【エピローグ/プロローグ(?)】
【エピローグ/プロローグ(?)】
「『聖女』ルーティアは仰った」
薄暗く、牢獄のような一室。そこは待機所だった。兵士達が緊急時に供えて武器を構え、意志を固めながら覚悟を決める場所だった。
そんな場所を私物化した少女はーーー……、いや、酷く小柄な女は、机に脚を放り投げながら、雑誌でも読むように聖書を拡げ、下卑た声で祝韻を紡いでいく。
「汝、悪を赦すな。汝、勇ある者を祝福せよ。汝、汚らわしき魔を滅するが良い……。ゲヒヒッ」
女の頭には耳があった。人間の耳ではない、獣の耳があった。
四肢は人のそれであるが、椅子の隙間からは紺色の体毛が生えた尾が覗いている。
――――彼女は獣人なのだ。人と獣の混血といわれる亜人、体に獣の一部を有する世界最多の亜人。即ち、獣人。
例え見た目は小柄で可愛らしい少女であってもその実、獣とさえ渡り合う力を秘めた存在なのである。
「報告します、ベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナ第十席殿!!」
と、そんなくつろぎ尽くす彼女の元に、駆け足で一人の兵士が乗り込んでくる。
正しくは兵士というより聖堂教会に勤める騎士なのだがーーー……、立場的に変わりはない。
「ゴるぁッッ!!」
「がぶっ!?」
いや、訂正しよう。
確かに彼は騎士である。聖堂教会に勤める、勤勉で勤労な騎士である。
しかし立場は兵士以下だ。権力や地位的な意味ではなくて、組織的地位という意味で、彼女、ベーゼッヒ・ラドッサ・マクハバーナ第十席の部下は全員兵士以下の扱いを受けている。
使いっ走りのような悲惨な扱いを、だ。
「私のことはラド様と呼べっつってんだろォ!? 何べん言やぁ解るんだよボケ!!」
「もっ、申し訳ございません、ラド第十席。しかし聖書を投げるのはちょっでぼぁっ!!?」
「ラ・ド・さ・ま・だ!! 第十席は付けなくて良いんだよダボ!! 本当はもっと上の地位なんだよ、私は!! 解ってんだろォテメェ!? あァん!?」
「も、申し訳ございませ、げふっ……。椅子まで投げるとは……」
「ケッ! 物覚えの悪いテメェがいけないんだろ! オラさっさと報告しろよ!!」
ラドッサ、いや、ラドはそばかすだらけの鼻先を掻きながら、行儀悪く机の上へと腰掛けた。
そんな彼女に頭を下げつつ、聖書と椅子のダブルコンボで眉間を赤くした部下は粛々と報告を続けて行く。
「えー……、検問した商人および旅人の数が千人を突破しました。長く滞在している者だと既に一ヶ月以上滞在している状態になりつつあります」
「だから?」
「いえ、だからではなく……」
「じゃあ何か? あ゛~? ウチの巫女様の神託が嘘だってェのか? オイ」
「い、いえ、そういうワケでは……!」
「だったら大人しく従っときゃァ良いんだよ! どーせ商人なんざ金儲けにしか頭のねぇ連中で、旅人共は頭すっからかんで歩くことしか能のねぇ馬鹿共なんだ。構うこたぁねぇよ!! ……ったく、何で私がこんな辺境のザコ任務をよぉ」
ぶつくさと文句を垂れながら、ラドは一人愚痴に耽る。
こうなってはもう何を言っても罵詈雑言しか飛んでこない。騎士は在り来たりな下がりの言葉と共に椅子と聖書を整えてから部屋を出た。
――――嗚呼、願わくばどうか、この任から解き放たれたい。彼女の世話や報告もそうだが、何より商人や旅人達を無為に足止めするこの任からだ。
巫女様の預言を信じていないわけではない。裏付けする出来事も世界各地で起きているという。しかしやはり、どうにも信じられないのだ。
あんな、とんでもない預言のことを、自分はーーー……。
「……はぁ」
騎士は扉を閉め、ノブを押し込んでから頭を垂れ、歩き出す。
いつまで続くかも解らない任務と上司との軋轢に胃を痛めて、何処か虚ろな眼で、この日何度目かも和からにため息を零しながら、ただ。
何処までも続く廊下を、ゆっくりと、背中を丸めてーーー……。
読んでいただきありがとうございました




