【1】
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「ふぁ」
検問の守衛は、巨大な石造りの塔の影で軽く欠伸をした。
――――全く、この頃の任務は酷いものである。
意味のない見張りだとか、抗議に来た連中を追い返せだとか、肩揉めとか足揉めとか椅子になれとか、奴等をどうにかしろ、だとか。
全てあの第十席が来てからだ。無茶苦茶な命令ばかりで騎士達の士気は下がるばかり。中には逃亡する者まで出始める始末。
第十席はそれに腹を立てて無茶を言い出し、また騎士達の仕事が激務となって、逃げて、怒っての繰り返し。嗚呼、いっそのこと自分も逃げてしまおうか?
「おのれ……、ベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナめるぽっ」
こきゃんっ。ずるるるるる。
守衛は舌打ちする間もなく、欠伸に歪めた首筋を半度ほど回転させて物陰へと消えていく。
そして数分もしない内に、守衛の鎧を纏って出てきたのはシャルナだった。
男物の鎧とは言え、彼女の体格ならば丁度良く着こなせる。むしろキツいぐらいだろう。
「う、うぅむ……。やはり太ったか……」
「いやぁ、シャルナちゃんの場合は筋肉だと思うよ。僕が着たら、ほら、おっぱいが」
「殺されぬ内にやめておけよ御主」
と、そんな彼女の後ろから縄で手を縛ったリゼラとシャルナ。
――――そう、ルヴィリアが画策した計画とは不審者を捕まえた騎士が上官に報告する体で侵入する、というものだった。
二人組で騎士に変装して侵入するより理由も立つし、妙な詮索も受けにくい。何より相手の注意を人質役に引き付けられ、多少接近してもバレないだろうという事でこの手段を選択したのである。
「さてと、それじゃあ潜入しようか。構造は魔眼透視で大体把握しちゃったからまるっとオッケーよん♪」
「流石は魔族一のチート性能じゃの」
「いやぁ、僕的には大人リゼラちゃんのエロさの方がチートだと思うよ。何度あの姿を夢見たことか……、エロい意味で」
「……ツッコミ面倒だから聞くけど、御主的には妾をこんな姿にしたフォールはOKなの?」
「ロリもいけるから」
「シャルナ、覇龍剣よこせ」
「申し訳ない、潜入には不適と置いてきてしまって……。普通の剣ならここに……」
「何でみんな躊躇なく僕を殺す方向性なの!? 戸惑って、せめて戸惑って!!」
万が一の場合は絶対躊躇しないとリゼラ談。
「ふむ、馬鹿言っとらんで潜入せねばな。ルヴィリア、入り口は何処だ?」
「ぐすん……。僕の扱いがひどいよぅ……。あ、そっちの扉から入れるよ」
「立ち直りが早いのは貴殿の長所だな。後は性癖だけだ」
「自分を曲げたら自分じゃないんだよ、シャルナちゃん」
「言っとることはカッコイイんじゃがなぁ……」
「惚れた!? 惚れちゃった!? 僕に惚れちゃったかい!?」
「「これだからなぁ……」」
と、言葉を交わしつつも検問所の塔内部へ勝手口から侵入したリゼラ達。
石造りなだけあって中はしっかりした廊下や通りが目立つが、先程の守衛宜しく、擦れ違う騎士達は誰も彼も疲弊しきった顔色だ。
ここの責任者は随分と部下を使い潰す性分らしい。目元を見れば隈だらけだし、足取りはふらふらと覚束ない。あんなにノロい検問をしている割には休みが充分に貰えていないのだろう。
リゼラ達とて腐っても魔族の長。この様な現状は見るに堪えないものがあった。
「ふん、ホワイトを心掛ける我等とは違って、人間の何と浅ましいことか……。疲労はミスを生み、ミスは遅延を、遅延は疲労を生む悪循環だぞ。ここの経営し、じゃねぇや、責任者はそんな事も解らんのか!」
「経営者って言いかけたよね、今。もう完全にホワイト企業目指してるよね」
「確かに、リゼラ様の仰る通り私も領地の者には気を遣っておりますし……」
「だよねー。僕も部下とはフレンドリーな関係を築」
「ちなみに魔王城に寄せられる年間上司満足度ランキングは北、西、東、南の順じゃからな」
「ちょっと待ってリゼラちゃん! 納得いかないんだけど!?」
「そうですリゼラ様! ルヴィリア以上というのは解りますが、我が東部が下位二位とはどういう事ですか!?」
「ルビーちゃん大ショック!? 僕の評価酷くない!? と言うか僕のトコが放任主義な北と西のあの子達以下って有り得ないでしょ!? 最下位て!!」
「一週間に三回のペースで着用済み下着がなくなり、何故かその分の料金が四天王様から支給されます」
「…………」
「戦闘兵のみなら良いのですがどうして事務職の我々まで毎朝の数百キロマラソンに付き合わされるのでしょうか」
「…………」
「これ等の報告に心当たりのない者だけ発言を許可する」
「「…………」」
四天王両名、減給決定です。
「それはそうと、無事に中へ入れたな。ルヴィリア、例の上官の部屋とやらは何処だ?」
「うぅ……、減給した後に頼る素振りを見せる、まさに悪のカリスマだよぅ……。ホワイトなのにブラックなカリスマだよぅ。あ、道はそっちの右に曲がって真っ直ぐ……」
