【プロローグ】
――――勇者、勇ましき者よ。聖なる女神より加護を与えられ賜うし者よ。
彼の悪しき者との激闘を終え、試練を乗り越えたことで貴方はまた一つ成長を見せました。
やがてその旅路は佳境へとなるでしょう。未だ様々な試練あれど、貴方にはまだ戦うべき相手がいるはずです。
だからどうか、まだ歩みを止めないでください。その脚に力を込めて、また貴方の道をーーー……。
これは、永きに渡る歴史の中で、戦乱を凌ぎ続けてきた勇者と南四天王。
奇変なる運命から行動を共にすることになった、そんな彼等のーーー……。
「そう言えばフォール君、お祭りにかたぬきあったんだって?」
「あぁ、あったな」
「アレってさぁ、絶対ぼったくりだよねぇ。一番簡単なバナナとかやってみたけど、もー、すんごい難しくてさ」
「だからこそ楽しいものだ。とは言え、難しさに関しては同意しよう。かく言う俺も天龍の慟哭は手こずった……」
「え、ちょ」
「まさか三次元から四次元に到る学術論理を多次元換算から物理法則の極地に到るとはな……。フ、さしもの俺も一度やり直してしまったよ」
「待って、それ絶対かたぬきじゃない。それ絶対かたぬきじゃない!!」
狂動の物語である!!
【プロローグ】
「ピザだ」
「…………」
「ピザだ」
「…………」
「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピッツァだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」「ピザだ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
何と、いうことか。
全く何と言うことか! 嗚呼、どうしてこんな事になってしまった!!
あんなに豪華な晩餐だったはずのピザが、今ではもう拷問機具のようだ! 毎晩毎晩ピザピザピザ!!
いったい何がどうして、普段から栄養がどーだとかメニューの種類がどーだとか言うこの男がこんな事になったのか! 嗚呼、全く、どうしてこうなった!!
「いやぁ、僕は悪くないと思うでごわすけどねぇピザ祭り」
「うるせぇデブ!!」
「プギィ!?」
「かく言うこれも、既に数週間滞在させられているこの状況でしょう……。本当に、まさかここまで滞在することになろうとは」
そう、勇者フォールによる拷問ピザ祭りの原因はこれである。
数週間ーーー……。そう、平原での滞在期間は進まない行列の結果、数週間もの日数となっていたのだ。
その間、フォールのスライム欠乏症候は極地に到り、日がな一日うつろな目でスライムの名を呟いたり、地面にスライムの絵を描いたり、一人スライム指人形で遊んだり、と。
もう今までの覇気は何処へやら。スライムの幻覚を見始めるのも時間の問題と言わんばかりに飢えてしまっていたのである。
「いや何が怖いってこの男の出すピザが段々楕円になってスライム型になりつつあるトコじゃからな!? 無駄にクオリティ高ェし!!」
「そうですね、私としてはカロリーの方が……。美味しくはあるんですけど……」
「そう言えばシャルナちゃん、ちょっと太ったよね。腹筋に緩みが……」
「はわぁっ!?」
滞在の原因は言わずもがな、例の聖堂教会による検問だ。
調査感覚は日に日に長くなり、今では一日に数人が限度という遅さになっている。
流石に商人達も『聖剣祭』に間に合わないと抗議に向かったが、やはり門前払いを喰らったという。中には食い下がった者もいるようだが、剣や弓を向けられてまで追い返されたそうだ。
――――幾ら何でも強行過ぎる。それが商人達や旅人達の実直な感想だが、かと言って何か行動を起こせるわけでもない。
大人しく検問の順番が回ってくるのを待つより他ない、というのが現状であった。
「うぅむ、これは由々しき事態であるぞ。もうピザ喰いたくねぇ」
