾けと遊びが大事だと言うから円盤を造ってだな」
「何しとんじゃあほんだらぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!!」
「な、何故だ。ちゃんと世話もするぞ」
「そういう問題ではなかろうこのドアホ!! 何で一件落着したのに蒸し返すの? 馬鹿なの? 死ぬの? 勇者なの!?」
「そ、そうだぞフォール! こんな誘拐染みたこと、本当に戦争になりかねん!!」
「そーだそーだ! ペットならエロい意味でシャルナちゃんがいるじゃないか! ねっ、シャルナちゃん!!」
「え、何それシャルナ、初耳なんじゃが……」
「ルヴィリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「あ、やっべ。テヘペロ☆」
「飼うのは、ダメか……?」
「「「元の場所に返してきなさい!!!」」」
勇者しょんぼり。
――――ともあれ、こうして今回の一件は落着する。
まぁ、この後もラド返還により大戦争が再発したりシャルナが首輪を付けてフォールに差し出されたり魔王がそういや今回料理喰ってなくねとか言い出したりして大変な事になるのだが。
まぁ、そこはそれ。また別のお話としておこうーーー……。
読んでいただきありがとうございました