「自業自得だ、阿呆め。……にしても、先程の守衛が呟いていた名が上官の名か? えらく長ったらしい名前だったな」
「ベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナ、でしたね。継名、つまり名前の長さはリゼラ様が初代魔王カルデアの名を継いでいるように、その者も何らかの名を継いでいる……、つまり身分ある者と判断できます。恐らく、名前からして人間貴族の放蕩娘だかが勘当よろしくここに赴任させられたのでは?」
「だろうねーん。だとすればこの稚拙な人員運営にも説明がつくよ。……ま、だったら尚更やりやすいけどさ。でも女の子なら赦しちゃう、そんな僕がくやしいっ! びくんびくんっ」
「ふん、相手が誰であろうとやる事は変わらん。そのべーぜっひ・らど……、えー……、何とかもやってしまえば」
と。
「おっと……」
突然、ルヴィリアが姿勢を正して、いや、逆だ。崩して歩き出す。
リゼラとシャルナも、彼女のそんな行動で察知したのだろう。それぞれ守衛らしさと不審者らしさを醸し出して歩いて征く。まぁ、語尾にオラァとでありますを付ける必要はないよとルヴィリアに注意されてはいたけれど。
そして曲がり角に差し掛かった時、辺りのそれらとは違う一人の騎士に出会った。
「む」
初老の騎士は出会い頭に少し身を引いたが、怪訝そうに眉根を抑えて彼女達を見定める。
「……暴徒かね。例の邪教徒かい?」
「邪教徒?」
「…………?」
「あ、い、いえ、何でも……」
老騎士の顔色はさらに、怪訝に。
――――邪教徒? いったい何の事だろうか。
ここに来て新たな情報が与えられるとは思っていなかった。不審者や暴徒ではなく、邪教徒? まさか彼の聖堂教会が反抗者を全員が全員邪教徒呼ばわりするような組織ではあるまい。
ならば、邪教徒とはーーー……?
「……ケッ、クソ教会共がよォ」
困惑するシャルナへ助け船を出したのはルヴィリア。
ただ一言だったが、それが彼女とリゼラの身分を証明するには充分だった。
「……そうか、解った。ベーゼッ、いや、ラド様への報告は私がしておこう。あの御方は今面会できる状態ではないことは知っているね?」
「は、は! そうでしたね。申し訳ありません、うっかり……」
「構わないとも、皆々の疲弊は私も認知している……。君も大変だね、守衛の任が三日連続で」
「い、いえ、ははは……」
銀影が、弾き出される。
老騎士の斬撃とシャルナの剣撃が激突し、火花を散らしていた。
皺枯れた隈だらけの眼は怪訝から確信となり、強く刀を押し込んでいく。そこには明確な敵意があった。
「五連勤以下の者などいない……!!」
斬撃が交差し、剣刃の乱花を散らす。その剣捌きたるや老骨の、それも五連勤以上の老人から放たれているとは思えない鋭さだった。
そしてその剣戟に気付いたのだろう。疲弊し、項垂れていた騎士達も剣を持ち上げ、盾を担ぎ上げ、次々に人海の壁を築き上げていく。
シャルナと老騎士が数度、斬撃を交わした時にはもう、彼女達に逃げ道はなくなっていた。
「はい、眼ェつぶるッ!!」
そんな危機的状況を、否、危機的状況に陥る前に叫んだのはルヴィリアだった。
彼女は縄を振り払うと同時に、緋眼を構えて閃光を放つ。
魔眼解放ーーー……。それは騎士達の視界を混同させ、幻覚を映し出し、意識を沈濁させる一撃だった。
騎士達は次々に倒れ込み、人海の壁に乱れが生じる。シャルナはその隙を逃さず、ルヴィリアとリゼラを抱えて疾駆しようとする、が。
「シャルナちゃん逆、逆!! そっちじゃない!!」
「で、出口じゃないのか!?」
「このままじゃ追われるだけ! それよりーーー……」
言葉を聞くよりも前に、シャルナの踵は百八十度回転した。
そして膝を突いた老騎士と彼が我武者羅に突き出した剣を飛び越えて、その先へ。
本来の目的であったベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナの一室へ!
「そこに、突っ込んで!!」
眼前に映った扉を、シャルナの剛脚が穿ち抜いた。
鉄扉が拉げて爆ぜ飛び、数回転して一室の壁面に亀裂を走らせる。
そして、その轟音鳴り止まぬ内にシャルナ達は部屋に降り立ち、その光景を見た。見てしまった。
あの老騎士が隠そうとした、いや、この検問所が隠そうとした真実をーーー……。
「もうやだああああああああああああああああ!!! おうちかえるぅうううううううううううううううううう!!!」
「「…………」」
「何でわだじがごんなめに゛ぃいいいいいいいいいい!!! びえええええええええええ!!!」
「……何故だろうな。親近感を憶える」
「あー、アレじゃない。リゼラちゃんに似てるんだよ。ね、リゼラちゃん」
「あっぱらぱ~☆」
「あ、ダメだこれ魔眼くらってますわ」
「まともな上司はいないのか……」
若干今更である。