「どうでしょう、ここは一つ、さっぱりしたサラダでも作ってもらうというのは……」
「シャルナちゃん本筋そこじゃないよ!? どうやってあの検問超えるかでしょぉ!?」
「しかし、そうは言ってもな……」
「思うにさ、これだけ時間を掛けてるって事は抜けさせたくない何かがあるってことだよ。それも手配書の犯人だとか、盗賊だとか……、そんなちっぽけじゃない奴。かなりの大物をね」
「大物……、か。では我々がその者を捕まえて突き出す、というのは?」
「いやぁ、たぶん……」
ちらりと見た先にいるのは、スライムの歌第二節の作成に入ったスライムキチ。
対して二人は、いやいやそんなまさか、と。
「ほら、来た時さ。商人のオバサンが言ってたじゃない。帝国の聖堂教会の巫女が勇者を言い当てる、って。もしかしたらそれじゃないかって思うのよ」
「であれば、さっさとここまで来れば良かろうに。あそこでほれ、歌を歌っておる馬鹿を迎えに来れば済む話じゃろう?」
「確かに……。それに、あの検問も奇妙ですね。日に日に要領が悪くなって行ってることもですが、商人や旅人まで含めた全員に検問を行うなど時間を掛けすぎだ。それに、勇者であれば帝国まで聖剣を抜きに来るのは解っているのに、どうして一々あんなことを?」
「それなんだけどさ、僕思うんだよね。……逆に抜きに来なかったからじゃないか、って」
首を捻ろうと肩をすくめた二人だが、直ぐさま異変に気付く。
「……逆行してたの、そう言えば」
「そこだよね……。本来なら北と西の四天王倒して、帝国に入ってかこっちに来るはずだもん。しかも逆行してるだけじゃなくて『死の荒野』とか『爆炎の火山』とかでトンでもな事も起こしてるじゃない? だから聖女ちゃんも気付いちゃったと思うのよ。もしかして今回の勇者は普通の勇者じゃないんじゃないか、って」
「普通……、か」
「その言葉に捕らわれるなシャルナ、泣きたくなるぞ」
「いやホント、何でこんな事に……」
どうして涙は流れるんだろう。悲しいからだね。
「と、も、か、く、だ!! 原因が解った以上、あの馬鹿を検問に突っ込めば良かろう! 勇者を探しておるなら差し出せば良い。まさか聖堂教会の連中が悪いようにはすまいて。そのまま検問を無くして帝国へ向かえば……」
「いやいや、それは悪手ってやつだよリゼラちゃん。ぶっちゃけ相手の目論見が解らない以上、切り札を初っ端に出すってのはねん。大切なのは相手の持ってる手札を見ることだヨ。手の中も、頭の中もねん」
「……つ、つまり、どうしろと?」
「そのまんまさ。相手の手札を見に行くんだ」
鼻を鳴らしながら背筋を伸ばした彼女の胸元で、ぷるんと大きな塊が二つ揺れる。
リゼラとシャルナはその胸を殴りつつ、勿体振らずに早く言え、と口に出しかけたがーーー……。
ふと、耳障りなスライム歌が止まったことで、視線を後方へと向けることになる。
「フォール?」
気付けば、その歌を歌っていた当人がふらふらと生気の無い足取りで人混みへと消えていくではないか。
シャルナは想わず彼を止めようとしたが、他の二人は彼女の肩を掴んで首を横に振る。
最近あんな風に散歩をしているのだ、放っておいてやれ、と。
「ま、アホみたく暴れられるよかマシだ。酒に溺れてる風でも女に溺れてる風でもないしの」
「お、おんなっ……!?」
「溺れてない溺れてないから。と言うかフォール君ならその前にまず妄想のスライムに溺れるから」
「既に溺れて」
「ハイッというワケでね!! 計画を発表しまぁあーーーすっ!!」
「現実逃避、ダメ、ゼッタイ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐリゼラとルヴィリアにため息を零しつつ、シャルナは力無き男の背を不安そうに見送っていた。
何処か嫌な胸騒ぎを憶えながら、ただ、静かにーーー……。




